S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

文字の大きさ
308 / 724
帝都武闘大会編

第 三百七 話 英雄扱い

しおりを挟む
「えっと……。どういうことでしょうか?」

帝都に戻って孤児院に顔を出し、アイシャや他の子ども達には大いに歓迎され迎えた翌日。カレンが一人で伝言を持って孤児院を訪れていた。

「だから、お父様、現皇帝であるマーガス帝があなたに爵位を授けるのですって」
「へぇ凄いわねヨハンくん」

孤児院の応接間。アイシャがドミトールの茶葉で淹れた紅茶を出しており、ミモザが匂いを嗅ぎながら口に運んでいる。

「でもほんとに香り豊かねこの紅茶」
「ですよね。私もこれすっごい良いと思うの」
「じゃあ定期的に取り寄せておいてあげるよ」
「ほんとですかニーナさん!?」
「もちろんじゃない。アイシャちゃんのためなら。あたしに任せておいて」

ドンっと胸を張って孤児院に定期的に茶葉の仕入れを約束するニーナにアイシャは顔を綻ばせていた。
ニーナが安請け合いするのは、アダムから今後何かできることがあればいつでも言って来て欲しいと。その例えに茶葉の流通のことが含まれているので自信を持って断言できるし事実その通り。

「うわぁ。ありがとうございます!」
「私も嬉しいわぁ。ありがとニーナちゃん」
「えへへ」

ミモザに頭を撫でられ嬉しそうにしているニーナ。全く以てカレンが持ち込んできた話に驚きを示していない。誰一人として。

「い、いやちょっと待ってよみんな。なんでそんなに冷静なのさ」

困惑しているのが自分だけのこの状況が異常ではないかと思えるほどの周囲の落ち着き。何事も起きていない。平時と変わらない。

「だって帝国を救った英雄なのでしょ? なら当然じゃない」
「そんなわけないじゃないですか!」

英雄などということなどない。話が誇大してしまっている。

「一体何がどうなってそんなことに…………」

ミモザには昨晩の内にドミトールで起きた出来事の一部始終を話して聞かせていた。ヨハンとニーナが無事に帰って来たことをまず喜んでくれているのだが、その中に帝国を救ったなどということは話していない。そもそも事実ですらない。多少の激しい戦闘があったという程度。

「それで爵位は?」
「……あー、いえ。わたしも詳しくは聞いていないので。……たぶん、騎士爵ではないかと」

ミモザの問いにカレンが僅かに口籠りながら答える。ミモザは疑問符を浮かべるのだが、同時に考えるのは、騎士爵ならそれほど珍しいものでもない。

「それもそうね。なら面白くもなんともないわね」
「騎士爵って?」

首を傾げるニーナ。

「ニーナちゃんは知らないのね。まぁ簡単に言うとヨハンくんの場合は一代限りの名誉爵位ってとこね。一般的に騎士爵と呼称されているけど、時には勲功爵とも呼ばれている爵位のことよ」

公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵の貴族の基本五階級に含まれない階級。
基本的には帝国兵団などの将軍、栄誉職の際に授与される爵位ではあり、その際は騎士爵家とも扱われる。それ以外には国に大きく貢献した時にも授与されることがあった。
しかしそれが今回異例中の異例なのは、通常爵位が授与されるのはその国に帰属している場合の時であり、帝国の冒険者として多大な貢献をすれば爵位を賜れる可能性はあるのだが、永住しているわけでもなく他国に籍があるヨハンに授与されるなどということは通常あり得ない。

「ヨハンさん。すごいですよねぇ」
「いやいやアイシャ、そこだけ聞くと凄いのかもしれないけどさ……」
「私はヨハンさんなら別に不思議はないですよ?」

絶対的に揺るがないアイシャの信頼に返す言葉がなくなる。

「でも僕ほんとにそんな大したことしてないよ」

頬をポリポリと掻きながら抱く困惑。

「はいニーナちゃん。ヨハンくんが向こうでしたことをもう一度話してみて」

ミモザがニーナをピシッと指差した。

「お兄ちゃんが向こうでしたこと?」

口元に指を一本当てるニーナは上を見ながら思い返す。

「えっと。まずドミトールに行って、暗殺されかけたルーシュ様を助けてぇ。それでシトラスに捕まったあたしを助けてくれてぇ。アイシャちゃんの村や帝国中に被害をだしていた魔道具の一件を解明したことと、メイデント領の茶葉を帝都に流通させる約束を取り付けたことに、あとは反逆者に仕立て上げられたカレンさんを助けたこと。ついでに龍脈を正常に戻したことぐらいかな?」
「はい受勲されるには十分な理由ね」

満足そうに再び紅茶を口に運ぶミモザを見ながら苦笑いしかできない。

「いやいやちょっと待ってよ」

確かに端的に言えばそうなのかもしれない。しかしおかしなことがいくつもある。
暗殺、元々未遂に仕立て上げるつもりだったのだが、それもニーナの嗅ぎ分けられる鼻がなければ防げなかった。魔族であったシトラスに関してもニーナが捕まらなければ辿り着けなかったし、カレンやセレティアナの力がなければ倒しきれなかった。茶葉の流通を取り付けたのだなんて、実質カレンとラウルの二人でしたこと。何の貢献もしていない。
挙句の果てに、ジェイドとバルトラの二人には敗北した上に殺されかけてカレンとセレティアナに助けてもらう始末。まだまだ自分の力不足を痛感していた。だいたい龍脈の正常化なんてものは副産物。結果そうなっただけで意図していたものではない。

「そもそも僕一人だけじゃなくて……」
「言いたいことがあるなら明日の謁見の時に好きに言いなさい」

次の日には叙勲式を設けるという唐突な展開もまた混乱の原因。

「言っていいんですか? そんな時に」
「ダメよヨハンくん。言ったらコレよコレ」

首元に親指を持っていき、横にスッと動かすミモザ。

「処刑……ですか?」
「当り前じゃない。カレンちゃんの話だと皇帝がそれを決めたのでしょ? なら国の最高機関の決定に背くことになるわ。臣下でもないただの冒険者でしかないあたなた意見すれば当然そうなるわよ。もしそれが嫌なら今晩中に逃げるしかないわね」
「そんなのわたしが許さないわ。兄さんには絶対に連れて来いって言われてるのだから」
「えぇっ…………」

逃亡などをするつもりはないのだが、そうでなくとも逃げ道などどこにもなかった。

「とにかく。伝えたわよ。明日はニーナと二人で城に来て頂戴。そこで着替えてもらうから」
「……わかりました」

しぶしぶ返事をするヨハンを横目に満足そうに立ち上がるカレン。そのカレンの様子を見たミモザは疑問符を浮かべながら首を傾げる。

「カレンちゃん?」
「はい。なんでしょうミモザさん」
「嬉しそうね? 何か他にも良いことあるのかしら?」
「えっ? あっ、やっ、べ、別にないですよ!」

ポッと顔を赤らめる様子を見るミモザは更に疑問に思っていた。

「じゃ、じゃあわたしはこれで。絶対遅れないでよ!」

そのままスタスタと部屋を出ていくカレンの後ろ姿を見送る。

小さい頃から見て来たカレンの変化に気付いたミモザ。ヨハンが爵位を受ける話をしていた時も嬉しそうに話していたのだが、どうにも腑に落ちない。それだけではないと思えて来た。

(あの様子。たぶん他にも何かありそうね。ラウルに聞いてみようっと)

そうして後で孤児院を出てこっそり城に行ったミモザはラウルから翌日の予定を聞くと大声で笑う。そのままの足で冒険者ギルドに向かい、ミモザと同じく叙勲式に参列予定のアリエルに今正に聞いたことを話しに行っていた。

「――なるほど。それは面白い」
「でしょ! まさかこんなことになるなんてねぇ!」
「だが、あの子が自由になるためには確かにそれも一つなのだが、カレン様の気持ちは大丈夫なのか?」
「あっ、それは大丈夫よ。私が保証するわ」
「そうか」

満足気にルンルンとした足取りでミモザは孤児院に戻って来る。

「……なんですかミモザさん?」

夕食時、ミモザからニヤニヤとした目で見られることがヨハンは不気味でならなかった。

「ううんー。なんでもないわぁ。明日が楽しみね」
「何を言ってるんですか。全然楽しみじゃないですよ」
「そういえば叙勲式の手順とか知ってるの?」
「まぁ一応は。シグラムと同じでいいんですよね?」
「そうね。それでいいわ。でも間違えたらこっ恥ずかしいわよ」
「ですよねぇ」

冒険者学校でも式典関係の基礎だけは教わったのだがもう遠い昔に感じられる。
夕食後、部屋で一人ベッドに横になりながら天井を見上げて思い出していた。

『英雄になれば勲功があるんだぜ?』
『へぇ。どんな感じになるのかな?』
『もちろん厳格な場だ。台詞も決まってるんだぜ』
『ちょっと練習してみる?』
『はははっ。いいぜやろうぜ!』

レインと二人で遊びながらしたことを懐かしむ。まさかそれが本当に活用される時が来るなどとはその時は思いもしなかった。

「はあぁっ。帰ったら絶対にびっくりされるんだろうな」

溜め息しか出ない。
レインは大笑いしそうであり、エレナとモニカもそれなりに驚きを示すのだろうなといった程度には想像できる。長期遠征に出て帰って来ればまさかの爵位を授与されているなどはきっと想像もしていないだろうと。

頭の中で翌日の叙勲式の練習、台詞を言い間違えないように繰り返していながら夜が更けていった。

しおりを挟む
感想 35

あなたにおすすめの小説

攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】

水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】 【一次選考通過作品】 ---  とある剣と魔法の世界で、  ある男女の間に赤ん坊が生まれた。  名をアスフィ・シーネット。  才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。  だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。  攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。 彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。  --------- もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります! #ヒラ俺 この度ついに完結しました。 1年以上書き続けた作品です。 途中迷走してました……。 今までありがとうございました! --- 追記:2025/09/20 再編、あるいは続編を書くか迷ってます。 もし気になる方は、 コメント頂けるとするかもしれないです。

無限に進化を続けて最強に至る

お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。 ※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。 改稿したので、しばらくしたら消します

スキルで最強神を召喚して、無双してしまうんだが〜パーティーを追放された勇者は、召喚した神達と共に無双する。神達が強すぎて困ってます〜

東雲ハヤブサ
ファンタジー
勇者に選ばれたライ・サーベルズは、他にも選ばれた五人の勇者とパーティーを組んでいた。 ところが、勇者達の実略は凄まじく、ライでは到底敵う相手ではなかった。 「おい雑魚、これを持っていけ」 ライがそう言われるのは日常茶飯事であり、荷物持ちや雑用などをさせられる始末だ。 ある日、洞窟に六人でいると、ライがきっかけで他の勇者の怒りを買ってしまう。  怒りが頂点に達した他の勇者は、胸ぐらを掴まれた後壁に投げつけた。 いつものことだと、流して終わりにしようと思っていた。  だがなんと、邪魔なライを始末してしまおうと話が進んでしまい、次々に攻撃を仕掛けられることとなった。 ハーシュはライを守ろうとするが、他の勇者に気絶させられてしまう。 勇者達は、ただ痛ぶるように攻撃を加えていき、瀕死の状態で洞窟に置いていってしまった。 自分の弱さを呪い、本当に死を覚悟した瞬間、視界に突如文字が現れてスキル《神族召喚》と書かれていた。 今頃そんなスキル手を入れてどうするんだと、心の中でつぶやくライ。 だが、死ぬ記念に使ってやろうじゃないかと考え、スキルを発動した。 その時だった。 目の前が眩く光り出し、気付けば一人の女が立っていた。 その女は、瀕死状態のライを最も簡単に回復させ、ライの命を救って。 ライはそのあと、その女が神達を統一する三大神の一人であることを知った。 そして、このスキルを発動すれば神を自由に召喚出来るらしく、他の三大神も召喚するがうまく進むわけもなく......。 これは、雑魚と呼ばれ続けた勇者が、強き勇者へとなる物語である。 ※小説家になろうにて掲載中

転落貴族〜千年に1人の逸材と言われた男が最底辺から成り上がる〜

ぽいづん
ファンタジー
ガレオン帝国の名門貴族ノーベル家の長男にして、容姿端麗、眉目秀麗、剣術は向かうところ敵なし。 アレクシア・ノーベル、人は彼のことを千年に1人の逸材と評し、第3皇女クレアとの婚約も決まり、順風満帆な日々だった 騎士学校の最後の剣術大会、彼は賭けに負け、1年間の期限付きで、辺境の国、ザナビル王国の最底辺ギルドのヘブンズワークスに入らざるおえなくなる。 今までの貴族の生活と正反対の日々を過ごし1年が経った。 しかし、この賭けは罠であった。 アレクシアは、生涯をこのギルドで過ごさなければいけないということを知る。 賭けが罠であり、仕組まれたものと知ったアレクシアは黒幕が誰か確信を得る。 アレクシアは最底辺からの成り上がりを決意し、復讐を誓うのであった。 小説家になろうにも投稿しています。 なろう版改稿中です。改稿終了後こちらも改稿します。

老衰で死んだ僕は異世界に転生して仲間を探す旅に出ます。最初の武器は木の棒ですか!? 絶対にあきらめない心で剣と魔法を使いこなします!

菊池 快晴
ファンタジー
10代という若さで老衰により病気で死んでしまった主人公アイレは 「まだ、死にたくない」という願いの通り異世界転生に成功する。  同じ病気で亡くなった親友のヴェルネルとレムリもこの世界いるはずだと アイレは二人を探す旅に出るが、すぐに魔物に襲われてしまう  最初の武器は木の棒!?  そして謎の人物によって明かされるヴェネルとレムリの転生の真実。  何度も心が折れそうになりながらも、アイレは剣と魔法を使いこなしながら 困難に立ち向かっていく。  チート、ハーレムなしの王道ファンタジー物語!  異世界転生は2話目です! キャラクタ―の魅力を味わってもらえると嬉しいです。  話の終わりのヒキを重要視しているので、そこを注目して下さい! ****** 完結まで必ず続けます ***** ****** 毎日更新もします *****  他サイトへ重複投稿しています!

無尽蔵の魔力で世界を救います~現実世界からやって来た俺は神より魔力が多いらしい~

甲賀流
ファンタジー
なんの特徴もない高校生の高橋 春陽はある時、異世界への繋がるダンジョンに迷い込んだ。なんだ……空気中に星屑みたいなのがキラキラしてるけど?これが全て魔力だって? そしてダンジョンを突破した先には広大な異世界があり、この世界全ての魔力を行使して神や魔族に挑んでいく。

神様に与えられたのは≪ゴミ≫スキル。家の恥だと勘当されたけど、ゴミなら何でも再生出来て自由に使えて……ゴミ扱いされてた古代兵器に懐かれました

向原 行人
ファンタジー
 僕、カーティスは由緒正しき賢者の家系に生まれたんだけど、十六歳のスキル授与の儀で授かったスキルは、まさかのゴミスキルだった。  実の父から家の恥だと言われて勘当され、行く当ても無く、着いた先はゴミだらけの古代遺跡。  そこで打ち捨てられていたゴミが話し掛けてきて、自分は古代兵器で、助けて欲しいと言ってきた。  なるほど。僕が得たのはゴミと意思疎通が出来るスキルなんだ……って、嬉しくないっ!  そんな事を思いながらも、話し込んでしまったし、連れて行ってあげる事に。  だけど、僕はただゴミに協力しているだけなのに、どこかの国の騎士に襲われたり、変な魔法使いに絡まれたり、僕を家から追い出した父や弟が現れたり。  どうして皆、ゴミが欲しいの!? ……って、あれ? いつの間にかゴミスキルが成長して、ゴミの修理が出来る様になっていた。  一先ず、いつも一緒に居るゴミを修理してあげたら、見知らぬ銀髪美少女が居て……って、どういう事!? え、こっちが本当の姿なの!? ……とりあえず服を着てっ!  僕を命の恩人だって言うのはさておき、ご奉仕するっていうのはどういう事……え!? ちょっと待って! それくらい自分で出来るからっ!  それから、銀髪美少女の元仲間だという古代兵器と呼ばれる美少女たちに狙われ、返り討ちにして、可哀想だから修理してあげたら……僕についてくるって!?  待って! 僕に奉仕する順番でケンカするとか、訳が分かんないよっ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……? 生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。 これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。 (小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)

処理中です...