S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

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帝都武闘大会編

第三百三十六話 ナイトメア

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「ふッ!」

勢いよく地面を踏み抜きナイトメアに突進する。
あまりにも物凄い勢いで突進することにより巻き起こる突風でカルロスは思わず目を眩ませた。

「え?」

しかし驚き困惑する。
先手を取るのとそれに対して相手の出方を窺う為に真っ先に踏み込んだのだが、剣を振ろうとしたその瞬間には既にナイトメアはそこにはなかった。

「どこに?」

気配を探ろうとしたのだが、ゾッと背筋を寒くさせる。
ゾクッとした悪寒。殺気を受けて振り返りながら慌てて背後に向け剣を縦、逆さにして構えた。

キィィィィンと鋭い金属音が響く。

「ぐっ!」

そこには独特な形状、先端部分に若干の膨らみを持つ剣、ナイフをヨハンに向けて振るっているナイトメアの姿。

「…………」

仮面を付けていることで表情が見えないことがその無言さに不気味さを増す。

「っ!」

剣を払いながら距離を取り直すヨハンの額を一筋の汗が垂れるのは、神経を張り巡らせていなかったら今の一撃で終わっていたかもしれなかった。

(…………速い)

圧倒的なまでの速さ。視界に捉えていたはずなのに見失いかねないほどのその速さ。
直後、沸き上がる大歓声。

「おい誰だよナイトメアが弱いって言ってたの!」
「こりゃあ決勝も面白いことになるぞ!」

割れんばかりの声援が飛び交う。
声援に耳を傾けている余裕もなく、ジリッと地面を踏みにじりながらヨハンは思考を巡らせる。

(今の一撃。速さは向こうの方が上かもしれない)

本気で向かったにも関わらず背後に回られた。となれば不用意に踏み込めない。

「…………」
「…………」

影のようにヌッと立つ姿。無言の間。互いに様子を窺わせる探り合い。
これまでの相手とは一線を画す一握りの強者の気配。

その中で先に動き出したのはナイトメアの方。シュッと右に素早く動き出す。

「くっ……」

見失わないようにしっかりと視界に捉えていたのだが、それでもギリギリ目で追える限界の速さを展開された。

「なっ!?」

追いかけるように眼球を動かして右方向に向けるのだが、目を疑うのはナイトメアが突如として走っている方向を左に切り替える。
急激な方向転換でナイトメアの姿を見失ってしまった。

「っ!」

一体どうやってあれだけの速度から反対に方向転換できたのか疑問でならないのだが、そんなことを考える暇もなく殺気を感じ取った左後ろに向けて剣を振るう。

再び鳴り響く鋭い金属音。ヨハンの剣とナイトメアの剣が交差していた。

「……」

もう目の前にナイトメアは踏み込んで来ており、刃渡り五十センチ程の短剣、独特な形状をしているナイフ、通称ククリナイフと呼ばれる剣幅がある剣を振るっている。

「くそっ!」

追いかけるように振るった剣でナイトメアのククリナイフを防いでいるのだが、視界の右方向、端で捉えるのはギラッと光るもう一つの銀色の凶器。
ナイトメアは左手にも同様のククリナイフを持っていた。

迫り来るククリナイフはヨハンの胴を正確に捉えており、反射的に回避するため上半身を目一杯反らしたことでククリナイフが上空を通過していく。

「……ぐぅ!」

そこで小さく呻き声を上げるのはナイトメア。ドンっと鈍い音を立てて後方に弾け飛んだ。
ヨハンは上体を反らした反動のまま前蹴りをナイトメアの腹部に放っていた。

反動で後方に飛ぶヨハンと蹴りつけられ弾け飛んだナイトメア。
互いに宙を飛ぶのだが、クルっと後方に一回転して共に態勢を立て直す。

「……強いっ!」

悪寒が止まらない。片隅に怖気を抱かせる程の狂気。一瞬の油断が命取りになる程の殺気。
ナイトメアは確認する様に俯き加減になり腹部に手を当てている。しかし蹴りを受けたことによるダメージは外見上見られない。

そのままだらりと両手に持つククリナイフを下げた。

「速さと展開力が相手の武器」

決勝に至るこれまでの闘いでは見せてこなかったナイトメアの動き。その戦闘スタイルを即座に分析する。
相手の動きが止まっている今の間に対応を幾重にも考えないといけない。
現状わかっていることは片手剣だと思っていたのだが両手に持つククリナイフがその戦闘スタイルの証左。

「ほんとどこまでも……」

暗殺者が持ち得る凶器ソレ
知識としては知ってはいたのだが、使用者が少ないその武器を実際に目にするのはこれが初めて。
片手で振るえるナイフより僅かに長いククリナイフの有用性。長剣と違いナイフは当然短い間合いを必要とするのだが、両手に持つことで回転力を上げられる。伴って先端に膨らみを持たせて負担にならない程度の重量を加えることで振り切った時の重みを生み出していた。
あれだけの動き、圧倒的なまでの速さを出せるのならその機動力と回転力によって相手を上回るのだと。一撃必殺とはまた違う角度での必殺。

「もう……――」

通常であれば闇に潜むことで真価を発揮する暗殺術。それはこの武闘大会のような表舞台では幾分か相性が悪いはずだが、ここまでそれを出して来なかった理由は対策を取られないためだろうという推測は立つ。

(――……決勝だからもう遠慮はいらないってことなんだろうね)

間違いなく本気。
とはいえ、もう一つわからないのは先程の機動性の謎。
先程の攻防の際、ナイトメアは確かに右に展開したはずなのにどうやってかすぐさま左へ方向転換したという疑問が残っていた。
真逆への展開。圧倒的速度であるからこそ、視界から消える為の動き。それはわかるのだが、どうやってそれを成し得たのか理解できない。

「何か理由があるはず」

でなければあれだけの動きはいくら常人離れしている動きとはいえあり得ない。

「だったら……――」

こちらも機動力を上げてみればいい。
天弦硬の応用。足にその闘気の比重を多くさせる。

「――……いくよ!」

自身が生み出せる最高速度。
シュンッとその場に砂埃を僅かに発生させるそれはこれまでヨハンが大会中一度も見せて来なかった速さ。
仮面を着けているので表情は読み取れないのだが、それでもナイトメアが突然の速さを目にして驚いているのだろうということはなんとなくわかった。

しかし――――。

「この速さでも対応されるなんてっ!」

攻撃に回す闘気の配分が少なくなっているので重さは失くしている。その分劇的に向上している速さをナイトメアは振り切られる剣に対して十分に対応していた。

幾度も発生する金属音。目まぐるしく立ち位置を入れ替えながら響き渡っている。

ナイトメアの周囲を動き回りながら剣を何度となく振るい続けるのだが、両手に持つククリナイフで難なくいなされていた。

「…………」

最初の数撃はいくらか慌てた挙動を見せていたナイトメアなのだが、それも今は落ち着きを払っている。

(……まだ余裕があるの? ならっ!)

繰り出し続ける単調な動きと攻撃。それは敢えてそうしていた。

(そろそろ)

規則的な攻撃に対してナイトメアが慣れて来た頃を見計らって僅かに攻撃のリズムを変化させる。

「――――ッ!」

思わず声を漏らすナイトメアの眼前には剣が迫っていた。
下段に振るった剣を急速で直角に振り上げる。

それまでククリナイフで対応していたナイトメアは堪らず弾ける様に後方に飛び退き、スパッとマントの先を斬った。

「惜しかった!」

もう少しで決定打かもしくはそれに近い一撃を見舞えたはず。

「…………」

ジッと仮面越しにヨハンを見るナイトメアは両手を水平に持ち上げ軽く広げた。

「何をする気だ?」

ブンッ、ブンッと空中に浮かび上がる無数の渦。
ヨハンの周辺を遠くから取り囲むように小さく渦巻く丸い膜がいくつも浮遊するようにして出現する。


◇ ◆


「兄上、あれは?」
「あいつが本気になったということだな」
「へぇ。だったらここからが見物ということですね。さて。どう対応する?」

値踏みするような眼差しで見下ろしながら観戦しているアイゼン。
アイゼンに問いかけられたラウルは今しがた行われたナイトメアの行為を理解していた。

(あれは、魔法?)

遠目にしか見えないのでどういう状態なのか詳細がわからないのだが、空中に膜を発生させるなどということはそれ以外に考えられない。


◇ ◆


「ふむ。なるほど。もうアレを出すか」
「魔法だなんて反則じゃないですか!?」

準決勝に続いて再び憤慨するアイシャ。どうしてこうもヨハン相手に反則ばかり起きるのか。

「いや……――」

観客の中にもナイトメアが出した物が魔法であるということに気付いている者もいる。

「――……支援魔法であれば可とルールに書いてある。アレは直接攻撃するものではない」
「だったらあれをどうするの?」

アリエルの言葉に首を傾げるニーナ。

「見ていればわかる。アレが見られることなどもう二度とないと思っていたのだがな」

どこか高揚感を得ているアリエルの言葉。
仮にその薄い膜がヨハンに直接襲い掛かることがあればルール上は反則となるのだが、実際はそうではない。それをアリエルは知っている。

「あれ? そういえばアリエルさん、どうして――」

ナイトメアがしようとしていることを知っているのかという疑問が浮かんだのだが、眼下にいるナイトメアはもう動き出していた。
グッと前傾姿勢になり大きく跳躍する。

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