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神の名を冠する国
第六百 話 火の蜥蜴
しおりを挟む獣人の襲撃を受けた町フォーレイは隣国であるメトーゼ共和国の国境付近に位置していた。
「赤狼族、か」
人間に対して敵対心を抱いている獣人がいるというのはもちろん知ってはいたのだが、今回の騒動のきっかけは何だったのだろうかと考える。
大きな岩壁の角を曲がった先、ヨハンが視界に捉えるのは激しく繰り広げられている戦闘。町の衛兵が血を流しながら多く横たわっている中に少しの赤い体毛の獣人の姿。
「ガアアアッ!」
「!?」
突如として背後から聞こえる雄叫び。同時に得るのは鋭い殺気。
岩壁の上から獣人の男が襲い掛かってきていた。応戦しようと剣の柄に手を掛ける。
「っと」
しかし、その必要はなかった。
「ハアッ!」
「ごはっ……」
剣を抜いて対応しようとしていたのだが、それよりも速く槍で一突きにする聖騎士ガウ・バードリー。
「へぇ。やるわね」
ミモザも腰に手を当てており、ククリ刀を抜く準備はできていたのだが、もう不必要なのだと腰元から手を離す。
「お客人の手を煩わせると後でバニシュ様に折檻されますので」
ただの任務の一環だと表情を変えずに返答していた。
「どうやら、鎮圧できたようですな」
それまでひっきりなしに聞こえていた戦闘音が鳴りを潜めている。
ガウ・バードリーに案内されるまま町の方に向かうと、そこには縄で縛られている多数の獣人たち。数にして五十以上いた。
「なに……あれ?」
しかしそれよりも衝撃を受けるのは、火の聖女バニシュ・クック・ゴードの前にいる大きな蜥蜴。驚くべきなのは、黒い鱗の隙間からいくつもの炎を噴き出させている。
「もしかして、火蜥蜴ですか?」
問い掛けるガウは深く頷いた。
「ああ。我等が聖女、バニシュ様は召喚術を使われる」
「……凄いじゃない」
両肘を抱えるミモザの感嘆。幼少期以来顔を合わせてなかった中で互いに成長しているとはいえ、ミモザの記憶の中のバニシュ・クック・ゴード――当時はただのバニシュだったのだが、その時のバニシュは召喚術どころか魔法の素養にもそれほど秀でていたわけではなかった。
「どうしてあの子があんなのを?」
加えて抱くのは大きな疑問。魔法の造詣に深くないものからすれば召喚術と精霊との契約は似ている。確かにその通り似ている部分があるにはあるのだが、実際的には似て非なるモノ。
自我を持つ精霊との契約は条件をいくつか提示されることがある。微精霊との契約にしても微精霊を愛し愛される関係性。他にはケースとしては珍しいのだが、時にはカレンとセレティアナのように対等な立場を築くことも。
対して召喚術は使役。契約をするということ自体は同じなのだが、その関係は主従のソレ。魔法の素質だけでなく、相性は勿論、特殊な才能を有する必要がある。
(そういえば、母さんも海竜と契約していたけど……――)
シグラム王国の場合、召喚術は王国の管理下に置かれていた。シェバンニ曰く、必要な時がくれば教えるとのことだったのだが、それは三学年の項目。
(――……でも確か)
概要だけは教えてもらっている。
こんな時にエレナがいてくれたら補足してもらえるのだが、朧気にだが記憶を掘り返す。
『召喚されるのは魔物に近い特性があります』
『魔物に近い?』
『ええ。一昔前までは召喚術士は魔物を使役しているといって異端とされていた時期がありました』
『あー、確かにそうね。見た目は魔物に見えるから、怖がられてもしょうがないよね』
『でもよぉモニカ。術者の命令に従っている限りは問題ないんじゃねぇの? 終われば還っていくんだし』
『それは今だからこそ言える事ですわ。蔑まれた人がそれをどう用いたのは簡単に想像できますわよね?』
『まぁ……な』
『だからこそ、そういった歴史的な背景があるので素質はもちろん、誤った扱いをしないように管理されていますのよ。ねぇ先生』
『はい。エレナの言う通りです』
召喚獣に分類され、魔物とは特性が異なるのだと現代では考えられている。
それはこの国、パルスタット神聖国ではまた別の意味を持つのだと、目の前の光景を見てそう思えた。
「さすがバニシュ様!」
「神獣をこれほどまでに使役なさるとは」
「ありがたやありがたや」
「かっけー」
町の住人達の羨望と憧憬の眼差し。そこかしこで声が聞こえてくる。
(この国では神獣って呼ばれてるんだ)
神の御使い。確かに誰もが扱えるものではないのだと。
そうしてバニシュは称賛して来る町の住人達へと軽く手を振り、そのまま捕らえた獣人たちの中でリーダーの男へと近付いて行った。
「さて、どうしてこの町を襲ったのか教えて頂こうさねぇ」
バニシュの問いかけに、赤狼族の男はギリッと歯を鳴らす。
「捕まった仲間を取り戻しに来ただけだ」
「ふむ。捕まった仲間とは?」
「そこにいる男だ。間違いない」
赤狼族のリーダーの視線の先を見ると、そこにはふくよかな中年の男、フォーレイの町長。
「な、なんのことかな? それよりも、よくもウチの家に火を点けたな! この獣人風情が! 許さぬぞ!」
町長の言葉に赤狼族の男が怒りを露わにする。
「貴様ッ! 我等を愚弄する気か!?」
「はいはい。そんなことよりもさ、とりあえずキミの名前を教えてもらえないさね?」
バニシュが縛られた獣人たちの前に膝を屈めてパチンと指を鳴らすと、火蜥蜴は口腔内に炎を凝縮させ始めた。その様子に赤狼族全員がゴクッと息をのみ、恐怖に襲われる。
「……ゴレアスだ」
「はいゴレアスね。うん。良い名前さね。それと町長?」
顔だけフォーレイ町長へと向けた。その表情は笑顔。
「はっ!」
「獣人風情、とは些か言葉が過ぎるさ。確かにこの国では獣人たちは多くが施しを受けてはいるが、それはパルスタット神の裁定によるもの。全ては愛なのさ」
「は、はっ。勿論存じております! で、ですが、コヤツラはただ野蛮なだけでなく、謂われもないことで私の名を貶めたのです!」
「へぇ。そうかい。確かにそれは頂けないねぇ」
立ち上がり、バニシュは煙の上がっていた方角を見る。
「今回、襲撃を受けたのは町長の家だけで間違いないのさね?」
「ハッ! 確かにその通りでした。ただし、他にも被害が出ているのはご覧の通り」
周囲に倒れている町を守る衛兵達。獣人の侵攻により死傷者をだしていた。
所属騎士の報告を受けたバニシュは僅かに目を細める。
「ユリウス。ちょっといつものお願いさね」
「はっ。かしこまりました。すぐに」
「お、おいっ、どこへいく!?」
町長が腕を伸ばして慌てる中、バニシュの指示を受けたユリウス――ユリウス・マリウス火の第一聖騎士は数名の部下を連れて行った。
「どうしたんですか?」
現状、獣人を捕らえたのみで連行もしなければ責め立てるわけでもない。
「これからバニシュ様が裁定なされる」
「さいてい?」
「たぶん、真偽を確かめるってことじゃないかしら?」
顎に手を送り、思案気な顔をするミモザ。
(聖女が下す裁定……か。いったい何が始まるんだろう。それにあのユリウスって人、リオンさんと同じ家名なんだ)
僅かに脳裏を掠める疑問。確かに改めて思い返せば似ている風には見える。
(兄弟なのかなぁ?)
優秀な家系であれば水の聖女と火の聖女のそれぞれの守護聖騎士になっていてもおかしくはない。
しばらくすると、ユリウスとその部下たちが何人もの獣人たちを連れて来た。全員の首には隷属の首輪がはめられている。
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