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エピソード エリザ・カトレア
第百六十六話 閑話 寝耳に水
しおりを挟む「変わってねぇな、この街は」
王都の外壁を懐かしそうに見上げるアトム。
「そうね。あなたがお父さんと喧嘩さえしなければもうちょっと来ていたと思うの」
流し目でアトムを見るエリザのその目には恨み節が見える。
「おいおい。それは言わねぇ約束だろ」
「ええ。アレはお父様も悪かったから私も今までは何も言わなかったわ。でも王都だけならまだしも中央区に入るなら会うことも覚悟しといてよ?」
「わ、わぁってるって」
「ほれ、無駄話ばかりしとらんと。早くお主等の息子に会わせんか」
立ち止まっているアトムを追い越しながらバシバシと杖でアトムの臀部を叩くシルビア。
「それよりも先にローファスのところにいかねばならんわい。竜の件も確認せねばならんしの」
「それもそうじゃな」
そうしてスフィンクスは入都しようとしたところに門兵がガルドフに気付くと、慌てた様子で駆け寄って来る。
「これはガルドフ殿。久しぶりにお顔を見た気がしますが、どこか行かれていたのですか?」
「ああ。すこしばかり所用での。しばらく王都を離れておったわ」
「そうですか。でしたらお聞きになっていないようですね」
門兵は深刻な顔つきになり問い掛けるのだが、何に関してのことなのか全く覚えがない。
「何かあったのか?」
「ええ。先日飛竜が王都近郊、すぐそこに現れたのです」
門兵が飛竜、と口にした途端アトム達の顔に緊張が走った。
「それも、普通の飛竜ではない程、とても大きな飛竜でした」
門兵の口調からその巨大さが窺い知れる。アトム達は顔を見合わせ、納得し合うと頷き合う。
「どうやら間違いないようだな」
「ああ」
それ以上深く確認する必要もない。アトム達が追いかけて来た飛竜は確かにここまで来たのだということがわかった。
しかし周囲を見渡してみても疑問が残る。それだけ巨大な飛竜が現れたというのに深刻さは伝わって来たが、怯える様子がない。
「いやぁ、私は幸せ者ですよ。あんな戦いをこの目で見ることができたのですから」
「は?」
突然笑顔になるのだが、どうしてこれほど嬉しそうに語るのか、その理由が理解できない。
「ってえと、オズガー辺りが陣頭指揮を執ったのか?」
可能性があるとすればこの辺り。英雄と呼ばれるオズガーの実戦を見る機会など滅多にない。この門兵にこれだけ嬉しそうに話させるほど、感動する戦いが繰り広げられたのだろうとアトムは推測する。
「いえ?」
アトムの問いに門兵は首を傾げる。
「申し訳ありません。失礼ですが、オズガー様を呼び捨てにされるそちらの方はどなたですか?」
「ああ、すまんな。儂の古い知り合いじゃ。気にせんでくれ」
「はあ……」
一体ガルドフとどういう関係性なのか、門兵は探る様な視線をアトム達に向けた。
「それよりもじゃ。オズガーでないとしたら一体誰がその飛竜を倒したのじゃ?」
ガルドフが再度門兵に問い掛ける。
途端に門兵の顔が満面の笑みになった。
「そうですよ!ガルドフ殿もあれだけの学生がいれば校長として鼻が高いでしょう!?」
「……つまり、学生が倒した、とな?」
「はい! いやぁ、あれだけの学生を冒険者にさせるのはもったいないですよ」
顎を擦りながらそれだけのことができる学生を考えるのだが覚えがない。
「(もしや……?)」
いや、思い当たる学生がいるにはいるのだが、まだそれほどまでに成長しているとはとても思えなかった。将来的には十分に可能性があるその学生を思い浮かべながらチラリとアトムとエリザを見る。
僅かにそれを成し遂げる可能性を秘めた学生が脳裏を過るのだが、ソレを実践するには恐らくまだ力不足だろうと認識していた。
「へぇ。すげぇ学生がいたもんなんだなぁ」
「確か名前はヨハン、といっていましたね」
「えっ?」
「なっ!?」
「ほぅ」
「(……やはり)」
アトムとエリザにシルビアは三者三様の反応を見せた。
「間違いはないのか?」
「えっ? はい。人伝に聞いた話ですので断言はできませんが……」
「そうか」
「あっ、ですが教頭もその場に居合わせたそうですので詳しい話はそちらで聞けるかと」
「シェバンニもその場にいたのか」
「げっ!」
教頭ことシェバンニの名を耳にした途端、アトムは苦々しい顔をする。
「シェバンニ先生かぁ。懐かしいなぁ」
「俺はなるべくなら会いたくねぇな」
ガルドフの後ろで対照的な反応を示すエリザとアトム。
「すまんな。色々と教えてもらって助かったわい」
「いえ、とんでもありません」
「では儂らは失礼するよ」
「はっ!」
門兵が敬礼して見送る中、ガルドフ達は外壁の通路を潜り王都の中に入って行った。
「おい、今の話、どういうこった?」
「どうもこうもないじゃろ。主等の息子がアレを倒したようだな」
「詳しい話は全てローファスに聞くしかないわい。それからヨハンに会いにいくとしよう」
「でもまさかヨハン一人で倒したわけじゃないよね?」
「それはさすがにないだろ?」
アトムが笑いながら話すのだが、ガルドフは思案する。
「(もしそうであるならば末恐ろしい才能じゃな)」
そうして外壁を潜り抜けると真っ直ぐ王宮を目指して歩いて行った。
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