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学年末試験 二学年編
第四百七十 話 採寸と目論見
しおりを挟む王都に帰還していたのは日が暮れかかる頃。予定通り日帰りで帰って来ることができた。
そのままの足でドルドの鍛冶屋に向かう。
「すいません、ミライさんいますか?」
「あれ!? もう帰って来たの!?」
想定外早さでの帰還。帰って来るにしてももう少し時間はかかるものだと予想していた。
(うーん、重傷を負ったりすることはないとは思っていたけど、あそこのフォレストモスって一般の冒険者なら相当手こずるはずなんだけどなぁ。やっぱ凄いなこの子ら)
重篤な事態にならないだろうという予想どころか、見た感じ手間取ったようにも見えない。
「それで、あとはどうしたらいいですか?」
「そうっすねぇ。残りはこっちでできることばっかなんですけど……――」
ジーっとカレンの身体を見つめる。
「どうかしたのかしら?」
「――……いえ、採寸しなければいけないんすよ」
「あぁ。それもそうね」
当然の行い。ゆったりしたローブであってもカレンの為に仕立てるのだから。
「じゃあこっちきてくださいっす」
「ええ」
そうして別室にカレンを呼ぶ。
(採寸されるのなんていつ以来かしら?)
カサンド帝国に居た頃、記憶の中は幼少期まで遡る。
幼い頃は楽しく仕立ててもらっていたその衣装の数々だが、歳を重ねるにつれてアイゼンの態度の悪化から使用人たちも影響を受けてよそよそしくなっていっていた。
(今なら違ったんだろうな)
兄アイゼンの気持ちを知った今であればまた違った印象を受けるはず。しかしそれは叶わない未来。
少しばかり感傷的になりながらミライに続いて別室に入り、パタンと扉を閉める。
「じゃあ僕たちはドルドさんの鍛冶でも見学させてもらおうか」
「そうだな」
一心不乱に鉄を打ち続けているドルド。ヨハン達が来たことに気付きもしていない。
「ちょっと!」
背を向けた瞬間、不意に飛び込んで来る扉の向こうのカレンの声。
「え?」
何事かと思わず振り返った。
「んくっ、ど、どこ触ってるの!」
「どこって、採寸してるだけっすよ!」
「そんなところ必要ないでしょ!」
「そんなことないっすよ!」
「嘘言いなさいっ! って、ちょ、ちょ、ちょっとぉっ……」
「必要なんすよ! 必要なんすよぉ!」
漏れ聞こえる艶めかしい声。
直後、ギロリとモニカとエレナに睨みつけられる。
「さ、さぁってっと」
平静を装いながら別室に背を向けて聞こえない振りをした。そうしてすぐさまドルドの方へと歩く。
「あんたも早く行きなさいっ!」
「あたっ!」
鼻の下を伸ばして聞き耳を立てているレインの顔面に衝突するモニカの剣の鞘。
「なにやってるのレイン」
「い、いや、ついだな」
レインは鼻の頭を押さえて涙目になっていた。
「――……さ、採寸でそんなところ関係ないでしょ!」
「必要だから触っているんすよ! この身体、実にけしからんっ!」
「けしからんってあなたねぇ!」
「ええではないか、ええではないか」
「んっ、あっ、ちょ、あんっ」
「まったくぅ! 何食べて育ってきたんすか!? ウチも同じ物食べたら大きくなるんすか!?」
「し、知らないわよっ!」
未だにドタバタと聞こえる物音と声。モニカとエレナは顔を見合わせるなり互いに溜息を吐く。
(わたくしは必要ないですわね)
(私も作ってもらおうかとおもってたけど、やっぱりいいや)
共にミライに何かを仕立ててもらうということを今後の選択肢から除外していた。
「ふぅ。お待たせっす」
「はぁ、はぁ、はぁ…………――」
満足そうに満面の笑みのミライに対して疲労困憊のカレン。
「――……ほ、本当にこの人で大丈夫なん、でしょうね?」
「いやだなぁ。任せてくださいっすよ!」
ぺったんこの胸を力一杯叩くミライ。叩いたことですぐさま後悔の念を抱くのは、先程の感触と比べて。げんなりとする。
「ここまでしたのだから寸法違いとかの嫌がらせはやめてよ?」
「失敬な! いくらウチでもそんなことしないっすよ! 商売は信頼が一番大切なんですから!」
「どの口が言ってるのよ! どの口がっ!」
カレンはミライの両頬を力一杯引っ張る。
「い、いや、れも、ひひんとしわすのれ」
「ったく。これでしょうもないのが出来上がったら訴えてやるわよ」
大きく息を吐きながら手を離した。
「いたいっすよぉ」
「あなたのせいじゃない」
「大丈夫す。信じてください。お客様から頂いた仕事は無下には扱いません!」
「ほんとよねぇ?」
疑いが拭いきれず、ジッと真剣な眼差しを向ける。
「職人としての魂に賭けて誓うっす!」
「はぁ。魂を賭けてるのにあんなことしないでよ」
手の平を額に当てるカレン。呆れて物も言えない。本当に信じていいものなのかどうか。
「中で何やってたんだろな」
「そんなこと言ってるとまた叩かれるよ」
「死なばもろともさ!」
「はぁ。懲りないね、レインは」
すったもんだありながらもカレンのローブ作製のための準備を終え、帰る頃になってドルドがようやくヨハン達が来ていたことに気付いていた。
その帰り道、レインがふと立ち止まる。
「あっ」
「どうしたのレイン?」
「いや、俺ちょっと用事があったん思い出したわ。先に帰っててくれねぇか?」
「じゃあ僕も一緒に行こうか?」
「いいっていいって。今日は疲れたろ?」
「別に疲れる程でもなかったけど」
「ば、馬鹿言うなって! 疲れてるはずだ! 俺一人で行くからさ、先に帰っててくれ!」
どこか慌てふためいているレイン。
「いいじゃない。帰ろうよヨハン」
「そうですわ。せっかくですから何か食べて帰りましょうよ」
「う、ん。わかった。じゃあレインまたあとで」
「おう、じゃあな」
そうしてレインは背を向け走り去って行った。
「どこいくんだろう?」
疑問に思うのは、レインが向かった先は北地区の住宅街。
「いいから行くわよヨハン」
「うん」
「ええヨハンさん。レインはこれからしなければいけないことがありますの」
「しなければいけないこと?」
「ふふっ。採寸していないからサイズが合えばいいわね。まぁあの採寸ならしない方がいいかもしれないけどぉ」
「どういうこと?」
全く以て理解出来なかったのだが、モニカとエレナはレインの行動の理由を理解していた。
◆
「あれ? お一人でどうしたんですか?」
レインが向かった先はドルドの鍛冶屋。それも用事があるのはドルドではなくミライ。
「い、いや、ちょっとお願いしたいことがあるんです」
「はい?」
小首を傾げるミライ。これからカレンのローブを仕立てる準備に入ろうとしていた。
「今日持ってきた素材、ちょっと多かったと思うんです」
「確かに多いっすけど、もちろん余ればお返しするっすよ?」
そんなことを言いに戻って来たのかと。
レインは視線を彷徨わせながら言葉に迷う。
「い、いえ、その、余った繭で……別にもう一着服を仕立ててもらうことってできませんか?」
「ん?」
「もちろんお代は払います!」
「まぁそれはできるっすけど? 同じの二着もいるんすか?」
「あっ、いえ、さっきのとは別に、普通の服でいいんです。ちょっと知り合いに贈り物をしたいので……」
「んー?」
尚もレインの意図が理解できないミライは盛大に首を捻った。
「なんだお主、女性にプレゼントでも贈るのか?」
ミライの後ろで黙って話を聞いていたドルドが問い掛ける。途端に顔を真っ赤にさせるレイン。
その様子を見たミライは少し思案した後、ようやく理解した。
「なぁるほど。どっちの子っすか?」
「あっ、いや、さっきのあいつらじゃなくて、別の子なんです」
顔を赤らめたままレインは俯いている。
「その……エルフなんです……」
「ほぇ?」
「そういえばローファスが言っていたな、エルフが来ているとかなんとか」
「ぶふふっ。ふふっ。まぁ別にいいっすよ。もちろんカレン様のローブを優先しますが、息抜きがてら仕立てておきますね」
「ありがとうございます!」
「それで、デザインの希望とかあるんすか?」
「そいつ、王都に来るの初めてで、色んな物を嬉しそうに見てるんです。でも、エルフだからやっぱり自然との調和がある方がいいので、その辺りを上手くバランスを取って欲しいんです」
「……結構難しい注文するっすね」
「…………すんません」
「仕方ないっすね、まぁ青春してるみたいなんで了解っす」
ニヤニヤとレインを見るミライ。
そうしてカレンのローブを作る裏ではレインがナナシーに贈るプレゼントが準備されることになっていた。
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