S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

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学年末試験 二学年編

第四百七十七話 閑話 レインとナナシー⑥

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ナナシーを屋敷に送り届けるその帰り道。

「ねぇ、お兄さんと仲直り出来たのは良かったけど、最後の方三人で私のことを見て何を話していたの?」
「あっ、あれは………」

どう答えたらいいのかわからずつい口籠ってしまうのだが、これはこれでまたとない絶好の機会。未だに渡せずにいた左手の紙袋。

「あれは、ナナシーのおかげで兄貴に謝ることができたって話していたんだ。そしたら兄貴がナナシーに何かお礼をしなけりゃって言うから……」

この期に及んで未だに兄の名前を出す始末。我ながら情けないの一言。

「えー。お礼なんて別にいいわよ?」
「そ、そういうわけにはいかないって!」

どういう経緯を辿ろうとも渡すことが最大の目的。手段は選ばない。

「それで、これ、その……」
「?」

差し出される紙袋。

「あれ? これってレイン、最初から持っていたわよね?」

疑問に思いながらも受け取るナナシー。

「見てもいい?」
「あ、ああ」

そしてナナシーはその紙袋に手を入れ、中に入っていた物を取り出した。

「これって?」

手に持つ手触りの良い衣服。深い緑と綺麗な白で編まれたこれが上質な物なのだということはすぐにわかる。

「そ、そそそそれはだな、じじじ実はそれ」
「どうしたのレイン、落ち着いて!」

突然慌てふためき動揺するレインに対して、一体何事かという反応を示すナナシー。

(確かにそうだ、落ちつけ俺!)

大きく深く息を吸い込む。

「ふぅ。い、いや、この間フォレストモスから繭を採ってくる依頼を受けてだな」
「それってカレンさんのローブのことよね? 確かにすっごい綺麗だったわねアレ」
「いや、うん、まぁそうだな」

ナナシーもそのことは話には聞いていた。屋敷に持ち帰ったそのローブの仕上がり具合は見事としか言いようがなかった。

「それで、余った絹糸でこれを作ってもらったんだ」
「もしかして、新しい商品にするつもりだった?」

話の流れからして、コルナード商会に持ち込むつもりだったのかと。身内であれば流通に乗せることぐらいわけはない。

「え?」
「だったらそんなのもらえないわよ」
「は?」

ようやく渡せた贈り物を即座に突き返される。

「だってそれってつまり、レインがお兄さんと仲直りするために用意したってことよね?」
「あっ、いや」
「そんな大事なものを受け取るわけにはいかないわ。今からでも間に合うわ。もう一度持って行って。ね?」

兄をだしに使ったレイン自身のせいとはいえ、壮大な勘違いを生んでしまった。

「ちがっ……」

レインとシャールの関係が良くなったことを喜んでくれたことによる笑顔。今も間違いなく笑顔を向けられているのだが、見たかったのはそんな笑顔ではない。こんな気を遣ってもらうような、笑顔の種類がまるで違う。

「ほら、はやく」
「ち――」
「ここからなら私一人でも帰れるから」
「あっ……」

振り向いて再び帰路に着こうとするナナシー。見知った道に出て来ているのですぐさま歩き始めていた。

「だから違うんだって!」

制止させるためとはいえ、思わず大声で叫ぶ。道行く人たちも一体何事かと往来の歩みを止め、視線を一身に浴びていた。その空間だけ時間が止まってしまったかの様。

「な、なに? いきなり大きな声なんか出しちゃって。注目されちゃってるじゃない」

帽子を深く被り直しながら、なんでもないとばかりに周囲に軽く頭を下げつつ笑顔で手を振るナナシー。その様子を見た周囲の人たちは何も起きていないのだと歩みを再開する。

「あー、びっくりした。それで、何が違うの?」

俯いているレインの顔を覗き込むようにするナナシー。

「や、だから、その、ごめん、嘘……ついた」
「うそ?」

時間がないのだと、早く屋敷に帰らないとイルマニに叱られる羽目になるのだというのに、それをここではおくびにも出さずに付き合ってくれる辺り、やっぱり優しいなと実感する。こうして心配そうにされることもまた申し訳ない。

「うそって? なんのこと?」

どのことを差してうそと言っているのか、ナナシーには見当もつかない。

「あのさ、これなんだ」

突き返された衣服を軽く持ち上げる。そうして真っ直ぐにナナシーの目を見た。

「これさ、本当は元々最初からナナシーに贈るつもりで用意したんだ」

突き返された衣服を握る手にギュッと力が入る。

「じゃあ、うそっていうのは?」
「すまん。恥ずかしくてつい兄貴を引き合いに出しちまった。兄貴だなんだとかそういうのは全部、全部口実に使っちまった」

元々は一方的な贈り物。それでも今日一日だけでもナナシーからはもらってばかり。現物などではない。形に残る物ではない。それでもしっかりと胸の中に抱くこの気持ち。
はっきりと伝えたいという気持ちを踏み出すために後押しする力。今正にこの場に於いても、先程兄に対して向き合ったことにしても、言葉にして伝えるために用いられる勇気という力。

(そうだ、そうだったよ)

そもそもナナシーから貰ったものは他にもあった。もっと言えば、初めて出会ったその時にも貰っているモノがある。

(あの時、ナナシーと出会っていたからこそ)

もう一度会うことがあれば成長した自分を見せたいという根本的な部分。初めて抱いた感情。弱い自分を奮い立たせた、より強くなりたいという根幹の部分からしてもそう。

(ほんと、自分勝手だけどな)

それはナナシーが全く意図していないことであり、レインが勝手に抱く淡い気持ちなのだが、確かな活力としてレインの心中に湧き上がっているのだから。

「だから……――」

はっきりと、真っ直ぐにレインはナナシーの表情をその眼に映す。
可憐な容姿は変わらず、今のように首を傾げている姿も、先程まで向けられていたいくつもの異なる笑顔も、普段接する意地悪な態度も、その全てが思い出せる。当たり前であって当たり前ではないエルフという人間とは違う種族なのだということ。

「――……これはナナシーに受け取って欲しい。俺からの気持ちとして」

雑踏の音と共に置き去りにされるのは羞恥。どこに置き忘れてきたのか、体温の上昇を意識の片隅で自覚しながらもしっかりと言葉にして伝えることが出来た。

「そっか……」

そっと受け取られる二度目のやり取り。
俯き加減で表情はよく見えない。喜ばれるのか、それとも困らせたのか。不意に怖気が襲い掛かって来る。

「……そんなに言うなら、もらってあげる」

すぐに答えは出た。
パッと顔を上げるナナシーは満面の笑みを浮かべていた。思わず見惚れる程のその笑顔。これまで見せてくれたどの笑顔と比べても一際輝いていた。それが錯覚なのかどうなのか定かではないのだが、そんなことはどうでもいい。

「さっきはああ言ったけどね、実はね、これすっごい欲しかったの」
「…………」

広げて身体に押し当てるナナシーは嬉しそうにひらひらと左右に振っていた。

「そ、そっか」

一言返すだけで精一杯。
無邪気に喜ぶさまを見ながら、置き忘れてきた羞恥が一斉に襲い掛かってくるのだが、それでもそこから視線を外したくない。熱が暴走しそう。

「そんな風に言ってくれると素直に嬉しいなぁ。ねぇレイン、知ってた?」
「え?」
「エルフはね、自然の中にある物で作られた服を好むのよ」
「そ、そらもちろん」
「そぅ。それもフォレストモスの絹糸で作られたものなんて里にも滅多にないわよ。そもそも里から出ないとフォレストモスのところになんて行けないからそれも当然なのだけどね」

世界が狭い種族だからこそ、人間の世界の勉強をしたからこそ、その貴重さがわかる。
想定以上の喜びを見せることに驚きを隠せない。

「ありがとね、レイン」
「い、いいってことよ」
「じゃあ次も期待してるね」
「そんなぽんぽん物を贈るかっての」
「えー、けちねぇ」
「言ってろ」

いつも通りの軽快なやりとり。
屈託のない笑顔を見てレインも十分な満足感を示した笑顔を返した。

「――……あれって?」

その二人の様子を、遠く雑踏の隙間から見ている人物がいる。聞き覚えのある声が聞こえてきたことから気になって歩いて来た結果、不意に視界に飛び込んでいた。

「……レインと、エルフ?」

レインは間違いなく見紛うことが無くレインであり、正面に立って嬉しそうに衣服をあてがっているのは、帽子を被っているとはいえナナシー。見間違えるはずもない。

「二人で……出かけていた?」

過る疑問が胸の中を掻き毟る。不安が込み上げてくる。

「マリン様?」
「っ!」
「どうかされましたか?」
「なんでも、ないわ!」

マリンは唇を噛み締めながら早足で歩き、疑問符を浮かべるカニエスを追い越していた。

「ま、マリン様! お待ちください! 急にどうされたのですか!?」

カニエスが慌ててその背中を追いかけながら雑踏の中に姿を消していく。





「いい加減、決まりを守って頂かないと」
「申し訳ありません」

怒り心頭のイルマニ。屋敷に戻る予定の時間を大きく越えてしまっていた。

「すいませんイルマニさん、俺のせいで」
「レイン様のせいであるとか、そういう問題ではありません。ここではナナシーは使用人見習いとして従事しているのですから」
「うぐっ!」

ぐうの音も出ない程の正論。

「はい。今後はこのようなことがないよう気を付けます」
「以前にも同じことを聞きました。ヨハン様とご学友であるとはいえ、公私は使い分けて頂きませんと」
「はい。重ね重ね申し訳ありません」
「まったく、あなたは。楽しいのはわかりますが――」

こんこんと説教をするイルマニ。俯いて謝罪の意を示すナナシー。

「お、おい、お前からも何か言ってくれよ」
「大丈夫だよ。ほら」
「ん?」

ヨハンに言われるがままナナシーに視線を向けると、頭を下げているナナシーがチラリと目線を動かして軽く目が合う。

「ったく」

思わず呆れてしまった。
小さく口角を上げるナナシーは軽く舌先をだしている。

「イルマニには言いたいことを言わせたらナナシーはいつもケロッとしてるからさ」
「なんだよ、心配して損したぜ」

反省する振りをする処世術なのだと。

「でも、なんで遅れたの?」
「あっ、いや、そりゃあまぁ……」

キョロキョロと周囲を見回し、ヨハンに小さく耳打ちする。誰が聞いているわけでもないのに。

「へぇ、そうなんだ。でも喜んでくれて良かったね」
「まぁ、な」

羞恥がぶり返し、レインは思わず頭をポリポリと恥ずかし気に掻いていた。

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