S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

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紡がれる星々

第四百八十九話 不意討ち

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「――ぐあっ!」
「がはっ」

騎士の集団である最後方に位置しているグズランのその遠くでは、呻き声を上げてバタバタと倒れていく騎士達。

「な、なにが起きている?」

遠目に見えるだけなのだが、明らかに異常な事態が起きている。

「駄目です! もう分隊五つが倒されています! 残るはこの本陣を守る最後衛と中継部隊だけです!!」
「ば、バカなっ!? 一体どうしてそのようなことになった!?」
「わかりません! あの学生達の強さが異常だとしか…………」

問い掛けるものの、その場を見渡す幾人もの騎士の誰もが答えを持ち合わせていない。

(ど、どういうことだ!? いくらなんでも早過ぎる!)

確かに前衛部隊が倒されることはいくらか覚悟はしていた。しかし開戦の合図からまだそれほど時間が経っていない。万全の態勢、慎重に慎重を期して臨んだはずだった。それだというのに既に前線は混乱の様相を呈している。


「――まったく、あの子達は相変わらず凄いわね」

小さく独り言を呟きながら、正面から迫る騎士から振り切られる剣を易々と避けるのはカレン。

「この程度、兄さんには遠く及ばないわ」

持っている杖の先端を光らせ、微精霊の力を集束して放たれるのは波動。

「ぐはっ!」

飛来する波動の直撃を受けた騎士は仰け反り倒れる。

「それにしても、どうにもこれは追い付けそうにないわね」

見渡す戦局は騎士達に動揺が広がっており、前衛は既に崩壊するだけでなく絵に描いたようにして混乱していた。

「これだけの実力者が一つのパーティーに集まるなんて、これも巡り合わせなのかしら」

残るは中継部隊と後衛本陣。数にして四十人程。
しかし油断できないのは、後衛は見た感じ中級騎士で構成されており、不用意に飛び込めば窮地に陥る可能性がある。

「――ここはいい! とにかく今すぐ加勢に入れ!」

響き渡るグズランの怒号。

「個々では勝てないのはわかった! 力と数で押せ! 押しきれっ!」

本陣を守る部隊にも広がる動揺。すぐに対応を切り替える。
グズランの声に呼応するようにして、後方に控え差していた中級騎士及び上級騎士は僅かな逡巡を挟んだ後に駆け出した。

「もうあんなところまで。この分だとあの三人かしら」

カレンの視界の奥には素早く動き回って騎士を薙ぎ倒しているモニカとニーナとエレナ。遅れてレイン。

「あら? そういえばヨハンは?」

ふとヨハンの姿が見当たらない中、どこにいるのかと視線を周囲に向けようとした瞬間、不意に得る強烈な気配。

「っ!」

即座に後方に飛び退く。

「今のを避けるか」

明らかに出で立ちが他の騎士と異なる重厚感の漂う気配。

「あなたは?」
「申し遅れました。私は第六中隊で小隊長を務めるコマンと申します」

堂々とした佇まいは威厳さえ感じさせた。

「たとえ皇女殿下といえども、ここは戦場。お覚悟を」
「へぇ。それであの子達には敵わないと判断してわたしを狙いにきたのね。もしかして王国の騎士は臆病なのかしら?」
「なんとでも思って頂いても構いませんが、これも戦略」
「……聞かせてもらっても?」

目つきの鋭さからして、臆病などとはとても遠い。挑発にも応じない辺り、気力も充実している。カレンの眼を見るコマンはゆっくりと口を開く。

「…………まず、あなた様の能力は厄介そうでしたので。大規模魔法でも使われればひとたまりもない。それに、どうやら自身の力を過信しているようですね。こうして魔導士を一人置き去りにするところを見ると」

コマンが視線を向ける先にあるカレンの杖。それが示すのは魔法を重視している戦闘スタイルということ。
確かに大規模魔法も使えないこともない。しかしとはいうものの、味方も入り乱れているこの状況の中で行使することなどよっぽどの事態が起きない限り使用できない。それでもコマンからすれば、混乱の中で遠距離攻撃をされればさらに大きな混乱を招く。

「ですので、その余裕を粉砕するため、最初に倒させて頂きます」
「一応最初のだけは褒め言葉として受け取っておきますが、でもそれはあなたがわたしを倒せればの話よね?」
「近距離戦であればこちらに分があるのはわかっております」

そのままコマンがチラリと視線を向けるのはモニカ達へ。まるで自分の隊である騎士達が全く相手になっていない。正直なところ、内心ではあのような学生達が存在することに怖気すら抱いていた。その上で可能性の模索。

「いくらなんでもあなた様が倒れたのを確認すれば隙も生まれようというもの」

導き出した答えが魔導士、正確には精霊術士であるカレンは他よりも身体能力では劣るだろうという判断。

(なるほど。冷静に戦局を見極められているわね)

この混乱の中で、適切な手段を講じるその判断力は見事としか言いようがない。

(でも、わたしもこんなところで負けるわけにはいかないわ)

既に前方遠くに見えるヨハンの仲間達があれだけ戦えているのだから、後れを取るわけにはいかない。

「そこは通らせてもらいます」
「失礼ながら愚者の行い、退かないことが時には蛮勇であることはご存知だとは思いますが」
「もちろんよ」
「無用な言葉でございましたな。では参ります」

周囲に幾人もの騎士が倒れている中、じりッと地面を踏みにじる騎士コマンは僅かに視線を落とす。

(?)

戦端が開かれたにも関わらずすぐさま視線を落としたこと、その様子を不思議に思うカレンなのだが、今なら先手を取れる。周囲に倒れている騎士達を気にしたのか、それとも他の何かか。とにかく、何に気を取られようともここは相手から目を離すべきではない。

(先手必勝!)

なにより、自身の身体能力を見誤っている辺りが目の前の騎士コマンの目算の悪さ。
確かにヨハンを始めとして、エレナやモニカのような超人的な戦闘を繰り広げることはできないが、それでも下級騎士程度では相手にならない身のこなしを発揮する自信はあった。カサンド帝国に於いても基礎の剣術や体術は一通り習得している。

「なっ!?」

しかし、駆け出した次の瞬間にカレンは驚きに目を見開いた。
目の前には木剣が迫って来ている。クルクルと宙を舞い。
想定外の動き。これほどに熟練さを窺わせる騎士が、落ちている木剣を蹴り上げてくるとは思ってもみなかった。

およそカレンが知る騎士とは程遠いその行い。騎士としての誇りもあったものではない。
がしかし、先程コマンが言った言葉が甦る。

『――ここは戦場』

先入観による油断。
まさかの行いに反応が一瞬遅れた。それでもなんとかギリギリのところで眼前に迫った木剣に対して僅かに顔を逸らして躱す。

「っ!」

ピッと頬を鋭い痛みが伝った。
思考が迷いを抱かせ、駆け出していた足を止める。もう少し冷静な判断力があればそこは足を止めずにそのまま勢いに任せて進むべきだったのだが、ほんの一瞬の迷いが判断を鈍らせた。

「しまった!」

立て続けに眼前に迫るのは、既に振り下ろされようとしているコマンの剣。躱すことも受け止めることも間に合わない。

「うおおおおおおおっ!」

自尊心など投げ出した行い。今は相手を倒しきることがコマンとしては最優先。それ程に隊は窮地に陥っている。
そしてそれは狙い通りにカレンの隙を生み、コマンはカレンの顔面を的確に捉えていた。
渾身の一撃を喰らうことを覚悟するカレンは後悔の念を抱きながら思わず目を瞑る。

「ッ……――」

しかし、コマンの唯一の見落とし。というよりも甘く見積もっていたことがあった。
一秒にも満たない間、それは本来であれば既にコマンの木剣がカレンに到達している時間。
だというのに何の衝撃も受けない。

「――……あ、あれ?」

痛みが訪れないことと小さな呻き声が耳に入って来たことを不思議に思い、瞑ってしまった目を片目だけゆっくりと開ける。

「えっ!?」

そこでは全く以て予想だにしていないことが起きていた。
カレンが目を開けると、先程まで対峙していて目の前に迫って木剣を振るった騎士が倒れている。

「えっと……?」

困惑するのは、それと同時に、つい先程探していた人物が目の前に姿を見せていた。

「大丈夫だった? カレンさん」
「え、ええ」
「今のはちょっと危なかったよね」
「あ、ありがと。えっ? でもヨハン、どうしてここに?」

助けてもらったのだということは理解できる。しかし前線に向けて駆け出していたはずのヨハンが何故目の前にいるのか理解できない。

「あぁ……――」

ぽりぽりと指で頬を掻いているヨハン。

「――……すいません。ちょっと僕もうっかりしてたなって」
「うっかり?」
「いや、うん、まぁ。カレンさんの体術は信用してるんだけど、中には結構手練れもいるみたいだね。この人にしてもそうだけど、やっぱり実戦慣れしている感じがあったから。だからもしたからカレンさん危ないかなぁって。それで丁度今ここに。でも良かった。間に合って」
「あっそう……」

俯き加減に答えるカレン。

「もしかして、余計なお世話でした?」
「う、ううん。そんなことないわ」
「怒ってます?」
「べつに」

声色と俯いて見えない表情からしてヨハンからすればどうみても怒っているようにしか見えない。返答と態度が一致しない。

「なんだかごめんなさい」
「い、いいから、気にしないでいいわよ」
「そうですか? あと、それとなんですけど」
「?」

ヨハンはカレンの頬にそっと手をかざす。
ポゥッと白い光がほんのりとカレンの頬を包み、先程コマンに付けられた傷が消えていった。

「治癒魔法で傷を治すことはできますけど、やっぱり女性の顔に傷ができるのってダメだと思うんですよね。ティアとの約束もありますし」
「――っ!」

約束。その言葉が何を差しているのかということはわざわざ掘り下げて聞かなくともわかる。
未だに顔を上げられない。真っ赤になってしまっていることは鏡を見なくとも体温の上昇が自覚させていた。

「…………」
「他にもどこか痛みますか?」

肩と腕を触られ、ジロジロと怪我をしている場所がないかと探られる。

(む、無理! もう無理! 耐えられないっ!)

これ以上優しくされると戦闘とは別の意味で倒れてしまいそうだった。

「カレンさん?」
「も……――」
「も?」
「――……も、もういいから! ありがとう! 助かったわ!」

グッと腕を伸ばしてヨハンを離す。

「でも、具合が悪いなら」
「ほ、ほらっ、早くしないとグズランを他の子に倒されちゃうわよ?」

助けに来てくれたまでは平静でいられた。それは戦力を考慮してのヨハンの判断だからだと。
実際、実戦に於いても適材適所で戦力を配置するのは当たり前。臨機応変、即時対応をするのは戦闘の常。
しかしこれ以上身体を近付けられると体温の上昇を悟られ、心臓の鼓動が聞かれてしまうのではという不安が過る。それどころか、こんな大事な戦闘中であるというのに、感情が溢れてきて抑えきれない。

「だ、大丈夫!」

パンッと両手で頬を叩き、起き上がるカレン。すぅっと大きく息を吸い込む。

「もう油断はしないから、任せて」

軽く吐き出して、振り絞るようにしてニコリと笑みを浮かべた。そのままヨハンの身体を半回転させると背中をそっと押す。冷静に、冷静に、と心の中で必死に言い聞かせながら。

「まぁ、僕としては誰が倒したとしても問題はないんですよね」
「そんなこと言ってると、追い付けないわよ?」
「そうですね。追い付けそうにないですね、流石にアレは」
「え?」

どういうことなのかと、ヨハンが向けている視線の先をカレンも追うようにして見る。

「あっ……」

そうしてどういう意味なのかということはそこですぐさま理解した。
視線の先、離れた場所は目的の場所。指揮官であるグズラン・ワーグナーのところへモニカが到達しており、丁度倒しているところだった。

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