S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

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帝都武闘大会編

第 三百九 話 栄誉騎士爵

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バルコニーに取り残されるヨハン達。隣にはニーナとミモザとアリエルの姿。

「まさか本当に継承権を放棄されるとは。一体何を考えているのかラウル様は」
「そんなことより、帝位が引き継がれるとなるとこれから忙しくなるぞ」

ざわざわとしているのは臣下や貴族達。継承権の話を通達された後、皇帝達が出ていくのを見送ってすぐにそこかしこで先程聞かされたばかりの話を口にしていた。
アイゼンより話された内容、ラウルが継承権を放棄するということだけに留まらず、近い内に帝位はアイゼンが引き継ぐのだという。
突然の話にその場は困惑しながらも、ある程度は想定して出来ていた話だけに大騒ぎという程に混乱を来すというようなことはなかった。

「ルーシュ様には確かに時期尚早だったか」
「まさかドグラス殿が魔族だったなどとはな。それさえなければな」
「おい、こんなところで滅多なことを口にするな」
「あっ」

口元を押さえながら声を小さくし、チラリとヨハン達を一瞥して城内に戻っていく。

「なんか感じ悪いね」
「仕方ないわよ。なんていったって栄誉騎士爵だからね」
「ミモザさん。栄誉騎士爵って何か普通の騎士爵とは違うんですか?」
「むっふふー」

叙勲式の最中にも疑問を抱いていたその前頭部分。その栄誉と冠が付けば何かが違うのか。笑顔のミモザが殊更不気味でならない。

「栄誉騎士爵というのは、その活動を終えて根を下ろす時に貴族としての爵位を賜れるというものだよ」
「え? 貴族の爵位?」
「そう。つまりだな」

ヨハンの疑問についてアリエルが説明してくれた。
例えば、帝国兵団等において目覚ましい活躍をした時などに授与される騎士爵なのだが、それは生涯誇れる称号でその当人にしか認められていない。栄誉騎士爵はその中でも更に上位に位置する爵位。国家に多大なる貢献をした時に与えられる。
その最大の違いは、直接戦地や現地に赴くなどの実体的な活動を終えて腰を下ろした時、引退する時に爵位を持つことが出来、その貢献度、内容に応じて子爵か男爵かの違いはあるのだがその辺りを賜れるのだと。その子孫にもそれが適応するのだというのだから実質貴族家になるということを示していた。

「じゃあお兄ちゃん、貴族になったの?」
「厳密にいえばまだだな。今すぐに引退するというならそれでも構わないが」
「…………」
「どうしたのヨハンくん? こんな誉れ高いことはないのよ?」
「いや、そうかもしれないですけど……」

そもそもとして、まず他国の人間であること。カサンド帝国に定住する気など全くない。それどころかまだ学生の身。将来のことなど考えてもいなかった。

「その辺りはこれから詳しく説明してくれるさ」

フッと小さく笑うアリエルに案内されるまま城内を歩いている。詳細に関してまだ個別に話すことがあるのでアリエルには叙勲式が終われば連れて来て欲しいと前以てラウルから伝言があった。

「どんどん上に行ってますけど? どこで話をするんですか?」

途中窓の外に見える帝都の景観は先程のバルコニー程に視界良好というわけではないのだが、それでもかなりの高さを上っている。もう間もなく頂上ではないかと思えるほど。

「それはそうだろう。今から行くのは皇帝の私室だからな」
「えっ!?」

唐突に行き先を知って困惑してしまった。

「なんで――」
「着いたな」

どうして皇帝の私室を訪ねる必要があるのかと疑問に思ったのだが、疑問を口にするよりも早くアリエルが立ち止まる。

「アリエル・カッツォ様、ヨハン栄誉騎士様、並びにその御一行様であらせられますね」

大きなドアの前に立っている衛兵の問い。既にそう呼ばれることに恥ずかしさが込み上げてきた。

「ああ。入っても?」
「連絡は受けています。ですが――」
「わかっているさ」
「失礼しました。ではお静かに」

衛兵がドアをゆっくりと引きながら開けるのだが、何を言おうとしていたのかは部屋の中に視線を送るとすぐに理解する。

「おお。来たか。すまないなこんなところに呼びつけてしまって」
「ご無沙汰しています皇帝」

アリエルが頭を下げながら言葉を返した先、マーガス帝は豪華なベッドに足を伸ばして座っておい、その姿は先程までの、叙勲式の時に見せていたような力強さは一切なくむしろ弱々しくさえ思えた。死期が近いというのはあながち間違いではないのだと思えるほどに。
ベッドの脇にはラウル、アイゼン、ルーシュ、カレンとマーガス帝の子が全員揃って立っている中、もう一人見知らぬ人物もいる。

「あの方が皇后様だ」

一番奥の窓際、椅子に座るカレンと同じような銀髪の女性。皇后ルリアーナ・エルネライ。ただ静かにヨハン達の入室を見て微笑んでいた。

「近くまで」
「はい」

皇帝の声に応じる様に、アリエルを先頭にしてそのままベッドの近くまで歩く。

「ではラウル。説明を頼む」
「はい」

ふぅと小さく息を漏らしながら、マーガス帝は疲労感を滲ませながら、ゆっくりと背もたれにもたれかかった。

「不思議そうな顔をしているなヨハン」
「えっと……はい」

困惑する視界の中には笑みを浮かべているマーガス帝とどこか厳しい眼差しで見られているアイゼン。ルーシュは視線を合わせようとしていないのだが、カレンの話によればメイデント領にいた頃よりかは幾分か気持ちが前向きになっていると聞いている。そのカレンはいつもの調子ではなく、公人としての佇まいを見せていた。

「ここに来てもらったのにはいくつか理由がある。まず一つは皇帝がヨハンと落ち着いて話をしたいのだと」
「はぁ」
「それと、カレンの今後についてだ」

現状提示された内容は二つなのだが、いくつかと言った辺り、他にもあるのだろうかと思える。しかし現状の二つにも覚えがない。

(皇帝と話すって、たぶんドミトールのことだよね?)

なんとなく推測できるその一つ。自覚がないどころか一部事実ですらないドミトールでの戦い。英雄譚に記されるような大車輪の活躍をしたわけではない。頂きはまだ遠い。

「お主がおったおかげで大いに助けられた。不要な戦もせずに済んだみたいだしな」
「あっ、いえ、そんな……」

口を開いたマーガス帝。それは推測の通り。

「謙遜するな。英雄とはかくあるべきものだ」

どう返答しようかと悩んだのだが、チラと目が合うカレンが僅かに頷いたのが見えた。

「ありがとうございます。偶然居合わせたとはいえ、御帝国のお力になれたこと、うれしく思います」
「それで良い。あの小僧とは違って思っていたより素直ではないか。ラウルよ」
「そうですね。その辺りはエリザさんの教育の賜物かと」
「皇帝も父さんと母さんをご存じで?」
「ああ。前に会ったことがあるんだ。俺の剣の師としてな」

ヨハンが知らない当時の出来事。剣聖の称号得る前のラウルに付いて訪城していた。

「無遠慮で失礼極まりない小僧だったがな」
「そう……ですか」

一体何をしでかしたのか、聞きたいような聞きたくないような葛藤が生まれ、苦笑いで曖昧な返事を返すことしかできない。

「その辺りの話は別にしてだ。とにかく栄誉騎士爵の授与もヨハンの素性がわかっていたからということもあるが、実は一つ皇帝からヨハンに願いがある」
「え?」
「もうしばらく帝都に滞在したらお前をシグラムに連れて帰る期限だろ?」
「はい」

約束の半年まで、もうそれほど日数が残されてはいない。ようやく帰るというのか、もう帰るのというのか、妙な感覚を得る。それ程に濃密な時間を過ごしていた。

「実は俺もローファスから手紙を受け取っててな。ドミトールに行く前のことなんだが」
「王様から?」
「ああ。帝国の宝を貸してくれって言われてるんだ」
「宝……ですか?」
「ああ。何に使うか知らないけど、どうしても必要らしい。文面から察するに、割と切迫していそうだったな」

特殊な宝具なのだということらしいのだが、それがどう関係があるのかもう一つ繋がらない。

「それでだ。そこにカレンも一緒に連れて行って欲しいんだ」
「えっ!?」

突然の申し出。宝がどうこうとかもまた意味がわからないのだが、カレンを連れていくとは一体どういうことなのだろうか。表情を変えないカレンなのだが、ほんのりと頬を赤らめている。
ヨハンの後ろに立っているミモザとアリエルは笑いを堪え切れないといった様子を見せていた。

「お主、歳はいくつだ?」

細めた目、厳しい眼差しのマーガス帝が口を開く。

「十三になりました」
「そうか。ではまだ早いな。……いや、その歳でそれだけの偉業を果たせるという辺りやはり素質が素晴らしいと評価するべきだな」

マーガス帝は周囲を見回し、カレンを真っ直ぐに見たところで笑みを向けた。

「猶予はあるという風に捉えれば良いか。すぐに婚姻というわけにはいかないから婚約者だな。それで良いな、カレン」
「はい」

カレンも一言だけ小さく返事を返すと、上目遣いにヨハンの反応を窺うように見る。

(婚約者って誰が?)

マーガス帝とカレンが何を話しているのか理解できなかったのだが、周囲の視線が自分に向いていることの意味をすぐさま理解した。

「「えっ!?」」

途端に目を丸くさせ、数瞬反応が遅れたヨハンが声を漏らすのだがニーナも同様に声を発してそれが同調する。

「ちょっとニーナちゃん、静かにしてないと」
「いやいやミモザさん、だってそんなの静かになんかしていられないって! 今の話の流れだと、お兄ちゃんの婚約者にカレンさんがなるってことでしょ!?」

確かにそういう風にしか聞こえない。自身の見解が間違っていないのだと。ニーナでさえそう聞こえたのだから。

「騒がしくして申し訳ありません皇帝。お体に障るようでしたら退出して頂きますが」
「いや、構わない。そこな子が竜人族の末裔じゃな」
「はい」

ジッとニーナを見るマーガス帝は、鋭い眼光を取り戻して見定める様に見ていた。

「ふむ。なるほど。物怖じしない感じは正にそうか。報告を聞く限りではこのお嬢さんにも随分助けられたのだ。褒美も出してやれんのだから多少のことぐらいは許そう」

アリエルの言葉に対してマーガス帝は柔らかな笑みを返す。

(ちょ、ちょっと待ってよ。一体どういうことなの!?)

状況の理解ができない。全く意味がわからないヨハンは目を点にしていた。

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