628 / 724
神の名を冠する国
第六百二十七話 糸を引く者
しおりを挟むふとその場に響くバニシュの声。
「交換条件?」
突然名前を呼ばれ、思わず疑問符を浮かべるエレナ。
「先程のことさね。あんたが犯した罪を清算させるチャンスをあげるさ」
罪の清算と言われても、姿を入れ替えたことがどれだけ罪深いことなのか些か疑問が残る。
「あのエルフをこの国に差し出せば今回の行いに関して減刑をしてやろうさね。そのための尽力はウチも惜しまないさ」
「その通りよぉ。さすがはバニシュ。よくおわかりでぇ」
「ありがとうございます」
「いやしかし、それはあんまりでは……?」
対照的な反応を示すベラルとクリスティーナ。
聖女達が互いの主張を繰り広げている中、エレナはどう答えようかと返答に悩む。
(いったいどういうつもりで? いえ、これもそのためと思えば……)
獣人との対立を敢えて煽っていると考えれば多少は納得がいった。しかしどう答えるのが最善なのか、言葉が見つからない。
「やられましたわ。最初からそのつもりで……――」
ふと視界の中に飛び込んできた人影。多くの神官の中に紛れるようにして居るその顔に覚えがある。
「――……ガルアー二・マゼンダ」
エレナ自身には直接の面識はないのだが、人魔戦争を垣間見たからこそすぐにそれが誰なのか思い出せた。
(だったらもしかすればモニカ達も)
嫌な予感がしてならない。
「――……この件に関しましては後程検討するということで」
「ああ。よろしく頼む」
ようやくこの後のことに関して大筋の流れが決まる。そこで立ち上がるのはクリスティーナ。
「ではエレナ様。申し訳ありませんがまだお帰しするわけにはいきませんので神殿内にいてもらいます。私が案内しますので参りましょう」
落ち着いた装いでエレナの下へ向かおうとするのだが、言葉を差し込むのはゲシュタルク教皇。
「ならん」
「教皇様? ならん、とは?」
「お前は確かに優秀な聖女になった。だが、ここに至っては私情を持ち込み過ぎる。イリーナの件にしても、間違いなく心穏やかではなかったであろう。そうなれば短い付き合いとはいえ、お前は情に絆されてこ奴らを逃がすやもしれんからな」
「そ、そんなこと……」
「この一件。アスラとベラルの二人の預かりとする。異論は認めん」
ぴしゃりと言い放った。
「これにて閉廷とする。詳しいことは後に枢機卿団を中心に決定していく。では国王様。参りましょうか」
審問所をパルスタット王と連れ立って出ていくゲシュタルク教皇。
「何も、できず、か」
天を仰ぐイリーナ。その表情には後悔が滲み出ている。
「何も成し遂げていないというのに」
獣人との懸け橋になるどころか、争いの中枢。
そうしてイリーナ・デル・デオドールが風の聖女の資格を剥奪されることが最終的に決まった。
(これは厄介なことになりましたね。まずは学生達を避難させないと)
神官の姿に変えていたシェバンニ。
(それに彼女。私のことは敢えて見逃したのか、それとも気付かなかったのか)
光の聖女アスラ・リリー・ライラックの左右の異なる眼。恐らく魔眼の類い。どれほどの認識力なのか定かではないのだが、自身の事も見抜かれていてもおかしくはない。
(どちらにせよ早く戻らないと)
そうしてシェバンニは審問所に背を向け、神殿内部へと続く廊下を早足で歩いて行く。
◆
ミリア神殿内部。最奥にある教皇の寝所。
「これでようやく全てが揃った」
小さく呟くパルスタット神聖国の教皇であるゲシュタルク・バウ・バーバリー。
「あとは条件、器を満たすのみだ。条件さえ揃えば魔王の復活をようやくこの目で拝むことができる」
部屋の壁に手の平を押し当て、魔力を流し込むと魔方陣が描かれる。ゴゴッと少しの音を鳴らし、左右に開かれていった。
隠し扉であったその奥には一本の道。
「首尾はどうだガルアー二殿」
カツカツと歩きながらチラと横を見ると、影からぬッと姿を見せるのはガルアー二・マゼンダ。
「ほっほ。こちらも予定通りだ」
「それは本当だろうな?」
「無論だ。あとは憎悪を大きく膨らませれば問題はない。できれば本人のものが一番良いのだが、それでも既に多くの憎悪が渦巻くこのパルストーンであれば十分に事足りるだろう」
「ならばよい」
ゲシュタルク教皇が立ち止まり、顎を上げて見上げる先には水音を鳴らしながら壁を流れる滝。その中心に、十字に張り付けられたモニカ。意識を失っている。
「まさかこんな小娘が魔王の器だとはな。間違いはないのだな?」
「当然だ。まだ器が満たされきってはいないが、あの時こやつの中から間違いなく魔王様の波動を感じ取った。ああお懐かしい」
「貴様の感傷などどうでもよい。しかし本当に上手くいくのだろうな?」
ギロリとガルアー二を睨みつけるゲシュタルク教皇。
「疑り深い方だ。そのために儂らは仕込んでおいたのだ」
「……ふむ。それもそうか。あれから間もなく十五年か……長かったな」
「いやいや、十五年などあっという間だ。そのような刻、微々たるものよ」
「そうか。貴様は千年待ったのだったな。それがこの国だということも因果なものよ」
ドサッと玉座と見紛う椅子に腰掛けるゲシュタルク教皇。
「これで世界は神によって救われる」
片肘を着いてゲシュタルク教皇はほくそ笑んだ。
14
あなたにおすすめの小説
攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】
水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】
【一次選考通過作品】
---
とある剣と魔法の世界で、
ある男女の間に赤ん坊が生まれた。
名をアスフィ・シーネット。
才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。
だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。
攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。
彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。
---------
もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります!
#ヒラ俺
この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
---
追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
無限に進化を続けて最強に至る
お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。
※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。
改稿したので、しばらくしたら消します
スキルで最強神を召喚して、無双してしまうんだが〜パーティーを追放された勇者は、召喚した神達と共に無双する。神達が強すぎて困ってます〜
東雲ハヤブサ
ファンタジー
勇者に選ばれたライ・サーベルズは、他にも選ばれた五人の勇者とパーティーを組んでいた。
ところが、勇者達の実略は凄まじく、ライでは到底敵う相手ではなかった。
「おい雑魚、これを持っていけ」
ライがそう言われるのは日常茶飯事であり、荷物持ちや雑用などをさせられる始末だ。
ある日、洞窟に六人でいると、ライがきっかけで他の勇者の怒りを買ってしまう。
怒りが頂点に達した他の勇者は、胸ぐらを掴まれた後壁に投げつけた。
いつものことだと、流して終わりにしようと思っていた。
だがなんと、邪魔なライを始末してしまおうと話が進んでしまい、次々に攻撃を仕掛けられることとなった。
ハーシュはライを守ろうとするが、他の勇者に気絶させられてしまう。
勇者達は、ただ痛ぶるように攻撃を加えていき、瀕死の状態で洞窟に置いていってしまった。
自分の弱さを呪い、本当に死を覚悟した瞬間、視界に突如文字が現れてスキル《神族召喚》と書かれていた。
今頃そんなスキル手を入れてどうするんだと、心の中でつぶやくライ。
だが、死ぬ記念に使ってやろうじゃないかと考え、スキルを発動した。
その時だった。
目の前が眩く光り出し、気付けば一人の女が立っていた。
その女は、瀕死状態のライを最も簡単に回復させ、ライの命を救って。
ライはそのあと、その女が神達を統一する三大神の一人であることを知った。
そして、このスキルを発動すれば神を自由に召喚出来るらしく、他の三大神も召喚するがうまく進むわけもなく......。
これは、雑魚と呼ばれ続けた勇者が、強き勇者へとなる物語である。
※小説家になろうにて掲載中
老衰で死んだ僕は異世界に転生して仲間を探す旅に出ます。最初の武器は木の棒ですか!? 絶対にあきらめない心で剣と魔法を使いこなします!
菊池 快晴
ファンタジー
10代という若さで老衰により病気で死んでしまった主人公アイレは
「まだ、死にたくない」という願いの通り異世界転生に成功する。
同じ病気で亡くなった親友のヴェルネルとレムリもこの世界いるはずだと
アイレは二人を探す旅に出るが、すぐに魔物に襲われてしまう
最初の武器は木の棒!?
そして謎の人物によって明かされるヴェネルとレムリの転生の真実。
何度も心が折れそうになりながらも、アイレは剣と魔法を使いこなしながら
困難に立ち向かっていく。
チート、ハーレムなしの王道ファンタジー物語!
異世界転生は2話目です! キャラクタ―の魅力を味わってもらえると嬉しいです。
話の終わりのヒキを重要視しているので、そこを注目して下さい!
****** 完結まで必ず続けます *****
****** 毎日更新もします *****
他サイトへ重複投稿しています!
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
無尽蔵の魔力で世界を救います~現実世界からやって来た俺は神より魔力が多いらしい~
甲賀流
ファンタジー
なんの特徴もない高校生の高橋 春陽はある時、異世界への繋がるダンジョンに迷い込んだ。なんだ……空気中に星屑みたいなのがキラキラしてるけど?これが全て魔力だって?
そしてダンジョンを突破した先には広大な異世界があり、この世界全ての魔力を行使して神や魔族に挑んでいく。
神様に与えられたのは≪ゴミ≫スキル。家の恥だと勘当されたけど、ゴミなら何でも再生出来て自由に使えて……ゴミ扱いされてた古代兵器に懐かれました
向原 行人
ファンタジー
僕、カーティスは由緒正しき賢者の家系に生まれたんだけど、十六歳のスキル授与の儀で授かったスキルは、まさかのゴミスキルだった。
実の父から家の恥だと言われて勘当され、行く当ても無く、着いた先はゴミだらけの古代遺跡。
そこで打ち捨てられていたゴミが話し掛けてきて、自分は古代兵器で、助けて欲しいと言ってきた。
なるほど。僕が得たのはゴミと意思疎通が出来るスキルなんだ……って、嬉しくないっ!
そんな事を思いながらも、話し込んでしまったし、連れて行ってあげる事に。
だけど、僕はただゴミに協力しているだけなのに、どこかの国の騎士に襲われたり、変な魔法使いに絡まれたり、僕を家から追い出した父や弟が現れたり。
どうして皆、ゴミが欲しいの!? ……って、あれ? いつの間にかゴミスキルが成長して、ゴミの修理が出来る様になっていた。
一先ず、いつも一緒に居るゴミを修理してあげたら、見知らぬ銀髪美少女が居て……って、どういう事!? え、こっちが本当の姿なの!? ……とりあえず服を着てっ!
僕を命の恩人だって言うのはさておき、ご奉仕するっていうのはどういう事……え!? ちょっと待って! それくらい自分で出来るからっ!
それから、銀髪美少女の元仲間だという古代兵器と呼ばれる美少女たちに狙われ、返り討ちにして、可哀想だから修理してあげたら……僕についてくるって!?
待って! 僕に奉仕する順番でケンカするとか、訳が分かんないよっ!
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
異世界成り上がり物語~転生したけど男?!どう言う事!?~
繭
ファンタジー
高梨洋子(25)は帰り道で車に撥ねられた瞬間、意識は一瞬で別の場所へ…。
見覚えの無い部屋で目が覚め「アレク?!気付いたのか!?」との声に
え?ちょっと待て…さっきまで日本に居たのに…。
確か「死んだ」筈・・・アレクって誰!?
ズキン・・・と頭に痛みが走ると現在と過去の記憶が一気に流れ込み・・・
気付けば異世界のイケメンに転生した彼女。
誰も知らない・・・いや彼の母しか知らない秘密が有った!?
女性の記憶に翻弄されながらも成り上がって行く男性の話
保険でR15
タイトル変更の可能性あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる