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神の名を冠する国
第六百十四 話 大森林へ
しおりを挟む大森林での騒動の次の日。荷台に揺られている。
早朝からヨハンはカレンとニーナを連れて行商人を雇い大森林へと向かっていた。
「ねぇお兄ちゃん? ほんとにあの人達がいたの?」
「たぶん、ね。だからそれを確認しにいくんじゃない」
「カレンさんはどうなのさ?」
「……確かに言われてみればその可能性があるわ」
現在、風の聖女イリーナ・デル・デオドールはミリア神殿内で軟禁されている。罪状がはっきりとはしなくなったことで後日審問されるのだと。
しかし不思議なのは、騒動から一日しか経っていないというのに、獣人と繋がってフォーレイの町を襲撃させたという話がいつの間にか国民に広く知れ渡っている。首都パルストーンは大騒ぎ。イリーナの擁護派と聖女剥奪派に分かれていた。
(それだけ聖女が持つ影響力が凄いってことなんだろうな)
クリスティーナ個人だけを見れば普通の女の子。しかし聖女という冠職ともなれば国民の関心は物凄い。中には不遜としながらも推しの聖女が水面下でいるほど。
そう考えれば国民がそこかしこで話していることにも理解できるのだが、問題は誰が情報を漏らしたかということ。
(騎士の人が口を滑らしたのか、それとも……)
獣人同士の繋がり。パルストーンで生活をしている獣人の中に情報がもたらされ、それが主を通じて広まったのか。
「モニカ達、大丈夫かしら?」
不安気な眼差しで後方、首都パルストーンへと視線を向けているカレン。
「エレナがいるから大丈夫だと思うよ」
その場に居合わせた当事者として、証人喚問のために出廷する予定になっている。
「あたしは信じられないなぁ。あそこの人達みんな良い人たちばっかだよ?」
風の部隊。翼竜厩舎に日常的に出入りしているニーナ。そんな素振りは一切ない。
「それはわかってるよ」
「でももしかしたら裏切り者がいるかもしれないしね」
「ふぅん」
確かに疑念が残る。微妙な魔族の残滓。それ自体はニーナもヨハンとカレンには報告していた。
「……うーん。だとすればあの人なんだけどね」
「あの人?」
「ほらっ。あのカイザス・ボリアスって人」
「え? あの人、風の第一聖騎士よね?」
「だから違うかなって思ったんだけど、あの人どうもあたしを睨んできたからさ」
「それはあなたがあっさりと翼竜を乗りこなしたからじゃないの?」
「そうだね……――」
一日すら必要とせずに翼竜を乗りこなしたことは多くの騎士に驚嘆され、褒め称える者もいれば、中にはいくらかの嫉妬の眼差しを向けられてもいた。その中で一際強く睨みつけていたのがカイザス・ボリアス第一聖騎士だということにはヨハンも気付いていた。
「――……かもしれないけど、念のために気を付けてようか。この話は僕たちの間だけで、ね」
「え? もうナナシーさんに話しちゃったよ?」
「……あっそう」
「まぁ、あの子達も情報を持っておくに越したことないものね」
溜息を吐くカレン。ゴンザと思しき目撃情報は既に共有されている。もしそうであれば、魔族の関与の可能性が格段に高くなっていた。
(もしかしたら、ティアはそのことを伝えようとしていたのかな?)
精霊石がミリア神殿を差した理由。人魔戦争を視た後だからこそ、無関係とも思えない。
「それに、どうにもあそこも一枚岩とも言えないみたいだしね」
思い返すのは、先日小型飛空艇に近付いて来た二頭の翼竜。風の第二聖騎士、狼の獣人ニック・ワーグナーと第三聖騎士、猫の獣人カルー・ベルベット。
風の聖女イリーナの下、大森林へと向かおうとしたところ、見慣れない飛空艇を見かけたので近付いて確認したのだが、イリーナが火の聖女バニシュ・クック・ゴードによって連れられたことを報告すると、慌てて反転してパルストーンへと戻っていっていた。
第一聖騎士カイザス・ボリアスは何をしていたのかと聞かれ、答えられないでいると二人共にして不満を隠すことなく、むしろ露わにしていた。
◆
そうして目の前には広大な森、トリアート大森林。
御者を務めてもらっていた行商人には行きだけで良いと伝え、帰ってもらっている。心配そうにされていたのだが、年若い男女であれども冒険者だということを伝えると多少は納得していた。
「――……で、さ。この大きな森のどこを探すのさ?」
「そこはまぁ、二人を頼りにさせてもらうよ」
「……あっそう」
カレンとニーナの探知能力が頼り。しかしげんなりするほどの大きさ。見るからに何日かかるかわからない程。
「せめて帰りに間に合えば良いけど」
大型飛空艇の魔力が溜まるまでが期限。滞在期間はあと九日の予定。シェバンニには行き先と目的は予め伝えてはいるのだが、間に合わなければ先に帰ってもらうようにも言ってある。
『あんまり無茶なことはしないように、と言いたいところですが、仕方ありませんね。周りには上手く言っておきますので後悔のないようにしなさい』
『ありがとうございます』
シェバンニとしても捨て置けない問題。パルスタットに滞在中、他の学生の引率をしながらいくつか調べものをしてくれていた。
『気を付けなさい。獣人との抗争はどうやら根がかなり深いようですので』
『わかりました』
見上げる大森林。これから赤狼族の集落の捜索を行う。
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