S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

文字の大きさ
355 / 724
再会の王都

第三百五十四話 アトムの密約

しおりを挟む

「は、はははっ、そうか、そりゃ驚いた」

ラウルも否定しないことと隣に立っているカレンが恥ずかし気な表情を浮かべていることからしてもそれ以上聞く必要もない。

「……ってぇと、そうだな。まずどこから話そうか」

アトムの視線の先はローファス。わなわなと肩を震わせている。

「ま、まぁそんなこともあるって」

その言葉を聞いた途端、ローファスは目を見開いた。

「ふざけるなラウル! 貴様は何をしにヨハンを連れて行ったんだ!?」

途端に響き渡る怒声。

「元々は王国の騒ぎを落ち着かせるためとヨハンの修行だな」
「それがどうして婚約者を連れての帰還になるんだ!?」
「それは結果だ。意図したものではない。こっちも色々と大変だったんだ」

何食わぬ顔で話すラウル。この反応はラウルからすれば想定済み。
突然大声を上げるローファスにヨハン達が呆気に取られる中、アトムは考える。

(……ははは。なんてこった。エリザになんて説明しようか)

内心苦笑いしていた。しかし問題にしているのはヨハンがカレンを婚約者として連れて帰って来たことではない。視線の先に捉えているのは暇そうにしているニーナの顔。

(あれがリシュエルんとこの娘か)

旧知の間柄である竜人族の友。その娘がヨハンとラウルに付いて王都を出て行ったらしいというところまでは聞いている。

(いやぁ、まさかヨハンもこの歳にして婚約者が二人か。さーて、どうしよ。リシュエルがあの約束を忘れてくれてたら助かるんだけどな)

既にエリザにはその話を聞かせている。
十数年前、王宮の大広間で行われていたパーティー。そこでニーナの父、リシュエルと交わした約束を。

『アトムよ』
『んだ? ひっく』
『確かお前のところは息子が生まれたのだったな』
『ひっく なんだ突然、それがどうした? ひっく』
『オレのところももうすぐ子が生まれる』
『へぇ、そりゃめでてぇな』
『もし生まれた子が娘であれば婚約を結んでくれないか?』
『ああ。んなことか。全然かまわねぇよ。』
『助かる。竜人族の子となれば貰い手など限られるのでな。オレのように里を出れば尚更』
『だっはっは! なーにを暗いことを考え込んでんだテメェは! 柄にもねぇ! んなことはいいから飲もうぜ今日は! ローファスのとこに子どもが生まれためでてぇ日じゃねぇか。ただ酒だぜ? 飲まねぇと損だよほらっ』

ぐびぐびと浴びるように酒を飲み、朧気に記憶している会話。その後のことは正直全く覚えていないのだがそこだけはなんとなく覚えていた。
ローファスとジェニファーの子、エレナが生まれた生誕祭で訪れていた時のこと。お互いの子が別性であれば婚約を交わそうと言っていたことを。

(やっべぇな……――)

口約束のつもりだったのだが旅に出たリシュエルがニーナを自分のところに一人で来させたことからしても間違いなくその約束を覚えていてのことだろう、と。

(――……とりあえずローファスには黙っていよう)

ローファスがどうして頑なにヨハンを王国の貴族に目を付けられないように配慮して帝都に同行することを許可したのかを知っている。というよりもそれ自体には感謝している。元々の原因は自分(アトム)なのだから。

(こんなの知られたらあの親父さん、またキレるだろうからな)

エリザの父、カールス・カトレア侯爵。
エリザの意思を尊重したとはいえ、半ば自分のせい。結果エリザは家出同然で自分と結婚している。貴族間では褒められるようではない身分違いの婚姻。自分がエリザを娶るために提示された条件、爵位を受けることを断固として拒んだ結果。それがまさか侯爵令嬢が冒険者と結ばれているのだから。

それだけならばまだ良かった。問題はここから。
最近になってようやくエリザと父親の関係も元に戻って来ている。アトムも気まずいながらもなんとか侯爵邸に顔を出す程度には受け入れられ始めている。

(とりあえず様子を見るしかねぇな)

帝国で何が起きてそうなったのか、これからローファスとカトレア卿がどうするのか、その対応と経過を見てからニーナのことを話そうと心の中で決めていた。

「――……はぁ。もういい。その問題は後だ。まずこっちの話をさせてもらう。ヨハン、また後で呼び付けるから今はエレナ達に顔を見せに行ってやれ」

呆れて額を押さえているローファスが小さく言葉にする。

「……わかりました。なんだか申し訳ありません」

状況的に謝罪を口にしてみるものの、どうしてローファス王がこれほど怒っているのか理解できない。

「いや、お前のせいではない。こっちの事情だ」
「はぁ。えっと、じゃあカレンさん、ニーナ、行こうか」

そうして二人を連れて部屋を出ようとしたところでヨハンはピタと足を止めた。

「あの、ローファス王?」

振り返り、ローファスの顔を見る。

「なんだ、話なら後ですると言っただろう?」
「いえ、たぶんラウルさんから聞くことになると思うんですが、これだけはどうしても僕から言わないといけない気がして」

帝国での出来事はこの後ラウルがローファスや父に伝えるはず。その上でそれよりも前に言っておかなければならないことがあった。

「なんだ?」
「帝国でシトラスと戦い倒すことができました」
「なんだと?」

王国でも脅威を振るったその人物。これまでも都度捜索していたのだが手掛かりが掴めないでいた。

「それで、その時のことなんですが、詳しいことはまだ何もわかりませんけど魔王がもうすぐ甦ると、魔族と関係のあった人からそう、聞きました」

サリーから聞いたこと、ラウルにも話しているそれは自分の口から伝えないといけない。
何故そう思ったのかわからないのだが、何故だかそんな気がした。

「!?」

ヨハンの言葉を聞いて目を見開くローファスとピクリと眉を動かすアトム。その二人の反応を逃すことなく目で追うラウル。

「……そうか、わかった。報告すまない。あとはラウルから詳しい話を聞こう」
「はい、失礼します」

軽く頭を下げて部屋を出る。

「で? 一体どういうことだ? 宝玉をわざわざ持って来させた理由を教えてもらおうか」

そのままアトムの隣の椅子に座るラウルと同じようにしてラウルの正面に座るローファス。

「単刀直入に話すぞ」
「ああ。さっきの話が関係しているのか?」
「その通りだ。さっきヨハンが言っていたこと、魔王の復活に関することだ」
「魔王の復活は世界樹の輝きが落ちてきてからのことだろう?」
「そのことだけどさ、俺もこの目で見るまでは信じられなかったが、確かに世界樹の光は小さくなってた」

二人の間に差し込むように言葉を放つアトム。

「見に行ったのか?」
「ああ」
「となると、本当に魔王というのが復活するんだな。原因は?」
「……俺のせいだ」

ラウルの言葉を聞いて途端に表情を曇らせるローファス。

「ローファス?」
「そ、間違いなくお前のせい」

責め立てるような言葉を吐き捨て、アトムは不快感を露わにした。ローファスはグッと奥歯を噛み締める。

「アトム?」
「どうやらこいつの娘が関係しているらしい。その魔王の復活にな」
「どうしてそんなことがわかる?」
「こいつ、俺達に隠してやがったんだぜ。娘の中に魔王の因子が入っているかもしれないってことをさ」
「なんだと!?」

突然聞かされた衝撃的な話。しかしその中に引っ掛かりを覚える部分もあった。

「だが、『かもしれない』とはどういうことだ?」
「それを調べるのにお前にも俺達に手を貸して欲しいんだ」
「なるほど、な」

背もたれに目一杯もたれるラウル。
詳細を事細かに説明されなくとも状況がそれだけ切迫しているのだということは理解できる。でなければ活動を休止しているアトムがこの場にいるはずがない。付け加えるならば、ガルドフが王都を不在にしていることにもようやく納得が出来た。

「その俺達、というのはスフィンクスのことでいいんだよな?」
「ああ」

アトムたちが再びその活動を再開したのだと。

「なら詳しい話を聞こう」
「ああ。全てを話す。あの日、俺らの子が生まれた日のことを……――」

そうしてローファスはラウルに包み隠さず全てを話し始める。

『そんなまさか!? 嘘だろジェニファー!?』
『いいえ。嘘ではありません。確かに私には感じられました。不穏な何かが私達の子の中に入っていったのを』
『……そうか。だが、まだそれが魔王の呪いだと断言できん。しばらく様子を見ても構わないだろう』
『それでよろしいのですか? せめてアトム様やエリザ達には話しておいた方が』
『いや、その必要もない。アイツらはもう腰を下ろしたのだからな。幸い世界樹でそれを確認できるし、もしそうだったとしても動き出すのはそれからでも遅くはないだろう』
『…………だといいのですが』

出生に関するその話を聞き終えたラウルは難しい顔をして考え込む。

(まさかそんなことが? いや、だがいくら悪ふざけが過ぎるコイツラでもこんなつまらない嘘をつくはずがない)

アトムたちと出会って以降、日常的に何度となく嵌められてきたのだが流石に冗談では済まない内容。魔王因子を娘が取り込んでいるのだということは。

(アトム達が活動を再開しているのだから尚更、か)

あのスフィンクスが動き出すのだからそれ相応の理由があるのだろうと思っていたのだがまるで想像以上。雲を掴むような話。

「わかった。俺は何をすればいい?」
「話が早くて助かる。もうあとは大賢者パバールという者が時見の水晶という物を持っている」
「時見の水晶?」
「ああ。それがあれば過去を見る事ができるらしいのだ。ただし、今回は世代を遡る必要があってな。そのための過去観をするために膨大な魔力、その宝玉が必要だった。それさえ貸してくれれば」
「バカなことを言うな。せっかくスフィンクスがまた動いているというなら当然俺も一緒に行くに決まっているだろ」
「ははは。お前ならそう言うと思ったぜ。だったらじゃあその大賢者ってやつのとこに行く前に確認だけはしとかねぇとな」
「確認?」
「ああ。俺の息子がどれだけ強くなりやがったのかってことをさ」

ニカっとまるでいたずらを思いついた子どもの様な笑みを浮かべてアトムははにかんだ。

しおりを挟む
感想 35

あなたにおすすめの小説

攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】

水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】 【一次選考通過作品】 ---  とある剣と魔法の世界で、  ある男女の間に赤ん坊が生まれた。  名をアスフィ・シーネット。  才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。  だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。  攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。 彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。  --------- もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります! #ヒラ俺 この度ついに完結しました。 1年以上書き続けた作品です。 途中迷走してました……。 今までありがとうございました! --- 追記:2025/09/20 再編、あるいは続編を書くか迷ってます。 もし気になる方は、 コメント頂けるとするかもしれないです。

無限に進化を続けて最強に至る

お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。 ※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。 改稿したので、しばらくしたら消します

スキルで最強神を召喚して、無双してしまうんだが〜パーティーを追放された勇者は、召喚した神達と共に無双する。神達が強すぎて困ってます〜

東雲ハヤブサ
ファンタジー
勇者に選ばれたライ・サーベルズは、他にも選ばれた五人の勇者とパーティーを組んでいた。 ところが、勇者達の実略は凄まじく、ライでは到底敵う相手ではなかった。 「おい雑魚、これを持っていけ」 ライがそう言われるのは日常茶飯事であり、荷物持ちや雑用などをさせられる始末だ。 ある日、洞窟に六人でいると、ライがきっかけで他の勇者の怒りを買ってしまう。  怒りが頂点に達した他の勇者は、胸ぐらを掴まれた後壁に投げつけた。 いつものことだと、流して終わりにしようと思っていた。  だがなんと、邪魔なライを始末してしまおうと話が進んでしまい、次々に攻撃を仕掛けられることとなった。 ハーシュはライを守ろうとするが、他の勇者に気絶させられてしまう。 勇者達は、ただ痛ぶるように攻撃を加えていき、瀕死の状態で洞窟に置いていってしまった。 自分の弱さを呪い、本当に死を覚悟した瞬間、視界に突如文字が現れてスキル《神族召喚》と書かれていた。 今頃そんなスキル手を入れてどうするんだと、心の中でつぶやくライ。 だが、死ぬ記念に使ってやろうじゃないかと考え、スキルを発動した。 その時だった。 目の前が眩く光り出し、気付けば一人の女が立っていた。 その女は、瀕死状態のライを最も簡単に回復させ、ライの命を救って。 ライはそのあと、その女が神達を統一する三大神の一人であることを知った。 そして、このスキルを発動すれば神を自由に召喚出来るらしく、他の三大神も召喚するがうまく進むわけもなく......。 これは、雑魚と呼ばれ続けた勇者が、強き勇者へとなる物語である。 ※小説家になろうにて掲載中

無尽蔵の魔力で世界を救います~現実世界からやって来た俺は神より魔力が多いらしい~

甲賀流
ファンタジー
なんの特徴もない高校生の高橋 春陽はある時、異世界への繋がるダンジョンに迷い込んだ。なんだ……空気中に星屑みたいなのがキラキラしてるけど?これが全て魔力だって? そしてダンジョンを突破した先には広大な異世界があり、この世界全ての魔力を行使して神や魔族に挑んでいく。

転落貴族〜千年に1人の逸材と言われた男が最底辺から成り上がる〜

ぽいづん
ファンタジー
ガレオン帝国の名門貴族ノーベル家の長男にして、容姿端麗、眉目秀麗、剣術は向かうところ敵なし。 アレクシア・ノーベル、人は彼のことを千年に1人の逸材と評し、第3皇女クレアとの婚約も決まり、順風満帆な日々だった 騎士学校の最後の剣術大会、彼は賭けに負け、1年間の期限付きで、辺境の国、ザナビル王国の最底辺ギルドのヘブンズワークスに入らざるおえなくなる。 今までの貴族の生活と正反対の日々を過ごし1年が経った。 しかし、この賭けは罠であった。 アレクシアは、生涯をこのギルドで過ごさなければいけないということを知る。 賭けが罠であり、仕組まれたものと知ったアレクシアは黒幕が誰か確信を得る。 アレクシアは最底辺からの成り上がりを決意し、復讐を誓うのであった。 小説家になろうにも投稿しています。 なろう版改稿中です。改稿終了後こちらも改稿します。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

老衰で死んだ僕は異世界に転生して仲間を探す旅に出ます。最初の武器は木の棒ですか!? 絶対にあきらめない心で剣と魔法を使いこなします!

菊池 快晴
ファンタジー
10代という若さで老衰により病気で死んでしまった主人公アイレは 「まだ、死にたくない」という願いの通り異世界転生に成功する。  同じ病気で亡くなった親友のヴェルネルとレムリもこの世界いるはずだと アイレは二人を探す旅に出るが、すぐに魔物に襲われてしまう  最初の武器は木の棒!?  そして謎の人物によって明かされるヴェネルとレムリの転生の真実。  何度も心が折れそうになりながらも、アイレは剣と魔法を使いこなしながら 困難に立ち向かっていく。  チート、ハーレムなしの王道ファンタジー物語!  異世界転生は2話目です! キャラクタ―の魅力を味わってもらえると嬉しいです。  話の終わりのヒキを重要視しているので、そこを注目して下さい! ****** 完結まで必ず続けます ***** ****** 毎日更新もします *****  他サイトへ重複投稿しています!

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...