S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

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帝都武闘大会編

第三百三十五話 決勝戦

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「ラウルはどう見る?」

もう間もなく決勝戦が開戦しようというところでのマーガス帝の問い。

「そうですね。現状五分五分かと。どちらに転んでもおかしくはありませんね」

ラウルの目算。ヨハンが優勝するかどうかの見立てに関すること。

「それほどか?」
「はい」

その話を聞いたカレンは思わず耳を疑う。困惑を隠せない。

(もしかして、アレク以上の猛者が参加しているの?)

五英剣にさえ推される声のあるアレクサンダー・シールが開幕前の貴族間では優勝候補の最有力だった。そのアレクサンダーに勝ったヨハンはもうその域だと目されている。
背後の臣下はもう決勝は消化試合だと言わんばかりの気持ちでいたのだがマーガス帝は違った。

「ふむ。ならば存分に楽しませてもらえそうだな」
「ええ。それは保証しますよ」

最後までしっかりと見届けようとしている。

(どういうこと?)

さらにどうにもわからないのはマーガス帝もラウルも決勝がそうなるのだということを知っているかのような様子だった。厳密にはラウルの方がより詳しく知っている素振りを見せている。

(でも、これだけは確かだわ……――)

もう一度周囲を見渡して見ても他の家臣たちはやはりその様な素振りを見せていない。

「しかしさすがラウル様」
「ああ。皇帝も抜け目のないお方だ」

アレクサンダーが負けたことに対する驚きはもちろん、ラウルがヨハンのような人材を見付けたその慧眼と、既にカレンという貴重で重要なカードを婚約者という絶対的な繋がりを作るために使って囲い込むことに成功しているマーガス帝の手腕を称賛してさえいた。

(――……これが狙いだったのね)

病魔に侵され余命幾ばくも無いとはいえ皇帝のその力を誇示している。感心しきりの臣下。

(だったら兄さんは?)

もう一人の兄、アイゼンの様子を見る限りその様な状態だというのに不思議と何故か不満そうには見えない。落ち着いているようにさえ見えた。不満そうなのはハーミッツ・シール将軍のみ。

(いえ。むしろ……――)

その様子の違和感。
ここ数年のこと。セレティアナと契約する少し前ほどからカレンに対するアイゼンの態度が変わっていたのは。
それまではいつも通りに親しみを込めて接することができたのだが、突然邪険に扱われ始めたことが不思議でならなかった。身に覚えもない。
あまりにも突然のことで意味がわからなく涙を流したこともあるのだが、当時はラウルに相談したくとも不在の状況が続いている。母に相談したところでわからないの一点張り。

『何か理由があるのでしょうね』
『理由ってどんな!?』
『そんなの私にはわからないわ。私はアイゼン様ではないのよ』

と、それだけ。以降は何を聞いても知らない、と。

『…………っ!』

モリエンテに至っては憶測であろうとも不用意なことは言えないとのことで口を噤み発言を控えるのだということで一切何も言わなかった。

結果、仕方なく父に聞きに行ったのだが返って来た答えが一番理解できない。

『儂は子供らが皆幸福に過ごせればそれで良い。継承権などという血生臭い歴史を辿ることなく、な』
『どういう意味でしょうか? それがアイゼン兄様と何か関係があるのでしょうか?』
『儂はラウルとアイゼンの母であった前皇后イリスもルリアーナも共に愛しているということだ。その子等であるカレン。お前達も等しくな』
『……はあ』

その時は全く以て意味がわからなかった。継承権のことだろうかと考えたのだが、皇帝の絶対的な後継者であるラウルがいるのだから後継者争いなど起きようもないというのに。
それがどういうことかと年月をかけて遅れて理解したのは、徐々にアイゼンの態度の悪化と共にルーシュの台頭。それによる継承権争いの話が持ち上がったこと。紆余曲折あって今の様に落ち着いたとはいえ過去の歴史同様危うく戦争になりかねない事態を引き起こしている。

(――……笑っている?)

確実に臣下の話は聞こえているはずのアイゼン。
そのアイゼンの横顔が今も尚絶対的な立場を築いている父や兄の功績に対して怒るどころか昔の様な笑顔を見せているようにすら見えた。

「あっ……」

思わず声を漏らすカレン。
振り返るアイゼンと目が合ったのだが、アイゼンはカレンと目が合うと目を見開いてフイっとすぐに視線を逸らす。どこか羞恥を帯びるようなその表情。

(…………?)

どうしてそのような表情をするのかわけもわからず少しだけ首を傾げているのだが、そうしている間に眼下ではカルロスが会場に向けて盛大に声を掛けていた。

「さぁお待たせしました。いよいよ最終決戦、決勝ですっ! 最強の栄冠はどちらの手に!」

沸き上がる大歓声を背に二人の戦士が入場している。

(ううん。今はヨハンの応援をしないと)

巡る疑問を頭の片隅に置いておくことにした。


◇ ◆


「すごいなぁ」

圧倒的なまでの規模の大歓声に呆気に取られながら入場する。
アレクサンダーとの準決勝が事実上の決勝戦だと識者の中では囁かれつつも、常識外れの闘いを繰り広げた少年が次にはどんな闘いをするのだろうかという期待感に胸が膨らんでいた。

「さぁさぁさぁっ! 無名の少年だったヨハン選手がここに至ってはもはや無名とは誰も言わないでしょう! しっかぁしっ! こちらもまさかの無名選手が勝ち残っております。ヨハン選手と対するナイトメア選手ですが、ここまでの戦いはヨハン選手ほど目立ったものではない。無所属となっている私の手元の資料に関しましても彼の素性の一切が記されておりません!」

正面に見える白い仮面と黒いマント姿。
背はそれほど高くはないのだが、不気味に感じるのは仮面とマントなどの衣装のことではない。

「……あの歩き方」

醸し出す雰囲気。その独特な歩き方に思わず目がいっていた。

「それにあの名前」

ナイトメア。悪夢とも呼ばれる幻獣の名を冠することが何を意味するのか。もし意図的に付けられた名前であれば無視できない。

(暗殺術の使い手?)

一つの可能性が脳裏を過る。むしろその可能性が高いとさえ思えた。

暗歩と呼ばれる独特な歩き方、歩方。

(それも……――)

暗闇に紛れることで真価を発揮するその歩き方なのだが、足音だけに留まらず気配を限界まで消すその雰囲気の異常さは正面で対峙して初めて正確に実感する。

(――…………かなりの使い手)

顔を仮面で隠しているのは暗殺者であれば素顔を見られるわけにはいかないので当然。
であればどうしてそのような人物がこんな武闘大会に参加しているのかという疑問が残るのだが、もうそこに思考を回している時間はなかった。

「それではお待たせしました!」

カルロスが高々と腕を大きく振り上げる。

「ヨハン選手対ナイトメア選手の決勝戦ッ!」

観客が一斉に静まり返る圧倒的な無。
これだけの人が一堂に会しているにも関わらず呼吸を止めることさえ同調してしまい音の一切が存在しない。
対戦相手であるナイトメアの気配もその場に溶け込むことがどうにも心底不気味に思えた。視界に捉えていなければまるでその場にいないのではないかと思えるほどの錯覚を引き起こす。

(……だったら先手必勝)

相手の出方がわからない以上、どんな攻撃を受けることになるか。それならば、と先に仕掛けるためにグッとつま先に力を込める。

「始めッ!」

カルロスの掛け声と共に力一杯地面を踏み込んだ。

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