295 / 724
禊の対価
第二百九十四話 護るべきもの
しおりを挟む◇ ◆ ◇
「いやあああああっ!」
「お兄ちゃんッ!」
カレンとニーナ。その視界に捉えるのは落雷を受けて前のめりに倒れるヨハンの姿。
「はぁ。あなた達には彼を心配する余裕なんてないはずよ」
溜め息を吐きながらローズはカレンとニーナに向けてボボッと赤と白の魔力弾をいくつも放つ。
「ティアッ!」
「本当にいいんだね?」
確認する必要がないほどの意思の共有。声を掛けられたセレティアナは何を、と問いかけることもなくカレンの言いたいことを理解していた。
「もちろんよ」
迷いのない即答。考える時間どころか必要もない。
「彼をお願い」
今この場でヨハンを護れるのはセレティアナしかいない。
笑顔でカレンはセレティアナに答える。
「わかったよ」
それがどういうことを示すのか、確認するまでもなかったカレンの心情をセレティアナは理解していた。それでもカレンの口からその言葉が聞きたかったので確認せずにはいられなかった。
「ごめんねカレンちゃん。約束を守れなくて」
「そんなことないわ」
互いに小さく呟きながら、シュンっとその場で姿を消すセレティアナ。
「ごめんニーナ。ちょっと痛いわよ」
「へ?」
その場に残るのはカレンとニーナであり、眼前に迫り着弾するのはローズの魔力弾。カレンとニーナにはもう避ける時間も守る術も持たない。
「え? ちょっとカレン様!?」
そうなるとまともにローズの魔法を直撃することになる。ローズの予想ではカレンが身を護るために魔法障壁を展開すると想定していたのだがそれが成されなかった。
「きゃああっ」
「ぐぅッ」
ドドドッと高威力の魔力弾を受けて全身をボロボロにさせるカレンとニーナ。衣服のあちこちに穴を開け、擦り傷や火傷を作る。
「どう……して?」
口をあんぐりと開けるローズにはわからない。カレンが魔法障壁を展開できるだけの時間は確実に用意していたはず。
「彼を、死なせるわけにはいかないのよ」
ゆっくりと立ち上がりながらにこりと微笑むカレン。
「そ、そういうことかぁ。なぁるほど。カレンさん。ちゃんと説明して欲しかったなぁ」
痛みを堪えながらカレンの言葉をようやく理解するニーナ。
「ごめんなさい。時間がなかったから。でもあなたもそうするかと思って」
「当り前じゃん」
ニカッと笑うニーナとそれを受けて声を漏らして笑うカレン。ローズはその二人の覚悟と彼に対する親しみに思わず呆けてしまう。わかっていてもまともに受けられる程に手加減もしていなければ恐怖も抱かない様な弱い魔法ではないという自負もある。
「……カレン……さま?」
まるで信じられない行動。ローズもその言葉でセレティアナが姿を消してどこに行ったのかということを理解した。
あの精霊がそこで何をするつもりなのかは明確にはわからないのだが、自分の身の安全よりもヨハンの身を案じて精霊を向かわせたことを信じられないでいる。
「どうしてそこまで?」
「さぁ。どうしてでしょうね。わたしにもわからないわ」
ニコッと微笑むカレンの表情を見てローズはズキッと胸を痛めた。
「カレン様……。まさか…………」
小さく呟きながらローズも雷雲立ち込める場所、ヨハンのいる場所に向けて首を振る。
◇ ◆ ◇
「そこまでせんでも小僧はもう立ち上がれんぞ」
倒れて気絶しているヨハン目がけて大きく斧を振り上げているバルトラにジェイドは声を掛ける。
「ダメだ。コレはもう殺し合いに他ならない。危うく我等も死にかけたのだぞ?」
「……ああ。その通りだ」
事実その通りで否定のしようがない。バルトラはそういう男。こうなると止めることの方が難しく今後の不和を呼ぶ。ジェイドは諦めて大きく息を吐くとヨハンから顔を背けた。
「……シンのヤツが気に入った理由がわかったのだがな」
とはいえもう遅い。斧が振り下ろされた時にこの子どもの命は尽きる。
「むんッ!」
バルトラの声が聞こえると同時に目を瞑るジェイド。
「さらばだ」
小さく呟きながら首が千切れる音を聞こうとしたのだが、響いたのはガンっと鈍い音。
「むっ?」
「どうした?」
想定していた音が聞こえることなく、鈍い音と共にバルトラの小さな声が漏れてくるので倒れたヨハンの方に視線を向けた。
「ごめんね。この子、まだ死なせられないの」
そこにはヨハンを取り囲む白く光る障壁。バルトラの斧を弾き返すほどに強固な障壁。その中でふよふよと浮いている小さな存在。
「お主は?」
突然得体のしれない存在を目にするのだが、ジェイドは冷静に問い掛ける。
「ボクはセレティアナ。カレンちゃんの契約精霊さ」
「……ほぅ。どうしてソレがこやつを護る?」
カレン――つまりヨハンとニーナの護衛対象である皇女カレン・エルネライ。バルトラの問いは、その契約精霊が何故本来護るべき主人のカレンを護るのではなく、その護衛であるヨハンを護ったのか。
「うーん。それには答えられないな。でも、どっちにしろこの子はもう戦えないよ。ここらで終わりにしてもらえないかな?」
「…………」
セレティアナの提案にバルトラは無言。その横にジェイドが立った。
「構わぬ。よいなバルトラ?」
「……好きにしろ。どうせもう終わりだ」
意識を失っているヨハン。もう戦いようはない。それどころか強がっているものの、バルトラ自身も限界が近い。先程の斧を振り下ろした時の障壁の感触。今の力ではこれを打ち破ることなどできない。
「ありがとう。助かるよ」
ニコッと微笑むセレティアナに対してバルトラは無言で振り返る。
「向こうは……――」
ジェイドが視線を向けた先にはローズと共に歩いて来るカレンとニーナの姿が見えた。
「――……ローズ?」
並びながら歩いて来る様子が不思議でならない。どういうことなのだろうかと疑問に思いローズたちが歩いて来るのを待つ。
◇ ◆ ◇
「……終わったな」
すくっとシンも立ち上がり、ゆっくりとジェイド達がいるところに向かって歩き始めた。
「なんとか死なずに済んだか」
フッと笑みを漏らしながら同時に先程ヨハンが見せた脅威を思い出す。ジェイドとバルトラの二人を相手取ってこの戦いぶり。身体の奥底が震えてくる。
「俺もやりたかったぜ」
武者震い。強者を相手にした時の高揚感。しかし、今回我慢したのは自分も加われば間違いなく殺してしまう自信もあった。
「ってかアイツ。どうやってこの短期間で自分だけの剣閃を掴み取ったんだ?」
同時に沸き上がる疑問。明らかに数日前とは違うその技。
あの時には魔法と融合させた剣閃など確実に使えなかったはず。通常の闘気を飛ばすだけの剣閃。
『自分だけの剣閃』
確かにそんな話をしたことはしたのだが、それがまさかこんなに早く使えるようになっているとはどういうことなのか疑問でならない。
「まったく。異常だろアイツの強くなり方」
溜め息を吐きながら歩くのだが、それでもまだ延命に過ぎない。所詮この場をやり過ごした程度なのだと。
「ここまでやっちまった以上、どうせアイツら死罪だろうしな。さて、どうするか」
例え冒険者の任務。護衛を務めるカレン。反逆者になったカレンにただ加担しただけではなくここまでのことをしたのだから。
11
あなたにおすすめの小説
攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】
水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】
【一次選考通過作品】
---
とある剣と魔法の世界で、
ある男女の間に赤ん坊が生まれた。
名をアスフィ・シーネット。
才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。
だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。
攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。
彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。
---------
もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります!
#ヒラ俺
この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
---
追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
スキルで最強神を召喚して、無双してしまうんだが〜パーティーを追放された勇者は、召喚した神達と共に無双する。神達が強すぎて困ってます〜
東雲ハヤブサ
ファンタジー
勇者に選ばれたライ・サーベルズは、他にも選ばれた五人の勇者とパーティーを組んでいた。
ところが、勇者達の実略は凄まじく、ライでは到底敵う相手ではなかった。
「おい雑魚、これを持っていけ」
ライがそう言われるのは日常茶飯事であり、荷物持ちや雑用などをさせられる始末だ。
ある日、洞窟に六人でいると、ライがきっかけで他の勇者の怒りを買ってしまう。
怒りが頂点に達した他の勇者は、胸ぐらを掴まれた後壁に投げつけた。
いつものことだと、流して終わりにしようと思っていた。
だがなんと、邪魔なライを始末してしまおうと話が進んでしまい、次々に攻撃を仕掛けられることとなった。
ハーシュはライを守ろうとするが、他の勇者に気絶させられてしまう。
勇者達は、ただ痛ぶるように攻撃を加えていき、瀕死の状態で洞窟に置いていってしまった。
自分の弱さを呪い、本当に死を覚悟した瞬間、視界に突如文字が現れてスキル《神族召喚》と書かれていた。
今頃そんなスキル手を入れてどうするんだと、心の中でつぶやくライ。
だが、死ぬ記念に使ってやろうじゃないかと考え、スキルを発動した。
その時だった。
目の前が眩く光り出し、気付けば一人の女が立っていた。
その女は、瀕死状態のライを最も簡単に回復させ、ライの命を救って。
ライはそのあと、その女が神達を統一する三大神の一人であることを知った。
そして、このスキルを発動すれば神を自由に召喚出来るらしく、他の三大神も召喚するがうまく進むわけもなく......。
これは、雑魚と呼ばれ続けた勇者が、強き勇者へとなる物語である。
※小説家になろうにて掲載中
無限に進化を続けて最強に至る
お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。
※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。
改稿したので、しばらくしたら消します
無尽蔵の魔力で世界を救います~現実世界からやって来た俺は神より魔力が多いらしい~
甲賀流
ファンタジー
なんの特徴もない高校生の高橋 春陽はある時、異世界への繋がるダンジョンに迷い込んだ。なんだ……空気中に星屑みたいなのがキラキラしてるけど?これが全て魔力だって?
そしてダンジョンを突破した先には広大な異世界があり、この世界全ての魔力を行使して神や魔族に挑んでいく。
老衰で死んだ僕は異世界に転生して仲間を探す旅に出ます。最初の武器は木の棒ですか!? 絶対にあきらめない心で剣と魔法を使いこなします!
菊池 快晴
ファンタジー
10代という若さで老衰により病気で死んでしまった主人公アイレは
「まだ、死にたくない」という願いの通り異世界転生に成功する。
同じ病気で亡くなった親友のヴェルネルとレムリもこの世界いるはずだと
アイレは二人を探す旅に出るが、すぐに魔物に襲われてしまう
最初の武器は木の棒!?
そして謎の人物によって明かされるヴェネルとレムリの転生の真実。
何度も心が折れそうになりながらも、アイレは剣と魔法を使いこなしながら
困難に立ち向かっていく。
チート、ハーレムなしの王道ファンタジー物語!
異世界転生は2話目です! キャラクタ―の魅力を味わってもらえると嬉しいです。
話の終わりのヒキを重要視しているので、そこを注目して下さい!
****** 完結まで必ず続けます *****
****** 毎日更新もします *****
他サイトへ重複投稿しています!
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
転落貴族〜千年に1人の逸材と言われた男が最底辺から成り上がる〜
ぽいづん
ファンタジー
ガレオン帝国の名門貴族ノーベル家の長男にして、容姿端麗、眉目秀麗、剣術は向かうところ敵なし。
アレクシア・ノーベル、人は彼のことを千年に1人の逸材と評し、第3皇女クレアとの婚約も決まり、順風満帆な日々だった
騎士学校の最後の剣術大会、彼は賭けに負け、1年間の期限付きで、辺境の国、ザナビル王国の最底辺ギルドのヘブンズワークスに入らざるおえなくなる。
今までの貴族の生活と正反対の日々を過ごし1年が経った。
しかし、この賭けは罠であった。
アレクシアは、生涯をこのギルドで過ごさなければいけないということを知る。
賭けが罠であり、仕組まれたものと知ったアレクシアは黒幕が誰か確信を得る。
アレクシアは最底辺からの成り上がりを決意し、復讐を誓うのであった。
小説家になろうにも投稿しています。
なろう版改稿中です。改稿終了後こちらも改稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる