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廻り合い、交差
第百六十三話 記憶の中の
しおりを挟む広大な平原、地平線が見える程大きな平原を、行商人の荷馬車に揺られながら王都を出て西に進んでいた。
荷台にから外を眺めて楽しそうに鼻唄を歌っているニーナ。心底楽しそうにしているその様子を見てヨハンは微笑ましく思う。
「(確かに身寄りがないのも不憫だしね)」
これだけ慕ってくれているし、旅をする上でニーナの実力も申し分ない。
「そういえばすまなかったな」
「何がですか?」
突然ラウルから謝罪された。
「いや、あの飛竜のことだ。アレは俺が思っていた以上に強かったんだ」
「えっ?そうなんですか?」
「ああ。あれぐらいになるとそこらの飛竜ではない。それこそコルセイオス山に棲息しているようなレベルだった」
「コルセイオス山って、確か竜峰ですよね? 最強の竜がいるっていう。もしかしてそこの竜が?」
ともすればそれが何を意味しているのかはヨハンも知っている。停戦協定が破棄されたという可能性を。
「いや。それについてはわからん。一応調べるつもりだが突然変異の可能性もある」
「……そうなんですね。ラウルさんはそのコルセイオス山に行ったことがあるのですか?」
「俺もやつらに付いて一緒に行ったことがあるんだよ」
「えっ!?やつらって……――」
やつらが誰のことを差しているのかはわかる。
「――……父さんたち、と」
「ああ」
剣聖がそれに同行していたという話は聞いた事がない。エレナも知らないはずだろうから恐らく誰も知らない話のはず。
しかし、先日聞いたラウルと両親たちとの意外な繋がりがそれを事実だと証明している。
「それならラウルさんも竜と戦ったのですか?」
剣聖であるラウルが戦っていないわけがない。当時に剣聖の称号を持っていたのかという話とは別に、竜峰に付いていけるだけの実力者なのだから。
「まぁ戦うのは戦ったが、俺が戦ったのは他の竜だ。グランケイオスが提案した竜と戦った中に俺は入っていないぞ? あくまでも停戦協定はアトム達スフィンクスだけで成し遂げたからな」
「へぇ」
だからラウルがその場に居たということはほとんど知られていない。
それはラウルも自覚している。歯痒さを覚えた出来事。紛れもなくアトム達スフィンクスが行った偉業、快挙である。皇子だということで変に知名度のある自分があれだけの戦いを繰り広げたその手柄を横取りするわけにはいかなかった。
「(俺があの時、もう少しでも今の強さに近付けていればまた違ったか?)」
不意に尋ねられたことでラウルはふと当時のことを思い返す。
停戦協定を結ぶことになるその直前の戦いを。
『おいラウル。お前はもういい。ここは退け。お前を死なすわけにはいかねぇよ』
『そんなっ!?』
顔や身体、至るところから血を流しているアトムは黒剣を地面に差して片膝を着いていた。
『アトム達を放って逃げることなんかできないよっ!』
『ばっかだなてめぇは』
『えっ?』
満身創痍のアトムの筈なのに、その笑顔を見ていると、徐々にだがどこか落ち着いてしまう。いつも通りに向けられる屈託のない笑顔。
『逃げるんじゃねぇよ。てめぇは一旦退くだけだ。外の奴をお前は倒せる程に強くなったんだ。もし俺達がダメだった時、次はローファスと協力して出直せ。あいつなら必ずお前の力になってくれるはずだ。だからこそ後のことはてめぇに任せるんだからな』
『……アトム』
どう言葉を返したらいいのかわからない中、背後からポンと肩に優しく手を乗せられるのは金髪の女性。
直後、グッと抱き寄せられると前に腕を回され、背中に体温を感じる。
『ほらっ。それに妹が生まれたばかりなんでしょ? ならまだ死んではダメよ?』
『……エリザさん』
思わず目頭が熱くなる。涙が零れ落ちる。
どうしてこの人はこんな状況でこれだけ優しい言葉を掛けられるのか、これほど穏やかな気持ちにさせてくれるのか。
『――何人たリともココから逃がすト思うカ?』
少しばかり離れたところにはギロリと蒼い瞳を動かす漆黒竜。
その眼前には二人の男女が立ちはだかっている。
『フム。ヤツが抜け出す時間なら儂が作ってやろう』
『ワシ等、の間違いじゃろう? 盲目しておるのか?それとも歳のせいでボケたか?ガルドフ』
『よう言いおるわい。儂がボケるようならお主は――――ぐふっ!』
シルビアの杖の先端、髑髏が獣の形に変貌してすぐさまガルドフの腹部に噛みついた。
『おいおい、んなことでダメージ負わせないでくれよ姐さん』
『死にかけの小童は黙っておるがいい。そんなことよりも早く回復してもらうことだな』
『へいへい。頼むエリザ』
『ええ。ちょっと待ってね』
『ガルドフ、シルビアさん…………アトムもエリザさんも、どうしてこんな状況でもいつも通りなんだよ』
涙を目尻に浮かべたまま思わず笑ってしまう程にいつも通りの変わらないやりとり。
余裕などないはずだったのに、どうしてあれだけ余裕を持って振る舞えたのか当時は全く理解できなかった。
「(今なら少しはわかるな)」
それは歳を重ねるとなんとなく理解して来る。
結局、どんな状況でもいつも通りに振る舞える。その辺りにアトム達の強さの秘密があったのだということは。
「(俺もあの時はまだまだだったな)」
久しぶりに思い出したことでフッと笑いが漏れ出た。
「なんだか嬉しそうですね。詳しく、聞いてもいいんですか?」
「そうだな…………――」
僅かに思案する。
しかしラウルは小さく首を振った。アレはあいつらだけの中に留めておくべき出来事のはず。あいつらが話さないなら他人に武勇伝として聞かせるような話ではない。
例え息子だとしても。
と。
「いや、やめておこう。聞きたかったら直接父親か母親に聞くんだな」
「そうですか。わかりました」
怒っているわけではないのはわかる。それでもそれ以上尋ねる気にならないのは明らかに一線引かれたのを感じた。
「それよりもだ」
「あっ、あの飛竜のことですよね? ラウルさんが僕に天弦硬を実戦で掴ませようとした。いやぁ確かに苦労しましたけど、おかげでコツは掴めました。ありがとうございます」
何でもないかのようにニコリと笑うヨハン。ラウルはその表情、微笑みを見て思わずキョトンとした。
「(これは……俺の見込みが甘かったとはとても言えないな)」
結果無事。
それどころかヨハンが満足している上に、天弦硬も使えるようになった。
その事実があるのでそれで良かった。ことにする。
「(アトムはまだしも、エリザさんがこの件を知ったら確実に半殺しにされるな…………)」
なんとなくエリザが激怒するのが想像できた。あの優しさと見事に同居させているその嫉妬の炎。恐らく息子にも同じ気持ちを抱くはず。
危うく自分のせいで最愛の息子が下手をすれば死んでしまったかもしれないと知った時のエリザの仕打ちを考えると寒気を覚える。
「(よし。なら黙っていようか)」
結論として、ヨハンが都合の良い解釈をしているのでそのままにしておくことにした。
「あの?」
「ん?」
「もう一ついいですか?」
「忘れ物でもしたか?今更取りには戻れないぞ」
「いえ、どうしてニーナが一緒に来るのを許可したのかと思って」
「ああ。そういうことか」
そこでラウルは僅かに思案する。
「(ニーナ自身が自分のことを知らないようだから言わない方がいいのだろうな。アトムとリシュエルがどういうつもりなのか、それがわかってからにした方がいいか)」
ニーナの父に覚えのあるラウルはチラリとニーナの後ろ姿に視線を送った。
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