S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

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帰郷編

第 百七話 王都へ向けて

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レナトを離れ王都に戻るのだが、再び別れることになる親子の挨拶をしているのはモニカとヨシュアとヘレン。
ヨハン達はその様子を後ろで黙って見届けていた。

「じゃあモニカ元気でね」
「うん、お父さんも働きすぎていつでも身体を壊さないでね。お母さんも」
「わたしは大丈夫よ。それにしても立派になったものね。ついこの前は半泣きになりながら出て行ったのに、どういう心境の変化なのかしら?」
「い、いいじゃない別に!」

恥ずかしがるモニカをちゃかすヘレンに対して、ヨシュアは感極まって目をウルウルさせている。

「モ、モニカー!」
「ちょ――」

そのまま我慢できずに大きく手を広げて抱擁しようとするのだが、素早くその場を避けるモニカに対して、ヨシュアの身体はそのままモニカがいた場所を通り過ぎた。

結果つま先を地面の割れ目で引っ掛けて地面に顔を打ち付ける。

「(うわぁ、痛そう……)」

後ろで見ているヨハンも顔面を強打して、顔を押さえながら立ち上がる姿が不憫でならなかった。

「も、もう!お父さん、やめてよ!みんな見てるし恥ずかしいんだから!」
「そんなこと言ったって、いいじゃないか!ちょっと抱きしめるぐらい!それに昔はよくお風呂にも一緒に入ったし、モニカだって昔はお父さんのおヨ――――」

「お・と・う・さん?それ以上言ったらどうなるか――」

ヨシュアがそこまで口にした次の瞬間にはモニカは剣を父に突きつけ、笑顔のまま青筋を立てるので、ヨシュアは苦笑いして両手をあげる。

「は、はははっ、じょ、冗談じゃないか。 わかっているよ」

ヨシュアはそのままモニカに突き付けられた鞘に収まっている剣に片手を添えて下げるとモニカの耳に顔を近付けた。

「次に会うのはヨハン君を連れて帰って来る時かもしれないもんね」
「なッ――」

真っ赤にさせて湯気がでそうになるモニカは肩越しに後ろにいるヨハンに顔を向ける。
ヨハンはどうして後ろを向いているのかわからず小首を傾げ疑問符を浮かべていた。

「違っ――」
「僕はモニカのお父さんだよ?ちゃんとわかってるから。 大丈夫、モニカはお母さんに似て綺麗で可愛くて、そしてとても強くて、何より…………なにより優しい子だよ」

そこまで口にしてヨシュアはモニカの耳元から顔を離す。その表情は満足そうに晴れやかだった。

そんな父の顔を見たモニカは小さく息を吐いて首を振る。

「ううん、優しいかどうかなんてわからないけど、もし私が優しいのだとしたらお父さんにも似ているからだよ? お父さんとっても優しかったから」

満面の笑みで父に笑いかけたモニカの顔を見て、ヨシュアは堪えきれずに後ろを向いた。
途端に頬を大粒の涙がいくつも伝う。

「はい、これ」

そのヨシュアの頭にポンと手を置いてハンカチを渡すヘレン。

「ごめんね、せっかくの見送りは笑顔で送り出したかったんだけど、お父さん久しぶりにモニカに会えて我慢できないみたいなの」

ヘレンの言葉を聞いたモニカは大きく首を振る。

「うん、わかってるし嬉しい。私はお父さんの娘だよ?お父さんのことぐらい知ってるし」

笑顔ではにかむモニカ。

「そっか。 そうよね。 さぁいつまでものんびりしてても出発できないわよ」
「わかってる。じゃあね、お母さん。お父さんも」
「ええ。行ってらっしゃい」

正面から笑顔で手を振るヘレンに対して、ヨシュアは後ろ向きのまま手だけ振る。

「(じゃあ、行ってきます。必ずまた帰って来るから!)」

振り向きヨハン達を見て笑顔になるモニカの目尻には小さな滴がついているのだが、振り返ることなくそのまま前に進んだ。

「じゃあいこっか」
「うん」
「ええ」
「おお」

「あっ、ヨハン君!」
「――えっ?」

急に呼び止められる。

「あっ、他の子は先に行ってて」

ヨハンだけを呼び止めて他を先に行くように促した。ヨハンもどうして呼び止められたのか身に覚えがない。

「えっと……」

疑問符を浮かべながらどうしたのかと思うのだが、ニコニコと笑顔をヘレンが近付いてい来る。

「モニカちゃんのこと、よろしくね」
「――えっ?はい。まぁ、僕が助けられてる部分もありますけど、わかりました」
「何があってもよ?」

そんなに心配するほどモニカは頼りないのだろうかと考えるのだが、思い返せば母エリザもヨハンが出発する時何度も持ち物の確認をするなどしていたことを思い出した。

「はい、わかりました。任せてください」

笑顔でヘレンに答える。



そうして街の外で商人たちと帰り道について確認していたヤンセン達に合流する。

「おっ、来たな」

笑顔のヤンセンに対して、威勢がないのはトマス。ヤコブの方は特に様子に変わりはないのだが、トマスはどう見ても死にかけたことに対する情けなさが滲み出ていた。

そんな姿をシェバンニならぬマーリンに杖で小突かれ、申し訳なさそう振り返ると何かを囁かれている。

「よ、よぉ、遅かったな!準備はいいなッ?早速帰るぞ!」

その様子を見る限り、いつも通り振る舞えという風に言われていたのがわかった。

ヨハン達はお互い顔を見合わせて笑い合うと、トマス達に向き直る。

「はい!帰りもご指導よろしくお願いします!」

揃って深々と頭を下げた。

「お、おうっ、し、仕方ねぇな……」

トマスは困惑しながらも恥ずかしそうに振り向く。


それからは帰りに輸送する物資の内容をいくらか教えてもらい、行きと同じようにして帰ることになった。
行きと違うのは、帰り道は全員が同じ馬車に乗ることが出来たということ。



――――馬車の中。

「なぁ、そういえばモニカの母ちゃんって無手でとんでもなく強いのな」

レインが口にするのはモニカとの模擬戦でのヘレンについて。

「えっ?けどお母さんの本気は無手じゃないわよ?」
「そうなんか?」

「当り前じゃない。私の剣はお母さんに習ったのだから剣も私より強いわよ」

呆れるように、何を当たり前のことを言っているのだと言わんばかりに軽く言い放つ。

「あの強さでなんで剣を持ってないんだ?」
「ほんとだね。なんでなんだろう?」

レインの疑問にヨハンも同意する。
シトラスとの戦いに乱入して来たヘレンの強さはかなりのものだった。

「やっぱり裏の活動をする必要があるから剣を持っていると違和感があるからじゃないかな?」

ヨハンの疑問にモニカは苦笑いしながら首を振って口を開く。

「ううん、違うわ。 なんか前に聞いた時はこう言っていたの。 『私は主婦なのだから剣を日頃から持ち歩いているなんて可愛くないじゃない。だから無手を基本にしているのよ。こんな綺麗な若奥様に帯剣は似合わないわ』って笑いながら言っていたわ」

「…………そっか」
「…………へぇ」

それを聞いて苦笑いしかできない。

「本当つかみどころのないユニークなお母様でしたわね」
「だな」
「うん」

「にしても、あれ以上の強さを発揮する人間が、普通の主婦として街に滞在しているなんて隠れた守護者だよなぁ」

そんなことを言いながら王都への帰路に着いた。
その言葉通り、レナトの街で暴れまわる者に対してはヘレンによって見つかり次第即座に駆逐されているのである。

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