490 / 724
紡がれる星々
第四百八十九話 不意討ち
しおりを挟む
「――ぐあっ!」
「がはっ」
騎士の集団である最後方に位置しているグズランのその遠くでは、呻き声を上げてバタバタと倒れていく騎士達。
「な、なにが起きている?」
遠目に見えるだけなのだが、明らかに異常な事態が起きている。
「駄目です! もう分隊五つが倒されています! 残るはこの本陣を守る最後衛と中継部隊だけです!!」
「ば、バカなっ!? 一体どうしてそのようなことになった!?」
「わかりません! あの学生達の強さが異常だとしか…………」
問い掛けるものの、その場を見渡す幾人もの騎士の誰もが答えを持ち合わせていない。
(ど、どういうことだ!? いくらなんでも早過ぎる!)
確かに前衛部隊が倒されることはいくらか覚悟はしていた。しかし開戦の合図からまだそれほど時間が経っていない。万全の態勢、慎重に慎重を期して臨んだはずだった。それだというのに既に前線は混乱の様相を呈している。
「――まったく、あの子達は相変わらず凄いわね」
小さく独り言を呟きながら、正面から迫る騎士から振り切られる剣を易々と避けるのはカレン。
「この程度、兄さんには遠く及ばないわ」
持っている杖の先端を光らせ、微精霊の力を集束して放たれるのは波動。
「ぐはっ!」
飛来する波動の直撃を受けた騎士は仰け反り倒れる。
「それにしても、どうにもこれは追い付けそうにないわね」
見渡す戦局は騎士達に動揺が広がっており、前衛は既に崩壊するだけでなく絵に描いたようにして混乱していた。
「これだけの実力者が一つのパーティーに集まるなんて、これも巡り合わせなのかしら」
残るは中継部隊と後衛本陣。数にして四十人程。
しかし油断できないのは、後衛は見た感じ中級騎士で構成されており、不用意に飛び込めば窮地に陥る可能性がある。
「――ここはいい! とにかく今すぐ加勢に入れ!」
響き渡るグズランの怒号。
「個々では勝てないのはわかった! 力と数で押せ! 押しきれっ!」
本陣を守る部隊にも広がる動揺。すぐに対応を切り替える。
グズランの声に呼応するようにして、後方に控え差していた中級騎士及び上級騎士は僅かな逡巡を挟んだ後に駆け出した。
「もうあんなところまで。この分だとあの三人かしら」
カレンの視界の奥には素早く動き回って騎士を薙ぎ倒しているモニカとニーナとエレナ。遅れてレイン。
「あら? そういえばヨハンは?」
ふとヨハンの姿が見当たらない中、どこにいるのかと視線を周囲に向けようとした瞬間、不意に得る強烈な気配。
「っ!」
即座に後方に飛び退く。
「今のを避けるか」
明らかに出で立ちが他の騎士と異なる重厚感の漂う気配。
「あなたは?」
「申し遅れました。私は第六中隊で小隊長を務めるコマンと申します」
堂々とした佇まいは威厳さえ感じさせた。
「たとえ皇女殿下といえども、ここは戦場。お覚悟を」
「へぇ。それであの子達には敵わないと判断してわたしを狙いにきたのね。もしかして王国の騎士は臆病なのかしら?」
「なんとでも思って頂いても構いませんが、これも戦略」
「……聞かせてもらっても?」
目つきの鋭さからして、臆病などとはとても遠い。挑発にも応じない辺り、気力も充実している。カレンの眼を見るコマンはゆっくりと口を開く。
「…………まず、あなた様の能力は厄介そうでしたので。大規模魔法でも使われればひとたまりもない。それに、どうやら自身の力を過信しているようですね。こうして魔導士を一人置き去りにするところを見ると」
コマンが視線を向ける先にあるカレンの杖。それが示すのは魔法を重視している戦闘スタイルということ。
確かに大規模魔法も使えないこともない。しかしとはいうものの、味方も入り乱れているこの状況の中で行使することなどよっぽどの事態が起きない限り使用できない。それでもコマンからすれば、混乱の中で遠距離攻撃をされればさらに大きな混乱を招く。
「ですので、その余裕を粉砕するため、最初に倒させて頂きます」
「一応最初のだけは褒め言葉として受け取っておきますが、でもそれはあなたがわたしを倒せればの話よね?」
「近距離戦であればこちらに分があるのはわかっております」
そのままコマンがチラリと視線を向けるのはモニカ達へ。まるで自分の隊である騎士達が全く相手になっていない。正直なところ、内心ではあのような学生達が存在することに怖気すら抱いていた。その上で可能性の模索。
「いくらなんでもあなた様が倒れたのを確認すれば隙も生まれようというもの」
導き出した答えが魔導士、正確には精霊術士であるカレンは他よりも身体能力では劣るだろうという判断。
(なるほど。冷静に戦局を見極められているわね)
この混乱の中で、適切な手段を講じるその判断力は見事としか言いようがない。
(でも、わたしもこんなところで負けるわけにはいかないわ)
既に前方遠くに見える彼の仲間達があれだけ戦えているのだから、後れを取るわけにはいかない。
「そこは通らせてもらいます」
「失礼ながら愚者の行い、退かないことが時には蛮勇であることはご存知だとは思いますが」
「もちろんよ」
「無用な言葉でございましたな。では参ります」
周囲に幾人もの騎士が倒れている中、じりッと地面を踏みにじる騎士コマンは僅かに視線を落とす。
(?)
戦端が開かれたにも関わらずすぐさま視線を落としたこと、その様子を不思議に思うカレンなのだが、今なら先手を取れる。周囲に倒れている騎士達を気にしたのか、それとも他の何かか。とにかく、何に気を取られようともここは相手から目を離すべきではない。
(先手必勝!)
なにより、自身の身体能力を見誤っている辺りが目の前の騎士コマンの目算の悪さ。
確かにヨハンを始めとして、エレナやモニカのような超人的な戦闘を繰り広げることはできないが、それでも下級騎士程度では相手にならない身のこなしを発揮する自信はあった。カサンド帝国に於いても基礎の剣術や体術は一通り習得している。
「なっ!?」
しかし、駆け出した次の瞬間にカレンは驚きに目を見開いた。
目の前には木剣が迫って来ている。クルクルと宙を舞い。
想定外の動き。これほどに熟練さを窺わせる騎士が、落ちている木剣を蹴り上げてくるとは思ってもみなかった。
およそカレンが知る騎士とは程遠いその行い。騎士としての誇りもあったものではない。
がしかし、先程コマンが言った言葉が甦る。
『――ここは戦場』
先入観による油断。
まさかの行いに反応が一瞬遅れた。それでもなんとかギリギリのところで眼前に迫った木剣に対して僅かに顔を逸らして躱す。
「っ!」
ピッと頬を鋭い痛みが伝った。
思考が迷いを抱かせ、駆け出していた足を止める。もう少し冷静な判断力があればそこは足を止めずにそのまま勢いに任せて進むべきだったのだが、ほんの一瞬の迷いが判断を鈍らせた。
「しまった!」
立て続けに眼前に迫るのは、既に振り下ろされようとしているコマンの剣。躱すことも受け止めることも間に合わない。
「うおおおおおおおっ!」
自尊心など投げ出した行い。今は相手を倒しきることがコマンとしては最優先。それ程に隊は窮地に陥っている。
そしてそれは狙い通りにカレンの隙を生み、コマンはカレンの顔面を的確に捉えていた。
渾身の一撃を喰らうことを覚悟するカレンは後悔の念を抱きながら思わず目を瞑る。
「ッ……――」
しかし、コマンの唯一の見落とし。というよりも甘く見積もっていたことがあった。
一秒にも満たない間、それは本来であれば既にコマンの木剣がカレンに到達している時間。
だというのに何の衝撃も受けない。
「――……あ、あれ?」
痛みが訪れないことと小さな呻き声が耳に入って来たことを不思議に思い、瞑ってしまった目を片目だけゆっくりと開ける。
「えっ!?」
そこでは全く以て予想だにしていないことが起きていた。
カレンが目を開けると、先程まで対峙していて目の前に迫って木剣を振るった騎士が倒れている。
「えっと……?」
困惑するのは、それと同時に、つい先程探していた人物が目の前に姿を見せていた。
「大丈夫だった? カレンさん」
「え、ええ」
「今のはちょっと危なかったよね」
「あ、ありがと。えっ? でもヨハン、どうしてここに?」
助けてもらったのだということは理解できる。しかし前線に向けて駆け出していたはずのヨハンが何故目の前にいるのか理解できない。
「あぁ……――」
ぽりぽりと指で頬を掻いているヨハン。
「――……すいません。ちょっと僕もうっかりしてたなって」
「うっかり?」
「いや、うん、まぁ。カレンさんの体術は信用してるんだけど、中には結構手練れもいるみたいだね。この人にしてもそうだけど、やっぱり実戦慣れしている感じがあったから。だからもしたからカレンさん危ないかなぁって。それで丁度今ここに。でも良かった。間に合って」
「あっそう……」
俯き加減に答えるカレン。
「もしかして、余計なお世話でした?」
「う、ううん。そんなことないわ」
「怒ってます?」
「べつに」
声色と俯いて見えない表情からしてヨハンからすればどうみても怒っているようにしか見えない。返答と態度が一致しない。
「なんだかごめんなさい」
「い、いいから、気にしないでいいわよ」
「そうですか? あと、それとなんですけど」
「?」
ヨハンはカレンの頬にそっと手をかざす。
ポゥッと白い光がほんのりとカレンの頬を包み、先程コマンに付けられた傷が消えていった。
「治癒魔法で傷を治すことはできますけど、やっぱり女性の顔に傷ができるのってダメだと思うんですよね。ティアとの約束もありますし」
「――っ!」
約束。その言葉が何を差しているのかということはわざわざ掘り下げて聞かなくともわかる。
未だに顔を上げられない。真っ赤になってしまっていることは鏡を見なくとも体温の上昇が自覚させていた。
「…………」
「他にもどこか痛みますか?」
肩と腕を触られ、ジロジロと怪我をしている場所がないかと探られる。
(む、無理! もう無理! 耐えられないっ!)
これ以上優しくされると戦闘とは別の意味で倒れてしまいそうだった。
「カレンさん?」
「も……――」
「も?」
「――……も、もういいから! ありがとう! 助かったわ!」
グッと腕を伸ばしてヨハンを離す。
「でも、具合が悪いなら」
「ほ、ほらっ、早くしないとグズランを他の子に倒されちゃうわよ?」
助けに来てくれたまでは平静でいられた。それは戦力を考慮してのヨハンの判断だからだと。
実際、実戦に於いても適材適所で戦力を配置するのは当たり前。臨機応変、即時対応をするのは戦闘の常。
しかしこれ以上身体を近付けられると体温の上昇を悟られ、心臓の鼓動が聞かれてしまうのではという不安が過る。それどころか、こんな大事な戦闘中であるというのに、感情が溢れてきて抑えきれない。
「だ、大丈夫!」
パンッと両手で頬を叩き、起き上がるカレン。すぅっと大きく息を吸い込む。
「もう油断はしないから、任せて」
軽く吐き出して、振り絞るようにしてニコリと笑みを浮かべた。そのままヨハンの身体を半回転させると背中をそっと押す。冷静に、冷静に、と心の中で必死に言い聞かせながら。
「まぁ、僕としては誰が倒したとしても問題はないんですよね」
「そんなこと言ってると、追い付けないわよ?」
「そうですね。追い付けそうにないですね、流石にアレは」
「え?」
どういうことなのかと、ヨハンが向けている視線の先をカレンも追うようにして見る。
「あっ……」
そうしてどういう意味なのかということはそこですぐさま理解した。
視線の先、離れた場所は目的の場所。指揮官であるグズラン・ワーグナーのところへモニカが到達しており、丁度倒しているところだった。
「がはっ」
騎士の集団である最後方に位置しているグズランのその遠くでは、呻き声を上げてバタバタと倒れていく騎士達。
「な、なにが起きている?」
遠目に見えるだけなのだが、明らかに異常な事態が起きている。
「駄目です! もう分隊五つが倒されています! 残るはこの本陣を守る最後衛と中継部隊だけです!!」
「ば、バカなっ!? 一体どうしてそのようなことになった!?」
「わかりません! あの学生達の強さが異常だとしか…………」
問い掛けるものの、その場を見渡す幾人もの騎士の誰もが答えを持ち合わせていない。
(ど、どういうことだ!? いくらなんでも早過ぎる!)
確かに前衛部隊が倒されることはいくらか覚悟はしていた。しかし開戦の合図からまだそれほど時間が経っていない。万全の態勢、慎重に慎重を期して臨んだはずだった。それだというのに既に前線は混乱の様相を呈している。
「――まったく、あの子達は相変わらず凄いわね」
小さく独り言を呟きながら、正面から迫る騎士から振り切られる剣を易々と避けるのはカレン。
「この程度、兄さんには遠く及ばないわ」
持っている杖の先端を光らせ、微精霊の力を集束して放たれるのは波動。
「ぐはっ!」
飛来する波動の直撃を受けた騎士は仰け反り倒れる。
「それにしても、どうにもこれは追い付けそうにないわね」
見渡す戦局は騎士達に動揺が広がっており、前衛は既に崩壊するだけでなく絵に描いたようにして混乱していた。
「これだけの実力者が一つのパーティーに集まるなんて、これも巡り合わせなのかしら」
残るは中継部隊と後衛本陣。数にして四十人程。
しかし油断できないのは、後衛は見た感じ中級騎士で構成されており、不用意に飛び込めば窮地に陥る可能性がある。
「――ここはいい! とにかく今すぐ加勢に入れ!」
響き渡るグズランの怒号。
「個々では勝てないのはわかった! 力と数で押せ! 押しきれっ!」
本陣を守る部隊にも広がる動揺。すぐに対応を切り替える。
グズランの声に呼応するようにして、後方に控え差していた中級騎士及び上級騎士は僅かな逡巡を挟んだ後に駆け出した。
「もうあんなところまで。この分だとあの三人かしら」
カレンの視界の奥には素早く動き回って騎士を薙ぎ倒しているモニカとニーナとエレナ。遅れてレイン。
「あら? そういえばヨハンは?」
ふとヨハンの姿が見当たらない中、どこにいるのかと視線を周囲に向けようとした瞬間、不意に得る強烈な気配。
「っ!」
即座に後方に飛び退く。
「今のを避けるか」
明らかに出で立ちが他の騎士と異なる重厚感の漂う気配。
「あなたは?」
「申し遅れました。私は第六中隊で小隊長を務めるコマンと申します」
堂々とした佇まいは威厳さえ感じさせた。
「たとえ皇女殿下といえども、ここは戦場。お覚悟を」
「へぇ。それであの子達には敵わないと判断してわたしを狙いにきたのね。もしかして王国の騎士は臆病なのかしら?」
「なんとでも思って頂いても構いませんが、これも戦略」
「……聞かせてもらっても?」
目つきの鋭さからして、臆病などとはとても遠い。挑発にも応じない辺り、気力も充実している。カレンの眼を見るコマンはゆっくりと口を開く。
「…………まず、あなた様の能力は厄介そうでしたので。大規模魔法でも使われればひとたまりもない。それに、どうやら自身の力を過信しているようですね。こうして魔導士を一人置き去りにするところを見ると」
コマンが視線を向ける先にあるカレンの杖。それが示すのは魔法を重視している戦闘スタイルということ。
確かに大規模魔法も使えないこともない。しかしとはいうものの、味方も入り乱れているこの状況の中で行使することなどよっぽどの事態が起きない限り使用できない。それでもコマンからすれば、混乱の中で遠距離攻撃をされればさらに大きな混乱を招く。
「ですので、その余裕を粉砕するため、最初に倒させて頂きます」
「一応最初のだけは褒め言葉として受け取っておきますが、でもそれはあなたがわたしを倒せればの話よね?」
「近距離戦であればこちらに分があるのはわかっております」
そのままコマンがチラリと視線を向けるのはモニカ達へ。まるで自分の隊である騎士達が全く相手になっていない。正直なところ、内心ではあのような学生達が存在することに怖気すら抱いていた。その上で可能性の模索。
「いくらなんでもあなた様が倒れたのを確認すれば隙も生まれようというもの」
導き出した答えが魔導士、正確には精霊術士であるカレンは他よりも身体能力では劣るだろうという判断。
(なるほど。冷静に戦局を見極められているわね)
この混乱の中で、適切な手段を講じるその判断力は見事としか言いようがない。
(でも、わたしもこんなところで負けるわけにはいかないわ)
既に前方遠くに見える彼の仲間達があれだけ戦えているのだから、後れを取るわけにはいかない。
「そこは通らせてもらいます」
「失礼ながら愚者の行い、退かないことが時には蛮勇であることはご存知だとは思いますが」
「もちろんよ」
「無用な言葉でございましたな。では参ります」
周囲に幾人もの騎士が倒れている中、じりッと地面を踏みにじる騎士コマンは僅かに視線を落とす。
(?)
戦端が開かれたにも関わらずすぐさま視線を落としたこと、その様子を不思議に思うカレンなのだが、今なら先手を取れる。周囲に倒れている騎士達を気にしたのか、それとも他の何かか。とにかく、何に気を取られようともここは相手から目を離すべきではない。
(先手必勝!)
なにより、自身の身体能力を見誤っている辺りが目の前の騎士コマンの目算の悪さ。
確かにヨハンを始めとして、エレナやモニカのような超人的な戦闘を繰り広げることはできないが、それでも下級騎士程度では相手にならない身のこなしを発揮する自信はあった。カサンド帝国に於いても基礎の剣術や体術は一通り習得している。
「なっ!?」
しかし、駆け出した次の瞬間にカレンは驚きに目を見開いた。
目の前には木剣が迫って来ている。クルクルと宙を舞い。
想定外の動き。これほどに熟練さを窺わせる騎士が、落ちている木剣を蹴り上げてくるとは思ってもみなかった。
およそカレンが知る騎士とは程遠いその行い。騎士としての誇りもあったものではない。
がしかし、先程コマンが言った言葉が甦る。
『――ここは戦場』
先入観による油断。
まさかの行いに反応が一瞬遅れた。それでもなんとかギリギリのところで眼前に迫った木剣に対して僅かに顔を逸らして躱す。
「っ!」
ピッと頬を鋭い痛みが伝った。
思考が迷いを抱かせ、駆け出していた足を止める。もう少し冷静な判断力があればそこは足を止めずにそのまま勢いに任せて進むべきだったのだが、ほんの一瞬の迷いが判断を鈍らせた。
「しまった!」
立て続けに眼前に迫るのは、既に振り下ろされようとしているコマンの剣。躱すことも受け止めることも間に合わない。
「うおおおおおおおっ!」
自尊心など投げ出した行い。今は相手を倒しきることがコマンとしては最優先。それ程に隊は窮地に陥っている。
そしてそれは狙い通りにカレンの隙を生み、コマンはカレンの顔面を的確に捉えていた。
渾身の一撃を喰らうことを覚悟するカレンは後悔の念を抱きながら思わず目を瞑る。
「ッ……――」
しかし、コマンの唯一の見落とし。というよりも甘く見積もっていたことがあった。
一秒にも満たない間、それは本来であれば既にコマンの木剣がカレンに到達している時間。
だというのに何の衝撃も受けない。
「――……あ、あれ?」
痛みが訪れないことと小さな呻き声が耳に入って来たことを不思議に思い、瞑ってしまった目を片目だけゆっくりと開ける。
「えっ!?」
そこでは全く以て予想だにしていないことが起きていた。
カレンが目を開けると、先程まで対峙していて目の前に迫って木剣を振るった騎士が倒れている。
「えっと……?」
困惑するのは、それと同時に、つい先程探していた人物が目の前に姿を見せていた。
「大丈夫だった? カレンさん」
「え、ええ」
「今のはちょっと危なかったよね」
「あ、ありがと。えっ? でもヨハン、どうしてここに?」
助けてもらったのだということは理解できる。しかし前線に向けて駆け出していたはずのヨハンが何故目の前にいるのか理解できない。
「あぁ……――」
ぽりぽりと指で頬を掻いているヨハン。
「――……すいません。ちょっと僕もうっかりしてたなって」
「うっかり?」
「いや、うん、まぁ。カレンさんの体術は信用してるんだけど、中には結構手練れもいるみたいだね。この人にしてもそうだけど、やっぱり実戦慣れしている感じがあったから。だからもしたからカレンさん危ないかなぁって。それで丁度今ここに。でも良かった。間に合って」
「あっそう……」
俯き加減に答えるカレン。
「もしかして、余計なお世話でした?」
「う、ううん。そんなことないわ」
「怒ってます?」
「べつに」
声色と俯いて見えない表情からしてヨハンからすればどうみても怒っているようにしか見えない。返答と態度が一致しない。
「なんだかごめんなさい」
「い、いいから、気にしないでいいわよ」
「そうですか? あと、それとなんですけど」
「?」
ヨハンはカレンの頬にそっと手をかざす。
ポゥッと白い光がほんのりとカレンの頬を包み、先程コマンに付けられた傷が消えていった。
「治癒魔法で傷を治すことはできますけど、やっぱり女性の顔に傷ができるのってダメだと思うんですよね。ティアとの約束もありますし」
「――っ!」
約束。その言葉が何を差しているのかということはわざわざ掘り下げて聞かなくともわかる。
未だに顔を上げられない。真っ赤になってしまっていることは鏡を見なくとも体温の上昇が自覚させていた。
「…………」
「他にもどこか痛みますか?」
肩と腕を触られ、ジロジロと怪我をしている場所がないかと探られる。
(む、無理! もう無理! 耐えられないっ!)
これ以上優しくされると戦闘とは別の意味で倒れてしまいそうだった。
「カレンさん?」
「も……――」
「も?」
「――……も、もういいから! ありがとう! 助かったわ!」
グッと腕を伸ばしてヨハンを離す。
「でも、具合が悪いなら」
「ほ、ほらっ、早くしないとグズランを他の子に倒されちゃうわよ?」
助けに来てくれたまでは平静でいられた。それは戦力を考慮してのヨハンの判断だからだと。
実際、実戦に於いても適材適所で戦力を配置するのは当たり前。臨機応変、即時対応をするのは戦闘の常。
しかしこれ以上身体を近付けられると体温の上昇を悟られ、心臓の鼓動が聞かれてしまうのではという不安が過る。それどころか、こんな大事な戦闘中であるというのに、感情が溢れてきて抑えきれない。
「だ、大丈夫!」
パンッと両手で頬を叩き、起き上がるカレン。すぅっと大きく息を吸い込む。
「もう油断はしないから、任せて」
軽く吐き出して、振り絞るようにしてニコリと笑みを浮かべた。そのままヨハンの身体を半回転させると背中をそっと押す。冷静に、冷静に、と心の中で必死に言い聞かせながら。
「まぁ、僕としては誰が倒したとしても問題はないんですよね」
「そんなこと言ってると、追い付けないわよ?」
「そうですね。追い付けそうにないですね、流石にアレは」
「え?」
どういうことなのかと、ヨハンが向けている視線の先をカレンも追うようにして見る。
「あっ……」
そうしてどういう意味なのかということはそこですぐさま理解した。
視線の先、離れた場所は目的の場所。指揮官であるグズラン・ワーグナーのところへモニカが到達しており、丁度倒しているところだった。
14
あなたにおすすめの小説
攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】
水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】
【一次選考通過作品】
---
とある剣と魔法の世界で、
ある男女の間に赤ん坊が生まれた。
名をアスフィ・シーネット。
才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。
だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。
攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。
彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。
---------
もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります!
#ヒラ俺
この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
---
追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
無限に進化を続けて最強に至る
お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。
※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。
改稿したので、しばらくしたら消します
スキルで最強神を召喚して、無双してしまうんだが〜パーティーを追放された勇者は、召喚した神達と共に無双する。神達が強すぎて困ってます〜
東雲ハヤブサ
ファンタジー
勇者に選ばれたライ・サーベルズは、他にも選ばれた五人の勇者とパーティーを組んでいた。
ところが、勇者達の実略は凄まじく、ライでは到底敵う相手ではなかった。
「おい雑魚、これを持っていけ」
ライがそう言われるのは日常茶飯事であり、荷物持ちや雑用などをさせられる始末だ。
ある日、洞窟に六人でいると、ライがきっかけで他の勇者の怒りを買ってしまう。
怒りが頂点に達した他の勇者は、胸ぐらを掴まれた後壁に投げつけた。
いつものことだと、流して終わりにしようと思っていた。
だがなんと、邪魔なライを始末してしまおうと話が進んでしまい、次々に攻撃を仕掛けられることとなった。
ハーシュはライを守ろうとするが、他の勇者に気絶させられてしまう。
勇者達は、ただ痛ぶるように攻撃を加えていき、瀕死の状態で洞窟に置いていってしまった。
自分の弱さを呪い、本当に死を覚悟した瞬間、視界に突如文字が現れてスキル《神族召喚》と書かれていた。
今頃そんなスキル手を入れてどうするんだと、心の中でつぶやくライ。
だが、死ぬ記念に使ってやろうじゃないかと考え、スキルを発動した。
その時だった。
目の前が眩く光り出し、気付けば一人の女が立っていた。
その女は、瀕死状態のライを最も簡単に回復させ、ライの命を救って。
ライはそのあと、その女が神達を統一する三大神の一人であることを知った。
そして、このスキルを発動すれば神を自由に召喚出来るらしく、他の三大神も召喚するがうまく進むわけもなく......。
これは、雑魚と呼ばれ続けた勇者が、強き勇者へとなる物語である。
※小説家になろうにて掲載中
幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜
霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……?
生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。
これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。
(小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
転落貴族〜千年に1人の逸材と言われた男が最底辺から成り上がる〜
ぽいづん
ファンタジー
ガレオン帝国の名門貴族ノーベル家の長男にして、容姿端麗、眉目秀麗、剣術は向かうところ敵なし。
アレクシア・ノーベル、人は彼のことを千年に1人の逸材と評し、第3皇女クレアとの婚約も決まり、順風満帆な日々だった
騎士学校の最後の剣術大会、彼は賭けに負け、1年間の期限付きで、辺境の国、ザナビル王国の最底辺ギルドのヘブンズワークスに入らざるおえなくなる。
今までの貴族の生活と正反対の日々を過ごし1年が経った。
しかし、この賭けは罠であった。
アレクシアは、生涯をこのギルドで過ごさなければいけないということを知る。
賭けが罠であり、仕組まれたものと知ったアレクシアは黒幕が誰か確信を得る。
アレクシアは最底辺からの成り上がりを決意し、復讐を誓うのであった。
小説家になろうにも投稿しています。
なろう版改稿中です。改稿終了後こちらも改稿します。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
老衰で死んだ僕は異世界に転生して仲間を探す旅に出ます。最初の武器は木の棒ですか!? 絶対にあきらめない心で剣と魔法を使いこなします!
菊池 快晴
ファンタジー
10代という若さで老衰により病気で死んでしまった主人公アイレは
「まだ、死にたくない」という願いの通り異世界転生に成功する。
同じ病気で亡くなった親友のヴェルネルとレムリもこの世界いるはずだと
アイレは二人を探す旅に出るが、すぐに魔物に襲われてしまう
最初の武器は木の棒!?
そして謎の人物によって明かされるヴェネルとレムリの転生の真実。
何度も心が折れそうになりながらも、アイレは剣と魔法を使いこなしながら
困難に立ち向かっていく。
チート、ハーレムなしの王道ファンタジー物語!
異世界転生は2話目です! キャラクタ―の魅力を味わってもらえると嬉しいです。
話の終わりのヒキを重要視しているので、そこを注目して下さい!
****** 完結まで必ず続けます *****
****** 毎日更新もします *****
他サイトへ重複投稿しています!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる