251 / 724
禊の対価
第二百五十 話 無意識下の核心
しおりを挟む『姉さま。しばらく一人になって考えたいので』
レグルスの執務室を出た後、ルーシュは笑顔でカレンにそう話していた。
『でも……』
『いつまでも姉さまに甘えているわけにはいかないのです。仮にこれが現実味を帯びるとなれば、僕がこれから先頭に立って判断をしていかなければならないのですから』
にこりと微笑まれる儚げなその笑顔。この歳でどれだけの責任を背負おうとしているのかと思うと胸が苦しくなる。
それでもせめて近くにだけでも居ようとしたのだが、護衛にトリスタン将軍やペガサスが付いているので大丈夫と言われる始末。
『姉さまは引き続き魔道具の件を調査してくれれば僕としては助かります。正直ここまで手掛かりがないとなると、どうしようかと行き詰っていましたので』
『……そう』
これから色々な重荷を背負うのであれば、今回視察と同時にメイデント領に赴いたもう一つの要件を、せめてそれだけでも片付けることができれば少しは肩が軽くなる。
『わかったわ。こっちは任せておいて!』
『よろしくお願いします』
そうしてカレンは一人で領主官邸の廊下を歩いている。
「……どうしたらいいの…………」
笑顔で返事をしたのはいいものの、悩み考えても明確な答えが見つからない。
そのままいつのまにか借りている客室のドアの前に着いてしまっていた。
悩みながらドアの前にて立ち止まり、藁にもすがる思いでヨハンとニーナに相談しようかと一瞬悩んでしまったのだが小さく首を振る。
「あの子達に何を期待しているのよわたしは!」
こんなこと、とてもあの子達に相談できた内容ではない。
弱気になっている自分を恥じて、深く息を吐くのと同時に力強く顔を上げた。
「ただいま」
そうしてドアを押し開く。
部屋の中ではヨハンとニーナがベッドに腰掛けていた。
「おかえりなさい。どうでしたか?」
「えっ? あー、そうね。まだ誰の手によるものなのかはわからないみたいね」
「そうですか。困りましたねそれは」
「ええそうね」
平静を装ってカレンは自分のベッドに向かって歩いて行く。
「(ん?)」
ドッとベッドに腰を下ろすカレンは僅かに床を見た。
そこでヨハンは小首を傾げながら疑問符を浮かべる。
「(どうしよう。もう一度ルーシュのところに行った方がいいのかしら?)」
尚も答えの見つからない今後の行動に思考を巡らせていた。
「あの、カレンさん?」
「なに?」
「いえ。差し出がましいかもしれませんけど、もし辛いことがあれば僕で良かったらいつでも聞きますからね」
「――ッ!」
平静を装っていたつもりなのだが、不意に投げかけられた言葉でカレンは困惑する。
「ど、どうしたのよ突然」
「まぁこんなことがあってカレンさんも色々と大変だと思うので、僕で手伝えることがあればと思って」
「ふ、ふぅん」
「もし僕に話しにくいようでしたら別にニーナでもいいんですけど?」
「あたしでもいいよぉ」
「それはお断りするわ。碌なことにならないでしょうから」
「はははっ。そうですね」
「ひどくない!?」
いつも通りの二人を見ていると、ほんの僅かだが不安が和らいだ。
「…………ふぅ」
無意識に小さく息を吐く。
「それですよそれ」
「えっ!?」
何がそれなのか、思わず目をパチクリとさせた。
「今の顔にしてもそうなんですけど、カレンさんが時々見せる顔が僕の仲間の……前に話したことあると思いますが、その子、エレナにそっくりなんですよね」
「エレナ? 確かシグラムの王女であなたと同じ歳だったわね?」
「はい」
ヨハンの脳裏を過ったのはエレナが抱えている多くの葛藤と儚げさ。カレンが時折浮かべるその表情が似ているわけでもないのに、どうにもエレナと重なって見えてくる。
「カレンさんと同じようにエレナも王女という立場で色々と悩んでいること、多かったみたいなんですよねぇ。だからエレナの力になれるならなんだってしてあげたいと思いましたし。もちろん他の仲間にしても同じですけど」
レインやモニカも今頃どうしているだろうかと、天井を見上げながら思い返した。
「まぁだからってわけじゃないですけど、カレンさんにしてもやっぱり近くにいて助けになれることがあれば助けてあげたいじゃないですか」
天井から視線を戻して真っ直ぐに目の前にいるカレンを見ると笑みを向ける。
屈託のない笑みを向けられたカレンは、その顔を見て思わず呆気に取られた。
「なによそれ……――」
そんな風に言われたことなどこれまで一度もない。
帝国城で周囲から敬われ気を遣われることはあれども、親身に寄り添われたことなど兄ラウル以外に覚えがない。父は二人きりの時はまだしも基本的には厳格であり、もう一人の兄アイゼンには政見を聞き入れてもらえない。母に至っては継承権を持たないことに小言を言われたことなど数え切れないくらいある。
思い出としては苦い思い出の方が遥かに多かった。
「(だからわたしはティアと――)」
セレティアナと出会った時のことを思い出す。あのどこか自分の家ではない感覚に陥るその城のなかの一室、幾つもの書物が崩れ落ちたその前に突然姿を見せた小さな存在を。
『だれ?』
『つまんなそうな顔してるねきみ。人間なんて短い命なんだからもう少し生きることに楽しみを持ったらいいのに』
『えっ?』
『いいよ。せっかくだからボクがきみを助けてあげるよ』
驚き戸惑った当時の出来事。
あの時と同じような感覚を得て、一瞬どう答えたらいいのかわからず床を見る。
「それに……――」
「えっ?」
まだ何かあるのかと、顔を上げてヨハンを見るとヨハンは口元を押さえていた。
「どうしたの?」
「――……いえ。なんでもありません」
ヨハンは内心で苦笑いする。
「(っと、あぶないあぶない)」
『このことはカレンちゃんに言わなくてもいいからね』
思わず以前セレティアナからカレンのことを頼まれたのだと口にしそうになっていた。
その様子を見てカレンは首を傾げる。
「なによ?」
「いえ、なんでもないです」
「はぁ。まぁいいわ。そうね。ありがとう。少しは気が楽になったわ」
実際言葉のままその通り、つい先程まで頭の中は今後に向けて思考を巡らせ続けていたので気を抜く良いきっかけになった。
「今は本当に大丈夫なの。でももし、もしもだけど、何か話せることがあれば遠慮なく相談させてもらうわね」
「はい。いつでもどうぞ」
ほんのりと優しく微笑まれる。
「あたしも聞くよぉ」
「あなたはいらないわ」
「えぇっ!?」
「うふふっ。うそうそ。ありがとね」
がっかりして肩を落とすニーナを見てカレンは自然と笑みをこぼした。
「えっ? はぁ……。どういたしまして?」
いつもと調子の違う笑顔を向けられたことでニーナは首を傾げる。
◇ ◆ ◇
翌日の早朝。
朝霧がかかるその街道をドミトールに向けてガラガラと一台の馬車が走っていた。
「見えてきましたぜ旦那。あれがドミトールっすよね?」
御者の男が荷台の中に向けて声を掛ける。
荷台から男が顔を覗かせ、眼下に広がる街並みを見下ろした。
「ああ。ご苦労だった」
「にしても結構遠かったっすね。それで、自分はこれからどうしたらいいんすか?」
手綱を握りながら小さく溜め息を吐いて前を向く。
「とりあえずこのまま商人として荷の積み下ろしをしながら現地の調査に入る」
「へぇ。でも旦那の言うそのアイシャちゃんの村の原因だった魔道具なんてものが本当にあるんすかねぇ?」
「仮になかったとしても、今頃は色々とあぶりだすことには成功しているかもしれないからな」
「はぁ。そんなに上手くいくんすか?」
「そういうやつらは自分達が有利になれば割と簡単にボロはだすからな」
「ふぅん。そんなもんすか」
手綱を握る手を離して顎に手を送った。
「そんなことはいいからお前は俺の言った通りにしてたらいい」
「りょーかいっす。どうせ自分は旦那の下働きっすからね」
「自分のせいだろ? お前は運が相当に悪いからな」
「そんなことないっすよ! 自分は運が良いんすよ!」
「ならその運の良さ、ここで発揮してもらおうか」
「任せてください! その時は約束通り借金をチャラにしてくださいよ?」
「結果次第だな」
「っし!」
軽快に会話を交わす二人はそうして程なくドミトールへと着こうとしている。
11
あなたにおすすめの小説
攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】
水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】
【一次選考通過作品】
---
とある剣と魔法の世界で、
ある男女の間に赤ん坊が生まれた。
名をアスフィ・シーネット。
才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。
だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。
攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。
彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。
---------
もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります!
#ヒラ俺
この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
---
追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
スキルで最強神を召喚して、無双してしまうんだが〜パーティーを追放された勇者は、召喚した神達と共に無双する。神達が強すぎて困ってます〜
東雲ハヤブサ
ファンタジー
勇者に選ばれたライ・サーベルズは、他にも選ばれた五人の勇者とパーティーを組んでいた。
ところが、勇者達の実略は凄まじく、ライでは到底敵う相手ではなかった。
「おい雑魚、これを持っていけ」
ライがそう言われるのは日常茶飯事であり、荷物持ちや雑用などをさせられる始末だ。
ある日、洞窟に六人でいると、ライがきっかけで他の勇者の怒りを買ってしまう。
怒りが頂点に達した他の勇者は、胸ぐらを掴まれた後壁に投げつけた。
いつものことだと、流して終わりにしようと思っていた。
だがなんと、邪魔なライを始末してしまおうと話が進んでしまい、次々に攻撃を仕掛けられることとなった。
ハーシュはライを守ろうとするが、他の勇者に気絶させられてしまう。
勇者達は、ただ痛ぶるように攻撃を加えていき、瀕死の状態で洞窟に置いていってしまった。
自分の弱さを呪い、本当に死を覚悟した瞬間、視界に突如文字が現れてスキル《神族召喚》と書かれていた。
今頃そんなスキル手を入れてどうするんだと、心の中でつぶやくライ。
だが、死ぬ記念に使ってやろうじゃないかと考え、スキルを発動した。
その時だった。
目の前が眩く光り出し、気付けば一人の女が立っていた。
その女は、瀕死状態のライを最も簡単に回復させ、ライの命を救って。
ライはそのあと、その女が神達を統一する三大神の一人であることを知った。
そして、このスキルを発動すれば神を自由に召喚出来るらしく、他の三大神も召喚するがうまく進むわけもなく......。
これは、雑魚と呼ばれ続けた勇者が、強き勇者へとなる物語である。
※小説家になろうにて掲載中
無限に進化を続けて最強に至る
お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。
※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。
改稿したので、しばらくしたら消します
無尽蔵の魔力で世界を救います~現実世界からやって来た俺は神より魔力が多いらしい~
甲賀流
ファンタジー
なんの特徴もない高校生の高橋 春陽はある時、異世界への繋がるダンジョンに迷い込んだ。なんだ……空気中に星屑みたいなのがキラキラしてるけど?これが全て魔力だって?
そしてダンジョンを突破した先には広大な異世界があり、この世界全ての魔力を行使して神や魔族に挑んでいく。
老衰で死んだ僕は異世界に転生して仲間を探す旅に出ます。最初の武器は木の棒ですか!? 絶対にあきらめない心で剣と魔法を使いこなします!
菊池 快晴
ファンタジー
10代という若さで老衰により病気で死んでしまった主人公アイレは
「まだ、死にたくない」という願いの通り異世界転生に成功する。
同じ病気で亡くなった親友のヴェルネルとレムリもこの世界いるはずだと
アイレは二人を探す旅に出るが、すぐに魔物に襲われてしまう
最初の武器は木の棒!?
そして謎の人物によって明かされるヴェネルとレムリの転生の真実。
何度も心が折れそうになりながらも、アイレは剣と魔法を使いこなしながら
困難に立ち向かっていく。
チート、ハーレムなしの王道ファンタジー物語!
異世界転生は2話目です! キャラクタ―の魅力を味わってもらえると嬉しいです。
話の終わりのヒキを重要視しているので、そこを注目して下さい!
****** 完結まで必ず続けます *****
****** 毎日更新もします *****
他サイトへ重複投稿しています!
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
転落貴族〜千年に1人の逸材と言われた男が最底辺から成り上がる〜
ぽいづん
ファンタジー
ガレオン帝国の名門貴族ノーベル家の長男にして、容姿端麗、眉目秀麗、剣術は向かうところ敵なし。
アレクシア・ノーベル、人は彼のことを千年に1人の逸材と評し、第3皇女クレアとの婚約も決まり、順風満帆な日々だった
騎士学校の最後の剣術大会、彼は賭けに負け、1年間の期限付きで、辺境の国、ザナビル王国の最底辺ギルドのヘブンズワークスに入らざるおえなくなる。
今までの貴族の生活と正反対の日々を過ごし1年が経った。
しかし、この賭けは罠であった。
アレクシアは、生涯をこのギルドで過ごさなければいけないということを知る。
賭けが罠であり、仕組まれたものと知ったアレクシアは黒幕が誰か確信を得る。
アレクシアは最底辺からの成り上がりを決意し、復讐を誓うのであった。
小説家になろうにも投稿しています。
なろう版改稿中です。改稿終了後こちらも改稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる