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碧の邂逅
第 四百十 話 閑話 サナ達への依頼④
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翌日、東地区にあるグスタボの工房に向けてヨハンと二人歩いていた。
「楽しそうだねサナ」
「え? うんだってキッドくんとローラちゃんのことを考えるとね」
そう口にするものの、内心は別。ヨハンと二人で出掛けるなど、例え用事のためとはいえデートに他ならない。うきうきするなという方が無理というもの。
(かっこいいなぁヨハンくん)
その横顔を見ているだけでただ嬉しくなる。
本当なら手の一つでも繋ぎたくなるのだが、今はそこまでは望んではいない。並んで歩いているだけで十分満たされる。まじまじと堪能する様に見ていた。
「どうかした?」
「えっ? あっ、ううん、ヨハンくんにそんな知り合いがいたんだなぁって」
「冒険者をしていると色んな人と知り合えるからね」
「そういう意味では確かにそうね。実はね、私もキッドくんが言ってたそのローラちゃんっていう子と知り合いなの」
「そうなの?」
「うん、ほら二学年の最初にあった遠征実習。あの時の護衛対象がローラちゃんのお父さんだったの。そこにローラちゃんも付いて来ててね」
「そうなんだ」
貴族令嬢ということでローラの相手はサナとアキがしていた。
「それで、ローラちゃんもキッドくんのことを気にしていたから」
その時はただの話の内容を聞いていただけなのだが、キッドと会ったことでその話を思い出していた。サナがキッドの話を引き受けた理由の一つがそれ。
当時ローラは知り合いの男の子が孤児になってしまい、その後の生活をどうしているのか気に掛け心配そうに話していた。
「じゃあそのことを教えてあげたら?」
「ローラちゃんからは会いに行けないみたいだったから」
「そっか」
キッドが今生活しているのは特別保護地区と体の良い呼び方をしているが通称スラム街。
キッドとローラ、互いにその気がなくとも、他のスラム街の住人が貴族令嬢と繋がりがあることを知られたらどんな風に利用されるかわからない。ましてや子どもであるのだから。そう父親からきつく釘を刺されていた。
「でもまさかそれがこんな風に繋がるなんてね」
当時は『大丈夫だよ』といった程度の慰めの言葉しか掛けることができなかった。それが今になって繋がるこの奇妙な縁。
その時の言葉を真実にしてあげられるかもしれないと思うと妙にやる気も出る。
「不思議な縁ってあるよね」
「……うん」
微妙に返答を悩ませながら、サナはヨハンの横顔を見た。
(私もヨハンくんと繋がってたらいいな)
もしその繋がりが自分にも当てはまるのであるならばという期待と希望を持ちながら心の中で言葉にする。
「ここだよ」
「え?」
立ち止まり目の前に建つ立派な工房。グスタボの工房に着いた。
「ん?」
そこで丁度店からグスタボが店の外に出てくる。
「おっ? ヨハンじゃないか。どうした突然? 何か買いにでも来てくれたのか?」
「いえ、今日は相談に乗って欲しいことがありまして」
「相談?」
「ええ、こっちの子が」
グスタボはそのまま見慣れない少女のサナに目を向け、サナはペコリと小さく頭を下げた。
「初めて見るけど、もしかしてお前さんの彼女か?」
小指を上げ、ニマッと笑うグスタボ。突然のグスタボの発言にサナの心臓が高鳴る。
「やだなぁグスタボさんも。サナはただの友達ですよ」
「…………」
あっけらかんと言い放つ言葉にサナは表面上ニコニコと平静を装っているのだが一人で胸を痛めていた。
(知ってたよ。ヨハンくんはそう言うよね)
せめて少しぐらい動揺してくれてもいいのじゃないかという願いが殊更虚しさを増長させる。
「ヨハン君のただの友達のサナといいます」
ニコリと挨拶をした途端、内心で大きく溜め息を吐く。
(いつまでこの上げられた後に下げられないといけないのかなぁ)
(いや、すまんかった)
その様子を見てグスタボもいくらか悟りポリポリと頬を掻いていた。
「それで、そのお嬢ちゃんが一体何の用だ?」
とはいうものの用件は別。月光草の加工について。
「実は、今日の夜に月光草を採りに行くのですが、ここなら月光草を加工してもらえるかもしれないと聞いて」
「月光草? あんな鑑賞用の花を採りに行ってどうするんだ?」
「ちょっと依頼を受けまして、それで丁度いいかなって」
そうしてサナは月光草を採りに行くことになった事情をグスタボに話して聞かせる。
「――……なるほどな。気持ちはわかる」
「じゃあ!」
「ただ出来なくもないが俺も最近忙しくてな。ほら、この間の魔灯石で注文が増えたんだよ」
質の良い魔灯石が採れたことによる受注の増加。
「できませんか?」
「そうだな、では一つ条件を出そう」
指を一本立てるグスタボ。
「確かに俺も忙しいが、ヨハンのおかげで儲けさせてもらったのも事実だ。だから売り物になりそうな物を考えてくれたらすぐにでも取り掛かろう」
「……それ、ズルくないですか?」
「何を言っておる。こっちも商売なのでな。その代わりタダでしてやろうというのだ。もちろんアイデア料も払おう」
「どうするサナ?」
「…………わかりました。ちょっと考えさせてください」
そうして王都内を歩きながら何かないかと考える。
「ごめんねサナ」
「ううん。向こうも商売なんだから仕方ないよ」
仮に木彫り細工職人の父に見知らぬ人物から提案を持ちかけられたところで何かしらの条件を提示していた。
「でもどうせなら月光草を使った何かが作れたらいいね」
「……うん」
もしそれが出来れば王都内に流通していない物をキッドはローラに贈れる。
しかし考えるにしても時間がない。
「ねぇサナ?」
「…………」
「サナ?」
「えっ? なに?」
「あれ、綺麗だよね」
「あれって……――」
ヨハンの視線の先には先日ナナシーが食い入るように見ていたガラス細工店。
(――……そういえば)
ナナシーが興味を示すのは人工物。自然を愛するエルフならではの興味。
「いろんな色を付けられるなんて凄いよね。どうやってるんだろ?」
「……ねぇヨハンくん?」
「ん?」
「それ、もらってもいい?」
「それって?」
月光草と掛け合わせた商品を思い付いた。
すぐにグスタボの工房に戻る。
「早かったな」
「はい。ガラス細工と月光草を掛け合わせてこんなのできないですか?」
サナは紙に書き表しグスタボに説明をしていた。
「何を思い付いたんだろう?」
ヨハンには何も説明されていない。内容を問い掛けても秘密なのだと。
「ふむ。なるほど、そういうひと工夫を入れるのか、面白い!」
「ですよね。じゃあお願いできますかね?」
「もちろんだ」
「じゃあ最初は二つお願いしますね」
「二つか?」
話に聞いている限りではキッドがローラに贈る分があればいいはず。
「はい。二つです」
そのままサナは後ろで待っているヨハンを見た。
「どうだった?」
「ありがとヨハンくん! ヨハンくんのおかげよ!」
「え? あ、うん、どういたしまして」
何かをしたつもりもないのだが喜ばれている。
帰り道、思っていた以上に話がすんなり進んだサナは上機嫌で鼻唄を歌いながら歩いていた。
(何を作るんだろう?)
そうして学生寮の門に着く。
「じゃあ僕は待っていたらいいんだよね? 本当にもう何も手伝わなくていいの?」
「うん、じゃあまた連絡するね!」
笑顔で手を振りサナは寮の中に入っていった。
◇ ◆ ◇
数時間後、陽が落ち始めている頃。
サナ達はキッドと待ち合わせのため王都の外に向かう。
「おっそいぞ姉ちゃん達!」
「キッド君、もう来てたの?」
「よっぽど楽しみなのね」
「最初はあれだけ不貞腐れていたのにな」
準備万端といった感じで待っているキッド。
その意気込みから張り切り具合が見て取れた。
「それで、一体どうするんだ?」
「うん、あのね、月光草っていう花を採りに行くわ」
「月光草?」
サナの返答を受けたキッドは一瞬ポカンとする。
「あの満月の夜に咲く花か?」
「知ってたのね」
「商人の息子なめんじゃねぇって」
「別になめてはないけど」
「でも……」
そんな花を採りにいったところでどうするのか想像もつかない。
「あっ、あと月光草はキッドくん一人で採って来てね」
「え? 別にいいけど?」
花を摘むぐらいの指示をされたところでどうってことはない。
そうしてサナに案内されるまま月光草が咲いている場所に向かった。
着いた先は王都近郊の小高い丘。辺りにはいくつもの岩が積み重なっている。
「あそこよ」
その岩の頂上をサナは指差す。
「えっ!?」
「約束通りキッドくん一人で採りに行ってね」
岩がいくつも重なり合うその頂上に月光草が咲いているのだと。
月光草が咲く条件、それは陽の光と月の光を多く浴びることが出来る場所にしか咲かない。
「お、俺一人であんなとこに?」
ガクガクと震える膝。落ちたら確実に怪我をする。
「冒険者になるのではなかったのかい?」
「確かにあれぐらい大したことないな」
大人であれば多少苦労はするだろうが頑張ればよじ登れる場所。身軽な者であれば楽勝。
しかしキッドのような子どもには難関にしか見えない。
「だいたい、キッド君がそのローラちゃんにプレゼントを送りたいのでしょ? ならある程度は自分でしなくちゃね。じゃあ頑張って!」
「……チッ、わかったよ」
「あれ、サナ? 月光草って一時間ぐらいしか咲いていないのじゃない?」
不意に口にするナナシーの言葉にキッドは目を見開いた。
「そうなのか!?」
「そうね。だからダメだったら今日は諦めましょ」
「な、何言ってんだ!」
もう月光草の蕾は開き始めている。実質今から一時間が制限時間。
慌ててよじ登ろうとキッドは岩に向かって走り出す。
◆
そうして時間が経ち、月光草は淡い桃色と輝かしい黄色の光を放ち燦々と夜空に向かって咲き誇っていた。
「く、くっそ!」
「ほら、早くしないと時間がなくなるよ?」
「わかってるよッ!」
既にキッドの身体は擦り傷や痣だらけ。
ただでさえ登りにくい岩なのに、こびりついた苔で滑って何度も落下してしまっている。
「いってぇっ」
傷の痛みを堪えながら転げ落ちては起き上がるということを繰り返していた。
「くそ! くそ! くそっ!」
それでもキッドは諦めることなく何度も立ち上がっては登る。涙を流しているのだが泣き言一つ言わない。
「サナも意地悪ね」
「どうして?」
その様子をナナシー達は黙って見ているだけ。
「だって私達の誰かが採りに行ってあげた方が早いじゃない。あのままだと時間切れになっちゃうわよ?」
「……そうね」
真っ直ぐジッとキッドを見つめているサナに疑問符を浮かべる。
「まず目的の一つに、これはキッドくんがローラちゃんに贈りたいっていう気持ちを込める必要があるの」
誰かが用意した物を手渡しても意味はない。キッド自身の気持ちを形にする必要があった。
「ふぅん」
その言葉にナナシーは全く共感出来ないでいる。
「ローラちゃんもきっとそう思っていると思うの」
「どうして?」
キッド自身が裕福ではない。むしろ貧困。そのキッドがお金で何かを用意したとなれば気を遣う。しかし自らの力で手に入れた物であるならばそうではない。
「それに、キッドくんもこれから生きていく上でこの経験はきっと必要になると思うの」
困難に向かって立ち向かうこと。得られる結果よりもその姿勢や過程の重要性。
それはサナ自身が誰よりも実感していること。
「そんなものなの?」
「そんなものなのよ」
幼い子供であってもあれだけ真剣に何かに打ち込めることがナナシーには疑問でならない。
(あれもあの子なりの譲れない何か、なのね)
時間制限が設けられる中、焦燥感に駆られながらもサナ達を頼ろうとしない姿勢。
それはサナと初めて出会った時の気持ちの入り方に近しいものをキッドから感じられる。
「あっ!」
「え?」
そこで不意に声を発すサナに反応してキッドに視線を向けた。
「……へぇ」
岩の頂上に立ち、月光草を手に持ち高々と掲げている少年を見てナナシーは笑みを浮かべる。
「やた、やった! やったぞ!」
既に傷の痛みなど一切感じない。必死に挑戦し続けたことによって得られた結果。
「また泣いてるの?」
「それだけ嬉しかったのよ」
立ち上がり裾をパッパッと払うサナはナナシーに対して満面の笑みを浮かべていた。
「楽しそうだねサナ」
「え? うんだってキッドくんとローラちゃんのことを考えるとね」
そう口にするものの、内心は別。ヨハンと二人で出掛けるなど、例え用事のためとはいえデートに他ならない。うきうきするなという方が無理というもの。
(かっこいいなぁヨハンくん)
その横顔を見ているだけでただ嬉しくなる。
本当なら手の一つでも繋ぎたくなるのだが、今はそこまでは望んではいない。並んで歩いているだけで十分満たされる。まじまじと堪能する様に見ていた。
「どうかした?」
「えっ? あっ、ううん、ヨハンくんにそんな知り合いがいたんだなぁって」
「冒険者をしていると色んな人と知り合えるからね」
「そういう意味では確かにそうね。実はね、私もキッドくんが言ってたそのローラちゃんっていう子と知り合いなの」
「そうなの?」
「うん、ほら二学年の最初にあった遠征実習。あの時の護衛対象がローラちゃんのお父さんだったの。そこにローラちゃんも付いて来ててね」
「そうなんだ」
貴族令嬢ということでローラの相手はサナとアキがしていた。
「それで、ローラちゃんもキッドくんのことを気にしていたから」
その時はただの話の内容を聞いていただけなのだが、キッドと会ったことでその話を思い出していた。サナがキッドの話を引き受けた理由の一つがそれ。
当時ローラは知り合いの男の子が孤児になってしまい、その後の生活をどうしているのか気に掛け心配そうに話していた。
「じゃあそのことを教えてあげたら?」
「ローラちゃんからは会いに行けないみたいだったから」
「そっか」
キッドが今生活しているのは特別保護地区と体の良い呼び方をしているが通称スラム街。
キッドとローラ、互いにその気がなくとも、他のスラム街の住人が貴族令嬢と繋がりがあることを知られたらどんな風に利用されるかわからない。ましてや子どもであるのだから。そう父親からきつく釘を刺されていた。
「でもまさかそれがこんな風に繋がるなんてね」
当時は『大丈夫だよ』といった程度の慰めの言葉しか掛けることができなかった。それが今になって繋がるこの奇妙な縁。
その時の言葉を真実にしてあげられるかもしれないと思うと妙にやる気も出る。
「不思議な縁ってあるよね」
「……うん」
微妙に返答を悩ませながら、サナはヨハンの横顔を見た。
(私もヨハンくんと繋がってたらいいな)
もしその繋がりが自分にも当てはまるのであるならばという期待と希望を持ちながら心の中で言葉にする。
「ここだよ」
「え?」
立ち止まり目の前に建つ立派な工房。グスタボの工房に着いた。
「ん?」
そこで丁度店からグスタボが店の外に出てくる。
「おっ? ヨハンじゃないか。どうした突然? 何か買いにでも来てくれたのか?」
「いえ、今日は相談に乗って欲しいことがありまして」
「相談?」
「ええ、こっちの子が」
グスタボはそのまま見慣れない少女のサナに目を向け、サナはペコリと小さく頭を下げた。
「初めて見るけど、もしかしてお前さんの彼女か?」
小指を上げ、ニマッと笑うグスタボ。突然のグスタボの発言にサナの心臓が高鳴る。
「やだなぁグスタボさんも。サナはただの友達ですよ」
「…………」
あっけらかんと言い放つ言葉にサナは表面上ニコニコと平静を装っているのだが一人で胸を痛めていた。
(知ってたよ。ヨハンくんはそう言うよね)
せめて少しぐらい動揺してくれてもいいのじゃないかという願いが殊更虚しさを増長させる。
「ヨハン君のただの友達のサナといいます」
ニコリと挨拶をした途端、内心で大きく溜め息を吐く。
(いつまでこの上げられた後に下げられないといけないのかなぁ)
(いや、すまんかった)
その様子を見てグスタボもいくらか悟りポリポリと頬を掻いていた。
「それで、そのお嬢ちゃんが一体何の用だ?」
とはいうものの用件は別。月光草の加工について。
「実は、今日の夜に月光草を採りに行くのですが、ここなら月光草を加工してもらえるかもしれないと聞いて」
「月光草? あんな鑑賞用の花を採りに行ってどうするんだ?」
「ちょっと依頼を受けまして、それで丁度いいかなって」
そうしてサナは月光草を採りに行くことになった事情をグスタボに話して聞かせる。
「――……なるほどな。気持ちはわかる」
「じゃあ!」
「ただ出来なくもないが俺も最近忙しくてな。ほら、この間の魔灯石で注文が増えたんだよ」
質の良い魔灯石が採れたことによる受注の増加。
「できませんか?」
「そうだな、では一つ条件を出そう」
指を一本立てるグスタボ。
「確かに俺も忙しいが、ヨハンのおかげで儲けさせてもらったのも事実だ。だから売り物になりそうな物を考えてくれたらすぐにでも取り掛かろう」
「……それ、ズルくないですか?」
「何を言っておる。こっちも商売なのでな。その代わりタダでしてやろうというのだ。もちろんアイデア料も払おう」
「どうするサナ?」
「…………わかりました。ちょっと考えさせてください」
そうして王都内を歩きながら何かないかと考える。
「ごめんねサナ」
「ううん。向こうも商売なんだから仕方ないよ」
仮に木彫り細工職人の父に見知らぬ人物から提案を持ちかけられたところで何かしらの条件を提示していた。
「でもどうせなら月光草を使った何かが作れたらいいね」
「……うん」
もしそれが出来れば王都内に流通していない物をキッドはローラに贈れる。
しかし考えるにしても時間がない。
「ねぇサナ?」
「…………」
「サナ?」
「えっ? なに?」
「あれ、綺麗だよね」
「あれって……――」
ヨハンの視線の先には先日ナナシーが食い入るように見ていたガラス細工店。
(――……そういえば)
ナナシーが興味を示すのは人工物。自然を愛するエルフならではの興味。
「いろんな色を付けられるなんて凄いよね。どうやってるんだろ?」
「……ねぇヨハンくん?」
「ん?」
「それ、もらってもいい?」
「それって?」
月光草と掛け合わせた商品を思い付いた。
すぐにグスタボの工房に戻る。
「早かったな」
「はい。ガラス細工と月光草を掛け合わせてこんなのできないですか?」
サナは紙に書き表しグスタボに説明をしていた。
「何を思い付いたんだろう?」
ヨハンには何も説明されていない。内容を問い掛けても秘密なのだと。
「ふむ。なるほど、そういうひと工夫を入れるのか、面白い!」
「ですよね。じゃあお願いできますかね?」
「もちろんだ」
「じゃあ最初は二つお願いしますね」
「二つか?」
話に聞いている限りではキッドがローラに贈る分があればいいはず。
「はい。二つです」
そのままサナは後ろで待っているヨハンを見た。
「どうだった?」
「ありがとヨハンくん! ヨハンくんのおかげよ!」
「え? あ、うん、どういたしまして」
何かをしたつもりもないのだが喜ばれている。
帰り道、思っていた以上に話がすんなり進んだサナは上機嫌で鼻唄を歌いながら歩いていた。
(何を作るんだろう?)
そうして学生寮の門に着く。
「じゃあ僕は待っていたらいいんだよね? 本当にもう何も手伝わなくていいの?」
「うん、じゃあまた連絡するね!」
笑顔で手を振りサナは寮の中に入っていった。
◇ ◆ ◇
数時間後、陽が落ち始めている頃。
サナ達はキッドと待ち合わせのため王都の外に向かう。
「おっそいぞ姉ちゃん達!」
「キッド君、もう来てたの?」
「よっぽど楽しみなのね」
「最初はあれだけ不貞腐れていたのにな」
準備万端といった感じで待っているキッド。
その意気込みから張り切り具合が見て取れた。
「それで、一体どうするんだ?」
「うん、あのね、月光草っていう花を採りに行くわ」
「月光草?」
サナの返答を受けたキッドは一瞬ポカンとする。
「あの満月の夜に咲く花か?」
「知ってたのね」
「商人の息子なめんじゃねぇって」
「別になめてはないけど」
「でも……」
そんな花を採りにいったところでどうするのか想像もつかない。
「あっ、あと月光草はキッドくん一人で採って来てね」
「え? 別にいいけど?」
花を摘むぐらいの指示をされたところでどうってことはない。
そうしてサナに案内されるまま月光草が咲いている場所に向かった。
着いた先は王都近郊の小高い丘。辺りにはいくつもの岩が積み重なっている。
「あそこよ」
その岩の頂上をサナは指差す。
「えっ!?」
「約束通りキッドくん一人で採りに行ってね」
岩がいくつも重なり合うその頂上に月光草が咲いているのだと。
月光草が咲く条件、それは陽の光と月の光を多く浴びることが出来る場所にしか咲かない。
「お、俺一人であんなとこに?」
ガクガクと震える膝。落ちたら確実に怪我をする。
「冒険者になるのではなかったのかい?」
「確かにあれぐらい大したことないな」
大人であれば多少苦労はするだろうが頑張ればよじ登れる場所。身軽な者であれば楽勝。
しかしキッドのような子どもには難関にしか見えない。
「だいたい、キッド君がそのローラちゃんにプレゼントを送りたいのでしょ? ならある程度は自分でしなくちゃね。じゃあ頑張って!」
「……チッ、わかったよ」
「あれ、サナ? 月光草って一時間ぐらいしか咲いていないのじゃない?」
不意に口にするナナシーの言葉にキッドは目を見開いた。
「そうなのか!?」
「そうね。だからダメだったら今日は諦めましょ」
「な、何言ってんだ!」
もう月光草の蕾は開き始めている。実質今から一時間が制限時間。
慌ててよじ登ろうとキッドは岩に向かって走り出す。
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そうして時間が経ち、月光草は淡い桃色と輝かしい黄色の光を放ち燦々と夜空に向かって咲き誇っていた。
「く、くっそ!」
「ほら、早くしないと時間がなくなるよ?」
「わかってるよッ!」
既にキッドの身体は擦り傷や痣だらけ。
ただでさえ登りにくい岩なのに、こびりついた苔で滑って何度も落下してしまっている。
「いってぇっ」
傷の痛みを堪えながら転げ落ちては起き上がるということを繰り返していた。
「くそ! くそ! くそっ!」
それでもキッドは諦めることなく何度も立ち上がっては登る。涙を流しているのだが泣き言一つ言わない。
「サナも意地悪ね」
「どうして?」
その様子をナナシー達は黙って見ているだけ。
「だって私達の誰かが採りに行ってあげた方が早いじゃない。あのままだと時間切れになっちゃうわよ?」
「……そうね」
真っ直ぐジッとキッドを見つめているサナに疑問符を浮かべる。
「まず目的の一つに、これはキッドくんがローラちゃんに贈りたいっていう気持ちを込める必要があるの」
誰かが用意した物を手渡しても意味はない。キッド自身の気持ちを形にする必要があった。
「ふぅん」
その言葉にナナシーは全く共感出来ないでいる。
「ローラちゃんもきっとそう思っていると思うの」
「どうして?」
キッド自身が裕福ではない。むしろ貧困。そのキッドがお金で何かを用意したとなれば気を遣う。しかし自らの力で手に入れた物であるならばそうではない。
「それに、キッドくんもこれから生きていく上でこの経験はきっと必要になると思うの」
困難に向かって立ち向かうこと。得られる結果よりもその姿勢や過程の重要性。
それはサナ自身が誰よりも実感していること。
「そんなものなの?」
「そんなものなのよ」
幼い子供であってもあれだけ真剣に何かに打ち込めることがナナシーには疑問でならない。
(あれもあの子なりの譲れない何か、なのね)
時間制限が設けられる中、焦燥感に駆られながらもサナ達を頼ろうとしない姿勢。
それはサナと初めて出会った時の気持ちの入り方に近しいものをキッドから感じられる。
「あっ!」
「え?」
そこで不意に声を発すサナに反応してキッドに視線を向けた。
「……へぇ」
岩の頂上に立ち、月光草を手に持ち高々と掲げている少年を見てナナシーは笑みを浮かべる。
「やた、やった! やったぞ!」
既に傷の痛みなど一切感じない。必死に挑戦し続けたことによって得られた結果。
「また泣いてるの?」
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立ち上がり裾をパッパッと払うサナはナナシーに対して満面の笑みを浮かべていた。
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ガレオン帝国の名門貴族ノーベル家の長男にして、容姿端麗、眉目秀麗、剣術は向かうところ敵なし。
アレクシア・ノーベル、人は彼のことを千年に1人の逸材と評し、第3皇女クレアとの婚約も決まり、順風満帆な日々だった
騎士学校の最後の剣術大会、彼は賭けに負け、1年間の期限付きで、辺境の国、ザナビル王国の最底辺ギルドのヘブンズワークスに入らざるおえなくなる。
今までの貴族の生活と正反対の日々を過ごし1年が経った。
しかし、この賭けは罠であった。
アレクシアは、生涯をこのギルドで過ごさなければいけないということを知る。
賭けが罠であり、仕組まれたものと知ったアレクシアは黒幕が誰か確信を得る。
アレクシアは最底辺からの成り上がりを決意し、復讐を誓うのであった。
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