S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

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再会の王都

第三百六十一話 それぞれの夜(後編)

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王宮の一室。客室であるその部屋の中には気品のあるソファーや机が置かれており、ベッドが二つある。
その部屋はここ数か月アトムとエリザが使用していた。

「いやぁ、明日が楽しみだな」

ベッドに横になりながら後頭部に手を送り天井を見上げてニヤニヤとしているのはアトム。

「あんまり無茶したらダメよ?」
「わぁかってるって。けどあいつが家を出てだいたい二年近くだろ? どれくらい強くなってんのかな? ラウルのあの口振りだとかなり期待していいだろ?」
「まぁそうねぇ。あの強気なラウルが頼りになるって言ったのだから、相当だと思うわよ?」

ローファスの依頼を受けて魔王の呪いの詳細の調査に当たって王都に来ていたのだが結果的にヨハンとは入れ違いになっている。偶然の巡り合わせとはいえこの日をアトムとエリザも待ちわびていた。

「あのモニカちゃんやエレナちゃんがヨハンには敵わないって言っていた状況からの成長だものね」

ラウルが連れ出していた後のカサンド帝国での報告を受けている。

「だな。まさかジェイドとバルトラの二人を相手にして実質分けたようなもんだからな。いやぁ楽しみだ」
「子どもみたいよあなた」

高揚感。まるで想像以上であるその成長曲線。まさかそれほどまでに強くなっているとは思いもしなかった。ここで確かめておかないと次の機会がいつになるかわからない。ヨハンとの再会を果たしたあとは大賢者パバールのところに赴く。

「それと、ちゃんとニーナちゃんのこと考えておきなさいよ」
「……わかってるって。リシュエルの娘だ。無碍むげには扱わねえよ。アイツがどういう状況か知らねぇが、最悪引き取るつもりだ」
「それならいいけど。まさかこの歳で娘ができるとは思わなかったわ」
「おいおい。気がはえぇな」
「だってまさかヨハンがあのカレンちゃんと婚約を結んで帰って来るなんて思わないわよ」

生まれたばかりのカレンしか二人は知らない。ヨハンが生まれるよりも前、漆黒竜との和平交渉を終えた後に帝国を訪れた時に一度だけ会っていた。

(エレナちゃんとモニカちゃん、二人がどうするつもりか気にはなるけどね)

ヨハンの話をしてくれるエレナとモニカの様子からして恋心を抱いているのは明らか。その二人がカレンの存在を知ってどういう反応をするのか興味が尽きない。

(まぁあの子なら今のところは気にしなくてもいいと思うけど)

早く次の日にならないかとニヤニヤとしているアトムに視線を向けるエリザ。若かりし頃を思い出す。恐らく女性に関しての関心はアトムもヨハンも似たようなものという認識。

(若いっていいわねぇ)

結果、介入しようかしまいかと頭を悩ませたのだが余計な口出しはしないことにした。親の介入程面倒なものはないというこは既に経験済みなのだからと。


◇ ◆


同じ頃、冒険者学校の校長室にて。

「また行かれるのですか?」

冒険者学校の教頭であるシェバンニが呆れ混じりに問い掛ける中、ガルドフは机に座りながら必要な書類に目を通していた。

「うむ。ラウルが戻って来て、この先の予定の目処が立ったからのぉ」
「……次はいつ頃お戻りになられますか?」
「そうじゃなぁ。今回はそれほど長くならんとは思うがそれも大賢者との交渉が上手くいけばの話じゃからな」

シルビアが詳細を語りたがらないのでどのような人物なのか判断ができない。しかし、苦々しい表情をすることからして仲は良くないのだろうという想像は付いている。

「そうですか。では確認ですがアレの試運転も兼ねてヨハン達二学年の学年末試験に当てさせてもらいますね」
「その辺の采配は任せる。アレが使えれば今後一層の発展が見込めるからの」
「ではナインゴランにはそのように伝えておきます」
「うむ」

ギシッとガルドフは背もたれにもたれ掛かった。
そのままシェバンニが用意した書類を片手に持つ。

「かつてない程の豊作の世代、か。まるでアイツらの時のようじゃな」
「ええ。そもそもレインやゴンザは本来他の学年であれば首席を狙えるだけの成績ですからね」

記された成績一覧表。
これまで空白であった一位の欄が既に埋められていた。

「では後のことは頼んだぞ」
「ふぅ、仕方ありませんね。さすがに魔王の復活ともなると大陸を揺るがす事態ですからね」
「何事もなく終わればいいのじゃが。しかしシェバンニがいて助かったわい」
「あなたはいつもそうやって都合の良いことばかり褒められる」

溜め息混じりに口ではそう言うものの、シェバンニは穏やかな眼差しでガルドフを見る。


◇ ◆


時を同じくして、学生寮のサナの部屋。

(むっふふぅっ。ヨハン君に褒められちゃった)

ベッドでゴロゴロと何度も寝返りを打ちながらニヤニヤとサナは顔を綻ばせていた。

(似合ってる、だって!)

ピタと止まればすぐに指先でクルクルと髪の毛を巻き取る。

「伸ばして、良かったなぁ」

少しでも女の子らしくしようとした結果に明確な手応えを得ていた。

「……でも、どうしよう」

小さく呟くその悩み。

(まさか婚約者が出来てたなんて。それも帝国の皇女様)

ラウルと一緒に旅に出たとはいえ予想外の状況。いくらなんでも飛躍し過ぎではないかと。

(そりゃあ帝国にいけば知り合う機会もあるかもしれないけど何がどうなってそうなるの?)

話を聞いているだけであまりにも物凄い内容だったために問い掛けることすらできなかった。

(でも、付いて来る必要あるの? 別にないよね?)

そうまでしてヨハンと一緒に居たいのだろうという女の直感が働く。

「モニカさんとエレナさんはどうするんだろう?」

自分以上にヨハンと近い立場にいる二人の反応が気になって仕方なかった。

「……でも、似合ってるって言ってくれたこと、嬉しかったなぁ」
「サナ? さっきから何を一人でブツブツ言ってるのよ」
「あっ、ううん。なんでもないの。おやすみ!」
「? おやすみ」

同室者のリリに気味悪がられながらガバッと布団を大きくかぶる。

(とにかくアタックすることからね!)

心の中では大きく決心を固めていた。


◇ ◆


同じく学生寮、ヨハンとレインの部屋では。

「にしてもただでは帰って来ないと思ってたけど、さすがだな」

互いにベッドに腰掛け向かい合いながら話している。

「僕も色々起き過ぎて結構戸惑ったけどね」
「ふぅん……――」

俯き加減にレインは考え込んだ。

(――……こいつのことだからこれだけじゃ終わらねぇんだろうな)

チラと上目遣いにヨハンを見ると、レインの視線の意図を理解出来ないヨハンは首を傾げる。

「あのさ」
「なに?」
「や、そのカレンさんって人、この後どうするんかなーってさ」
「どうするって?」
「とりあえず住むところはあそこでいいとしてだ」
「うん」
「あそこでずっといるのも時間を持て余すんじゃないかと思ってさ」
「そうだね。当面は王都観光をするみたいだけど、その後のことはちょっと考えないといけないかな」

とはいうものの、ヨハンの知らない間に、既にカレンの今後の予定は決まっていた。
結果、それは今後のレインを更に悩ませることになる。

(絶対ややこしいことに発展するよなコレ。根拠はないが俺の勘がそう言っている。断定は出来ないが自信はある)

確実に巻き込まれるのだろうということは容易に想像ができていた。


◇ ◆


王宮、ローファス王の寝室にて。

「本当に大丈夫でしょうか?」

一人用の椅子に腰掛け、王都の夜景を見ているジェニファー王妃。

「心配するな。父の代からやつらは失敗などしたことがないだろう? 安心しろ」
「確かにそうでしたね。申し訳ありません私のせいで」
「いや、お前が謝ることではない。責任は俺たちに二人にあるのだ」

ローファス王が抱く見解。
魔王の呪いが解明するまでもうそれほどかからないだろうと。しかし世界樹の輝きが確実にその光を落としていっていることからしても、時間的な猶予がそれ程残されていないということも。

「あの子が無事であればいいのですが」
「大丈夫さ」

ジェニファーの横に立ち、そっと肩に手を回すローファス。

「アイツらを信じることは勿論だが、もしもの時はあの子自身を信じよう。そう誓ったではないか。だからこそ預けたのだろう」
「……はい」

ジェニファーはぎこちない笑みをローファスに向けながらも肩に乗せられた手に自身の手をそっと重ねた。


◇ ◆


「ね、ねぇ? ニーナちゃん?」
「んー? ふわぁあ」

欠伸をしているニーナに声をかけるのは同室者の女の子。
突然戻って来たニーナに衝撃を受けていた。

「ニーナちゃんしばらく見なかったけど、先生はニーナちゃんが特別実習に出たって言っていたわ。どこに行っていたの?」
「どこって、カサンド帝国だよ?」
「はい?」

目を擦りながら眠たそうにしているニーナに対して少女は目を丸くさせる。
返って来た言葉の意味が理解できない。

(あれ? 確か特別実習って国内だけだったよね? でも嘘を言っているようには見えないけど……――)

真偽を確かめたくもあったのだが、既に気持ち良さそうに寝息を立てているニーナ。

(――……まぁ楽しそうだからいっか)

笑顔のニーナを見て少女は小さく「おかえり」と声を掛けた。

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