S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

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帰郷編

第 百 話 再来

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「ギギャアアアアア」

眼前に迫る男は理性を感じさせない。

「(――やっぱり人間には見えないな)」

獰猛な牙を見せながら、狂気じみた赤い目をしている男。

「(でもヴァンパイアでもないとなれば、こいつは一体…………)」

襲い掛かる男とすれ違いざま、鞘に納めた剣を横薙ぎに一閃する。

「ギシャアアアア――――」

ヨハンは交差をする瞬間、前方に大きく踏み込んだ。ヨハンの動きを目の前の男は捉えきれていない。
キンッと小さな金属音を響かせて目の前に迫って来た男を一太刀の下に斬り伏せると、ヴァンパイアらしきその男は勢いのまま地面を滑り、動きを止めるとピクピクと微かに動いていた。

「ヨハン?倒しきらなかったの?」

モニカが男に目線を送りながら駆け寄って来る。

「うん、もしかしたら会話ができるかもしれないと思ってさ。でも、どうやら無駄みたいだね」

モニカと二人で確認する様に目を送るのだが、目の前に倒れているヴァンパイアらしき男は「ギギギ」と小さく声を放っているだけで、理性と知性を持っていないと判断出来た。

「何者なの?」
「わからないよ。でもとにかくギルドに――――」

事情がはっきりしない以上、ギルドに連れて行くしかないと考えると同時に途轍もない殺気を感じ取る。

「モニカ!――」
「――えっ?」

ヨハンの声に反応したモニカもなんとか殺気を感じ取り、無意識に剣を抜いて顔の前に持って来た。

――瞬間、黒い光弾がモニカの前に到達し、ドンっと衝撃を受けたモニカの身体は背後に吹き飛ぶ。

「――がはっ!」

勢いのまま背後の壁に叩きつけられた。

「モニカ!大丈夫!?」
「え、ええ。で、でも、ヨハンの声がなければ今のはかなりやばかったわ…………」

慌てて駆け寄り、モニカに治癒魔法を施すのだが、目線だけは光弾が放たれた方角に向ける。

「(今の攻撃……あれは前に見た――――)」

暗闇の中から薄っすらと姿を現したのは、以前一度対峙した男。

「あーらあらー?あなた達はいつぞやの坊やたちじゃなーいですかー?」

「お前は……シトラスだな」
「ありがと、もう大丈夫よ」

以前見た時と同様に黒いコートとサングラスを身に着けていた。
シトラスは疑問符を浮かべる様にヨハンとモニカをじっくりと観察し、ヨハンによる治癒を終えたモニカも立ち上がりシトラスを見る。

「ふーむ、あの時のお嬢ちゃんにしては随分強くなったようでーすねー。子どもの成長は早いものです」

「あら光栄ね。どうやらヨハンだけじゃなく私のことも覚えてくれているみたいだわ」

「フフフフッ、もーちろん覚えていますともー。あのような煮え湯を飲まされたのは最近ではあの一度きりでしたからねー。 そ・れ・に、どーうやら今回もワタシの研究の邪魔をするようですしねー」

ギロリと睨みつけられたのだが、臆することはない。
ヨハンは先程倒したヴァンパイアらしき男に目を送り、再びシトラスを見る。

「……こいつはなんだ?こいつもお前の研究だって言うのか?」

「えーえ。その通りですよ」

「……前にも聞いたけど、お前は一体何の研究をしているんだ?」

「それをワタシがアナタ達に答えてやるとでも?」

余裕の表情で両手を広げるシトラス。

「あの笛……」

ヨハンが小さく呟いた言葉を聞いて、シトラスは眉を寄せる。

「魔物を召喚するあの笛、オルフォード・ハングバルムが持っていた笛もお前の仕業なんだろ?」

「――!?」

オルフォードの名前と同時に笛と口にした途端、余裕の表情を浮かべていたシトラスの表情が一変して目を剥いてヨハン達を見た。

「フッフッフッフ、どうやらアナタ達に邪魔をされるのは、これで二度目ではなく三度目のようですね。いやいやまさか、あの貴族の男の詳細がつかめないのはどうしたものかと思っていましたが、失敗していましたか…………」

視線を地面に落とすシトラスは、呑気な話口調が鳴りを潜め、静かに語り掛けてくる。

「良いでしょう!それほどワタシの邪魔をしたいのであるのなら、ワタシを倒すことができればワタシが何の研究をしているのかを教えてあげましょう!」

「その言葉に嘘はないでしょうね!」

「「えっ!?」」

ヨハンとモニカの声が重なったのは、その場にいない筈の声が聞こえてきたから。
声は上空から聞こえ、見上げると建物の上から飛び降りる人影があった。

「――ムッ!」

勢いよくシトラスの真上に振ってくるその影は迷うことなく地面目掛けて手をかざしている。
ドンっと鈍い音を立てるのと同時にシトラスの周りの地面が隆起した。

四方を取り囲むようにして一瞬にしてシトラスの退路を塞ぐ。

「お母さん!?」
「これで逃げ場はないわよ!」

人影の姿を確認するなり声を上げたのはモニカ。
ヘレンはモニカに目配せする様に小さくウインクをして、目線はすぐさまシトラスを捉えている。

隆起させた地面の中心目掛けて一直線に剣を突き刺して飛び降りると同時に轟音を立てた。

埃を巻きあげる中、ズモモと音を立てて隆起していた地面は元通り戻っていくのだが、そこにヘレンの姿はあれどシトラスの姿はない。

「――チッ、逃がしたわね。闇魔法の使い手か」

周囲を見渡しながら気配を探るように気を張るヘレン。

「ごめん、モニカ、取り逃がしたわ!周りに気を付けて!」

ヨハンにはシトラスがどうやってヘレンの攻撃を回避できたのかわかった。
以前対峙した時と同じように地面に影を作ってその中に逃げ込んだのだと。

「……どこだ?」

周囲をつぶさに観察してシトラスの気配を探る。
微かにシトラスの異様な気配を感じるのでまだ遠くへ逃げてはいないのはわかる。

「――そこね!」

ヘレンが大腿からナイフを抜き取って壁に向かって素早く投擲した。
ナイフが投げられた壁からは腕が伸びて来ており、黒い光を宿している。

サクッと音を立ててナイフが壁に刺さると同時に、黒いローブが姿を浮かび上がらせた。

「――グッ……何故わかった…………」

姿を見せたのはシトラス。

「お生憎様。あなたみたいに気配を消して影から襲い掛かる卑怯な奴なんてこれまでいっぱい見て来たからね」

余裕の笑顔を浮かべながら答えるヘレン。

「お母さん!」
「ヘレンさん!」

「二人とも大丈夫?」

モニカとヨハンがヘレンに駆け寄る。

「うん、二人とも大丈夫よ」
「そう、良かった。あっちは?」

ヘレンが目配せするのは倒れているトマスとヤコブ。

「あの二人も気を失ってるけど死んでないわ! それよりもお母さん、どうしてここに!?」

モニカが疑問符を浮かべながら問い掛けたのだが、ヘレンも同様に疑問符を浮かべてキョトンとした。

「あら?何言ってんのよ?いつも通りよ?街で困ったことが起きてたから私が手を貸したっていうだけのね」
「あっ、なるほど…………」

モニカは一応の納得はいったのだが、ヨハンの方は納得できていない。

「えっと、ごめん、一人で納得してないで僕にも教えて貰えないかな?どういうこと?」
「あー、お母さん時々こうして動いていることがあるみたいなの。日常的なトラブルは私と一緒だったのは知ってるよね?」
「うん、それは昨日知ったけど」
「私も詳しく教えてもらってなかったから聞いてなかったんだけど、たぶんギルドの依頼なんじゃないかな?」

「あっ…………じゃあギルドの人が言っていた別口の依頼って、もしかしてヘレンさんのこと?」

そこで納得がいった。
自分達が裏で動いていることがあるように、ヘレンもそうした活動をしていたのだということを。

ヘレンがにこりとヨハンに微笑む。

「あったりー。 でもね――――」

モニカの見解にヘレンは同意を示しながら言葉少なめに真剣な眼差しでシトラスを見る。

「でも今回はちょっと特殊なケースみたいね。 まさか魔族絡みだとは思ってなかったわ…………」

「「えっ!?」」

ヨハンとモニカの声が再度同調するのは、ここで魔族の名前が出て該当するのは目の前の男、シトラス以外にはあり得ないのだから。

シトラスはヘレンの言葉を聞いて薄く笑う。

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