S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

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紡がれる星々

第四百九十 話 第一中隊長

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カレンがグズランの倒れる姿を目撃する時より遡ること数分前。

「ま、まさか、これほどとは…………」

そのグズランは目の前に広がる光景に呆気に取られる。それ程に衝撃的な光景が展開されていた。
視線を中央前方に向けると、華麗な身のこなしで騎士を薙ぎ倒しながら迫って来ている桃色の髪の少女。まるで軽業師の様。
右手に視線を向けると、囲まれているにも関わらず正確な見切りをもってして攻撃を躱し続けている長槍を持つ金色の髪の少女、グズランが唯一認識している存在であるエレナ。隙を見ては一撃ずつ見舞って騎士達が倒している様は圧巻。
次に左手奥に視線を向けると、あともう一歩というところまで追い詰めながらも赤髪の少年を倒しきれていない。その勇猛さには目を見張るものがある。

「ぐっ、くぅっ……」

余裕綽々で戦況を見守るつもりだったのだが、明らかに想定を大きく上回る事態。未だに誰一人として倒せていないのだから驚き以外の感情を抱きようがなかった。このままでは幾ばくもない刻をもって自身のところまで到達される。
チラリと観戦しているローファス王達へと視線を向け、瞑目する。

「し、しかたない」

こうなれば自分自身が戦うしかないと覚悟を決めてグッと手に持つ木剣に力を込めるのだが、僅かに指先が震える。
中隊長に着任してから後、鍛錬を怠っていた。直接誰かと戦うなど、どれくらい振りになるのか。
自身に対する言い訳を正当化する。それ自体は致し方ない、と。隊長職ともなれば、指示命令を出すことが本分。それが当たり前であり自然。部隊全体をまとめなければいけないのだから、鍛錬する暇もない程に自分は忙しい、そういつも誤魔化すように言い聞かせていた。
僅かの回想を伴うのだが、それがここに至っては怖気を抱かせている。

「考え事ですか?」
「!?」

不意に背後から聞こえる女性の声。
反射的に声とは反対方向に飛び退きながら声の主を確認すると、そこには長い金色の髪を耳にかき上げながら疑問符を浮かべている少女がいた。

「ぼーっとしていましたけど? どうかしました?」
「なななっ!?」

そういえば姿が見当たらなかった者が一人いたと思い出すのだが、それ以上に疑問に思うのは、一体いつここへと到達されたのかということ。護衛も兼ねていた周囲の騎士達は既に倒され気を失っている。

「きき、貴様ッ! いつの間にッ!?」
「んっふふ」

戦場に似つかわしくない綺麗な笑み、どこか意地の悪さも孕みながら目の前の少女、モニカは木剣を持つ腕を伸ばしてグズランの奥を差す。

「そりゃあもちろん、あそこを通り抜けてきたに決まってるでしょ」
「ば、バカなっ!?」

前方は一番注意して見ていたはず。一体どうしてあれだけの騎士達を掻い潜ってここまでこれたのか。しかし結果としては至って単純。グズランの目では捉え切れない速度を以てして到達したに過ぎない。

「別に信じなくても構わないけど、そろそろあなたを倒して終わらせるわね」
「舐めるなッ!」

すぐさま木剣を振り上げるグズランはモニカに向かって襲い掛かる。

(この人、これで隊長なの?)

モニカが疑問に思うのは、中隊長というからには戦闘能力は秀でたものだと予想していた。あの学年末試験で加勢という名の乱入を果たしたキリュウ・ダゼルドの一撃の破壊力は相当なもの。他の隊長格もそれに比肩する実力を備えているものだと。
しかし、全く以て期待外れ。速度も視界に捉える力強さもキリュウ・ダゼルドには遠く及ばない。

「ぬっ!?」

剣を受け止めるその瞬間に、軽く角度を付けて逸らす。この手の行いにはもう慣れたもの。
結果、グズランの剣は地面を叩いた。

「よく躱したな」
「……はぁ」

大きく溜め息を吐くモニカ。何かあるかもと思い、一撃目は様子を見てみたもののこれ以上は何も起きそうにない。

「次も躱せると思うなよ」

グズランが木剣を最上段に構える。

「隙だらけよ」

地面すれすれの前傾姿勢になるモニカは勢いよく踏み抜いた。

「がっ……――」

そうして高速で脇を抜けると同時に鈍い音を立てる。直後、白目を剥いて泡を吹くグズラン。胴体の鎧はぼこッと凹んでいた。

「ふぅ。さて、これで終わりね」

前のめりにバタンと倒れるグズランを見届けながら、軽く振るわれる木剣はヒュンっと風切り音を上げる。

「――……あの子は一体誰だい?」

観戦席から見下ろしているアーサー・ランスレイ。

「彼女はモニカ。剣の腕は一流ですよ」
「学生間では剣姫と呼ばれているみたいだな」
「……剣姫、か。なるほど。言い得て妙だね」

アーサーの問いに答えるスフィアとキリュウなのだが、アーサーは視線を落としたままジッとモニカを見つめていた。

「……美しい」
「何か言いましたか?」
「アーサー?」

両者の耳に入らない程に小さく呟かれたアーサーの声。

「はい、私のかちー」

指を二本立てながら、笑顔でニーナを迎えるモニカ。

「お姉ちゃんずるい! あたしを囮に使ったでしょ!」
「ずるくないわよ。それも作戦よ」

そこに遅れてエレナが合流する。

「速さでは流石ですわね。ニーナも言い訳はしないことですわ」
「ぶぅぅぅ」
「まぁそういうこと。文句はなしね」
「はぁーい」

更に遅れてレインが息を切らせながら合流していた。

(こ、こいつら、やっぱすげぇな)

レインからすれば激戦の中を抜けてきている。それなのに、速さもさることながら、モニカ達は傷一つとして負っていない。

(ま、そもそも俺には勝ち目なかったのはわかってたけどな)

そういうレインも数撃受けただけであり、深手を負うような一撃を受けたわけではない。

「そういえばヨハンは?」
「ああ、あいつならカレンさんを助けに行ったぞ?」

最後尾に位置していたレインが視界に捉えていた逆走するヨハンの姿。カレンの下に向かったのだということはわかっていた。

(なにかあったの?)
(あの様子はいったい……?)

モニカとエレナが抱く疑問。
ヨハンとカレンが遠くからゆっくりと歩いて来る姿を確認する。まだ残っている騎士達も指揮官であるグズランが倒されたことで勝敗は決していたことを理解していた。あまりにも圧倒的な実力差を見せつけられ、遠巻きに見ながら恐れおののいている。

疑問を抱くのは、様子の変わらないヨハンと俯き加減に歩いているカレン。どこか恥ずかし気な様子を見せていると感じるのは女の勘。

(ほんと、こういうところ計算してないのよね)

カレンがチラリと視界に捉えるヨハンの横顔。時々見せる不意の優しさには思わず照れてしまう。
想いが募って仕方ない。

「――……結局モニカがグズランさんを倒したんだね」
「ええ。正直拍子抜けだわ」
「まぁそういうなって。俺達も強くなったってことじゃねぇかよ」
「まぁ……そうよね。とりあえずこれで騎士団から提案された内容は終わりよね?」
「うん」
「いや、まだ終わらないよ」

突然上空から聞こえるのは響く声。僅かに聞いたことのある声。

「みんなっ! 離れてっ!」

疑問を抱くよりも先に、圧倒的な気配を察知したヨハンは見上げるよりも先に大きく声を掛けた。
その声に同調するようにして、後方に向けて飛び退くモニカ達。ヨハンもカレンを腕に抱き、同様に飛び退く。
そこへドンッと凄まじい勢いで土煙を上げながら降り注いだのは声の主。

「あなたは……――」

土煙が晴れるなり、その場に誰が姿を現せたのかということは全員が認識する。

「――……終わっていないとは、どういうことですか? アーサーさん」

カレンを地面に下ろしながら問い掛ける。突如として降り立った人物、アーサー・ランスレイ騎士団第一中隊隊長に向けて。

(この気配、まさか)

カレンが見るアーサーの纏う雰囲気。強者の気配をまざまざと感じさせていた。同時に胸の片隅ではヨハンに抱きかかえられたことによる動悸を感じていたのだが、今はそれどころではない。冷静に状況を見て取る。それ程の目の前の人物、アーサー・ランスレイは威圧感を放っていたのだった。

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