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碧の邂逅
第三百九十六話 水中遺跡⑨
しおりを挟むシグラム王国西部の小さな港町であるセラ。
「はぁ……――」
浜にいくつもの漁業用の小舟が浮いている中、サナは石垣に腰掛け遠くの海を眺めていた。
小さい頃から悩み事がある度にこうして海を見ては気持ちを落ち着けている。海を見ていると心が安らいでいた。
「――……本当に良かったのかなぁ?」
それでも今日ばかりは時間が掛かってしまっているのは、父は喜んでいたのだが、話し合いの末に冒険者学校への入学が取りやめになっている。
「おーい! サナちゃーん!」
「あっ、ジズーさん」
船を縄で繋いで手を振ってサナに向かって歩いて来る男性。近所に住む漁師。
「聞いたよサナちゃん、王都に行かないんだって?」
「……はい」
苦笑いしながら答えた。
「どうした? 浮かない顔してるな?」
「いえ、実は将来のことで悩んでまして」
「どういうこった?」
「あのですね、私は何がしたいんだろうかって」
「何がしたい、か。んなことはまだ十歳かそこらの子が考える悩みじゃないけどな」
ガハハと笑い飛ばすジズー。
「でもこのまま大人になったらどうしてるのかと思うと」
「だったらうちのせがれのところに嫁に来ればいい」
ニカっと笑うジズーなのだが、ジズーの息子、三つ上のカンチのごつい顔と筋肉質の身体を思い浮かべる。
「いえ、遠慮しておきます」
ニコリと笑顔で答えた。
「なんでい。サナちゃんぐらい可愛い子ならいつだって」
「大丈夫です」
ジズーが言い切るよりも前に再び返答する。
(どうして私があの人のところに。だって私には……――)
想い人はもう既にいるのだから。
(――……あれ? 誰のことを好きなの?)
内心で断じたものの、誰のことを好きなのかよく思い出せない。
「どうかしたか?」
「……いえ…………なんでもないです」
勘違いなのかと思えるほどまるで身に覚えがない。
その引っ掛かりが奇妙にも思えるし、どうにも気持ち悪い。
「大変だ!」
引っ掛かりの原因が何なのかと考えようとしたところに遠くから叫び声が聞こえて来た。
「え?」
「なんだ?」
ジズーと二人、声の下に視線を向けると崖下を覗き込んでいる男性の姿が視界に飛び込んで来る。
「あっ!」
「おいおい、あそこは潮の流れが激しいぞ!」
更にその男性の真下、岩がいくつもある絶壁の近くの海面に見える小さな手。
子供が溺れていた。
「サナちゃん!」
ジズーが声を掛けるのだが、既にサナは駆け出している。
「まだ間に合うはず!」
一直線に小さな手が見えた場所に向かうのだが、もう既に手は海の中に沈んでしまっていた。
駆け出した勢いのままサナは岩の上に飛び乗り、真っ直ぐに飛び込む。
「水中呼吸魔法」
飛び込みながら自身に魔法をかけ、ザブンと勢いよく飛び込むなり潜った先で見失った子の姿を探した。
「この流れだと……――」
潮の流れを加味して海中を泳ぎ始める。
「――……見つけた!」
幸いすぐに子供、小さな男の子を見つけることができた。
男の子を抱きかかえて海面に顔を出させる。
「しっかりして!」
グッと腹部に手の平を押し当てた。
「げほっ……げほ、げほっ!」
「良かった」
まだ溺れて時間も経っていなかったこともあり、なんとか自発的な呼吸を取り戻すことに成功する。
「サナちゃん!」
「ジズーさん! 大丈夫。生きてるよ」
「違う! あっちだ!」
ジズーが指差している方角を見ると大きな背びれが見えた。
「えっ!?」
真っ直ぐにこっちへ向かって来ている。
顔を海中に沈め、向かって来ている背びれの正体を確認するのだが思わず目を疑った。
「あれは……アイアンシャーク!?」
獰猛な海中生物は魔物であり肉食。漁業を生業とするものであれば避けて通る程。
それがもう間もなくサナの下に到達する。
「早く逃げないと!」
しかしそうもいかない。
自分一人だけであればまだ距離のある今ならば間に合うのだが、腕の中で意識を朦朧とさせている男の子を見た。
「だめ……」
男の子を抱きかかえたままであればとても間に合わない。
「サナちゃん!」
「ジズーさん! 船を!」
「お、おうっ!」
船を出してもらい、男の子を引き上げてもらえば助けられることができる。
せめてそれまでは時間を稼がないといけない。
男の子を守るようにしてアイアンシャークに背を向けた。
「ぅぐっ!」
背中に得る鋭い痛み。
「い、た……」
海面に赤い血がジワリと染み出る。
「まだなのっ!?」
船の方に視線を向けるとようやく船が動き出していた。
「はやく、はやく!」
でないと二人とも喰われて死んでしまう。
「こ、こわい」
背中に痛みを得ながら、突如として襲われる死の恐怖をまざまざと感じ取っていた。
◇ ◆ ◇
「ああっ!」
「サナっ! サナっ!」
ヨハンの腕の中で苦悶の表情に顔を歪めながら呻き声を上げるサナ。腕や背からは突如として血が滲み出ていた。
「どうして!?」
「恐らく夢の中で何かに襲われているのだろう」
「それがサナを?」
夢の中の出来事の筈なのに、現実に影響を及ぼしている。
「ならもしその夢の中で……――」
「死ぬことになればその少女の命も尽きることになるな」
「――……っ!」
歯痒さが込み上げてくる。
何かしてあげたくとも何もしてあげられない。
「何か方法はないのか!?」
「だからないと言っているだろう。そもそもとして、個々に抱えているものが違うのだから外からではなんともしようがない」
「…………サナ。意思を強く持つんだ」
ヨハンには腕の中に抱くサナの無事を祈ることしかできなかった。
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