S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

文字の大きさ
328 / 724
帝都武闘大会編

第三百二十七話 思惑の意図

しおりを挟む

「これであと二試合か」

帝都武闘大会ももう既に大詰め。準決勝と決勝を残すところ。

「どう調子は?」

勝ち残った四人に用意された個室の控室。そのドアがノックされる。

「あれ? どうしたんですかミモザさん」

顔を上げ、誰が来たのかと確認するとミモザが姿を見せていた。

「どうやらその様子だと緊張はしてなさそうね」
「はい。今のところは」

自分でも思っていたよりも落ち着いているなと冷静に考えられるのはここ最近どうにも激しい戦いに身を置いていたのだなと改めて実感する。あれらの戦いに比べればいくら実戦に近しい形式とはいえ、それほど緊張するものでもない。

「まぁここまで余裕だものね」
「そんなことないですよ」

実際余裕と言い切れるのは初戦だけ。二回戦も三回戦もそれなりに苦労していた。勝ち上がっているのだから当然といえば当然なのだが、帝国に来る前の自分であれば確実に敗退していた。

(そう思うとラウルさんに連れて来てもらって良かったな)

帝国にただ旅行をしに来たわけではない。サリーやセレティアナといった悲しい別れもあったがそれでもカレンやアイシャ達といった今となっては嬉しい出会いもある。

(モニカやエレナにカレンさんを紹介したいしね)

てっきり帝都で別れるものと思っていたのだが婚約の件は別にして同行するのだから紹介しないわけにもいかない。それどころかカレンにもレイン達を紹介できることが楽しみでもあった。

(ティアとの約束もあるしね)

約束と言う名の【契約】。正式な契約ではないのだが反故にするわけにはいかない。

「じゃあヨハンくん私はいくわね」
「はい。わざわざありがとうございます」

ニコッと笑みを浮かべミモザが部屋を出て行こうとするのだが、ヒョコっと顔だけ覗き込ませる。

「あっ。そうそう。こういう時って結構大きな障害が立ちはだかるものだけど、ヨハンくんなら大丈夫だと思うから」
「はあ……?」

手をひらひらとさせバタンと閉められた。

「障害かぁ。そうだね。最後まで気を引き締めないと」

五英剣候補者と名高い騎士アレクサンダー・シールが次の相手。油断は禁物だと心に留めておくとドアが再びノックされる。

「お待たせしましたヨハン選手。準備はよろしいですか?」
「はい」

カチャっと剣を手に持ち闘技場に向けてゆっくりとドアを開けて会場に向かい始める。

(あれ? そういえばここって選手しか来れないんじゃなかったっけ? もしかしてまた道に迷ったのかな?)

そんなことを考えながら眩いばかりの会場の照明に顔を照らされ大歓声を浴びて入場した。


◇ ◆


「とうとう準決勝だなアイゼン」
「ええ、そうですね」
「ここまでは予定通りか?」
「そうですね。いくらか想定外の事態はありましたが概ねは」

貴賓席にて会話を交わすラウルとアイゼン。

「しかしラウル」
「はい皇帝」
「あれだけの強さだ。帝国で囲い込めないのか?」
「その辺りは今後のカレンの奮闘に期待しようではありませんか」
「仕方ないか」

マーガス帝とラウルで共通理解をする中、アイゼンは小さく溜め息を吐く。

「母さま?」
「どうしたのルーシュ?」
「母さまはカレン姉さまが婚約を結ぶことはよろしいのですか?」
「もちろんよ?」

突然息子が何を言っているのだとルリアーナ妃はきょとんさせた。

「その……帝国を出ることも、でしょうか?」
「そうね。本音を言えば帝都でいる方が望ましいけど、あの子はラウル様に憧れて育ったものだからね」

女性の皇族としてやれるだけの公務には携わって来ている。しかしそれでも外の世界への憧れは確かに抱いており、好奇心があるのも昔から変わらない。

「だからルーシュもあのヨハンくんを応援してあげていいのよ。助けてもらったのでしょ?」
「で、ですが……」

ルーシュが視線の先に捉えるのはアイゼンの姿。一時は兄を討つことも厭わない覚悟を示したのだが、それが騙されていたのだということで大きな叱責を受けていた。
しかし大きな叱責止まり。当然叱責程度では済まないと思っていたのだが、アイゼンからは『お前の教育は私の範疇ではない。全ての責任はルリアーナ様とモリエンテにある』と最終的に言われて終わっている。それがどうにも不気味でならなかったのだが、後に母に謝罪も含めて尋ねたところ『そうね。あと二、三年すればまたこのお話をしましょうか』と言われるだけで終わった。
付け足されるように今回の一件を忘れることのないようにと言われていたのだが、ルーシュからすれば忘れるはずがない。数年後にもう一度話をするということ、蒸し返されることが確定していることに若干嫌な気分にもなるのだが、それでももう二度と叛意を抱かないと内心では誓っている。

その兄アイゼンが次期皇帝に決まったとしてもその意思を翻すつもりはない。それだけの決意を固めていたのだが、わからないのはその心持。アイゼンがヨハンとの婚姻に反対するのであれば、いくら助けてもらったとはいえアイゼン側の考えに寄せるべきではないかと悩む。
しかし見ている限り誰もアイゼンの考えに賛同していない。厳密には家臣一同は賛成しているのだが自身に近しい者達はその考えを隠す気もない。

(どういうことなんだろう?)

考えてもわからないことだらけ。
そうなるとルーシュの立場としてはもう無言で事態の成り行きを見届けるしかなかった。


◇ ◆


「それではお待たせしました。残る試合はあと二試合!」

中央でカルロスが声を大きく発した。

「寂しい限りではありますが、さすがの私ももう疲れてまいりました。それは客席の皆様も同じことでしょう」

途端に会場が笑いに包まれる。

「そんな私達の疲れを是非このお二人に吹き飛ばしてもらいましょう! それでは準決勝第二試合の選手入場です!」

カルロスが後ろに下がる中、同時に入場するヨハンとアレクサンダー。

「まさか本当にここまで来るとはな。まぁいい。俺の手で直接引導を渡せると思えばそれでいいか」

騎士剣を片手に余裕の笑みを浮かべているアレクサンダー。

「よろしくお願いします」

鳴り止まない大歓声。
会場の期待は見事に二分している。

ヨハンに期待するのは新進気鋭の新人がよもや決勝にまで勝ち上がるのではないかという者。片や、いくらなんでも騎士爵家筆頭であり、歴代最強の呼び声高いアレクサンダー・シールまでもが敗戦するわけにはいかないという身贔屓の者。

スッとカルロスがゆっくりと腕を垂直に伸ばす。それを目にした会場は一斉に静まり返った。どんな期待を抱こうが結果がもうそこに出る。

大きな期待と不安、それぞれの思惑が交錯する試合の幕が開けた。

しおりを挟む
感想 35

あなたにおすすめの小説

攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】

水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】 【一次選考通過作品】 ---  とある剣と魔法の世界で、  ある男女の間に赤ん坊が生まれた。  名をアスフィ・シーネット。  才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。  だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。  攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。 彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。  --------- もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります! #ヒラ俺 この度ついに完結しました。 1年以上書き続けた作品です。 途中迷走してました……。 今までありがとうございました! --- 追記:2025/09/20 再編、あるいは続編を書くか迷ってます。 もし気になる方は、 コメント頂けるとするかもしれないです。

スキルで最強神を召喚して、無双してしまうんだが〜パーティーを追放された勇者は、召喚した神達と共に無双する。神達が強すぎて困ってます〜

東雲ハヤブサ
ファンタジー
勇者に選ばれたライ・サーベルズは、他にも選ばれた五人の勇者とパーティーを組んでいた。 ところが、勇者達の実略は凄まじく、ライでは到底敵う相手ではなかった。 「おい雑魚、これを持っていけ」 ライがそう言われるのは日常茶飯事であり、荷物持ちや雑用などをさせられる始末だ。 ある日、洞窟に六人でいると、ライがきっかけで他の勇者の怒りを買ってしまう。  怒りが頂点に達した他の勇者は、胸ぐらを掴まれた後壁に投げつけた。 いつものことだと、流して終わりにしようと思っていた。  だがなんと、邪魔なライを始末してしまおうと話が進んでしまい、次々に攻撃を仕掛けられることとなった。 ハーシュはライを守ろうとするが、他の勇者に気絶させられてしまう。 勇者達は、ただ痛ぶるように攻撃を加えていき、瀕死の状態で洞窟に置いていってしまった。 自分の弱さを呪い、本当に死を覚悟した瞬間、視界に突如文字が現れてスキル《神族召喚》と書かれていた。 今頃そんなスキル手を入れてどうするんだと、心の中でつぶやくライ。 だが、死ぬ記念に使ってやろうじゃないかと考え、スキルを発動した。 その時だった。 目の前が眩く光り出し、気付けば一人の女が立っていた。 その女は、瀕死状態のライを最も簡単に回復させ、ライの命を救って。 ライはそのあと、その女が神達を統一する三大神の一人であることを知った。 そして、このスキルを発動すれば神を自由に召喚出来るらしく、他の三大神も召喚するがうまく進むわけもなく......。 これは、雑魚と呼ばれ続けた勇者が、強き勇者へとなる物語である。 ※小説家になろうにて掲載中

無限に進化を続けて最強に至る

お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。 ※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。 改稿したので、しばらくしたら消します

無尽蔵の魔力で世界を救います~現実世界からやって来た俺は神より魔力が多いらしい~

甲賀流
ファンタジー
なんの特徴もない高校生の高橋 春陽はある時、異世界への繋がるダンジョンに迷い込んだ。なんだ……空気中に星屑みたいなのがキラキラしてるけど?これが全て魔力だって? そしてダンジョンを突破した先には広大な異世界があり、この世界全ての魔力を行使して神や魔族に挑んでいく。

老衰で死んだ僕は異世界に転生して仲間を探す旅に出ます。最初の武器は木の棒ですか!? 絶対にあきらめない心で剣と魔法を使いこなします!

菊池 快晴
ファンタジー
10代という若さで老衰により病気で死んでしまった主人公アイレは 「まだ、死にたくない」という願いの通り異世界転生に成功する。  同じ病気で亡くなった親友のヴェルネルとレムリもこの世界いるはずだと アイレは二人を探す旅に出るが、すぐに魔物に襲われてしまう  最初の武器は木の棒!?  そして謎の人物によって明かされるヴェネルとレムリの転生の真実。  何度も心が折れそうになりながらも、アイレは剣と魔法を使いこなしながら 困難に立ち向かっていく。  チート、ハーレムなしの王道ファンタジー物語!  異世界転生は2話目です! キャラクタ―の魅力を味わってもらえると嬉しいです。  話の終わりのヒキを重要視しているので、そこを注目して下さい! ****** 完結まで必ず続けます ***** ****** 毎日更新もします *****  他サイトへ重複投稿しています!

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

転落貴族〜千年に1人の逸材と言われた男が最底辺から成り上がる〜

ぽいづん
ファンタジー
ガレオン帝国の名門貴族ノーベル家の長男にして、容姿端麗、眉目秀麗、剣術は向かうところ敵なし。 アレクシア・ノーベル、人は彼のことを千年に1人の逸材と評し、第3皇女クレアとの婚約も決まり、順風満帆な日々だった 騎士学校の最後の剣術大会、彼は賭けに負け、1年間の期限付きで、辺境の国、ザナビル王国の最底辺ギルドのヘブンズワークスに入らざるおえなくなる。 今までの貴族の生活と正反対の日々を過ごし1年が経った。 しかし、この賭けは罠であった。 アレクシアは、生涯をこのギルドで過ごさなければいけないということを知る。 賭けが罠であり、仕組まれたものと知ったアレクシアは黒幕が誰か確信を得る。 アレクシアは最底辺からの成り上がりを決意し、復讐を誓うのであった。 小説家になろうにも投稿しています。 なろう版改稿中です。改稿終了後こちらも改稿します。

処理中です...