S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

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神の名を冠する国

第六百二十 話 聖女裁判

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「――……それでは風の聖女イリーナ・デル・デオドール様はあくまでも獣人と共謀して今回の一件を仕組んだわけではないと申すのだね?」

ミリア神殿内の審問所。異端審問も行われるその場に立つイリーナは進行を務める大神官から目を逸らすことなく答える。凛とした態度。

「その通りでございますエチオーネ大神官」
「……ふむ。ここまで聞く限り、イリーナ・デル・デオドール様の申し開きに矛盾は生じていない」

赤狼族と対話をするためにトリアート大森林へと赴いたのだと。

「ではこれより他の発言を認めよう。意見のある者は挙手をして、私の指名を受けてから発言するように」

エチオーネ大神官が見回す先にいるのは他の聖女達。その中でいの一番に手を上げるのは火の聖女。

「発言、いいかな?」
「ではどうぞ、火の聖女バニシュ・クック・ゴード様」
「ありがとう」

立ち上がりながらバニシュが口を開く。

「今回、彼女を聖女裁判に取り上げたのがウチだということは皆の知る通りだが」
「事態と関係のない発言はお控えくださいませ。お聞きしたいのは、デオドール様が聖女としての行為を逸脱しているということに関してのみですよ」
「おっとそうだったさね。なにぶんこういう公式の場が久しぶりなものでね」

ニコッと微笑むバニシュはそのまま言葉を繋いだ。

「さて、先のことに関してだが、まず一つ」

指を一本上げる。

「赤狼族との密会現場にウチが偶然遭遇した」
「その報告は受けておりますが、しかしそれだけでは証拠としては不十分ですな。この場に於いて裁定は私に委ねられております」
「もちろんそれだけではないさね。そこにいる風の聖騎士、カイザス・ボリアスからの報告があった」
「むっ?」

突然自身の筆頭聖騎士の名が出たことにイリーナが目を細める中、会場中の視線は五つの椅子で唯一空席になっている席の後ろ、イリーナが本来座る席の後ろに立つ風の第一聖騎士へと集まった。腕を水平に伸ばすバニシュ。

「ここ最近、獣人の扱いに関してイリーナが――おっと、イリーナ・デル・デオドールが不満を漏らしていた、と。それはもう一般人であればとっくに神罰が下っているほどの、ね」
「なっ!?」

その言葉に思わず目を見開くイリーナ。視線の先に捉えるカイザス・ボリアスは小さく口角を上げている。

「バニシュ様。このような場で私の名前を出すなどとは」
「カイザス・ボリアス殿。発言は挙手をしてから、と言いましたが?」
「申し訳ありません大神官様。動揺して思わず」

言葉とは裏腹に、カイザス・ボリアスに動揺は微塵も見られない。

「ふむ。聖騎士の発言は優先度が低いのだが発言を許可しよう」
「ありがとうございます。それでは先程私の名を挙げられたことに関してですが、確かに火の聖女バニシュ・クック・ゴード様のおっしゃられる通り、イリーナ様は現在の状況を憂いておられました。何を、というのはわざわざ言わずともこの場にいる皆々様でしたらご理解して頂けるかと思われますので割愛いたします」

途端にざわざわとする会場内。そこかしこで神官たちが小さく会話をしていた。

「おいおい。雲行きが怪しくなってないか?」
「……そうですわね」
「どうなるのかしら?」

レイン達もそのやりとりを会場の隅で見ている。その場に居合わせたモニカ達は重要参考人として発言を求めることがあるかもしれないと伝えられていた。

「ふむ。では次に第三者の意見を伺おう」

エチオーネ大神官が視線を落とす先にはマリンに姿を変えているエレナ。

「マリン・スカーレット公女殿下にお話をお伺いしたいのですが、よろしいですかな?」
「はい」

力強く、はっきりとした返事。

(これまでの流れを見るに、獣人の存在が不要なのかもしれませんわね)

風の聖女を排除する目的として考えられるもの。諸々を総合的に判断したところ、それ以外には考えられない。

(ですが……排除したとしてどうするのでしょうか?)

次の聖女にも獣人の血が必要となるはず。根本的な問題の解決にすらならない。
そもそも、問題として取り上げることすら時代に逆行する行い。歴史的な背景を汲み取れば人間と獣人の境界線をなくしていかなければならない。

(序列を変えようとしているのであればわからないでもないのですが)

同列としてみなす聖女の格。その聖女の格に順位を付けるのだとすればまだ理解できた。

(とにかく、不用意な発言をする必要はありませんわね)

現在ヨハンが調べに向かっているトリアート大森林。そのS級冒険者が獣人側に付いている理由を知るまでは。
クリスに聞くところによると、仮に聖女裁判で重罪認定されたとしても、刑が執行されるまでにはそれなりの猶予があるというのだから、今回の一件が冤罪だとしてもまだ逆転の目はある。

「マリン様。まずあなた方がその場に居合わせたという事実には間違いございませんね?」
「はい。その通りです」
「その際、あなた方は火の聖女の裁定に不満を抱えて阻害した。これも間違いありませんね?」
「……ええ。その通りですわ」

ざわつく周囲の神官たち。聖女の裁定に割り込むなど、とても信じられるものではなかった。自分達であれば、そんなことをすれば例えその場をやり過ごせたとしても、形式上の異端審問にかけられた末に問答無用で打ち首間違いなし。恐れ多いにも程がある。

「静粛に。これに関しては他国であり我が国の教義に疎いということを理由に、バニシュ・クック・ゴード様が直々に情状酌量の余地があるとして不問になされている」

僅かの時間を要してその場に静寂が流れ、再びエチオーネ大神官が口を開いた。

「問題はそのようなことではなく、彼女らに証言して頂きたいのはイリーナ・デル・デオドール様の行動。件の赤狼族を助けに入ったというのは間違いないですね?」
「……ええ。ですが、それはわたくし達を助けるためとも取れますわね」

この程度の発言で援護できるのかどうかわからない。しかし何も言わないよりはマシ。

「ふむ。これに関してはデオドール様に直接お聞きしましょう。ですがその前に、あなた方があの場に居合わせたのは水の聖女クリスティーナ・フォン・ブラウン様の聖騎士によって案内してもらっていた。そういうことでよろしいのですね?」

エチオーネ大神官が視線の先に捉えるのは水の聖女クリスティーナ。立ち上がるクリスティーナ。

「ええ。その通りです。この国の良いところをリオンによって色々と紹介してもらっていました」

凛とした声ではっきりと答えるクリスティーナ。頷く大神官を目にしてすぐに座り、そうして視線が再びマリンエレナへと集まる。

「そこで偶然出くわしたわたくし達に被害が出ようとしたのを、イリーナ様に助けて頂きましたの」

発言自体に事実間違いはない。

「発言、よろしいでしょうか?」

その場に響く静かな声。手を上げているのは光の聖女アスラ・リリー・ライラック。左右の異なる色の眼球をエレナへと向けていた。

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