S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

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水面下の陰謀編

第八十 話 サイクロプス(後編)

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「えっと、それって――」
「頼む!エレナにしかできないんだ!」
「わ、わかりましたわ」

顔を赤らめるエレナはヨハンの真剣な顔つきを見てどぎまぎして繋がれた手に目線は集中する。
命を預けるとはどういうことなのかと確認しようとしたのだが、ヨハンの顔を見ていると聞き返すよりもただ返事をすることしかできなかった。

「この身をヨハンさんにお任せします」

エレナは真剣な眼差しでヨハンに言葉を送り、続けて口を開く。

「――信じていますので」

言葉の移り変わりと共に柔らかな笑みを浮かべた。

「うん!任せて!」

ヨハンが力強く返事をする。

だが、レインだけはこれほど緊迫している状況の中、不謹慎にも脳内を巡った。

「(おい、無自覚にもほどがあるぞ?)」

と命のやり取りの中、どうしても突っ込まざるを得なかったのだった。


「それで、わたくしは何をしたらよろしいのでしょうか?」
「えっとね、僕がエレナの前を塞ぐからエレナは後ろで――」

「――――え?……え、ええ。はい。わかりましたわ!」

ヨハンの提案を聞いたエレナの表情が真剣そのものに変わる。
ギュッと胸の辺りを静かに力強く掴む。

「大丈夫よエレナ。私達がしっかりと引き付けてやるから!」

モニカがエレナの肩にポンと軽く手を置いた。

「ええ。モニカのことももちろん信じていますわ」

二人で小さく頷き合う。

「はあ……。俺は次でもう限界だから確実に決めてくれよな!」

「そういうところですわよ、レイン。少しはヨハンさんを見習って下さいませ」

「わかってるよ、ほれ」

レインはエレナに真っ直ぐに拳を突き出した。

「もうっ、レインは仕方ありませんわね」

呆れながら溜め息を吐くのだが、コツンと小さな音を立ててエレナとレインの拳が合わさる。

「えっ?僕がなに?」
「うふふっ、なんでもありませんわ。ではヨハンさん、いきますわよ!」

エレナは軽やかにサイクロプスの死角に駆けて行った。

「えっ?ちょっとエレナ!」

慌ててエレナの後ろ姿を追いかける。


「さーて、レイン、わかってるわよね?」
「あったりまえだろ?あいつらが命を賭けてるのにこれができないなんて男が廃るってもんだ!死に物狂いでやってやるよ!」

モニカとレインは一直線にサイクロプスに駆けて行った。


サイクロプスは魔法攻撃を受け続けた足を確認するように、ズン、ズン、と何度も踏み鳴らしている。

「いくわよ!」
「おうっ!」

レインとモニカが近付いて来ることを視認したサイクロプスは、目から放つ光線を使わずに再び棍棒を振り回した。

「使えないってことはないよな?」
「たぶん違うでしょ?でも、どれだけか知らないけど、こいつにもきっと限界があるのよ」

左右に振り切られる棍棒を躱しながらサイクロプスの足に魔法攻撃を続ける。

「さっきまでと一緒と思わないことね!」
「モニカ!タイミングを合わせろよ!」
「レインの方こそ失敗しないでよ!?私一人だけじゃ倒せないわよ!」
「わあってるって!」

サイクロプスが棍棒を大きく振りかぶり、上段に構えた棍棒が勢いよく振り下ろされようとするタイミングでモニカとレインは魔法攻撃を放つのをやめた。
即座にグッと身体中に魔力を張り巡らせる。

「よしっ!いいぞ!」

レインが闘気を纏ったのを確認したモニカも既に闘気を纏った状態になっており、腰から剣をスラっと抜き放った。
レインもスチャッと両手に短刀を持つ。

「いくわよ!」

モニカの掛け声に合わせてレインとモニカはサイクロプスの背後に回り込んだ。
同時に振り下ろされるサイクロプスの棍棒が大きく地面を叩くと同時に今日一番の土煙を上げる。

「「せぇーのっ!」」

モニカとレインでサイクロプスの背後、両足の膝関節部分を、闘気を纏った状態でそれぞれの武器で激しく振り抜いた。

モニカは長剣を両手で力強く、レインは短刀を両手で思いっきり叩く。

大きく振り切られたその一撃はサイクロプスの体皮を傷つけることはないのだが、関節部分に大きな衝撃を受けて上体を大きく後ろに反らした。

バランスを保てなくなったサイクロプスは上体を反らした勢いのまま激しく背中から地面に倒れる。

土煙が未だに広く立ち込める中、サイクロプスの視界の中にはキラキラと光が差しこんできた。

風に流される土煙の中を視界の端、左右からビュッと光る小さな影が二つ飛び込んで来る。
しかし、サイクロプスは小さな影の正体には気付かない。

ビュウウウウと突風が巻き起こる。

地面に仰向けに倒れたサイクロプスの顔は、突如巻き起こった突風によって土煙が晴れる中、その単眼は釘付けになった。

満天の星空が自身を包み込んでいる。

その空を――――月が――――夜空に燦々と光輝く星々が、視界を埋め尽くしていた。
これほどまでにマジマジと見ることは初めてだった。

サイクロプスは妙な、不思議な感覚に襲われ、土煙の中にあった小さな影などどうでも良くなってしまう。

しかし、突風が完全に土煙を払い除けたあと、左右から飛び込んで来たキラリと光る小さな影が月を背にした中心で一つに重なった。


それが先程まで自身と対峙していた小さな存在なのだとそこで知る。

「いくよエレナ!」
「はい!」

光る小さな影の正体はヨハンとエレナだった。
ヨハン黄色い光を纏って剣を、エレナもまた同じような状態で薙刀を手にしている。

サイクロプスはすぐに理解する。本能的に。

それが今ここに置いて己に対する圧倒的な脅威をもたらす存在だと認識した。

地面を背中にして、初めて見るその美しい空を目掛けて、単眼に魔力を練り上げる。
サイクロプスは満天の星空目掛けてその大きな単眼から光る光弾を放った。

前後に並ぶヨハンとエレナ目掛けてその単眼から魔力の塊を放つ。

迫り来るその脅威を取り除くために。


サイクロプスの目に降り注いだ二つの影、ヨハンとエレナは縦に並んでいる。
ヨハンが前でエレナが後ろ。

サイクロプスの光弾はギュウウウンと激しい音を伴い、ヨハンとエレナに直撃する。

「――ぐっ、くううううううう」
「ヨ、ヨハンさん!?」

「だ……大丈夫だから!エレナは集中しておいて!」
「は、はい!」

ヨハンは眼前に迫るその魔力の塊を闘気と合わせた目一杯の魔法障壁で防いでいた。
後ろにいるエレナへの被弾を防ぐ。


ジュッと焼ける音を立てながら皮膚を焼かれるのを感じた。

「(くそっ、まだ続くのか――)」

途轍もなく長く感じる程に光弾が襲い掛かる。
ヨハンはいくらかのダメージは負っているのだが、背後のエレナは無傷だった。


シュウウウウ――――と音を立てながら光弾が徐々に光を細めていく。

「(もう……すこ、しっ!)」

最後の魔力を振り絞った。

光が収まり、目の前がパッと開ける。

「エレナ!」
「はい!」

背後のエレナに大きく声を掛けるのだが、エレナも既に準備は整っていた。

その魔力の塊を突破した先に見えたのはサイクロプスの単眼。

エレナはヨハンと入れ替わるようにして前に出る。

「(みんなで作ってくれたこの一瞬、絶対に外せませんわ!)」

薙刀を持つ手にグッと力が入った。

この一撃の為に全ての力を込める。
その単眼に、闘気を目一杯練ったこの身体で、使い慣れたこの薙刀に全力を込める。

「(あれ……エレナ、もしかして――)」

遠のく意識の中、ヨハンははっきりと見た。

エレナ自身は気が付いていなかったのだが、闘気を纏いながら体内を巡る魔力が薙刀に伝わっていき、薙刀は薄っすらと青い光を灯す。


「――――はあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

声を発し、そして単眼目掛けて一直線に下りていくと、ドンッ、ザブ、グサンっと鈍い音を立てた。

「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッッ………………」

断末魔をあげるサイクロプスの単眼に深々と突き刺すと、サイクロプスは耳を劈くような絶叫を上げる。

大きく手足を上げ、地面にバタンと落とした後はピクリともしない。
ヨハンはその横に力なく落ちるのだが――。

「――よっと!」

レインが受け止め抱きかかえる。

「ったく、今回は相当無茶しやがったな」
「へへへっ」
「(ほんととんでもないやつだぜこいつは)」

レインは呆れながらも感心した。

モニカも近付き横たわったサイクロプスを見上げると、サイクロプスの単眼に突き刺した薙刀を握りやっと立っていたエレナは薙刀を握る力をなくしてしまい離すとずるりと滑り落ちる。

「エレナ!」

地面に落下するエレナをモニカが慌てて受け止めた。

「モ……ニカ?……わた、くし――」
「よく、よくやったわねエレナ!」

目尻に涙を浮かべてエレナを強く抱きしめるモニカ。
それだけでエレナははっきりと理解した。

サイクロプスを倒したのだということを。

しばらくするとサイクロプスの身体はプスプスと音を立て泥状になって土に還っていく。

そして完全に溶け切ったあと、サイクロプスの単眼があった場所にはサイクロプスを象っていたもののような青く光る魔石があった。

その横では地面に突き刺さっている一本の薙刀。

それは、ところどころ刃こぼれして原型をなんとか保っている程度に損壊しているボロボロになってしまっていたエレナの薙刀だった。

その薙刀は役目を終えるように地面に突き刺さっている。

まるで墓標のように。

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