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紡がれる星々
第四百八十一話 カールス・カトレア侯爵(後編)
しおりを挟む「無理を言ったようですまんなヨハン」
「いえ、カレンさんも丁度良い息抜きになると思いますし」
見知らぬ土地に来て、公務がないとはいえ貴族間の交流に顔を出していることもあり気疲れすることもある。
(ルーシュ様と同じぐらいの年頃だしね)
セリスの見た目の感じ。あれだけ弟のことを想っていたカレンが、弟と離れて暮らすことを寂しいと思わないはずはない。以前尋ねたことがあった時には笑って誤魔化されていたのだが、本心ではないことぐらいわかっていた。
「それにしても、アインツの冒険譚かぁ」
感慨深げに思い出すその絵本。
「ゴホンッ。それにしても、今回は色々と大変だったそうだな。試験のことは既に噂になっている」
「え? あっ、はい」
カールスは軽く咳払いをして話題を変える。
「だが、おかげで一層に評価を高めたぞ」
思い出すその試験のこと。
「でも……」
素直に喜べないのは問題も多く起きている。魔王の一件がその最たるものなのだが、シーサーペントによる人的・物的な被害にしてもそう。それに魔族に転生したゴンザにしても気にはなっていた。
「…………以前」
若干重い空気が流れる中、カールスがゆっくりと口を開く。
「私が言ったことを覚えているか? 初めて会った時のことだが」
「はい。確か、命を粗末にするな、と言われたかと」
飛竜討伐の翌日王宮で訪室された際のこと。我ながら無茶な戦い方をしたものだと今思い出してもそう思えた。
「その通りだ。先程のアインツの冒険譚、あの話の中にもそういった類のことは出て来るな?」
先程自身で話題を変えたにも関わらず、引き合いに持ち出すカールス。
「えっと、そうですね」
話の中に出てくる展開で多いのは、主に無茶をするアインツをエルネアが制止するというもの。時にはエルネアが危機に陥り、それをアインツ達が助けに行くというものもあるのだが、そこにあるのは二人の愛情。それに加えてガンドロフやシルフィ達の仲間としての繋がり。絆。
元々自分達のパーティー名をキズナにしたのもそこから由来していた。名前と言われて考えたのは、憧れから即座に思いついたのが仲間としての絆を大事にしたいという思いから。アインツの冒険譚のような冒険をしてみたい。
「事情は色々とあるだろうが、お前だけの命ではない」
「……はい」
身に染みてわかっているつもり。カサンド帝国でこれまで経験したことのない事態に巻き込まれ窮地にも陥っている。
「……でも」
「でも?」
カールスからの忠告も今では以前よりも理解している。
それでもはっきりとした決意の眼差しを持ってジッとカールスの目をしっかりと見つめる。
「僕に誰かを守る力があるのだとすれば、僕はその力を惜しみなく発揮したいです。大事な仲間を守れるのだとすれば尚更」
反省はしているが後悔はしていない。
その決意をはっきりと受け取ったカールスは大きく溜め息を吐いた。
「血は争えんということか」
「え? なんですか?」
小さく呟かれた言葉はヨハンの耳には届いていない。
「いや、なんでもない」
「私からもキミに質問をしてもいいかい?」
ニヤニヤとしているレイモンド。
「質問とは?」
「単刀直入に言おう。カレン様を正妻とするならば、側室は設けるのかどうか、ということだ」
「なっ!?」
突然の質問にカールスが驚きに目を見開く。
「あのセリス、あれは将来良い女に育つだろう。よければどうだ?」
「あの……一体どういう?」
「言葉の意味のままなのだが?」
「お前は何を言っておるのだ!?」
慌てて口を塞ごうとするカールスをレイモンドは意にも介さずに腕を伸ばして制止させていた。
「わからないか?」
「すいません。僕の勘違いでなければですが、申し訳ありませんがお断りさせて頂きます」
「ほぅ。どうしてだ?」
ピタと動きを止めてヨハンの言葉に耳を傾けているカールス。
「まず、第一に僕は学生の身であります。そういったことを今は考える余裕がありません」
「カレン様を婚約者としているのにか?」
「それは成り行き上ではありますが、二つめの理由がそれです」
僅かに言葉を詰まらせる。果たしてどうしたらいいものなのかという答えは出てはいないのだが、わかっていることは確実にあった。
「カレンさんを悲しませるようなことは、僕はしたくないんです」
婚約者だとはいえ、互いの気持ちの確認を明確にしたわけではない。それでもその立場は間違いなくカレンの為にあるもの。抱く淡い気持ちも確かに持ち合わせている。
「とはいっても、まだあんまり僕そういうことはわからないんですけどね」
苦笑いしながら返した。その返答を受けたカールスとレイモンドは顔を見合わす。
「もう少し大人になってから考えます。今はやらなければいけないこともありますので」
将来のことよりも、今をどうするか。そう思い至り、僅かに脳裏を過ったエレナの顔。
(父さんと母さんどうしているんだろう?)
思い出すのは、しばらく前に王都を出た両親達。話によれば近い間に何かしらの動きはあるかもしれない。この問題を先送りにするわけにはいかない。
「わかった。その様子なら安心だな」
「え?」
不意に耳に入って来たカールスの声。思わずぼーっと考え事をしてしまっていた。
「こいつが困らせるようなことを言ってすまんな」
「いえ、大丈夫です。本当に申し訳ありませんレイモンドさん」
「かまわんさ。それよりも私はカールスの反応を見れたので十分に満足している」
「貴様っ! もしやそのために連れて来たのか!?」
「半分だけだ。セリスは確かにカレン様に会いたがっていた。しかし惜しいの。アレは本当に良い女に育つというのに」
「くっ! お前という奴は!?」
「お前の自慢に付き合ってやったのだ、それぐらい構わんだろ?」
言い合う二人の様子をただただ眺めているだけしかできなかったのだが、イルマニがそっと耳打ちする。
「カールス様とレイモンド様は幼い頃からのお付き合いですので、これはいつものことでございます」
「あっ、そうなんだ」
「それよりも、あちらを」
スッと目線を走らせるイルマニは応接間の扉に向けて。半開きになっていた。
「カレンさん? どうしたんですかそんなところで?」
扉の外に僅かに見えるのはカレンの姿。立ち上がり、扉をゆっくりと開ける。
「えぁっ!?」
「カレン様? もう入ってもよろしいのでしょうか?」
本を抱きしめながら疑問符を浮かべているセリスはカレンを見上げている。そのカレンは手を動かし、パタパタと熱を下げるように顔を扇いでいた。
「ちょ、ちょっと待って。もうちょっとだけ」
「……はい」
書斎にはアインツの冒険譚があり、ヨハンにも見せに来ている。
しかし、扉を開けたところで先程の会話を耳にしたカレンはヨハンの言葉を耳にして圧倒的な羞恥が襲い掛かってきていた。
それからというもの、若干不満気にしているカールスがいる中、セリスが持って来たアインツの冒険譚を読んで寛ぐことになる。
「――――すいません。長居しまして」
「かまわないさ。自分の家のつもりでこれからも遊びに来るといい」
「ありがとうございます」
笑顔のカールス達に見送られ侯爵邸を後にした。
「――……なるほどな。貴様が自慢したくなる気持ちもわからないでもない。二人によく似ている」
「ふんっ」
遠く見えなくなった馬車を見送り尚も玄関で残影を見ているカールスとレイモンド。
「良かったではないか。真っ直ぐに育っているようで。あれだけ反対しただけに素直になれないし、今さら周りにどう言おうかということもあるだろうが必要であれば協力ぐらいはしてやるぞ?」
「そんな時が来るようであればな。確かにお前はそういうのに慣れているだろうからな」
「そうだな。アレを養子に取る時は周りに散々言われた。しかし結果は出している。文句があるようなら黙らせればいいだけさ」
「変わり者め」
「貴様程ではないさ。さぁセリス。冷えて来たから中に入ろうか」
「はい、おじい様」
レイモンドとセリスが館内に入る中、カールスは夕陽がかった空を見上げる。
「これから大変だぞヨハン。時にはねじ伏せることも必要になろう」
憂いを帯びながらも、フッと笑みを浮かべた。
「アイツの血がまさしくあればその辺りは問題なかったな」
思い出す無茶な行いをする男に嫌悪感を抱きながら、同時に信頼も得ている。
そうしてカールスも館内へと入っていった。
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