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エピソード スフィア・フロイア
第百二十 話 閑話 初任務⑤
しおりを挟む「あっ……ああ……――――」
「――上よっ!」
スネイルが驚き泣きべそをかく中、スフィアが大きな声を発して声を掛けると、天井には逆さにぶら下がっている女性の姿があった。
しかし、それはとても人間とは思えない深い緑の髪をして背中に小さな黒い翼がある。
「各自構えろッ!」
アルスの声に同調してマルスとロシツキーは抜剣するのに対して、スフィアとアスタロッテは既に剣を抜いていた。
同時に見上げた天井を見て驚愕するのはアルス達だけに留まらずスフィア達も同様である。
天井にはいくつもの人間が、まるで蜘蛛の糸の様に絡め捕られたように逆さまに吊るされていたのだから。
「なんだアレは!?」
「……まさかいなくなったという村人たちか?」
見た目で年齢がバラバラに見えるそれは、目視で数えたところ十八ある。
それは捜索していたガド村の村人と同じ数だった。
「フッ、やはりこいつらを探しに来たんだね。ここに来たのは偶然かい?」
天井で逆さまのまま女が問い掛けてくる。
問い掛けの内容にはすぐに答えずアルスはマルスと目を合わせて小さく頷いた後に口を開いた。
「そうだ。その村人たちを保護しに来た。大人しく返せばすぐに引き上げよう」
「ハッ!嘘ばかり吐くな!お前ら男どもはいつもすぐに嘘をつく。それにこいつらはここに居たいことだろうよッ」
「……それはどういうことだ?」
アルスは内心では疑問を抱きながらも冷静に問い掛ける。
「今こいつらはとても良い夢を見ているからな。せっかく幸せな夢を、理想の女と良いことをしているところを邪魔するなど無粋なものだろう?」
「ではやはり……」
その返答一つで天井に居る魔物がサキュバスなのだということの証明で十分なのだが、ここで一同は可笑しな疑問を抱いた。
「では質問を変える。仲間はどこにいる?」
「仲間……だと?アタシに仲間なんていないね」
スネイルが上体だけ起き上がり、天井目掛けて指を差す。
「ふ、ふふ、ふざけんな!そんなわけないだろ!仲間がいないならそれだけの人数をどうやって連れて来たってんだ!」
スネイルは腰を地面につけたまま、震える指でサキュバスを指差した。
目の前のサキュバスはキョトンとした表情を浮かべた直後、いやらしい笑みに変わる。
「なんだい、そんなことか?ならいいこと教えてやろう。いや、いい夢をみせてやろうじゃないか」
サキュバスがアルス達に手をかざして魔力を練ると、アルス達は突如頭を抱えだす。
「な、なんだっ!?頭の中に妙な感覚が――」
「――ぐっ、ダメだ……」
妙に興奮するような気配を得るアルス達は必死にそれに対して抗おうとするのだが、徐々に頭に送っていた手をだらりと下げた。
「スフィアちゃん!?」
「ええ。もう無駄ね。どうやら彼らは洗脳されたみたいよ」
状況的にはそうとしか思えない。
色欲に満たされた好奇な眼でスフィアとアスタロッテを見てくるアルスとマルスにロシツキー。
ジリッと後退りするのは、今にも襲い掛かられそうな気配を見せている。
「ん?そっちのメスブタどもはわかるが、どうしてそこの小僧はなにもないんだい?」
スフィアとアスタロッテが無事なのは、サキュバスが男性にしか魔力を発動できないため。その代わりに、男性に対しては圧倒的な支配力を見せるということ。
「へっ?何がどうなってやがんだ?」
目の前のスネイルは一切変わった様子を見せていない。
ゆっくりと立ち上がり、雰囲気の変わった先輩騎士を不思議そうに見る。
「あなた、何かしているの?」
「は?何言ってやがんだ?」
「ねぇ、そこのカス?もしかして胸元に何か持っている?魔除けとか?」
「誰がカスだ!」
「いいから早く質問に答えなさい!カス!」
「……ぐっ」
アスタロッテの怒声にたじろぐスネイルは胸元に手を送った。
「も、持っている。親から持たされたもんだけど、コレのことか?」
スネイルは胸元から十時に象られたシルバーアクセサリーを取り出してアスタロッテとスフィアに見えるように見せた。
「スフィアちゃん、アレ、魔除けの魔道具よ。ウチも似たようなの持ってるし」
貴族の子息に持たせることも多い魔除けの魔道具。効果のほどは様々であり、魔力耐性の底上げや、異能に対する耐性を上げるという効果が多い。
同じ貴族のアスタロッテはすぐさまその可能性に気付いて、事実その通りであったのだが、スネイル一人が無事だったところでこの状況を打破できたわけではない。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
目の前には今にもスフィアとアスタロッテに襲い掛かろうとしている仲間の騎士達の姿があり、涎を垂らしているその姿はとても冷静なものには思えなかった。
「まぁいいさ、一人ぐらい無事だったところでどうってことない」
サキュバスはスネイルを洗脳できなかったことを意に介さない様子を見せ、余裕の表情を浮かべている。
「ねぇ、スネイルさん」
「な、なんだよ!?」
「あなたは邪魔だから早く外に出てください。あいつは私達で倒しますし、あなたがいたところで足手まといにしかなりません」
今ここで遠慮などいらないとスフィアは判断して冷静に指摘した。
「なッ!?テメェふざけんじゃねぇぞ!」
スネイルが憤慨してスフィアに向き合うのだが、スフィアはすぐさまスネイルの背後に入る。
ガンっと鈍い音を立てる音を立てるのは、スフィアが剣を鞘に納めたまま横薙ぎにマルスを吹き飛ばしていた。
「お、おい!?」
「今この人たちは正気を失っているわ。容赦なく私達目掛けて襲ってくるでしょうね」
「――そうそう、だから早いとこ逃げてくれないかなぁ?」
スネイルがアスタロッテの声に反応して振り返ると、アスタロッテも同様にロシツキーを蹴り飛ばしているところ。
「ぐっ……」
一瞬の躊躇を挟みながらスネイルは後方に駆けだした。
「逃がさないよ!」
サキュバスは背中を向けているスネイル目掛けて腕を伸ばして光弾を放つ。
「――なッ!?」
サキュバスが驚き目を見開くのは、迫る光弾がスネイル目掛けて着弾しようとしたところでチィンと音を立てて光弾は弾け飛んだ。
「……なんだその剣は?」
驚きに包まれる中、スフィアは鞘から剣を抜き放っており、薄っすらと赤い光を伴っている。
「ふふっ、驚いたでしょ?魔剣を見るのは初めてかしら?」
シュッと素早く剣を振り、サキュバス目掛けて構えた。
「覚悟は、いいですか?」
美しい笑みを浮かべてスフィアは堂々と宣言をする。
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