S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

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禊の対価

第二百五十九話 日記

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「な、によ……これ…………」

サリーはゆっくりと緑色の液体が入った容器に近付きそっと手の平を当てる。

「これが何か、本当に知らないのですか?」

疑念の眼差しをサリーに向けるカレン。

「あたりまえでしょっ!」

声を荒げながら振り返るサリーの瞳には困惑の色がありありと浮かび上がっていた。

「なら、何故あなたとそっくりな人間がこの中に?」

冷静に問い掛けるカレンなのだが、その口調からはサリーを疑っているのは容易に見て取れる。

「そんなの私がききたいわよッ! どうしてこんなものがこんなところにあるのよッ!?」

フーッ、フーッと荒い息を吐くサリーの様子をヨハンも見ていた。

「(サリーさん、本当に知らないのかな…………?)」

ここまで何度も抱いた疑問。
これがどういうものにせよ、知っていれば間違いなくここに入るのを止めていたはず。なのにただ付いて来ただけでなく、今にも泣きだしそうな顔をしていることが疑問でならない。

「そういえばニーナはっ!?」

思わぬものを目にしたことで注意を削がれてしまったが、セレティアナによるとニーナはここにいるはず。
周囲を見回し、どこにニーナがいるのかと探し回るのだがどこにもニーナの姿が見当たらない。

「ティア!? ニーナはどこ!?」

フワフワと浮かんでいるセレティアナに問い掛けた。

「あの子は、あそこね」

するとセレティアナはゆっくりと腕を前に伸ばして、一本の容器を指差す。

「ニーナッ!?」

そこにはサリーそっくりの人間が入っている容器と同じような容器があり、唯一違う点は、その容器に入っていたのはニーナだった。

「くそっ! ニーナ! ニーナ!」

慌ててニーナの容器の前に駆け寄り、ドンドンと叩いてみるのだが、意識がないのかニーナは目を開けておらず反応が見られない。

「なら壊してでも!」

チャッと腰の剣を抜き放ち、容器の破壊を試みる。

「待ちなさいっ!」

そこに反響するのは凛とした声。思わずビクッと身体の動きを止めた。

「もうちょっと落ち着きなさい。これが何かもわからないのに、壊しちゃったらこの子がどうなるかもわからないわよ」
「……カレンさん」

確かにカレンの言う通り、現状何が起きているのか正確に把握出来ていない。ともすれば壊してしまうことでニーナがどうなるのかも想像がつかない。

「ティア? ニーナは生きているのよね?」
「うん。それは間違いないよ。魔力は生きていないと感じられないからね」

元来生物が生まれ持つ魔力は死ぬことによって、身体が朽ちるよりも早く体内に宿る魔力、魔力を形成している魔素は総じて霧散していくということは魔法に精通していれば誰もが知るところ。

「ならまずは現状を把握することから始めましょう」
「……わかりました」

カレンがチラリとサリーに目を向けると、サリーは口元を押さえてその場にペタリと座り込んでいた。この場に置ける目にした全てを信じられないでいる。

「(今は何を聞いても無駄なようね)」

小さく息を吐き、もう少し落ち着けば再度質問することにした。

「カレンさん」
「どうしたの?」
「あれ――」

ヨハンが部屋の奥を指差す。その先には、部屋の入口ほどに大きくはないが、もう一つ鉄製の小さな扉があった。

「行ってみるしかないわね」
「はい」

そのまま扉の前に着いて、ヨハンがゆっくりと扉を開く。
開かれた扉の先は、小さな部屋で本棚が一つと木製の小さな机が一台置かれていた。

「これは?」

机の上に置かれていた一冊の黒い本。それをカレンが手に取る。

「どうやら日記……みたいね」

パラパラとページを捲って中身の確認をすると、日付と共に書き綴られていたのは日々の様子。

「それも、あの容器が何かがわかったかもしれないわ」
「どういうことですか?」
「ちょっと待って。もう一度最初から読んでみるわ」

周囲で他に何かないかと見回していたヨハンはカレンの横に立ち、黒い本を覗き込んだ。

「この場所なら――」
『この場所なら、龍脈を使えばもしかすれば再生が可能かもしれない。もうそれしか考えられない。希望はここにしかない』

「……再生?」

目を引くその言葉。

『今日もサリナスは目を覚まさなかった。身体の再生は上手くいっているはずなのに、何が足りないのだ?』

「サリナス?」

どうにも覚えがあるその単語。どこかで見たことがあるかと思いながら、思い返そうとしたのだがカレンは先を読み進める。

「ようやく――」
『――ようやく目を開けたかと思えば言葉を上手く話さない。こんなもの何にもならない。児戯に等しい』

『――もうサリナスの肉片は残り少なくなっている。いくらこの身体が不死だからといっても、サリナスの肉片には限りがある。早く完成させないと』

『――やっと自我を持つ複製体が生まれた。ここまで二百年近くかかった。しかし記憶をほとんど持ち合わせていない。だがようやく生まれたのだ。もしかしたら記憶を取り戻せるかもしれない』

「二百年? 記憶?」

何かしらの研究、それがあの容器に関係しているのだということはそれでわかったのだが、まだわからないことだらけ。

『ダメだった。記憶は取り戻せなかった。アレはもう別の、一つの個体だ。自我を持って育った以上別人だ。サリナスではない。しかし、サリナスの記憶も僅かに持ち合わせている。そのためサリーと名付けることにした』

「――っ!?」

そこまで読み進めたところで、やはりあの容器の中身とサリーには関係があったのだと理解する。

「一体ここはなんなんだ!?」
「落ち着きなさい。とにかく続きを読むわ」

カレンは努めて冷静に読み上げようとするのだが、しかしほんの僅かに震える声に加えてその目には明らかな困惑さを窺わせていた。

「すいません」
「気にしないで。あなたの気持ちもわかるもの」

そうしてカレンは再び口を開く。

「とにかく――」
『とにかくもう完成は目の前にある。何かが足りないのかもしれない。幸いサリーがいることでこの場所を見てくれるのだからもう一度探しに行こう。魔族の奴等から何か情報が得られるかもしれない。この龍脈の様に』

「魔族の奴等?」

『皮肉なものだ。魔族にまで身を落としてサリナスの再生を望むことになるとは。奴等は魔王の復活などと言っているが私にとってはどうでもいい。サリナスさえ還って来さえすれば……――』

「……魔王」

『魔王の復活が近いという話。奴らの話が事実であるならば、魔王の力があればサリナスを完全に再生することができるかもしれない。だがこれ以上奴らに借りを作るわけにもいかない。今回の研究の成果でわかったのだ。どういう感情にせよ、感情を抱いたまま死んだ魔素があればこれまでと違う結果が生まれるかもしれないと。ともすれば、そんな既に現世に現れているなどという魔王の手を借りずとも再生が叶うかもしれないのだから。あの小さな子ども達に感謝しなければいけないな。サイクロプスを倒されなければこの結果は得られなかった』

「サイクロプス? 子ども?」
「まさか!?」
「あら?」

カレンが次のページを捲るのだが、そこには何も書かれていなかった。

「どうやらここで終わりね。にしても最後の方、どういうことだと思う?」

白紙のページに目を送り、カレンは思案気になる。

「ふぅ」

読み終えたカレンは本をパタンと閉じた。

「そんなの……――」

閉じられた本の裏面、ヨハンの視界に飛び込んできたのはそこに書かれていた文字。

「――……シトラス・ブルネイ! 間違い、ない!」

確信を抱く。
カレンが読み進めている間、ヨハンは一人でずっと考えていた。
これが誰の日記であり、何に繋がる話なのかということを。

そして同時に思い出していた。
以前シグラムの王宮の書庫で調べていたシトラスのことを。日記に書かれていた不死の肉体という言葉。それにサリナスという名前。決めつけは家名がブルネイであるということ。

他にも幾つか思い当たることもあるのだが、それでもまだわからないこともある。
魔王の復活に関する記述や、恐らく人間だったであろうシトラスがどうして魔族になったのかなど、細かな疑問は残るのだが、この場所に関してだけ言えば、間違いない。

「どうしたのヨハン」

表情を険しくさせるヨハンをカレンが覗き込んだ。

「……カレンさん。ここは、ここは、信じられない話だけど、シトラスの娘のサリナスという人を生き返らせようとしている場所なんだと思う」
「やっぱりそういうとことになるわよねぇ」

ヨハンよりも情報量の少ないカレンであっても、この日記の内容と持ち得る情報を照らし合わせればその結論に至る。

「だったらニーナは?」

そのまま直結する疑問。
何故ニーナがそのサリーの複製体と同じようにして容器に入れられてしまっているのかということ。

「…………」
「…………」

ヨハンとカレン、共に結論を出せないままどこか不穏な静寂が訪れた。

「――それを見たのですか?」

静寂を突くその響き。
突然、その場にはどこからともなく声が響いてくる。

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