S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

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帰郷編

第九十六話 母は強し

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――――翌朝。


レナトの街の外れにある平原にて集まっていた。

「さて、と。お母さんの可愛い可愛いモニカちゃんがどれくらい強くなっているか確かめないとね!」

ヘレンは屈伸や伸びなどの柔軟をしながらモニカの前に立っている。

「お母さん!言っとくけど、私一年前と比べると桁違いに強くなったんだからね!」
「おっ?それは楽しみね」

モニカも身体の動きを丹念に確認しながら準備をしているのだが、モニカは訓練用の木剣を手にしているのに対してヘレンは無手だった。


「なぁ、モニカの母ちゃんってどれくらい強いんだ?」
「さぁ?詳しいことまでは聞いていませんが、前に一度聞いた時にはモニカ『お母さんみたいに強くなるんだ』って言っていたことがありますわよ?」
「だとしたら相当強いよね」
「あの子にしてあの親あり、ってか」

モニカとヘレンが対峙しているのをヨハンとレインとエレナは離れて見ている。

「準備はいい?」
「うん。じゃあお母さん――行くよッ!」

モニカがダンッと力強く地面を蹴り、ヘレンに突っ込んでいった。

ヘレンは微動だにせず、モニカの動きをじっくり観察する。

「――へぇ、なるほどね」

ぼそっと呟き、その初手である横薙ぎに払われたモニカの剣に対して上体を反らして躱した。

そのままヘレンは後方に反り返り、地面に手を着くと足を振り上げモニカの顔面目掛けて蹴りを繰り出す。
モニカは首を動かしてヘレンの蹴りを躱した。

両者の初撃は共に空振りで終わる。

ヘレンは蹴り上げた勢いそのまま後方転回して、地面に足を着けると同時に地面を踏み抜いて次はモニカに向かって突進した。

「見えてるわ!」

モニカもまたヘレンの動きを見えており、剣を振る。
上段下段と高速の剣戟を放つが、そのどれもをヘレンは身を捻り躱して進んだ。

「――くっ!」

ヘレンを近付かせまいと後退りながら剣戟を振るったのだが、もうあと数十センチといった距離まで詰め寄られる。

「――くっ――……あぐっ!」

ヘレンはその拳をモニカの胴体目掛けて振り抜いた。
辛うじてバックステップでそれを回避するのだが、僅かに先端だけ届いたその拳、飛び退いた先で膝を着いてしまう。

「どうしたんだ?あれぐらいでモニカがダメージを負うなんてことないはずだろ!?」

レインの目には直撃は避けられているように見えた。
エレナが真剣な目つきで答える。

「恐らくですが、拳があまりにも鋭すぎて風圧の弾丸を飛ばしたのだと思われますわ。ある程度距離を詰めないと効果は激減しますが…………まるで達人の域ですわね。まともに受けると凄まじい威力になるはずですわよ」

「うん。それも確かに凄いけど、モニカの剣戟をいとも簡単に読み切って拳を振るえる距離まで詰めた体術も凄いよ」

感心するのは何も拳の威力だけではない。
一連の動き、モニカの実力を知るからこそヘレンの動きの物凄さを理解する。

木剣を手にしているモニカに対してヘレンは無手。得物の長さが違えば当然間合いも違い、短い方はその分だけ身体能力で勝らなければならない。
個々の得物に対する対応を即座にしなければならないのが実戦である。

「確かに身のこなしも剣の鋭さも一段と増しているわ。けど、この程度で踏み込まれると実戦では命を落とすわよ?」

「わかってる!今のは様子見だから」

両者ともに笑顔を、不敵な笑みを浮かべていた。

モニカが再度踏み込む。

「――なっ!?」

先程よりも速さを上げ、その上段から振り払われた剣はヘレンの左肩を捉えた。
想像以上の速さに驚きを隠せないのだが、ヘレンは掌を剣身の横に当て、その剣を逸らす。

「甘いわよ」

ヘレンが行ったのは、モニカがよく使っている流れるような受け流しを無手で行った。

「どっちが?」

しかし、地面に木剣を叩きつけるモニカは、振り切ったその勢いを殺さず右足を振り上げ、ヘレンの胴体を目掛けて深々と蹴り込む。

「――ぐっ!」

次にはヘレンが横に蹴り飛ばされた。

「やった!」
「いや、まだだよ!」

レインが湧きたつ中、ヨハンは冷静に戦局を見つめる。

蹴り飛ばされたヘレンは即座に地面に手を着き、側転して体制を立て直した。
しかし、それを予測していたモニカは既に追撃を始めている。

その距離はもう目と鼻の先。

「――ちっ!」

ヘレンの鼻先を木剣が空を切る。
更に、ヘレンが後手に回ってしまうのは、何度も振りきられるモニカの剣戟に加えて体術も織り交ぜた攻撃の数々。

それはおよそ剣士の業というものではなかった。

それでも、モニカの攻撃、体術を加えた初撃以外は空を切り続ける。

「や、やるわね!」
「そんなこと言いながらお母さん全部避けてるじゃない!」
「だって痛そうなんだもん!」

「――余裕ぶっちゃって! なら、これでどうっ!?」
「えっ!?」

モニカは持っていた木剣を軽く放り投げた。
ヘレンは木剣の動きに目を奪われるのだが、すぐにモニカの行動の意味を理解して視線を落とす。

「しまっ――――」

た、と思ってももう遅い。
モニカは両の手の平を突き出してヘレンのみぞおちに目掛けて思いっきり打ち込んだ。

「ぐぅぅ――――」

地面に足の筋道をつけて踏ん張るヘレン。

「ふっふふ…………強くなったわね……」

と地面を向いてモニカ達には聞こえない程度の笑みを浮かべた。

「やった!」

確実に一撃を与えたことでレインがグッと握り拳を握る。

「いや、モニカの負けだよ」
「えっ?」
「どういうことですの?」

ヨハン達が見守る中、次の瞬間にはモニカがフッと意識を失くしてゆっくりと前のめりに倒れてしまった。

「モニカ!」

慌ててモニカの下に駆け寄る。

「お、おい!?どうしたんだ!?」
「……わ、わかりませんわ」

レインにもエレナにも何故モニカが倒れたのか理解できていない。

「はい、お母さんの勝ちー」

声の聞こえる方、立ち上がっていたのはヘレンの方だった。
笑顔で膝の土をパンパンと払っている。

「い、今のどうなった?俺には確かにモニカは母ちゃん裏を取ったように見えたんだが……?」
「え、ええ。わたくしにもそう見えましたわ」

レインとエレナもヨハンに遅れて駆け寄った。

「たぶんだけど、最後のあの瞬間、ヘレンさんはモニカの首筋に手刀を打ち込んだんだ。それでモニカは倒れたんだよ。でも…………」

ヨハンはモニカを腕に抱き、辛うじて追えていた一連の動きの説明をした。

しかし、笑顔のヘレンが堂々と立ち上がる様子の理解ができない。

「(モニカのあの一撃はあんなに余裕をもって受け止められるようなものには見えなかったけどな…………)」

モニカは確実に本気を出してヘレンに向かっていた。その攻撃にも一切の遠慮はなかった。

「――うっ…………って、えっ!?ヨ、ヨハン!?」

少しするとモニカが薄目を開け、ヨハンの腕に抱かれていたことに気付くと慌てて目を剥いて身体を起こす。

「わ、私……今…………」
「うん、モニカ、お母さんに負けちゃったんだよ。覚えてる?」
「う、うん……」

「(そこじゃねぇよ!)」
「(まぁ既定路線ですわね)」

モニカが微かに発した言葉を拾い上げるヨハンなのだが、レインとエレナは違った。

「(モニカ、気持ちはわかりますわよ)」
「(ったく、こいつこんなんでこの先どうするつもりなんだよ?)」

そこでモニカはふぅと小さく息を吐く。

「そ、そうね。覚えてるわ。 ちぇっ、やっぱりお母さんにはまだ勝てなかったなぁ」

目線はゆっくりと歩いて来るヘレンを見ていた。

「いえいえ、十分に強くなってたわよ?もしかしたら来年にはお母さん負けちゃうかも?」
「もうっ、嘘ばっかり!」

モニカは座り込みながら悔しそうにするが、その表情は晴れやかであった。

強くなれた自覚と自信はあったのだが、それでもまだ母ヘレンには届かなかったことがどこか嬉しかった。

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