S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

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碧の邂逅

第三百九十五話 水中遺跡⑧

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「なにか考え事でもしていたの?」
「え?」

目の前を覗き込んでいるのはサナと同じ黒髪の女性、イザベラ。

「ぼーっとしてたけど、どうかしたのか?」
「お父さん?」

振り向き声の方向を見ると、手の平に収まる木彫り人形を片眼でじっくりと見ている同じ黒髪の父、ガッシュ。

「あれ? 私……」

綺麗な艶を出すその両親と同じ髪の毛はサナの自慢。

「もうすぐ冒険者学校に入学するために王都に行くのでしょ?」
「え?」
「そんなんで無事に卒業できるのか? それどころか下手したら死ぬぞ?」
「……うん」
「もう。脅かさないのお父さんも。サナは町で一番なんだからね。お母さんも鼻が高いのよ」
「っつってもなぁ。世の中は広いんだ。こんな町で一番だからってなぁ」
「知ってるわよ。でもサナだったら大丈夫よ。ねぇサナ?」
「え? あっ、うん」

記憶が朧気。
翌週には冒険者学校に入学するために町を出るのだが、昨日何をしていたのか、今現在何をしているのか、覚えているのだが遠い昔のことのように感じられた。

「でもなサナ」
「なにお父さん?」
「いや、お父さんは別に無理に冒険者学校に入学なんてしなくて良いと思ってるんだが?」
「いまさら何を言ってるのお父さん。大丈夫よ。ちゃんと卒業したら戻ってくるのだから」
「そうなのか?」
「……うん」

冒険者学校を卒業した後はセラの町を活動の拠点とするつもり。
小さな港町のセラには一流の冒険者が常駐していることはない。卒業して、成績次第では上手くいけば上位の冒険者にもなれる。そうなれば実入りは実家がしている木彫り細工職人の父よりも多くなり家計の助けにもなり、加えて町への多大な貢献にもなり得る。しかし。

「やっぱり私――」

小さく呟いたのは、冒険者学校への入学を取りやめようかと。

「そうだわサナ。戻ってくる時はちゃんと彼氏の一人でも連れて帰ってくるのよ?」
「え?」
「そん時は俺がぶちのめしてやらぁ!」
「ちょっとお父さん」
「なんだよ。可愛い俺のサナを射止めやがったんだ。文句の一つでも言わせろってんだ」
「ふふ。なによそれ」
「たぶん、無理だと思うなぁ。お父さんじゃ勝てないよ」
「「え?」」

目を丸めてサナを見るイザベラとガッシュ。

「勝てないって?」
「え?」
「もしかしてもう誰かと付き合ってるのか!?」

ガタンと困惑して椅子から立ち上がるガッシュ。

「ち、違うよお父さん! 私まだ好きな人いないから。そもそも連れて帰れるわけないって!」
「そ、そうか」

こんな辺境にどうして来るのか。
慌てて手を振り、ドサッと座る父を見ながら何故そう思ったのか考えるのだが思い当たらない。

(なに、今の?)

しかし先程口にした言葉は事実間違いではない。確実にそう思っていた。確信を持てる。

「そういやさっき何か言いかけてたか?」
「ううん。何でもないよ」

ニコリと笑いかけた。内心では不安を抱きながら。

「じゃあ私そろそろ寝るね」

居間を出るサナは自室に向かっていく。その後ろ姿を見送るイザベラとガッシュは互いに目を見合わせた。



「――……はぁ」

夜、ベッドにうつ伏せになりなりながら物思いに耽る。

「やっぱり危ない目にいっぱい遭うんだろうなぁ。怖いなぁ」

冒険者は危険と隣り合わせ。それは誰もが知る所。身の危険を顧みずに魔物と戦わなければならない。

「そりゃあ確かに町では強い方かもしれないけど」

母の期待には応えたい。けれどもそこで父の言葉が脳裏を過る。

「死ぬのはやだなぁ」

父の言葉も理解していた。
危険なことをせず、町を出ずにこのまま誰かと結婚して父の業を継いでもらえば平穏に過ごせるのだから。

「……誰かって誰よ!」

自分で考えていたことなのだがふつふつと怒りが込み上げてくる。特定の誰かがいるわけでもないのに、その未来を想像しただけで不満が湧き上がる。

「サナ?」
「お母さん?」

コンコンッとノックされた先には母が心配そうな表情をしていた。

「どうしたの?」
「……ううん」

起き上がって座るとストッと母が隣に座る。

「あのねサナ。お母さん思ったの」
「なに?」
「さっきお父さんに言われたの。サナが無理してるんじゃないかって」
「……そんなこと」

ないとは言い切れない。
冒険者学校には行ってみたい。王都も見てみたい。
しかし、果たして上手くいくのだろうか。そこまでする必要があるのだろうか。
何度となく繰り返した堂々巡り。結果的にわからないのであれば一度行ってみてから考えてみればいいという結論に至っていた。

「迷っているならやっぱりやめておきましょう」
「……お母さん?」
「お母さんも舞い上がってたみたいなの。もしサナが有名な冒険者になれば嬉しいなって」
「……うん」
「でもね、それってサナのこと考えてなかったなって。ダメねお母さんも。まずサナの幸せを考えないといけなかったのに。母親失格だわ」
「そんなことないよ。でも、ありがとう」

そっと見る隣にいる母の表情を見ると、全てを察してくれたのだと。不安を理解してくれたのだと。

「じゃあやっぱり入学の件はなしね。お父さんにもそう伝えておくわ」
「……うん」

そうして立ち上がったイザベラは部屋を出ていこうとする。

「あっ……――」

不意に漏れ出る声。

「どうかした?」

ニコリと向けられる笑みで安堵を抱くのは、母は決してサナの決断を否定はしないのだと、先程の言葉の中に嘘はないのだと実感できた。しかし同時に抱くのは不安。

(どうして?)

本当にその決断でいいのだろうか。

(どうしてこんなに不安なの?)

かき乱される胸の内。わざわざ危険を冒す必要などない。

(あなたは、だれ?)

思い出せないその顔。しかし知っているはず。

「何もないならお母さんいくわよ?」
「……うん。おやすみなさい」
「おやすみなさい」

パタンとドアを閉められた。


◇ ◆ ◇


「他に方法はないのか?」
「ない」

身をかがめて腕の中にサナを抱きかかえるヨハン。

「……うっ……うぅっ……――」
サナは苦悶の表情を浮かべていた。

「その少女が自分の力で道を切り開かない限り目を覚ますことはないだろう。これは外部からの干渉はできない」

ウンディーネとしても今の状況は意図していた事態ではない。
サナの魔法がウンディーネに干渉をした結果陥った昏睡。

「頑張って、サナ」

声を掛けるヨハンにできることはサナの無事を祈ること。
残された時間はあと三十分。

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