S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

文字の大きさ
283 / 724
禊の対価

第二百八十二話 待ち構える相手

しおりを挟む

アッシュの後ろから姿を見せる男。その防具は他の兵よりも少しばかり頑強な物。

「あなたは、確かハルマン少将」

カレンが覚えのあるその男は帝国兵団の将校。今回の遠征で兵を束ねる役割を任されている男の一人。

「これまでカレン様とはほとんど会話も交わしておりませんのに覚えておいて頂き、恐縮至極でございます」
「わたしに出来ることは限られているので、顔と名前を覚えるぐらいなら、ね。さすがに全員というわけにはいかないけど」

政務に関わる事にはカレンの立場であるならば限度がある。それならば、と可能な限り帝国に関係する人物の役職と人柄を覚えておけば何かの拍子に役に立つかもしれないと考えていた。
ジョーンズ・ハルマン少将は忠義と仁義に厚い男だと。

「それで、さっきのはどういう意味かしら?」
「無論、先程あなた様がおっしゃられた言葉そのものでございます」

ジッと見られるその眼差しは目を逸らすことなくカレンの眼を見つめている。

「…………」

カレンは無言でハルマン少将を見つめ返した。

「それはつまり、わたしを信じて欲しいと言ったことでいいのよね?」
「はい。先程の言葉を聞いて、私はカレン様を信じることに決めました。この冒険者のように私はいくら強くともその子ども達を信用するほどに知らないので」

はっきりと断言するハルマンは小さく微笑む。

「でも、あなた達は彼らと違って命令があるのでは?」

彼ら。アッシュ達冒険者は所詮雇われ。依頼を放棄したとしても報酬が得られないだけ。対して帝国兵団はカサンド帝国に帰属している。それが出兵ともあれば有事の際には命を賭してでも任務が遂行できるように務めなければならない。

それを放棄するということは程度によるが罰則が設けられ、重いものでは反逆を意味すると捉えられても致し方ない。重罰に処される。

今回の一件に、詳細は定かではないが皇族であるカレンが逆賊になった。それを捕らえるという命令は最上に位置するはず。その逆賊扱いされているカレンを帝国兵が独断で信用をするということがどういうことなのかということを目の前のハルマン少将が知らないはずがない。

「確かにカレン様のおっしゃられる通り、私の判断が間違いであれば下手をすれば私は打ち首になるやもしれません」
「ならどうして?」

それだけの危険を冒す必要があるのだろうかと疑問が浮かぶ。

「先程はカレン様のお言葉と答えましたが、実際はカレン様の真摯な姿勢に私は賭けることに決めました」
「…………」
「もう認めざるを得ませんが、その凄腕のお連れの護衛、少々我々も見くびっておりましたがまさかこれほどだったとは思いもしませんでした。数的不利であるにも関わらずこれだけの突破を見せたのですから。胆力もかなりのもの。その彼らを信頼するカレン様がここでも強行突破が出来たでしょうに、今は話し合いを持った上で、更にこの冒険者にも頭を下げたこと。それがなにより私の心を動かしました」

「……そう」

ヨハンとニーナがレグルスの兵を突破した上でここまで進んで来ていることは帝国兵も十分に見ていた。だからこそ今も同じようにして踏み込めずにいる。
事実、ニーナが口にしたこととはいえ、そのまま再度帝国兵をなぎ倒しながら歩を進めることは十分に可能だった。

「兵を無為に傷付けない判断はこちらとしても助かります」
「もしそれが全て計算だったとしたら?」
「でしたら私の眼が曇っていたという話です。それに…………申し上げにくいのですが、常日頃から彼らはカレン様のことを見ております」

ハルマンはそのまま周囲の兵に向けて腕を広げる。

「彼らは一様にしてカレン様のことを慕っております。無論私も」

帝国城内で一部から粗雑、邪険な扱いを受けるカレンなのだが、ルーシュに向けられる姉としてのその優しい眼差し、言葉かけ。国政に関わることは多くはないのだが、それでも地位ある皇族。
その確かな立場にありながらも気さくな性格と見知らぬ兵に対しても気軽に話し掛けるカレンの姿は兵たちにとっては癒しに他ならなかった。身分が低い兵としては分け隔てなく接してもらえるカレンに尊敬と憧れを抱いている。そんなカレンの城内での扱いに関して不憫でならなかった。しかし当然口を出すことなど適わない。

「(そぅ……なんだ)」

初めて聞かされるその話。加えて兵たちは、そんな扱いをされるカレンがそれでも胸を張って堂々と公務を務めている姿、その力強さと前向きさには胸を打たれている。

「(何度も逃げ出そうと思ったのだけどね)」

いつ話し掛けても挨拶程度で終わってしまっていたので兵側の気持ちを聞いたことはなかった。

「ですので、カレン様がルーシュ様に反旗を翻すなどとは私達は全く以て信じられません。今回の一件、何かの間違いではないかと。しかしながら、先程カレン様が申されました通り、命令が下ると私たちの独断では行動を起こせないので仕方なくこうして参戦させて頂いた次第であります」
「でも、もしもわたしが本当に裏切っていたとすれば?」

問いかけるように尋ねるカレンを周囲の兵はゴクリと息をのむ。

「私も相当に悩みましたが、先程それをこの冒険者が提案に来たのです。『あいつらはそんなことをする奴じゃねぇ』と」
「彼らが?」

ハルマンが見るのは横にいるアッシュ達。モーズが恥ずかしそうに横を向いているのをロロが脇腹を小突いていた。

「アッシュさん達がどうして?」

ずっとそのやりとりを聞いていたヨハンも話が見えない。

「あー、すまんヨハン。いくら皇女様がそんな計画をしていたとしてもだ、君たちがそんなことに手を貸すはずないと思っていたからね。それに、念のためカレン様のことも試させてもらったのだよ」
「ニーナの嬢ちゃんが早とちりして襲い掛かってこようとした時はさすがに肝を冷やしたぜ!」
「まったくさね!」

やっと不安から解消されたモーズとロロも不安と緊張から気の抜けた声を出していた。

「どうしてそこまでしてくれたんですか?」

ただの雇われ冒険者がここまでの提案など通常できはしない。意見を言ったところでまともに扱ってもらえるものでもない。それどころか下手をすればその場で斬り殺されてもおかしくない。

「それはまぁ、ロロのおかげだな」

途端に口笛を吹き始めるロロを次にはモーズが脇腹を小突くのだが、逆に頬へ張り手を受けていた。

「ロロさんが?」

アッシュの後ろでモーズが頬を押さえているのを苦笑いしながら問い掛ける。

「ロロは兵士と――」
「――た、ただの飲み仲間さねっ!」

グイっとロロはアッシュの肩を掴みながら笑顔で答えた。

「子どもに何を言おうとしてんのさッ!」

アッシュに小さく耳打ちするロロ。
ヨハン達と別行動をしているアッシュ達、特にロロに至ってはとりわけ兵士たちと仲良くやっていた。

「ま、まぁ、そんな時に聞いたカレン様の評判って思ったよりも良かったのさ」

アッシュとモーズも似たような評判を聞いていたのだが、カレンの評判はすこぶる良い。その見た目だけに留まらず、性格的なことを称賛している。懐疑的に聞いていたロロなのだが、誰に聞いても同じように語ることからして、カレンの人柄はそれなりに信に値するのだと。

「だから俺たちに一度確かめさせてくれってな」
「それにまぁ俺からすれば、死にかけたのを助けてもらったんだ。ここらで恩を返しとかないと、後々寝覚めが悪くなりそうだったしな」

手の平で頬を擦り、次に鼻の下を指で擦るモーズがぶっきらぼうに答える。

「それでさっきの話だったんですね」
「俺としても一度は落とした命だからね。これで前のことの借りはなし、ということで」

ニコリと笑いかけるアッシュ。

「わかりました。ありがとうございます」

別に貸したつもりもないのだが、結果的に無駄な戦いが避けられた。

「ふぃー。良かったねカレンさん」
「むしろあなたは少しは反省しないといけないのじゃないかしら?」

あっけらかんと答えるニーナをキッと睨みつけるカレン。後先考えない行動の多さ。

「まぁいいじゃない。上手くいったんだから」
「…………はぁ」

まるで悪気を見せないニーナの姿勢に呆れてしまう。

「まぁいいわ」

そのまま顔を上げて周囲にいる兵士を見回した。

「みんなもありがとうね」

口元に両手を持っていき、大きく声を発して笑いかける。

「と、とんでもないっす!」
「こちらこそありがとうございます!」

途端、兵達からは歓声が上がった。

「これ、お前たち! 静かにしろッ!」

少し前の緊迫した空気とは打って変わるその空気。急に和やかな場に変わる。

「カレンさん、人気あるんですね」
「わたしも今初めて知ったけどね」

兵たちがわいわいする様をカレンは嬉しそうに見ていた。

「では行きましょう」


その場から先はハルマンを先頭にしてカレン達を誘導して歩く。
そのままもうすぐ天幕というところに着いた。

「もうすぐですね」
「ええ」

アッシュ達のおかげで無用な戦いを避けられ、ルーシュのいるところまであと少し。

「っ!?」

直後、瞬間的に強烈な殺気を感じ取った。

「……お兄ちゃん」
「うん。これはあの人だね……――」

奥に天幕が見えるその少し手前にいる人物が四人。
その中で殺気を放っているのは、地面に長槍を刺して腕を組んでいる男。

「――……ジェイドさん」

S級冒険者であるペガサス。
シンとローズの仲間である男、ジェイドが立ち塞がっている。

しおりを挟む
感想 35

あなたにおすすめの小説

攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】

水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】 【一次選考通過作品】 ---  とある剣と魔法の世界で、  ある男女の間に赤ん坊が生まれた。  名をアスフィ・シーネット。  才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。  だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。  攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。 彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。  --------- もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります! #ヒラ俺 この度ついに完結しました。 1年以上書き続けた作品です。 途中迷走してました……。 今までありがとうございました! --- 追記:2025/09/20 再編、あるいは続編を書くか迷ってます。 もし気になる方は、 コメント頂けるとするかもしれないです。

スキルで最強神を召喚して、無双してしまうんだが〜パーティーを追放された勇者は、召喚した神達と共に無双する。神達が強すぎて困ってます〜

東雲ハヤブサ
ファンタジー
勇者に選ばれたライ・サーベルズは、他にも選ばれた五人の勇者とパーティーを組んでいた。 ところが、勇者達の実略は凄まじく、ライでは到底敵う相手ではなかった。 「おい雑魚、これを持っていけ」 ライがそう言われるのは日常茶飯事であり、荷物持ちや雑用などをさせられる始末だ。 ある日、洞窟に六人でいると、ライがきっかけで他の勇者の怒りを買ってしまう。  怒りが頂点に達した他の勇者は、胸ぐらを掴まれた後壁に投げつけた。 いつものことだと、流して終わりにしようと思っていた。  だがなんと、邪魔なライを始末してしまおうと話が進んでしまい、次々に攻撃を仕掛けられることとなった。 ハーシュはライを守ろうとするが、他の勇者に気絶させられてしまう。 勇者達は、ただ痛ぶるように攻撃を加えていき、瀕死の状態で洞窟に置いていってしまった。 自分の弱さを呪い、本当に死を覚悟した瞬間、視界に突如文字が現れてスキル《神族召喚》と書かれていた。 今頃そんなスキル手を入れてどうするんだと、心の中でつぶやくライ。 だが、死ぬ記念に使ってやろうじゃないかと考え、スキルを発動した。 その時だった。 目の前が眩く光り出し、気付けば一人の女が立っていた。 その女は、瀕死状態のライを最も簡単に回復させ、ライの命を救って。 ライはそのあと、その女が神達を統一する三大神の一人であることを知った。 そして、このスキルを発動すれば神を自由に召喚出来るらしく、他の三大神も召喚するがうまく進むわけもなく......。 これは、雑魚と呼ばれ続けた勇者が、強き勇者へとなる物語である。 ※小説家になろうにて掲載中

無限に進化を続けて最強に至る

お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。 ※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。 改稿したので、しばらくしたら消します

無尽蔵の魔力で世界を救います~現実世界からやって来た俺は神より魔力が多いらしい~

甲賀流
ファンタジー
なんの特徴もない高校生の高橋 春陽はある時、異世界への繋がるダンジョンに迷い込んだ。なんだ……空気中に星屑みたいなのがキラキラしてるけど?これが全て魔力だって? そしてダンジョンを突破した先には広大な異世界があり、この世界全ての魔力を行使して神や魔族に挑んでいく。

老衰で死んだ僕は異世界に転生して仲間を探す旅に出ます。最初の武器は木の棒ですか!? 絶対にあきらめない心で剣と魔法を使いこなします!

菊池 快晴
ファンタジー
10代という若さで老衰により病気で死んでしまった主人公アイレは 「まだ、死にたくない」という願いの通り異世界転生に成功する。  同じ病気で亡くなった親友のヴェルネルとレムリもこの世界いるはずだと アイレは二人を探す旅に出るが、すぐに魔物に襲われてしまう  最初の武器は木の棒!?  そして謎の人物によって明かされるヴェネルとレムリの転生の真実。  何度も心が折れそうになりながらも、アイレは剣と魔法を使いこなしながら 困難に立ち向かっていく。  チート、ハーレムなしの王道ファンタジー物語!  異世界転生は2話目です! キャラクタ―の魅力を味わってもらえると嬉しいです。  話の終わりのヒキを重要視しているので、そこを注目して下さい! ****** 完結まで必ず続けます ***** ****** 毎日更新もします *****  他サイトへ重複投稿しています!

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

転落貴族〜千年に1人の逸材と言われた男が最底辺から成り上がる〜

ぽいづん
ファンタジー
ガレオン帝国の名門貴族ノーベル家の長男にして、容姿端麗、眉目秀麗、剣術は向かうところ敵なし。 アレクシア・ノーベル、人は彼のことを千年に1人の逸材と評し、第3皇女クレアとの婚約も決まり、順風満帆な日々だった 騎士学校の最後の剣術大会、彼は賭けに負け、1年間の期限付きで、辺境の国、ザナビル王国の最底辺ギルドのヘブンズワークスに入らざるおえなくなる。 今までの貴族の生活と正反対の日々を過ごし1年が経った。 しかし、この賭けは罠であった。 アレクシアは、生涯をこのギルドで過ごさなければいけないということを知る。 賭けが罠であり、仕組まれたものと知ったアレクシアは黒幕が誰か確信を得る。 アレクシアは最底辺からの成り上がりを決意し、復讐を誓うのであった。 小説家になろうにも投稿しています。 なろう版改稿中です。改稿終了後こちらも改稿します。

処理中です...