S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

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禊の対価

第二百四十八話 疑念

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「し、シン。それはつまり、どういうことだ?」
「すまねぇなルーシュ様。ここから先は全部憶測になっちまうからあんまり適当なことは言えねぇんだ」
「構わない。だから続けてくれ」

瞳には困惑の色を宿しながらもルーシュは力強く口にする。

「はぁ。わかったよ」

シンはローズと目を合わせると互いに頷いた。

「つまりだな。もしかしたらこいつが裏で糸を引いてた可能性があるってことだ」
「えっ? まさかレグルスが!?」

一同の視線がレグルスに集まる。

「ち、違いますぞルーシュ様! そんなわけはありません! 貴様ッ適当なことをぬかすなッ!」
「ならさっき俺が言ったことはどういうつもりだったんだ?」
「ぐっ!」

射抜くように問い掛けられる視線、シンのその威圧感にレグルスは僅かにたじろいだ。

「そんなもの、聞かなくともわかるでしょう」

開かれたドアの向こう側からドグラスとトリスタンが戻って来る。

「ど、ドグラス殿! こ、こいつらに何か言ってやってくれ!」
「ええ。私にお任せください」

ドグラスはジッと部屋全体を見回した。

「さて、最初の話がなんであったのかはわかりかねますが、状況を察するにレグルス殿に嫌疑がかけられていると推察致します」

ドグラスの言葉を聞いても誰も反論はしない。それを確認すると、ドグラスは続けて口を開く。

「間違いないようですな。確かに現状のままではレグルス殿の嫌疑を晴らすことはできないでしょう。なんといっても毒物を混入させたのがレグルス殿の私設兵だったのですから」
「なっ!?」

不意に嫌疑に拍車をかけるドグラスにレグルスは目を見開いた。
しかし、ドグラスはレグルスに向かって笑みを浮かべると小さく頷く。

「しかし、それは皆さまがご承知の通り他からの間者である可能性が十分にあります故に断定はできません。だからこそこうして尋問をおこなっております。ですが、口を割らないとなると…………残された手段は状況証拠から推測するしかないですからな」

そこまで言うと、顔面蒼白しているレグルスの横でドグラスは顎髭を擦りながら薄く笑った。

「ただ、ここで忘れてはいけませんのが、レグルス侯爵殿の子息であられるアダム殿にも毒物が入った食事が振る舞われていたということ。さて、これをどう説明されますかな?」

眉を寄せながら確信めいた口調を持ってドグラスは横目にチラリとレグルスを見る。

「そ、そうだ! どうして私が息子に毒を盛らねばならないのだ!? その小娘の言うことが確かならこの話自体がおかしいだろ!」

声を大きくして全体に向けて放つのだがレグルスの言葉に対して誰も何も返さない。

「おい小娘!」

レグルスはニーナを指差した。

「ん?」
「間違いなくアダムの皿にも毒が入っていたのだろう?」
「アダムって?」
「私の息子のことだ!」
「それってたぶん五番目に確認したお皿のことかな? なら入ってたと思うけど?」
「ほ、ほら見たことか! 何が私が裏で糸を引いているだ! 陰謀を企てて息子を殺しかけるバカな領主がどこにいる!?」

笑顔で堂々と口にするレグルスは先程までの険しさの一切を見せない。

「レグルス殿。もうそれぐらいでよろしいではありませんか。今は毒を混入させた人物、それが誰の手によるものかを特定させることが先決かと」

ドグラスが宥めるようにして声を掛ける。

「ふ、フン! そうだな。まぁいい。今回はこれぐらいにしておいてやるが、私を疑うなどということがあれば次はないからなッ!」
「ならさ。結局のところ、ルーシュ様の方に毒が多く入っていたことにしたがってた理由はなんなんだ?」
「えあ!?」

臆することのないシンから不意に問い掛けられ、レグルスは言葉に詰まった。

「っつかあんた。あれだけニーナの嬢ちゃんの鼻が曖昧だなんだと言っておきながらたぶんって言ってた今さっきのソレは信じるのな」
「い、いや、それはだな……。そ、そう、私への容疑を晴らすためであって…………」

言い淀むその様子を、ドグラスはジッと観察する様にして見る。

「フム。なるほどなるほど。そこに答えられないようなのでレグルス殿に嫌疑が向けられていたわけですな。ならば申し訳ありません。先程再度報告がありましたが、少々最初の報告に間違いがありまして、ルーシュ様の方が毒物の量は少なかったようです。つまり、そちらのお嬢さんが言っていたことが全て正しかったかと」

ドグラスの言葉を受けてレグルスは驚きに目を丸くさせた。

「ドグラス殿? それはつまり、どういうことですかな?」

ノーマンが疑問符を浮かべて問い掛ける。

「いえいえ。ですのでまぁご安心くださいと言うのも変な話ではありますが、仮にルーシュ様がアレを口にされていたとしても即死に至るということはありませんでしたので。ここにはローズ殿のような優秀な魔導士もおります故、解毒も治癒も任せておいて間違いないかと。無論そうならないように私も含めて今後はより一層警護を強化致しますので今回はご容赦頂ければ嬉しく思います」

「もう一つ教えろ」

ルーシュがホッと息を漏らす中でシンは尚も疑念の眼差しを向けながら問い掛けた。

「はい。なんなりと」
「最初の報告はどうして間違っていた?」
「いえ、それはこちらの手違いでして。まさかあのような場で暗殺未遂が起こるとは兵も思っておらなかった様子で混乱していたようですな。ですのでこうして改めて訂正しております」
「ちっ。もっともらしいことを言いやがって」

シンが不満気に呟く中、ドグラスはルーシュに向けて笑みを向ける。

「そういう次第で御座いますのでご安心くださいルーシュ様」
「そうか。ドグラスが言うのであればその通りなのだろうな。わかった。報告すまない」

そのままカレンの顔を見上げた。

「姉さま。情けないところをお見せしまして申し訳ありません」
「いいのよ。ルーシュはまだ子どもなのだから気にしないで」
「……そうですよね。まだ子どもですものね」

伏し目がちになるルーシュの頭をカレンは優しく撫でる。

「ではレグルス殿、疑念も晴れたようでしたら今後のことを少々お話させて頂いてもよろしいでしょうかな? よろしいですかルーシュ様?」
「ああ。よろしく頼む」
「ノーマン殿もご一緒に」
「ええ。構いませんよ」
「護衛の方々は私共が話し合っている間、ルーシュ様とカレン様をよろしくお願いしますな。ではトリスタン殿、後はお願いしますぞ」
「ウム。任された」

そうしてトリスタンも護衛に加える中、レグルス達はこぞって部屋を出ていく。

「ちっ、こっちとしたらどうにも歯切れが悪いんだけどな」
「仕方ないわよ。私たちは私たちで調べれば良いだけよ」
「ならヨハン。せっかくだ。お前達も俺達と一緒にやらねぇか?」
「えっ?」

唐突にシンから合同調査を持ち掛けられた。

「いい加減にしろシン。勝手なことを言うな。拙者たちは拙者たちで行動するぞ」

不意の声掛けで思わず返答に困ったのだが、ジェイドは明らかに不満気な溜め息を吐いている。

「いや、だってこいつ面白いんだっての。お前はいなかったから知らねえだろうけど」
「だとしてもだ。いつもは貴様の好きにさせているが、今回ばかりはそうもいかん。国家からの依頼なのだからな」
「ちっ。わあったよ。じゃあ機会があったらいいよな?」
「ダメだ。そもそもさっきの探りにしてもそうだが、あのような言い方をして依頼を解かれたらどうするつもりだったのだ?」
「その辺は大丈夫だろ。俺達以上を探す方が面倒だろ?」
「それとこれとは話が違うな」
「さいですか。相変わらず固いねぇジェイドは。ならバルトラはどうだ?」
「…………」
「いつも通り、ってわけね」

それまで無言でその場に居合わせていたバルトラに向くと、バルトラは軽く頷くに留まった。

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