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禊の対価
第二百八十七話 認識の外側
しおりを挟む「むっ!?」
剣を鞘に納めたまま横に向かって駆けるニーナ。意図のわからない動きに対して警戒を解かないのは何らかの策を講じているだろうという推測。
「ハッ!」
走り出しながら突き出されたニーナの手の平から火の玉が飛び出してジェイドに襲い掛かった。
「ふんっ!」
槍を真っ直ぐに突き出して火の玉を打ち消す。
「なるほど」
打ち消した火球の直後、すぐ後に迫ってきているのはいくつもの火球。
「遠距離、遠くからの手数を増やしたというわけか」
目の前に迫る火球。十数にも及ぶ数。
「ハッ! ハッ!」
ニーナの両手からいくつもの火球が生み出されながらじわじわと距離を詰められる。
「しかしこの程度――」
高速の槍捌きによって火球は素早くかき消された。
「――あまぃ、ぐっ!」
ジェイドは突如として腹部に衝撃を受ける。
確実に火球は打ち消しているはず。そもそも腹部に受ける衝撃の感触は魔法のそれではない。物理的な衝撃。
「よしっ。効いたっ!」
形勢が逆転していた中でようやく一撃を加えられた。
手応えを得たニーナはすかさずジェイドに向かって強く地面を踏み抜く。
「ぬぅっ」
どのような攻撃を受けることになったのか、そのまま状況を考えようとしたのだが思考を巡らせている暇はない。眼前に迫ってきているニーナに対して対応をしなければならない。
「はぁっ!」
横薙ぎに槍を振るうのだが、ニーナは身体を低くさせて槍を掻い潜るようにして滑り込んで来た。
地面に横になるニーナに対してジェイドは横薙ぎに振るった槍の柄をそのまま突き当てようと地面に向けるのだが、それよりも早くニーナは足を蹴り上げる。その距離はまだジェイドに当たらない距離。
「ぐはっ!」
確実に届かない距離だったはずなのだがジェイドの顎が突き上げられた。
「いまだッ!」
すぐさま起き上がるニーナはジェイドの前面に向かって拳を連打する。
ドドドッと激しく打ち付けられる拳の弾幕。
「こーれーでっ!」
ニーナはすかさず剣を抜いて両手で剣の柄を持った。
両の手の光が、剣身に伝わり黄色い光を灯す。
「どうだぁッ!」
全力を込めて大きく剣を振り下ろした。
ドンっと激しく剣を叩きつけられたジェイドは後方に吹き飛ぶ。
「はぁ、はぁ。や、やったね」
手応え十分。全力も全力。これでもかという程の一撃を浴びせた。
◇ ◆ ◇
「あの子……」
ヨハンの肩に座って驚愕の表情を浮かべるのはセレティアナ。
「ティア。ニーナは今何をしたの?」
セレティアナはニーナがしていることを理解していたのだがヨハンには理解できないでいた。
「わからない?」
「うん。ジェイドさんに向かって火魔法を使って隙を作ったところまではわかったけど、どうしてジェイドさんはあの攻撃を受けたの?」
「その前に同時使用できるかどうかの確認もしていたね」
「同時使用?」
「もっと近ければヨハンにも見えるかもしれないけど、あの子今魔法の中に闘気を混ぜてたの」
「えっと、それって?」
「つまり、ヨハン達が使う剣閃っていう技があるよね。それをあの子は武器を通さず、自分自身の肉体を武器に見立てて放ったのよ」
武器に闘気を乗せて放つ遠距離技である剣閃。身体強化に用いられる闘気を物理的な攻撃として放たれるソレ。
「要は遠当てね」
「へぇ」
体術を極めた時に生じる衝撃波。それに闘気を乗せて放ったのだと。
「それが何よりも驚異的なのは、その才能とセンスだね」
「どうして?」
「どうしてもなにも、考えてもみてよ。その剣閃は闘気を視認できるでしょ?」
「あっ!」
ようやくヨハンもそこで全てを理解した。
「普通の拳圧だとジェイドさんには効果がないから」
「そう。だからこそ見えない拳圧に闘気を上乗せして攻撃力を底上げしたみたいだね」
加えてニーナの作戦勝ちだったのは、火魔法を放つことで意識を魔法に集中させた上でソレを奥の手として仕込んでいた事。警戒されていたのはニーナも承知の上なので、如何にして決定的な一撃を打ち込める隙を作るか、それだけを考えた上で繰り出されている。
「とんでもない才能だよ。さすが竜人族といったところかな」
こと戦闘に関しては通常の人間の身体能力を大きく上回る種族。とはいえ、例え竜人族でもニーナの年齢でそれだけのことを普通に行えるものでもない。持って生まれた才能。
「そっか。また一段と強くなったみたいだねニーナは」
ニーナの成長を素直に喜べるのだが、ただ喜ぶだけでは終わらない。遠目に見えるニーナは荒い息を切らせており、魔法と闘気の同時使用と相まった激しい攻防。魔力の消耗具合の激しさを窺わせていた。
「ティア。カレンさんのところに行ってて」
「……やるのね」
セレティアナがヨハンの肩からフワッと浮かぶ。
「うん」
同時にヨハンもゆっくりと前に向かって歩き始めた。
ジェイドが吹き飛ばされた先、バルトラの気配がこのまま終わらないということを物語っている。
◇ ◆ ◇
「ぐはっ」
ズザザと音を立ててジェイドはバルトラの前にまで転がっていた。
「ぐぅ、くっ!」
起き上がり、ヨロっと身体を傾けたところで脇を支えられる。
「…………」
「……バルトラ?」
ジェイドを支えるバルトラは無言でギロッとジェイドを睨みつけていた。
「……気は済んだか? そろそろ遊びは終わりだ」
「ああ。わかっているさ」
予想以上のダメージを受けている。余力が十分あると言ってしまうのは強がりだというのはジェイド自身が一番よくわかっていた。
「ここらで幕引きだ」
「……ああ」
ジェイドから手を離したバルトラは背負っていた斧に手を送り、大きく振りかぶると地面に叩きつける。
ゴオッと轟音を立てる音が響き、地面は大きくひび割れた。
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