S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

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エピソード エリザ・カトレア

第百六十五話 閑話 帰還

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ヨハンとニーナがラウルに付いて王都を出たその約一時間後。

「あーっ、疲れたぁ――……ん?」

王都近郊の平野にある村。
農耕地帯で男が農具を持ち、畑仕事をしていたところで疲労から腰に手を当て、上空を見上げると違和感を覚える。

「どうした?」
「いや、あそこ……」

隣にいる男が疑問符を浮かべる中、男は空を指差した。

「曇り空がどうかしたべ? 雨が降るかもな」
「なんか通ったか?」
「んー? 鳥じゃねぇべか? さ、そんなことより降り出す前に早く終わらせるべ」
「それもそうだな」

なんでもないと視線を再び地面にむけるのだが、その曇り空の中を通っているのは鳥なんかではない。

 ◇ ◆


空を駆け抜けるようにして飛んでいたのは金竜。
その背に四人の人間を乗せていた。

「おいっ」
「ナンだニンゲン?」

金竜は淡々と返事をする。

「てめぇすぐに追い付けるって言ってたじゃねぇか。丸二日経ってるぞ」
「ソレに関してハ素直ニ謝罪しよう。まさかアヤツがこれほど速く飛べ、しかもこれほど遠くマデ行こうとハ思ってもなかっタ」
「ざけんなよてめぇ!切り落とすぞ」

背に乗っているのはアトム達スフィンクス。

「切り落とせば儂らも地面に真っ逆さまじゃな」
「ですねぇ」
「ほんとコイツはいつまで経っても考えなしの小僧じゃな。見てくれだけはいっちょ前に大人になっておるがの」
「だぁっ!うっせぇなっ!しょうがねぇじゃねぇかよ!」

その目的は竜峰コルセイオス山を飛び出した飛竜を追って来ていた。
その姿はシルビアの幻惑により外見上巨大な鳥のようにしか見えないようになっている。

「チッ、本当に無事なんだろうな?」
「現状恐らく人間の被害はナイ。恐らく、ナ。それにもうすぐ追い付く」

当初、金竜の言によれば数時間もあれば追い付く筈だった。
それが二日近く掛かっているのは金竜の見込みが甘かったのもあるが、飛竜が追跡されないように遠くへ飛んでいたこともあり見失いかけていた。

金竜は飛竜の気配と匂い、それに魔力の残痕を辿りながらなんとかその距離を詰めている。アトムが焦燥感を覚えるのは、これほど遅れることになれば人間に対して甚大な被害が起きている可能性が高いことについて。

「(ソレにしてモ…………おカしい。ヤツはもうその場を動いていないのに、ニンゲンの血の臭いが一切しないとハ?)」

感じ取る飛竜の気配にどうにも違和感を拭えなかった。

「ムッ?」

そこで金竜は鼻を動かし、感じ取る気配、その疑問を確信に代える。
飛竜が動かない理由を察した。

「どしたのじゃ?」
「いや、まさかとハ思っていたが……」
「もしかして人間に被害が出たの?」
「イヤ。その逆の様だ。もしかすレば少しはニンゲンに被害が出ておるやもしれないがナ」
「どういうこった?」

疑問符を浮かべる一同なのだが、シルビアは眼下に広がる景色に目を向け、金竜の言わんとしていることを理解した。

「なるほどな。この辺りの景色、見覚えがあると思っておったがすぐそこは王都じゃな?」
「えっ?」

エリザが覗き込むように眼下を見る。

「あっ、ほんとですね」

そこは確かに王都近郊で間違いなかった。

「ということは、じゃ。大方そやつはこの辺で暴れようとしたのだろうな」

シルビアの言葉を聞いてエリザとガルドフは顔を見合わせて同時に理解する。

「なるほどのぉ」
「あの飛竜、逃げる頭はあるのに変なところで頭が弱かったみたいですね」
「どうせ人間全て一律に見ておったのじゃろ。下に見る程人間は弱くはないわい。典型的な慢心の結果じゃの」

「お、おいっ!俺にもわかるように説明してくれって!」

シルビアとガルドフにエリザの三人で納得し合うのだが、アトムだけはまだ理解できていない。

「あのね、アトム。つまりこういうことよ。たぶんあの飛竜はこの辺りで大量虐殺をしようとしたと思うの。でもそれが失敗に終わった」
「なんで失敗したんだ?」
「それは近くに王都があるということじゃ」
「んん?」

首を傾げるアトムは未だに理解が追い付いていない。

「つまり、国の戦力の中枢がそこにあるということが答えじゃな。こやつのこの様子を見る限りでは」

ガルドフがクイッと顎で金竜を差す。

「要は人間側が勝ったということね」
「あっ、なるほど」

そこでようやくアトムは理解した。

「はぁ。坊やは所詮坊やじゃな。息子と一緒に学校に通い直したらどうじゃ?」
「んな恥ずかしい真似できるかよっ!」

そう話すエリザ達の予想は大きく外れていない。
飛竜はコルセイオス山を抜け出した時に考えていた。せっかく自由になったのだ。今後コルセイオス山に帰ることもつもりもない。これからははぐれとしての生活を送る。その先駆けに一際大きな人間の街、王都をその標的にすることにしていた。

「でも考えなしに突っ込んだのでしょうね。ほらっ」

エリザが指差した先にはもう王都が視界に入ってきている。

「見た感じ甚大な被害は見られないわ。恐らく誰かが上手いこと倒したのでしょうね」
「へぇ。あれだけのヤツを倒すだなんて一体誰だ? オズガーかジャン辺りかな?」
「かもしれんな。しかし被害が全くないとも言い切れんぞ?」

見た目だけでは被害の詳細は分からない。

「っし、わかった。おい。ここでいい。下ろせ」

もう王都は目と鼻の先。
このまま金竜の背に乗って近くに飛んでいくわけにはいかない。

「そんなもの飛び降りればよかろう」
「は?」

シルビアがアトムの首根っこをガシッと素早く掴む。

「えっ? ちょ、姐さん、ま、待ってくれ!」
「問答無用じゃ」

「そ、そんなーっ!」

ヒュウッと音を立ててシルビアとアトムの二人が飛び降りて行った。

「あはは。迷いのなさはさすがシルビアさんですね」
「あやつはいつまで経っても変わらんからの」

ガルドフとエリザはすぐさま小さくなっていくアトムとシルビアを見下ろすように見送ると――。

「ではグランケイオスによろしく頼む」

ガルドフはエリザをぐいっと抱き上げるとその肩に乗せる。

「本当ニこんなところデ良いのカ?」
「ああ。あまり近付きすぎると降りるのもままならんくなるわい」

もし竜の存在が看破されればとんでもない騒ぎになるのは想像に難くない。

「そうカ」
「それとだな、どうやら対価としての討伐は叶わんかったようだが、お主も時間を見誤ったことでその分は相殺ということにしておいてくれ」

魔王に関する情報に対する対価の支払い。それを達成できなかった。

「……ムゥ。仕方ないナ。確かにコチラにも非はある。ソウ告げテおく」
「お主がお灸を据えられんように祈っておるぞ」
「ハハハッ。そこは心配いらなイ。恐らくグランケイオス様は結果がドウなろうとも口実さえ得られればドチラでも良かったはずダ」

他の竜に対する示しを付けられればそれで良いという金竜の見解。

「そうか。ではまたいつか機会があれば会おう」
「アア」

そうしてガルドフも金竜の背からスタンと軽く跳躍して地上に向けて飛び降りて行った。


 ◇ ◆ ◇

「――……あああぁぁぁっ!」

ドンっと激しい音が地面を叩くと大きな土煙を上げる。

「こ、怖えぇ…………」

アトムとシルビアは無事に地面に降り立った。全くの無傷。
バクバクと警鐘を鳴らす心臓、その胸をアトムはがっしりと掴む。

「まったく、ビビりおってからに。ワシを信用せんか」

シルビアは魔法障壁の応用、衝撃緩和の魔法と並行して風魔法によって衝撃を和らげていた。

「だ、だからっていきなりあの高さから飛び降りんでもいいじゃねぇか!」
「フン。先程から文句ばっかりじゃな?」

シルビアはおもむろにアトムに向けて髑髏を象った杖を向ける。

「ちょ、姐さん!?」

パチンと音が鳴ると稲光がアトムに襲い掛かった。

「ぎゃあああ――」

直後にガルドフとエリザが下りて来る。
ガルドフの肩からスタっと飛び降りるエリザはアトムに目を向けた。

「大丈夫アトム?」

先に飛び降りたアトムの様子を見るつもりだったのだが、エリザは目の前の光景に疑問符を浮かべる。
視界の中には四つん這いのアトムの姿。

「って、何やってるの?そんなに怖かったの?」
「坊やは気が小さいところがあるからのぉ」
「(ひ、ひどい……)」

素知らぬ顔で平然としているシルビアに恨み言の一つでも言いたいのだが、言えばその後の結果も目に見えてわかる。

「遊んでおらんと早く行くぞい。状況を確認せねばならん」

既に王都の方角に向けて歩き出しているガルドフ。

「っててて。まぁそうだな。ようやく呪いに関する話をローファスに持ち帰ってやれるんだからよぉ」

アトムは立ち上がり拳と手の平を合わせて遠くに見える王都を真っ直ぐに見る。

「さて、では行こうかの」
「ヨハン。元気にしているかなぁ」
「あいつなら大丈夫だろ」
「いよいよ主等の息子と対面できるのじゃな。非常に楽しみじゃの」

そうしてアトム達四人はシグラム王都に向けてその歩みを向けた。

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