S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

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禊の対価

第 三百五 話 元農民の出世

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「カレンさん、それ……」
「あぁ。これ? いままでみたいにティアと一緒にいる気になるかなぁって」

首元にぶら下げている翡翠色の石。チェーンの先にはセレティアナの残していった魔石がはめ込まれていた。

「似合ってますよ」
「あ、ありがと」

予定ではドミトールを出て帝都に帰還しているはずなのだが、未だにドミトールに滞在している。あれから数日は事後処理に追われる日々を過ごしていた。

シトラスの笛によって人外、異形の存在に変貌したレグルスに対する見解。
魔族化、もしくはそれに類する存在になったのだろうというのはラウルの談。結果的にカレンが反逆者に仕立て上げられたことはレグルスとドグラスによる共謀。更にラウルが姿を見せたことでいくらか不信感は抱かれたのだが覆せないその状況によりレグルスの協力者は全員捕縛されている。
司法取引を持ち掛けられたことで得られた関係者の証言もありカレンの容疑は晴れ、ラウルがその後を取り仕切ったことと事後処理に駆け回らないといけないこと、ルーシュが襲われたことなど多岐に渡る処理が必要になっていた。

困惑する兵たちなのだがカレンによってもたらされた情報。ドグラスが魔族なのだという情報を上層部の一部で共有する。信憑性の有無は不確かなのだが、ドグラス自身が姿を消したこととレグルスの変貌、魔道具などの物的証拠などを耳にしている兵もいることからして総合的に判断されている。

致命傷を負っていたルーシュはセレティアナの最後の精霊術によって嘘のような回復を見せて無事に意識を取り戻していたのだが、カレンを、姉を信じられなかった負い目がルーシュの心を深く抉っていた。さらに信頼していたドグラスに都合よく扱われ、あまつさえ騙されていたことにひどくショックを受けている。複雑な事情が絡み合ったこととはいえ、ノーマン内政官に付き添われて部屋に閉じこもっていた。同じようにして致命傷を負っていたトリスタン将軍は持ち前の体力もあってなんとか一命を取り留めている。

「そうなんですね」
「兄さんにも今はそっとしておけって言われたわ」

年齢が幾つであろうとも、責任ある立場で公務に携わっているのだからそれ相応の処分はあるかもしれないと。


そんな中、領主官邸小会議室にて――――。
今後のことについて話しているのはラウルとアダムにカレン、そしてヨハンとニーナにロブレンがいる。

「本当にいいんですかい旦那?」
「ああ」

サリーの農園のその後についてはロブレンが引き継ぐことになっていた。

「すいませんロブレンさん。無理なお願いをしてしまったみたいで」
「いやいやいいってことよ!」

予定にはなかったことなのだが、ロブレンは満面の笑みを浮かべており、まんざらでもない様子を見せている。

「あの女主人もあれだけの器量だ。お貴族様に見初められても仕方ねえってことよ」

ロブレンには地下でのことを伏せたままサリーは帝国の貴族の下に側室として嫁いだと伝えられていた。よっぽど目的があって掘り起こさない限り倒壊した建物の更に下にある研究所の残骸は見つからない。知らない方が良いこともあるだろうという判断。
当初それを聞いたロブレンは茶葉の帝都への流通が白紙になったと思い顔面蒼白していたのだが、農園の維持管理が必要になるということをラウルから打診され頼られたことで思いの外に乗り気になる。

「心配だなぁ。ロブレンさん商人の才能はないからねぇ」
「チッチッチッ。おいおいニーナの嬢ちゃんよぉ。これは俺にしかできねぇ役割だぜ? むしろこのために生まれて来たんじゃねぇかと。俺の選択は全部まちがっちゃいなかったんだ」
「というと?」

首を傾げてニーナは問い掛けた。

「農家の生まれの俺だからこそあれだけの土地、あそこをしっかりと管理できるんだ。もちろんこの土地独自の栽培方法も調べねぇといけないけどな。だがそれだけじゃねぇ。商人としての知識もしっかりと学んだ俺だからこそ今後の流通にも支障なく取り組めるんだぜ?  こんなの一介の農民になんかできやしねぇ。なるほど、村を出た時の天啓はこれだったんだな」

ウンウンと何度も頷くロブレンを横目にヨハンがニーナに耳打ちする。

「ってラウルさんに煽てられたみたいだよ」
「都合の良い解釈だねぇ」

第一皇子であるラウルから頼られたこと、辺境とはいえ一大事業を任されたこと、普通に商人をしていただけでは絶対に手に入らない地位を得られたことに満足感を示していた。

「どうしてそんなに自信満々なのよ」
「ここで俺の真の才能が開花するんだぜ?」
「んなわけないじゃないっ! そんなことより、サリーさんの想いが詰まっているあそこを潰したら承知しないんだからねッ!」
「はははは。誰に言ってんだ誰に。任せとけって」
「はあああぁっ」

満面の笑みを浮かべているロブレンを見るニーナは不安しか抱かない。

「これで俺も一国一城の主だぜ」

グッと拳を握るロブレン。

「ニーナじゃないけど、ほんとにあの人に任せて大丈夫なのかしら?」
「確かにお気楽な人だけど、根は良い人だから変な人に騙されない限りは大丈夫ですよ」
「それ大丈夫じゃないわよ。それが一番心配じゃない」

呆れるカレンの横で答えるヨハンなのだが、商人にとって騙されやすいなどということは致命的。カレンからしてもサリーの農園の管理を頼まれている。約束は必ず果たさないといけない。

「そこに関しては心配しないでください」
「アダムさん」

レグルスの息子であるアダムも今回の事件の関与についていくつも取り調べを受けていたのだが、情状酌量を受けている。計画の全ては父親であるキンドール・レグルスと一部の臣下によるものだとして、アダム自身は何も知らされていなかった。

「兄さん、どこまで計算していたのかしら?」
「さぁ。凄いですね」

小さく話すヨハンとカレン。
裏で動いたラウルの工作。アダムが殺されかけていたことと、その際に行っていた交渉。そもそもとして、アダムは助けられたことにラウルへ恩義を感じている。確かに父、キンドール・レグルスの思想、ドミトール王国の再建はアダムとしても願望はあったのだがここに至っては考え方を真逆に変えていた。

「彼への余計な手出しはさせません。私が責任を持って監督しておきます」
「よろしくお願いします」

領主であったキンドール・レグルスを失ったことによる領地の混乱。それを最小限に抑える為に息子のアダムが後継に指名されている。外部からすればアダムが継ぐのは一番正当であり、今後の反乱を抑制することとロブレンの世話を含めてその立て直しを誓っていた。

「カレン様。数々のご無礼、それにご迷惑をおかけしました」

深々と頭を下げるアダム。

「いえ。気になさらないでください、とまではさすがに言えませんが、今後の働き如何によってドミトール引いてはメイデント領の評判が大きく左右されますので期待していますね」

カレンはニコリとアダムに向けて笑いかける。

「あの、カレン様……」

頭を上げたアダムは口籠りながらチラリとヨハンを見るのだが、目が合うヨハンは疑問符を浮かべた。

「なにかしら?」

同じようにして声を掛けられたことの意味がわからないカレンが問い掛けるのだが、アダムは小さく息を吐く。

「いえ。なんでもありません。この地の平定をラウル様ではなくカレン様にお約束したいと思いまして」
「わたしに?」
「はい。お目にかかるのがこれで最後になるかもしれませんので正直に申し上げますと、私はカレン様を一目見た時から焦がれてしまいました」
「え?」

突然のアダムの告白にカレンは目を丸くさせた。次には目を泳がせてしどろもどろになる。

「しかしながら、私にはカレン様のお相手は相応しくないのだと痛感しましたので。もちろん父の不手際があったからというわけではないです」
「そんなこと」
「いえ。立場にかまけていては誰かの心を射止められないのだとカレン様から教えて頂けました。だからこそそれを今後の糧にしたいと思います。この領地を立場に恥じぬよう立派にしたいと、本気でそう思いました」
「……そぅ。ならよろしくお願いしますね」

カレンのアダムの言葉に対しての解釈。例え継承権がないカレンの立場であろうとも信念をもって取り組めば最善の結果が得られるのだという解釈になっているのだが、その齟齬には気付いていない。しかし、アダムからすればそれで良かった。真意を伝える必要などない。
互いに微笑み合うそのやりとりをヨハンも安堵の息を漏らして見ているのだが、再びアダムと目が合う。

「護衛の君も本当に大変だったね。では最後までカレン様をよろしく頼む」
「はい。お任せください」
「約束だよ。ではラウル様、カレン様。私はこれで失礼します。ロブレン君、詳細については追って決めていこう」
「りょうかいっス」
「そういうところなんだってロブレンさん!」
「段々僕も心配になってきたのでアダムさん。ロブレンさんをよろしくお願いします」

フッと小さく息を漏らすアダムはヨハンの肩をポンと軽く叩き、そのまま部屋を出て行った。

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