S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

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帰郷編

第九十八話 レナトでの依頼

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「ギリギリだな」

ヤンセンが大きな柱時計に目を送り、時間の確認をすると、針が丁度九時を差していたところだった。

「す、すいません!」

「ったく、そんな調子じゃ落第点を与えないといけねぇじゃねぇかよ」
「で、でも……」
「モニカ、遅れそうになった僕たちが悪いんだよ」
「う、うぅ」

トマスに苦言を呈されても返す言葉がないのは、母と模擬戦をしていたから遅れるなどというのは言い訳にもならないから。

「まぁまぁ。学生の間はいっぱい失敗するもんだよ。あんまり目くじら立ててもしかたないって」

ヤコブがトマスの肩を軽く叩き宥める。

「ヤコブの旦那は相変わらず甘いねぇ。学生の内に怒っとかないといけないだろ」
「一理あるな。よしっ、次からは気を付けるんだよ」

「はい、ありがとうございます」

トマスは呆れながらヤコブを見るのだが、結果的にヤコブの助け舟もありトマスの小言はそれぐらいで済んだ。

「さて、揃ったことだしじゃあ行こうか」
「えっと、今日はどういう予定なんですか?行くってどこに?」

「ん?大したことはしないさ。ギルドに顔を出して、顔つなぎするだけだ。ついでに割の良い仕事があればやっとこうかというぐらいだな」
「あっ、そうなんですね」

レナトに滞在する三日間、王都に運ぶ荷の準備が終わるまでの間の過ごし方は基本的には自由である。
敢えてすることと言えばその程度であった。

歩きながらヤンセンに説明されたのは、新しく訪れる街の情報を仕入れることも必要な行いであるということの説明を受ける。
そうしてヤンセン達を先頭にしてレナトのギルドに入った。

「そういえば私ギルドの中には入ったことないなぁ」

「そらぁ依頼を出さない限り用事なんてないだろ。 ヨハン君たちはギルドの経験はもう王都であるんだよな?」
「えっ?ええ、はい、まぁ」
「はっはっはっ、そんな縮こまるな。最初はみんなしょうもない依頼からだ」

「(ちげぇよ、実際は逆だっつの)」

ヨハンの返答がヤンセンには自信なさげに映った様子なのだが、実のところはその真逆である。
表立って口にできない依頼の数々をこなしてきていた。

「あんまり大勢で行っても仕方ないしな。ヨハン君だけ一緒に行こうか」
「わかりました」

そうしてヤンセンと連れ立ち、ギルドのカウンターに向かう。

「あらヤンセンさん。ご無沙汰ですね」
「どうも、ミランダ」

手慣れた様子でカウンターに肘を置いて受付嬢と話すヤンセン。

「そっちの子は?ヤンセンさんのお子さんですか?」
「よせや。俺はまだ独身だって。この子は学校の遠征実習で帯同させてるだけだ」
「あっ、そうなんですねぇ。そっか、もうそんな時期かぁ」
「それよりもどうだいミランダ? 今日の晩にでも、飲みに行くか?」

くいッと口元に手を持っていくヤンセンに対してミランダは苦笑いで答える。

「あー、ごめんなさい。今、夜はあんまり出歩きたくないなって」

「ちっ、いっつもそうじゃねぇか」
「違うんですよ、今ちょっと立て込んでまして」
「まぁいいや。で?なんか良い依頼ないか?」
「うーん、そうですねぇ、今のところめぼしい依頼はないかなぁ」
「そうか、そりゃあ残念だ」
「あっ、でも、ヤンセンさん達に頼みたい依頼ならあるんですけどね」

ミランダは顎に手を当てて困った顔をする。

「ん?俺達に依頼?」

「ええ。さっき食事を断ったのもこれのせいなんですが。 つい先日、街の中で不審死が見つかったの。それも二人」
「ふぅん、不審死か。それはどんなだ?」

ミランダの言葉を聞いたヤンセンは訝し気に問い掛けた。

「それがですね、どうも見つかった死体の血が抜かれてるみたいなんですよ」

「血が抜かれてるって? だとするとヴァンパイアか?」

「その線が濃いですが実際はわからないですね、今のところは。 だからその調査をして欲しくて。 被害者は通りすがりで街を訪れた冒険者みたいです。 街の住人の被害もないのでギルドとしても調査依頼としてしか出せないんですよね」

「…………そうか」

ヤンセンはそこでヨハンをチラリと見る。

「(さて、どうするか…………)」

「僕は別に調査に一緒に行っても良いですよ?」

ヨハンがヤンセンに見られた意図を察して答えると、ヤンセンは驚きに目を丸くさせ、すぐさま笑顔になった。

「あっはっはっは!いやいやいや、頼もしいがあんまり強がるな。ヴァンパイアともなれば討伐ランクBだぞ? 正直Dランクのお前達には荷が重いな」

ヨハンの肩をバンバン叩く。

「で、でも、た、たぶん大丈夫だと、お、思います」

叩かれながらも答えるが、ヤンセンは鋭い目つきでヨハンを見た。微妙に怒気を孕んでいるように見える。

「冗談もそれぐらいにするんだな。あんまり舐めてるとそのうち本当に痛い目に遭うぞ?」

「…………すいません」

「うん、血気盛んなことも良いことだが、まずは経験を積んでからだな。 よしっ、じゃあミランダ。俺達が夜間の見回りをするということでどうだ?滞在期間があと二日だけだからその間だけということで」

ミランダに提案をするヤンセン。

「うーん、まぁそうですね。別口にも依頼を出しているのでそれで大丈夫ですよ。報酬は調査費用とあとは出来高ということで」
「なんだい、他にも依頼を出してるのかよ」
「あー、でもその人普段忙しくしているから時間のある時だけって限定なんですよ。だから正式な依頼じゃないんです」

微妙に言葉を濁しながら話すミランダ。

「ふーん、そっか。まぁいいや。じゃあそういうことで」
「はい。じゃあこちらの依頼受諾書にサインをしてください」
「あの?僕たちは?」
「あー、ヨハン君らはその時間休んでてくれていいぞ?見回りは夜間に行うし、夕方は夜に備えて俺達も仮眠を取るしな」

「……わかりました」

本当に大丈夫だという自信はあったのだが、先輩冒険者のヤンセンがそういうのだから無理にでしゃばる必要もないかと考えそれを承諾し、モニカたちのところに戻って受付での話を伝える。

「ちぇっ、結局仕事すんのかよ」
「トマス。ヴァンパイアだとしたら気を抜いてると危ないんじゃないか?」
「わかってるよ、旦那。俺をこいつらと一緒にすんじゃねぇよ」
「マーリンもそれでいいか?」
「私はあなた達に従うだけよ」
「それはそれで助かるけど、もうちょっと自発的な意見を言ってくれても助かるんだがな」

ヤンセン達は見廻りに関する話し合いをしており、夜を待ってレナトの見回りをすることで話をまとめていた。

「俺達はどうするんだよ?一緒に行くのか?」
「ううん。一緒に行くって言ったんだけど、来なくていいって言われちゃった」
「まぁその判断は妥当だと思いますわ。ヴァンパイアだと学生の大半は餌にされて終わりでしょうからね」
「だろうな」

レインとエレナは納得を示しているのだが、神妙な顔付きをしているのはモニカ。

「モニカ?」
「――あっ、ううん、なんでもないわ!じゃあ今日のところはもう終わりよね。帰りましょうか」
「えっ? うん……」

そうしてギルドの前でヤンセン達と別れた。
ヤンセン達も夜に備えて今日は飲み歩かず真っ直ぐ宿に戻るのだという。

モニカの実家に戻る帰り道でも、モニカは時折表情を落としていた。
道すがら知り合いに声を掛けられると笑顔で応対しているのだが、どこかいつものモニカの元気がない。

「(モニカ、やっぱり気にしてるんだろうな)」

そう考えるのも、久しぶりに戻った地元の街で不審死が見られるという物騒なことが起きているのだ。街の雰囲気からはあまりそういうことが起きる印象は受けない。
それに、できることなら自分でなんとかしたいという気持ちもあるのだろうと、なんとなくそう思えた。

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