S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

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禊の対価

第二百九十一話 一対二

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ジェイドとバルトラの周囲にはあちこちに土が隆起しており、平地だったその場がもう岩場かのような状態になっている。

「どこから来る?」
「知らん」

二人は目線だけを動かし、周囲の気配を探知することだけに全神経を集中させていた。

「あやつも中々に考えておるな」
「…………」

岩場と岩場を高速で影が通り抜ける。
ズガンと伸びる地面。ヨハンは周囲を素早く動き回りながら、地面の至る所に魔力を流し込んでは身を隠す為の大きな岩、遮蔽物を出現させていた。

「油断するでないぞ」
「言われるまでもない」

どこからともなく迫り来る可能性に備えてヨハンの気配を探す。

◇ ◆

「ふぅ。とりあえずここまでは上手くいっているようだね」

岩陰に身を潜めて気配を消すのはヨハン。この結果は目算通り。

ジェイドが万全の状態であるならまるで通用しない作戦なのだが、二人は現状守勢に回っていた。それは先程の攻防から見て取れた二人の連携。
バルトラがジェイドの身を護りながら周囲の攻撃、危険を取り除き、同時に溜を作ってからジェイドの一撃必殺である槍の剣閃による攻守一体の連携。

射程も十分のそれがあると二人が動き回るということは考え難い。そうなると一番危険なのは場所を特定されて避けきれない一撃を受けてしまうこと。アレは防御も難しい。

「でも、問題はこの後なんだよな」

どうやって二人の牙城を打ち崩すか。通常であれば醸し出す強烈な気配が近付くことすら恐れを抱く。

「……速さなら僕の方が今のところ分があるはず」

彼我の実力差を鑑みて、戦局を再度考察していたところ、背にしている岩がピシッと微かに音を立てた。

「!?」

顔の横を通り過ぎる一筋の閃光。

「やはり適当に撃っても当たらぬな」
「これ以上無駄に刺突一閃を使うな」

試しに放たれたジェイドの剣閃である刺突一閃。

「あぶなぁ。見えてるわけじゃないんだろうけど」

気配は限界まで消しているはずなのに一瞬の油断すら許さない緊迫さ。しかしジッとしていたところでは何も始まらない。

「よしっ!」

グッと胸の中に決意を抱いて横に向かって飛び出した。

「…………」
「動いたなッ!」

周囲の岩場を素早く動き回る気配を得るバルトラとジェイド。

「……何を仕掛けてくる?」

どこから攻められようとも対処する準備は整っている。

「まずは二人に離れてもらわないことには!」

走りながら大きく魔力を練り上げ、上方に向けて巨大な火球を繰り出した。その大きさはバルトラの体躯の三倍程。

「炎爆球」

使いどころをしっかりと見極めないと闘気も併用しているのだからすぐに魔力が枯渇してしまう。魔法量の使用にも気を配らないといけないのだが、出し惜しみすることもできない。

「あと三発程度か」

魔力量との兼ね合い。それでもここでこの一撃を放つ必要があった。

「まず一発目ッ!」

ジェイドとバルトラのいる位置を目標にする。全力の火球を上空目掛けて放つのと同時にヨハンはすぐさま駆け出した。

ゴオッと放物線を描きながら突如として発生した豪火球がジェイドとバルトラの上から迫る。

「バルトラッ!」
「おうっ!」

グッと大きく斧を振り上げるのだが、斬撃波では巨大な火球を消し去ることは出来ずにそのまま落下した。

「ぬぅッ!」

バルトラは更に斧を両手に掲げて火球を受け止め、熱気が二人をチリチリと焦がす。

「ぐうっ!」
「――チッ!」

ジェイドは舌打ちしながらすぐさま反転した。

「ハアッ!」

背後に向けて槍を突き出す。

「ふっ!」

そこにはいつの間にかヨハンの姿。槍を躱して無防備になっているバルトラ目掛けて魔法剣を携えて剣を横薙ぎに振るっていた。

「舐めるなよ小僧ッ!」

キィンと鋭い音を響かせるのはジェイドがバルトラの身を護る為に躱された槍を引いてヨハンの剣を下から叩き上げていた。

「惜しかったっ!」

あともう少しでバルトラ目掛けて一撃を加えられたはず。ヨハンは剣を叩き上げられた勢いで上体を後ろに反らし、そのまま地面を後方に回転する。崩された体勢をすぐさま立て直した。

「があっ!」

その間にバルトラは大きく声を張り上げて火球を弾き返すと、ボッと空気を燃やす火球は離れた地面に落ちてドゴンと轟音を立てる。

「ぬうっ……」
「アレほどの魔法を放てるとはの」

油断していたつもりはないのだが、それでも予想を上回る勢いを見せたヨハンの攻撃。

「くそぉっ。今ので当たらないなんて」

ジェイドの反応速度の速さと、時間を要しながらも全力の火球を弾き返されたバルトラの剛腕に対して驚嘆しながらヨハンはすぐさま再び岩陰に身を隠した。

「……強い」

バルトラが小さく呟く。
下に見ていたつもりはないはずなのだが後手に回らされた。

「ああ。だがそう何度もあれだけの魔法を放てるとも思えん。持久戦ならコチラの勝ちだ。情けない話だがな」
「……シンは?」
「あの小僧と仲良くしておったのだ。拙者たちの邪魔はせんだろうが、恐らく戦線に加わろうとはせんだろう」
「チッ!」

チラリとシンに視線を向け、未だに岩に座ったまま動こうとしない様子を見せていることにバルトラは若干の苛立ちを覚えていた。


◇ ◆ ◇


「くそっ。今ので決めなけりゃ厳しいぞヨハン」

動きを見せていたヨハン達の戦いに目を送っていたシンはヨハンの攻撃の見事さに感心すると同時に歯痒さも覚える。

「もうアレは通じねぇ」

相手の予想を上回る攻撃を放つことで奇襲をかけたのだがそれも失敗に終わった。それに、何度もあれだけの魔法が撃てないことはシンも理解している。

「アイツらが勝つためにはあっちがローズを破るしかないんじゃねぇの?」

持久戦になればヨハンの方が明らかに分は悪い。撤退するならまだしも未だに突破することを諦めてはいない。

「チッ。どっちもつまんねぇ意地張りやがって。ったく」

指先に摘まむ小石に力を込めてパンッと音を鳴らせて砕け散らせると、次にはローズの方に視線を向けた。

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