S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

文字の大きさ
272 / 724
禊の対価

第二百七十一話 サリナス・ブルネイ

しおりを挟む

◇ ◆ ◇

「フハハッ。なるほど。人間の魔力回路はこうなっていたのか。なるほどなるほど」

シグラム王国の地下研究室。
シトラス本人は研究室と呼んでいたのだが、それは後に人体実験の場と忌避される。

「やはり覗いてみないとわからないこともあるものだ」

魔法研究の深淵。
実験台の上では鎖に繋がれた人間達。血が乾いた跡がそこかしこに見られた。その奥には緑色の容器に入れられたサリーの本体。サリナス・ブルネイがいた。

『ひ……どい…………』

カレンはその惨状を目にして、とても見ていられなくなる。
拷問と呼ぶのも物足りない程。その惨状に思わず目を逸らしてしまった。

「(やめてっ!)」

『えっ?』

その場に響く声に思わず耳を疑う。
悲痛なその叫び声は実験室の息ある誰かが発したものではない。

『今の……――』

「(もうやめてっ、おとうさんッ!)」

『――……やっぱり!』

先程まで聞いていた声、カレン自身が感情をかき混ぜられたその声。サリナス・ブルネイ自身の声。

『サリナスは生きていたの?』

不思議に思うのだが、シトラスは笑みを浮かべたままサリナスが入った容器に向かって歩いて行く。

『いや、違うね。これは魂の声だよ』
『たましいの……こえ?』

セレティアナの言った言葉がまるで理解できなかった。

「サリナス。お父さんはきっとお前を生き返らせてあげるからネっ!」
(お父さんっ! もうこんなことしなくていいから!)
「そうカ。サリナスも待っているか。楽しみにしていなさイ」
(おとう、さん……)

まるで噛み合っていないその会話。
外見上、一切の反応を示していないサリナスに向かってシトラスが一方的に話しかけているようにしか見えない。

『どういうことよティア』
『……わからない。でも、考えられるとしたらサリナスという人の魂が消滅する前に肉体へ留められたとしか』
『そんなこと可能なの?』

生物の中に循環している魔力はすぐに魔素となって霧散する。それを現世に留めておくだけでなく、それ以上の魂という不確かな存在。

『普通は無理だね。そんなことができるのは人間と異なる存在。ボク達のような存在ならまだしも』

現実に肉体を持たない存在である精霊。生物を超越した存在。

『なるほど。常識はあくまでも常識でしかないということね』
『そういうことだね』

カレンにもシトラスが口にした言葉を全く理解できないわけではなかった。常識外の存在、隣にいるセレティアナの存在がその身をもって証明してくれている。

『もしかしたら魔族への転生が起因しているかもしれないね』
『そうね。それがあったわね』

そうして再び目の前の実験室に目を向けた。

「(……もう、やめてよ…………おとうさん……――)」

悲痛なその声は父には届かない。

「(――……こんなことされても私。もう…………)」

それからも目にするのは繰り返し行われる人体実験。凄惨な行為。サリナスを生き返らせるという一点のみに焦点が当てられたその狂気。そのたびにサリナスの届かない声、悲痛な思いが繰り返される。

そして年月を重ねるごとに、次第にその声は小さくなっていった。

『ティア?』
『どうやら時間の経過と共に彼女の記憶が薄れてしまっているようだね。それもそうか。ボク達と違って何年も留まることなんてできやしないよ』

異例の出来事の中にも生まれるソレ。人間の魂が精霊と同格に昇華したわけではない。いくら魂を留めることに成功したといってもそれを永久に維持できるわけではない。

『だからサリーさんの中の彼女、サリナスの記憶に欠落があるのね。でもそれがどうして今になって?』

目にした日記の中と、今見ている限りだと齟齬が生じている。今の様子だと年数を重ねれば記憶は薄れる。だが、現実には実験を重ねるごとに、年数を重ねれば重ねるほど逆に複製体の完成度は高まっていた。サリナスの記憶は再現されようとしている。

『魂に刻まれた記憶を掘り起こしているのかも』
『魂に刻まれた記憶…………』
『それだけ龍脈の力が強いってことだよ』

研究を重ねることで、年数を重ねることで龍脈の力を上手く活用、ここでは流用しているのだと。

『なるほどね。皮肉にもシトラスのやっていることはあながち的外れというわけではなかったわけね』
『そういうことだね』

二百年にも及ぶ執念が生み出した結果に感心すると同時に溜め息が出た。

『でも、これでわかったわ』
『なにが?』
『サリーさん……いいえ、サリナスさんはこんなこと、望んでいないということよ』

例え実験の結果自分自身、サリナス自身が生き返ることができたとしても、それは父であるシトラスだけしか望んでいないことなのだと。むしろありありと突き刺さってくるのは悲哀。実験の為に失われていく多くの命、それにサリナスの魂が絶えられないのが伝わって来る。


◇ ◆ ◇


「はぁ、はぁ。に、ニーナッ! いい加減目を覚ますんだ!」

ヨハンは徐々に息を乱し始めている。ニーナを傷付けることなく動きを止めることが出来ないでいた。それに息の乱れだけでなく、腕や脚に少しばかりの切り傷を負っていた。

「(カレンさんが何かしてくれているみたいだから、今はとにかく時間を稼がないと!)」

竜人族の力を覚醒させたニーナの力に対して、ヨハンが力を抑えながら傷つけないようにニーナの動きを封じるなどということに無理が生じ始めている。このままではヨハン自身が致命傷を負いかねなかった。

「くそっ!」

ガンっと剣を押しあいながら、片手をニーナの腹部に手の平を当てる。

「ごめんニーナ。ちょっとだけ痛いけど、我慢してね」

ここでやられるわけにはいかない。魔力を練り上げ、水魔法をニーナの腹部に発生させた。
突然の水圧。うねる衝撃を受けてニーナは後方に吹き飛ばされる。
そのままガンッとサリナスの複製体が入った容器に背中を強打させると、ピシッと容器にヒビが入った。

「っつうう!」

同時にニーナの腹部、魔法を受けて破れた衣類の隙間からポトッと小さな箱が地面に落ちる。

「あれは?」

見覚えのあるその小さな箱。
木製で作られたその箱は、地面に落ちると同時にぱかっと蓋を開けた。

「前にニーナに買ってあげたやつ」

木箱の中に入っている魔石に魔力を流し込むと音を奏でる玩具。

「…………」

木箱を落としたことを認識したニーナはそのままゆっくりと拾い上げる。

『~~♪~~♪』

直後、木箱からは綺麗な音が流れだした。

「さっきの僕の魔法に反応したのか」

今のニーナが魔石に魔力を流し込むとは思えない。状況的に腹部に与えた水魔法の魔力を感知したのだと。

「……うっ…………うあああああっ!」

木箱の音を聴いたニーナは途端に呻き声をあげる。

「ニーナっ!」

そのまま両膝を着いたニーナは苦悶の表情を浮かべた

しおりを挟む
感想 35

あなたにおすすめの小説

攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】

水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】 【一次選考通過作品】 ---  とある剣と魔法の世界で、  ある男女の間に赤ん坊が生まれた。  名をアスフィ・シーネット。  才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。  だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。  攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。 彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。  --------- もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります! #ヒラ俺 この度ついに完結しました。 1年以上書き続けた作品です。 途中迷走してました……。 今までありがとうございました! --- 追記:2025/09/20 再編、あるいは続編を書くか迷ってます。 もし気になる方は、 コメント頂けるとするかもしれないです。

無限に進化を続けて最強に至る

お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。 ※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。 改稿したので、しばらくしたら消します

転落貴族〜千年に1人の逸材と言われた男が最底辺から成り上がる〜

ぽいづん
ファンタジー
ガレオン帝国の名門貴族ノーベル家の長男にして、容姿端麗、眉目秀麗、剣術は向かうところ敵なし。 アレクシア・ノーベル、人は彼のことを千年に1人の逸材と評し、第3皇女クレアとの婚約も決まり、順風満帆な日々だった 騎士学校の最後の剣術大会、彼は賭けに負け、1年間の期限付きで、辺境の国、ザナビル王国の最底辺ギルドのヘブンズワークスに入らざるおえなくなる。 今までの貴族の生活と正反対の日々を過ごし1年が経った。 しかし、この賭けは罠であった。 アレクシアは、生涯をこのギルドで過ごさなければいけないということを知る。 賭けが罠であり、仕組まれたものと知ったアレクシアは黒幕が誰か確信を得る。 アレクシアは最底辺からの成り上がりを決意し、復讐を誓うのであった。 小説家になろうにも投稿しています。 なろう版改稿中です。改稿終了後こちらも改稿します。

スキルで最強神を召喚して、無双してしまうんだが〜パーティーを追放された勇者は、召喚した神達と共に無双する。神達が強すぎて困ってます〜

東雲ハヤブサ
ファンタジー
勇者に選ばれたライ・サーベルズは、他にも選ばれた五人の勇者とパーティーを組んでいた。 ところが、勇者達の実略は凄まじく、ライでは到底敵う相手ではなかった。 「おい雑魚、これを持っていけ」 ライがそう言われるのは日常茶飯事であり、荷物持ちや雑用などをさせられる始末だ。 ある日、洞窟に六人でいると、ライがきっかけで他の勇者の怒りを買ってしまう。  怒りが頂点に達した他の勇者は、胸ぐらを掴まれた後壁に投げつけた。 いつものことだと、流して終わりにしようと思っていた。  だがなんと、邪魔なライを始末してしまおうと話が進んでしまい、次々に攻撃を仕掛けられることとなった。 ハーシュはライを守ろうとするが、他の勇者に気絶させられてしまう。 勇者達は、ただ痛ぶるように攻撃を加えていき、瀕死の状態で洞窟に置いていってしまった。 自分の弱さを呪い、本当に死を覚悟した瞬間、視界に突如文字が現れてスキル《神族召喚》と書かれていた。 今頃そんなスキル手を入れてどうするんだと、心の中でつぶやくライ。 だが、死ぬ記念に使ってやろうじゃないかと考え、スキルを発動した。 その時だった。 目の前が眩く光り出し、気付けば一人の女が立っていた。 その女は、瀕死状態のライを最も簡単に回復させ、ライの命を救って。 ライはそのあと、その女が神達を統一する三大神の一人であることを知った。 そして、このスキルを発動すれば神を自由に召喚出来るらしく、他の三大神も召喚するがうまく進むわけもなく......。 これは、雑魚と呼ばれ続けた勇者が、強き勇者へとなる物語である。 ※小説家になろうにて掲載中

無尽蔵の魔力で世界を救います~現実世界からやって来た俺は神より魔力が多いらしい~

甲賀流
ファンタジー
なんの特徴もない高校生の高橋 春陽はある時、異世界への繋がるダンジョンに迷い込んだ。なんだ……空気中に星屑みたいなのがキラキラしてるけど?これが全て魔力だって? そしてダンジョンを突破した先には広大な異世界があり、この世界全ての魔力を行使して神や魔族に挑んでいく。

神様に与えられたのは≪ゴミ≫スキル。家の恥だと勘当されたけど、ゴミなら何でも再生出来て自由に使えて……ゴミ扱いされてた古代兵器に懐かれました

向原 行人
ファンタジー
 僕、カーティスは由緒正しき賢者の家系に生まれたんだけど、十六歳のスキル授与の儀で授かったスキルは、まさかのゴミスキルだった。  実の父から家の恥だと言われて勘当され、行く当ても無く、着いた先はゴミだらけの古代遺跡。  そこで打ち捨てられていたゴミが話し掛けてきて、自分は古代兵器で、助けて欲しいと言ってきた。  なるほど。僕が得たのはゴミと意思疎通が出来るスキルなんだ……って、嬉しくないっ!  そんな事を思いながらも、話し込んでしまったし、連れて行ってあげる事に。  だけど、僕はただゴミに協力しているだけなのに、どこかの国の騎士に襲われたり、変な魔法使いに絡まれたり、僕を家から追い出した父や弟が現れたり。  どうして皆、ゴミが欲しいの!? ……って、あれ? いつの間にかゴミスキルが成長して、ゴミの修理が出来る様になっていた。  一先ず、いつも一緒に居るゴミを修理してあげたら、見知らぬ銀髪美少女が居て……って、どういう事!? え、こっちが本当の姿なの!? ……とりあえず服を着てっ!  僕を命の恩人だって言うのはさておき、ご奉仕するっていうのはどういう事……え!? ちょっと待って! それくらい自分で出来るからっ!  それから、銀髪美少女の元仲間だという古代兵器と呼ばれる美少女たちに狙われ、返り討ちにして、可哀想だから修理してあげたら……僕についてくるって!?  待って! 僕に奉仕する順番でケンカするとか、訳が分かんないよっ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……? 生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。 これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。 (小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)

老衰で死んだ僕は異世界に転生して仲間を探す旅に出ます。最初の武器は木の棒ですか!? 絶対にあきらめない心で剣と魔法を使いこなします!

菊池 快晴
ファンタジー
10代という若さで老衰により病気で死んでしまった主人公アイレは 「まだ、死にたくない」という願いの通り異世界転生に成功する。  同じ病気で亡くなった親友のヴェルネルとレムリもこの世界いるはずだと アイレは二人を探す旅に出るが、すぐに魔物に襲われてしまう  最初の武器は木の棒!?  そして謎の人物によって明かされるヴェネルとレムリの転生の真実。  何度も心が折れそうになりながらも、アイレは剣と魔法を使いこなしながら 困難に立ち向かっていく。  チート、ハーレムなしの王道ファンタジー物語!  異世界転生は2話目です! キャラクタ―の魅力を味わってもらえると嬉しいです。  話の終わりのヒキを重要視しているので、そこを注目して下さい! ****** 完結まで必ず続けます ***** ****** 毎日更新もします *****  他サイトへ重複投稿しています!

処理中です...