612 / 724
神の名を冠する国
第六百十一 話 突き付けられる選択
しおりを挟む「風の膜」
「水の膜!」
声と同時に炎の前に巻き起こる風と水の膜。ヨハン達へと迫るサラマンダーの業火は僅かの熱気を残して掻き消される。
「びっくりしたぁ。大丈夫だった? ヨハンくん?」
「うん。ありがとうサナ」
水の膜はサナによるもの。そして、もう一つの風の膜はイリーナ・デル・デオドールによるもの。
「彼らはまだしも、そこな野蛮な獣人を庇うのかいイリーナ? 罪に罪を重ねるとは恐れ入る」
「……なるほど。そうくるのか。まいったなこれは」
髪の毛をかくイリーナ。バニシュの言い方は、まるでヨハン達を無視しているような物言い。
想定はしていたが、淡々とした言動と行動に不満を抱くヨハンはバニシュへと鋭い視線を向ける。
「バニシュ様。教えてください。どうしてこんなことを?」
「ふむ。これだけの状況に陥っても冷静に問いかけてくるあたり、坊やはこの場を危機と捉えていないのか。胆力は中々のものさね」
「そんなことありませんよ。ただ……――」
返事をするものの、思考を巡らせていた。
(今の一撃、僕たちが死んだとしてなんとも思っていないんだ)
シグラム王国からの客人であり、昔馴染みのミモザが紹介したヨハンに対しても一切の躊躇なく繰り出された攻撃。威力もかなりのもの。
「――……ただ、わけもわからず人が殺されるのを見て見ぬふりができなかっただけです」
「なるほど。獣人を人として見ているのか。だが、それは賢くないさね。賢く生きないと早死にしてしまうよ? ほらっ、リオンを見習うと良いさね」
この場に後から駆け付けた中でただ一人、リオンだけが身動き一つ取れないでいた。
「いくら落ちこぼれとはいえ、ここで手を出せばクリスティーナにまで影響を及ぼすというのはさすがに理解しているみたいだね」
「ぐぅっ……」
リオンが悔しさを噛み締めているのはその様子から容易に理解できる。
だからこそテトはヨハン達へと依頼を出していた。国家として最大の権力に位置する五大聖女の二人のやりとりに、落ちこぼれと揶揄されるリオンどころか、他の誰であってもこの場に割って入ることなどできはしない。できるとすればそれこそパルスタット王家か、もしくは教皇や光の聖女といった程度に限定される。
「さて。先程のは神の意に背いた神罰を下そうとしたのだが、神は実に慈悲深い。ここで一つ提案をしようではないか」
「提案、ですか?」
「彼ら風の部隊はこともあろうか、奴らをけしかけて我が国の町を襲撃させた。これは紛れもない事実だ。その証拠にイリーナはここで密会をしているさね」
「…………」
真実は定かではないが、何も言い返せない。状況を覆せるだけの言葉を持ち合わせていない。先程のやり取りからして、どのような言葉を返そうとも証明できない以上嫌疑はかけられ続ける。
それがわかっているからこそイリーナは不要な反論をしない。
「そこでだ。ここで坊や、ヨハンくんに一つ課題を出そう」
「課題……ですか?」
「ああ。そこにいる獣人のうちの一人でも殺せば先程のことを不問に処そう」
「なっ!?」
「もちろん火の聖女の名に於いて、な」
背後にいる赤狼族の戦士は驚きに目を見開いていた。
「そんなことできるわけないでしょ!」
「お嬢さんには聞いていないさね」
「なんですって!?」
「威勢が良いようだけど、キミたちのリーダーは彼なのだろう? ならば彼が責任を取るべきだ。先頭に立つ者は常にその責任が付きまとう」
錫杖の先端をヨハンに向ける。
「お言葉ですが、モニカの言う通りです。僕にはできません。できるようであればこの場に割って入っていませんよ」
「……ふむ。それも確かにそうだな。ならばガウ。お前が相手をしてやれ」
「畏まりました」
チャッと槍をすぐさま構える火の第三聖騎士のガウ・バードリーには迷いの一切がない。
「……ガウさん」
「お客人。こんなことになって非常に残念ではありますが、お覚悟を」
鋭い気配を放つガウは槍の先端をヨハンへと定めた。周囲に目を送るヨハンが考えるのは、単独ならまだしも、この場に逃げ道など残されていない。
(やるしかないのか)
応戦する様にゆっくりと剣を構える。
周囲を取り囲む火の部隊。他にも風の部隊もいるのだが、動向を見守るばかり。
「いきますっ!」
先に仕掛けるのはヨハンの方。機先を制する。躊躇すると逆にやられる。
「速いッ!?」
ガウが驚愕を示しながら槍を一突きするのだが、それを突進しながら半身で躱した。
「ふッ!」
そのまま懐まで飛び込み、振り上げる剣戟。ガウは慌てて後方に飛び退く。
「っ…………」
飛び退いた先でガウが胸の辺りを擦る。そこには金属鎧を易々と切り裂いている痕。指先で触るとピッと皮が切れる程の鋭利さ。
「お客人、強いな」
「ガウさんこそ、今のをよく避けられましたね」
「本気で当てる気のない剣だ。流石に避けられるさ」
確かにガウの言う通り、殺す気で振った剣ではない。ここで殺してしまえば獣人を殺す事と大差はない。あくまでも狙いは戦闘不能に陥らせること。とはいえ、どこまで制御して応戦できるか。
「バニシュ様。彼はいったい?」
バニシュの横に立つユリウスは冷静に問いかけてはいるものの、心中穏やかではない。
第三といっても、風の聖騎士を務めるガウ・バードリーがたったの一合の撃ち合いで劣勢に立たされているというのだから。
「ウチも知らんさね。しかし、聞くところによると、どうやらS級にいるらしいよ坊やは」
「なっ!?」
「聞いていないかい? 先日ドローネがミンティアで冒険者に倒されたというのを」
ミンティアはヨハン達に提供されている宿の名前。僅かに眉を寄せるユリウス。
「はい。聞き及んでおります。しかしドローネは酒に酔って動きがままならなかったと」
「諸々の都合でそう言ってはいるが、そう言わざるを得なかったさね。その相手があの坊やなのでね」
「…………では、ドローネは実力で敗北した、と」
「ああ。ウチもにわかには信じられなかったが、ベラル様がそうおっしゃられたのだ。あの方のお言葉なのでそれ自体は信じてはいたものの、しかし、この分だとどうやら間違いはないようさねぇ」
「なるほど。類い稀な実力者の部類で間違いなさそうですね。ではそうなると、分が悪いですか。ならば私も――」
聖騎士が立て続けに敗北を喫するわけにはいかない。他所の部隊の敗北ならまだしも自身の部隊であれば尚更。
「――チッ!」
加勢するように参戦しようとしていたユリウスなのだが、すぐさま騎士剣を抜き放つなり後方に向けて振るう。
ユリウスの剣によって切り払われたのは赤と青の魔力弾。
「誰だっ!?」
大きく声を発し、森の中にユリウスの声が反響した。
11
あなたにおすすめの小説
攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】
水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】
【一次選考通過作品】
---
とある剣と魔法の世界で、
ある男女の間に赤ん坊が生まれた。
名をアスフィ・シーネット。
才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。
だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。
攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。
彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。
---------
もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります!
#ヒラ俺
この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
---
追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
スキルで最強神を召喚して、無双してしまうんだが〜パーティーを追放された勇者は、召喚した神達と共に無双する。神達が強すぎて困ってます〜
東雲ハヤブサ
ファンタジー
勇者に選ばれたライ・サーベルズは、他にも選ばれた五人の勇者とパーティーを組んでいた。
ところが、勇者達の実略は凄まじく、ライでは到底敵う相手ではなかった。
「おい雑魚、これを持っていけ」
ライがそう言われるのは日常茶飯事であり、荷物持ちや雑用などをさせられる始末だ。
ある日、洞窟に六人でいると、ライがきっかけで他の勇者の怒りを買ってしまう。
怒りが頂点に達した他の勇者は、胸ぐらを掴まれた後壁に投げつけた。
いつものことだと、流して終わりにしようと思っていた。
だがなんと、邪魔なライを始末してしまおうと話が進んでしまい、次々に攻撃を仕掛けられることとなった。
ハーシュはライを守ろうとするが、他の勇者に気絶させられてしまう。
勇者達は、ただ痛ぶるように攻撃を加えていき、瀕死の状態で洞窟に置いていってしまった。
自分の弱さを呪い、本当に死を覚悟した瞬間、視界に突如文字が現れてスキル《神族召喚》と書かれていた。
今頃そんなスキル手を入れてどうするんだと、心の中でつぶやくライ。
だが、死ぬ記念に使ってやろうじゃないかと考え、スキルを発動した。
その時だった。
目の前が眩く光り出し、気付けば一人の女が立っていた。
その女は、瀕死状態のライを最も簡単に回復させ、ライの命を救って。
ライはそのあと、その女が神達を統一する三大神の一人であることを知った。
そして、このスキルを発動すれば神を自由に召喚出来るらしく、他の三大神も召喚するがうまく進むわけもなく......。
これは、雑魚と呼ばれ続けた勇者が、強き勇者へとなる物語である。
※小説家になろうにて掲載中
無限に進化を続けて最強に至る
お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。
※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。
改稿したので、しばらくしたら消します
無尽蔵の魔力で世界を救います~現実世界からやって来た俺は神より魔力が多いらしい~
甲賀流
ファンタジー
なんの特徴もない高校生の高橋 春陽はある時、異世界への繋がるダンジョンに迷い込んだ。なんだ……空気中に星屑みたいなのがキラキラしてるけど?これが全て魔力だって?
そしてダンジョンを突破した先には広大な異世界があり、この世界全ての魔力を行使して神や魔族に挑んでいく。
老衰で死んだ僕は異世界に転生して仲間を探す旅に出ます。最初の武器は木の棒ですか!? 絶対にあきらめない心で剣と魔法を使いこなします!
菊池 快晴
ファンタジー
10代という若さで老衰により病気で死んでしまった主人公アイレは
「まだ、死にたくない」という願いの通り異世界転生に成功する。
同じ病気で亡くなった親友のヴェルネルとレムリもこの世界いるはずだと
アイレは二人を探す旅に出るが、すぐに魔物に襲われてしまう
最初の武器は木の棒!?
そして謎の人物によって明かされるヴェネルとレムリの転生の真実。
何度も心が折れそうになりながらも、アイレは剣と魔法を使いこなしながら
困難に立ち向かっていく。
チート、ハーレムなしの王道ファンタジー物語!
異世界転生は2話目です! キャラクタ―の魅力を味わってもらえると嬉しいです。
話の終わりのヒキを重要視しているので、そこを注目して下さい!
****** 完結まで必ず続けます *****
****** 毎日更新もします *****
他サイトへ重複投稿しています!
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
転落貴族〜千年に1人の逸材と言われた男が最底辺から成り上がる〜
ぽいづん
ファンタジー
ガレオン帝国の名門貴族ノーベル家の長男にして、容姿端麗、眉目秀麗、剣術は向かうところ敵なし。
アレクシア・ノーベル、人は彼のことを千年に1人の逸材と評し、第3皇女クレアとの婚約も決まり、順風満帆な日々だった
騎士学校の最後の剣術大会、彼は賭けに負け、1年間の期限付きで、辺境の国、ザナビル王国の最底辺ギルドのヘブンズワークスに入らざるおえなくなる。
今までの貴族の生活と正反対の日々を過ごし1年が経った。
しかし、この賭けは罠であった。
アレクシアは、生涯をこのギルドで過ごさなければいけないということを知る。
賭けが罠であり、仕組まれたものと知ったアレクシアは黒幕が誰か確信を得る。
アレクシアは最底辺からの成り上がりを決意し、復讐を誓うのであった。
小説家になろうにも投稿しています。
なろう版改稿中です。改稿終了後こちらも改稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる