S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

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神の名を冠する国

第六百三十八話 厩舎事変

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ヨハン達が水の塔を駆け上がっている中、リオンがユリウスと交戦し始めたその頃、ニーナとレオニルの二人が向かった翼竜厩舎では。

「魔物を使役する悪しき者どもッ!」
「死ねぇッ!」

風の部隊の敷地であるそこはこれまで以上に戦場と化していた。だが部隊への被害が今のところは軽微なのは、敷地の門を閉ざしており、外部からの侵入を防いでいる。しかしそれもこのままいけば門か外壁が決壊して侵入を許すことになる。

「もうこれ以上は!」
「だからやめろっての」
「ニックの言う通りや。ここは我慢するんや。ウチらがここで翼竜を使えば余計事態が悪化するって!」
「そうそう。ただでさえイリーナ様が幽閉されてるってのに、俺らがあの人の立場をこれ以上悪くはできないだろ?」

応戦はしているものの、翼竜に跨っている者は誰もいない。出撃準備は整っているのだが、一般兵の要望である翼竜を用いての戦局の打開は獣人の二人、第二聖騎士で狼の獣人であるニック・ワーグナーと、第三聖騎士で猫の獣人であるカルー・ベルベットが止めていた。

(しっかし実際どうするか)

とはいえ、このまま防戦一方というわけにもいかない。時間稼ぎをしていれば運が良ければ事態が好転するかと期待していたのだがどうにもその様子の一切が見られない。ただでさえ翼竜の暴走により街の住人に危害を加えてしまったことが事態の尾を引いているというのに。

(カイザスのやつ、こんな時にどこほっつき歩いていやがる)

イリーナを護る一の聖騎士であるカイザス・ボリアスの姿を一度も目にしていない。聖女裁判に向かって以降一度も。





その様子を外から見て内心でホッと安堵するのはレオニル・キングスリー。獅子王族の族長の娘であり、先代風の聖女。

「良かった」

部隊の判断を見て小さく声を漏らす。
ただでさえ人間と獣人の対立の構図が出来上がっており、これから後には父であるバンス・キングスリーが千人規模で獣人を率いてパルストーンへの侵攻を始めるのだから。

(せめて彼らには人間の味方でいてもらわないと)

事が落ち着いたとしても取り返しがつかなくなる。
冷静な判断をしてくれているおかげで例え被害が大きく出ようともまだ手を取り合える可能性は残されていた。それが例え自分達ではなかったとしても、獣人として全体が人間に敵対したわけではない。

「こっちにもいたぞっ!」
「あっ、見つかっちゃったね」
「…………」

レオニルの姿を確認するなり好戦的な態度を見せる街の住人や神兵たち。何人もいる。

「獣人は皆殺しだッ!」

目を血走らせながらレオニルに向かって斬りかかって来る神兵。レオニルは微動だにしない。

「だっ!」

対応するのは握り拳で一突きするニーナ。

「げぼっ!」

一瞬にして意識を刈り取られると前のめりに倒れた。

「うっ!?」
「こ、こいつ、強い……」

明らかに速度の違う踏み込みを見てたじろいでいる。

「そこ、通してくれるかな?」

一歩ずつ、ニーナがゆっくりと歩を進めると、何十人もいる人だかりが畏れから二つに割れる。

「ぐぅっ」
「だ、誰かいけよ」
「だったらお前がいけよ。オレは死にたくねぇ」
「……あ、ああ」

威圧感たっぷりのニーナに対して誰も彼もが踏み込めずにいた。踏み込めば間違いなく殺られる。それだけの殺意。

「さーって。それで、どうやってここに入るの?」
「そうですね……――」

思案に耽るレオニル。
門の前にまでは来たものの、門は閉ざされたまま。入るためには中から開けてもらうしかない。

「危ないッ!」
「――……え?」

不意にレオニルの耳に飛び込んで来るニーナの声。
一体どうしたのかと反応を示すよりも先に、背中に感じるニーナの腕の感触。ニーナはレオニルを抱きかかえて一足飛びにその場から飛び退いている。

「ぎゃああああっ!」
「ぐあああああっ!」

元居た場所。辺り一帯が爆炎に包まれていた。

「な、にが?」

突如としてその場に降り注いだのは巨大な炎。

「あそこっ!」
「どう、して!?」

唖然としながらニーナの指差した先、空を見上げるレオニル。

「…………」

視線の先には一頭の翼竜。明確な意図を以て眼下に火炎弾を撒き散らしていた。
その背に乗っているのは紛れもなく一人の聖騎士。見間違えるはずがない。

「あっ!」

結論を出す時間どころか答えも持ち合わせていない中、火炎弾を吐いた翼竜は真っ直ぐに厩舎がある風の部隊の敷地内へと降りていく。

「どうするのさ!?」
「……仕方ありませんね」

迷う時間などない。決意の瞳を宿すレオニルは僅かに身体を硬直させた。

「オオオオオオオンッ!」

猛々しい咆哮と共に、金色の体毛を伸ばすレオニル。

「か、かっこいい」

レオニルが行ったのは獣化。それもただの獣化ではなく、獣人の頂点に立つ獅子王族の獣化。紛れもない獣人族最強の血。

「へ?」
「ニーナさん。きちんと着地してくださいね」

ふわっと獣化したレオニルに担がれるニーナはレオニルが何をするのかすぐに理解する。

「ま、まさか」

担いだニーナをグッと放り投げる姿勢を取るレオニル。

「いきますっ!」
「ちょ、ちょっと待って!」
「はあッ!」

直後、腕を伸ばすレオニルによってグンッと物凄い勢いで投げ飛ばされた。

「きゃああああああああ…………――」

跳躍ではおよそ跳び越えることのできない高さの壁を悠々と越え、そのまま反対側である厩舎の内側へと落ちる。

「――……っつぅぅぅぅぅ!」

なんとか着地の態勢だけは取れたのだが、落ちた高さが高さ。頭頂部まで上ってくるようなジンジンとする痺れを足裏に残した。

「ったぁぁぁぁぁ」
「申し訳ありませんニーナさん。手っ取り早く越えたかったので」

すぐさまニーナの横へ着地するレオニル。軽やかな身のこなしであり、正に獣のそれ。

「っつぅぅぅ……って、あれ? もう元に戻るの?」
「ええ。これは魔力の消費が大きいですから」

シュウウッっと獣化を解くレオニル。ここ一番で使用するのが獣化。まだここから先、何があるのかわからない。

「ふぅん」

わかっているようなわかっていないような顔をするニーナを余所に、レオニルは正面を見る。その表情は真剣そのもの。

「ほぅ。まさか跳び越えて来るとは思わなかったな。さすがは獅子王族、といったところか」
「……それよりもカイザス。どうして先程あの人間達を殺したのですか?」

目の前には背後に翼竜を従えたカイザス・ボリアス。風の第一聖騎士が立っていた。

「それに……――」

周囲には一般騎士が横たわっており、第二聖騎士のニック・ワーグナーと第三聖騎士のカルー・ベルベットが槍と剣を構えている姿。

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