S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

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帝都武闘大会編

第三百二十五話 模倣武技

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「ほらよ。どこからでもかかってきな」

どっしりと構えるゴルドーラ。重装備を身に着けていることからしても機敏な動きが取れることはないということは誰の目に見ても明らか。更にヨハンの目から見ればゴルドーラの構えは隙だらけ。

「じゃあ遠慮なく」

スッとヨハンはゴルドーラの懐に踏み込み、横薙ぎに一閃する。ゴルドーラはヨハンの動きに全く対応できない程の圧倒的な速度の違い。
歓声が「おおおっ!」と大いに沸き上がる中、遮る様にキイィィィィッンと激しく鋭い金属音が響き渡った。

「くぅっ、硬いっ!」

ある程度は想像していたのだが、それでも想定以上の硬さ。思わず刃こぼれしていないかと無意識に剣に視線を送るほど。しかし剣は一切刃こぼれすることなく綺麗な光沢を放っている。

「さすが父さんが昔使っていただけはあるなぁ」

改めて実感した。今の手応えでも破損することのない父から譲り受けた剣が卓越した代物だと。
手入れは小まめにかかさずしているのだが、それでも激戦を共に潜り抜けただけに金属疲労も相当に蓄積しているはず。しかし、鍛冶師ドルドに言わせれば子供が持つには贅沢品だと。それだけの評価を得ている業物の一品。

闘気を付与しているから剣自身は強化されているのでまだ大丈夫だと思う反面、妙な感触を得ていた。

(さっきの感触。闘気が分散された?)

剣を撃ちつけた時の感触がどう見てもおかしい。例え砕けなくとも剣を伝って跳ね返ってくる反動がいつもと違い重くのしかかっている。

「おらおら。どうしたガキンチョ? ビビッて手も足も出なくなったか?」

余裕綽々でヨハンを見下ろすゴルドーラ。ブンッと大きく斧を振るった。

「おっと」

ドンッと地面を叩いて深々と刺さるその腕力は相当なもの。ヨハンは後方に飛び退いて回避する。

「困ったなぁ」
「あん?」
「もしかしてその鎧って魔力を弱体化したりできるんですか?」

躱した先でヨハンが口にした言葉を聞くと、ゴルドーラはピクリと眉を動かした。

「ほぅ。どうしてそう思う?」
「さっき一撃を入れた感触でなんとなく」

違和感の正体。
これまでよりも剣から伝わってくる反動が大きく身体を痺れさせたということは、考えられる可能性はそれほど多くない。魔法の使用を禁止されている大会なのでルール違反している可能性が低いのだとすれば、剣に付与した闘気が弱体化、又は無効化されている可能性。

「なるほど。さすが栄誉騎士様だ。たった一撃でそれを見抜くなんてな。こりゃあいつものおれじゃあ確実に勝てなかったな」
「いつもの?」

言葉の中に引っ掛かりを覚えるのだが、それよりも早くゴルドーラが動き始める。

「おっと。なんでもねぇ。さぁて来ないなら次はこっちの番だ! 覚悟しなッ!」

ドスドスと重量感たっぷりにヨハンに向かって歩き始め、ブンブンと何度も斧を振るった。回避できない速さではないのである程度距離を保ちつつ守勢に回る。

「おいおい。避けてばっかじゃ勝負にならねぇじゃねぇかよ。ならいい加減諦めたらどうだ?」

途中すれ違いざまに剣戟を加えてみるのだが反応は全く変わらない。金属音を響かせるのみで上半身だろうが下半身だろうがどこに撃ったとしても同じだった。

「だったら!」

僅かな鎧の隙間。鎧がない部分。肩の繋ぎ目に向かってシュンッと素早く剣を振り切るのだが再びガキンッと金属音を響かせる。

「無駄無駄ッ! 隙間なんてちっさなもん、剣が通るわけねぇだろ!」
「……なにかないかな?」

打開策はないかと動きながら思考を巡らせるのだが、観客はもう苛立ちを隠せないでいた。

「おいおい。いつまでやってんだよ。どっちでもいいから早く終わらせろよ!」
「倒せないなら降参しろって。もう十分だろ!」

徐々にそれは罵声に変わっていく。


「どうしてこんなこと言われないといけないんですか? あんなの卑怯じゃないですか」

観戦席で他の観客とは違う苛立ちを見せているのはアイシャ。

「仕方ないな。みな戦う姿、その結果を見に来ているのだ。これだけ停滞してしまうと面白くもない」
「そんなこと言ったって、剣が通じないなら他にどうすれば?」
「大丈夫だってアイシャちゃん。お兄ちゃんも気付いているよアレの攻略法に」
「攻略法?」
「うん。たぶんもうちょっとしたら倒せるよ。あたしでもアレを倒そうと思ったら同じことすると思うから」
「ふむ。中々興味深いな。私なら一撃で爆砕するところだが。この拳で」

グッと拳を握り上げるアリエル。爆撃のアリエルの二つ名を得たその拳。S級まで上り詰めたことからしても容易に想像できる。
実際、アリエルはその拳を以て黒曜石の鎧を一撃粉砕とまではいかなくとも繰り返し殴打を続ければ破壊に至ることができた。

「今度あたしもそれやってみよっかなぁ」
「ほぅ。なら手解きしてやるが?」
「え? いいの?」
「無論だ。私としても後継者ができるのならそれに越したことはない。お前たちの戦い振りは聞き及んでいるからな。聞くにここ最近の戦い振りは私に近いものがある」

ドミトールでの一戦。ジェイドと戦ったニーナにその可能性をアリエルは見出していた。

「それって槍使いの人との戦いのことですよね?」
「そうそう。あの人すっごく強かったんだよねぇ」
「アレを相手にして善戦できるとなるとニーナも相当だがな」
「でさぁ。その時のお兄ちゃんがさぁ――」

ニーナが回想しながら口にしようとしたところで闘技場の中央付近から絶叫が響き渡る。

「え?」

話に気を取られていたことでアイシャは思わず見逃してしまっていたのだが、突然絶叫を上げていたのはゴルドーラ。片膝を着いて右肩を押さえていた。

「あ、あれ? ヨハンさん、何かしたんですか?」

疑問なのは視線の先にいるヨハンはゴルドーラから離れた場所。およそ槍も遥かに届かない離れた場所で剣を突き出した態勢になっている。

「い、いてぇええええっ! いてえええええよおおおぉぉぉぉぉっ!」

肩を押さえて声を上げる姿に対して意味がわからないのはアイシャだけでなく会場全体が同じ感想を抱いていた。圧倒的な静けさに包まれ、ゴルドーラの声だけが聞こえる。

僅かの時間を要して会場の中、そこかしこに話し声がひそひそと聞こえ始めた。

「なんだ?」
「何が起きた?」
「あのガキが何もない場所で剣を突き出したかと思ったら突然ゴルドーラが痛み出したぞ?」

それぞれがそれぞれに疑問を口にする。

「そうそう。アレだよアイシャちゃん。あれあれ。あれに苦労したみたいなんだよねぇお兄ちゃん」

うんうんと何度も頷いているニーナにはヨハンが何をしたのか理解していた。当時のことを話に聞いていただけなのだが、今目にしたことからしてもそれを模倣したのだと。

「その、あれって、もしかしてそのジェイドさんって人が使っていたっていう技のことですよね?」
「ふむ。今のを見た感じ、即席の割には上手くいったようだな」

ヨハンは突き出した剣を戻して直立して剣先を見た。

「やっぱり槍みたいに鋭くはならなかったなぁ」

剣と槍の形状の違い。それでもそれなりの満足感と達成感を得る。

「て、テメェ。何をしやがった!」
「え?」
「審判! こいつ魔法を使いやがったぞ! 反則だ! こいつの反則負けだッ!」

痛みを堪えながら声を大きくして叫ぶゴルドーラ。すぐさま観客席がざわつき始めた。

「おい。魔法って?」
「そんなの使ってたか?」
「いや。俺にはそうは見えなかったが……」
「でも魔法を使ったらダメだろ。反則負けだろおいっ!」

会場からヨハンに向けていくつか罵声が送られる。

「え? 闘気って使って良かったんじゃなかったっけ?」

ルール上、間違いなく闘気の使用は認められており、それどころかこれまで多くの戦士が練度様々ながらも大なり小なり当たり前のように使用していた。

「え、えっと、ヨハン選手、魔法を使用したのかな?」
「してませんよ?」

カルロスの問いにすぐさま答える。

「嘘を吐くなコノヤロウッ! でないとこの鎧を着ている俺が痛がるはずねぇダロッ!」
「でも、闘気はルール上問題ないですよね?」
「あん? どこに闘気を使ってやがったんだ? どうせバレねぇような魔法を細工したんだろ。この卑怯もんがッ!」

両者の意見が食い違うことに困惑するカルロスはどう対応したらいいものかわからず裁量を求めて貴賓席を見上げた。カルロスには魔法の使用か闘気の使用か、そのどちらかがわからない。

「兄上。アレはどういう技なのですか?」

アイゼンは表情を変えずにラウルに問い掛ける。

「闘気を細く凝縮した塊にしてそれを飛ばしたのだ。鎧の隙間にな。本来は先端を細めた武器でするものなのだが」
「なるほど。そうなると当然難易度は」
「ああ。かなり高い」

アイゼンの理解が及ばない見識をラウルが補足説明した。剣聖であるラウルだからこそこと戦闘に関する造詣はこの場に居る誰よりも深い。

「彼は前からそれを使えたのですか?」
「いや。俺の知り得る限りそんなのは使えなかった。手の打ちようがなかったから閃いたのではないか。大体剣閃の極意の一つだぞ刺突一閃アレは」
「ならばこの場でそれをやり遂げたのだと?」
「そうなるな」

何気なく話しているのだが、とんでもない話である。周囲にいる臣下は目を丸くして二人の会話を聞いていた。

「いいから早く決めろよッ!」
「時間の無駄だ!」

会場の怒声はもうカルロス一人ではもう収拾がつかなくなっている。

「ふぅ。仕方ないな。ラウル。行ってこい」
「よろしいのですか皇帝?」
「そんな高度な技の説明を他に誰ができる?」
「限られますねこの場では」
「ならばお前が行くのが一番早い」

闘気の極意でもある剣閃。その派生とも言える刺突一閃。それを至高の域まで引き上げるとジェイドのような高威力が出せる。
そんなものの説明ができる信憑性のある人物など、剣聖でもあり第一皇子でもあるラウルが適任。

「ですが皇帝っ! 例えラウル様であれども、ここまで熱を帯びた会場に納得できるだけの説明ができるとは――」

口を挟むハーミッツ・シール将軍。

「無論そこも含めて説得力のある説明をしてこい」
「了解しました」

即座に退けるハーミッツの言葉を余所に、ラウルが貴賓席の手すりの上に立った。

「兄様っ!」

ラウルに向けて立ち上がりながら声をかけるカレン。動揺を隠せない。

「大丈夫だ。ヨハンがどれだけ凄いことをしたのかという説明をしにいくだけだ」

フワッとその場から飛び降りる。

「よ、よろしいのですかアイゼン様?」

そっとアイゼンに耳打ちするハーミッツ将軍。

「別にルール違反でなければ文句のつけようもないだろう?」
「そ、それはそうでありますが…………」

ハーミッツ将軍はグッと奥歯を噛み締めた。

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