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神の名を冠する国
第六百四十 話 狙い定めて
しおりを挟むニーナとレオニルに対峙するカイザスはチラと周囲を見回している。念のために警戒心を高めておいたのだが、その心配はいらないのだと。視界に捉える風の部隊は攻撃を仕掛けてくるどころか、動きを見せる様子なく、動向を見守るつもりでいた。
そうなると警戒が必要なのは目の前に並んで立つ二人。一人はよく知る先代風の聖女。もう一人はあまり詳しくは知らないが聞けば竜人族の少女。その二人がこの場に於いて最大戦力。最もよく知る第二と第三聖騎士のニックとカルーは手を出せない状況。
(即席では程度は知れている)
そもそも目的遂行に生じた想定外の障害。連携も拙いだろうという推測。
「ニーナさん」
「なに?」
ジッとカイザスに見定められる中、隣り合うレオニルがニーナに小さく声を掛ける。
「カイザスは剣の達人です。気を付けてください」
「……ふぅん。それって、剣聖に届くぐらい?」
「剣聖? 剣聖ってあの剣聖ですか?」
「うん」
不意にニーナの口から聞こえて来た称号に疑問符を浮かべるレオニル。
「あ、いえ。さすがに噂に名高い剣聖ラウル・エルネライ程ではないかと」
「そうなんだ」
「ですが」
「だったら問題ないよ」
「あっ」
続けて何かを伝えようとしたレオニルの言葉を聞くことなく、にッと笑みを浮かべたニーナは一直線にカイザス目掛けて駆けだした。
「むっ?」
ニーナの驚異的な突進力に目を見張るカイザス。
(速いな。それに……――)
警戒していた以上の速度。警戒をもう一段階上に引き上げた。
手に宿す赤の手甲の存在感。
(――……相当に強力な武具と見る。だが)
とはいえ、ニーナの奥に見えるレオニルの姿。今はより警戒すべきはそちら。
「どこ見てるの?」
ブンッと振るわれる拳。空気の振動がびりびりと伝わってくるほどの豪拳。
「なに。貴様程度の動き、余所見をしていようが躱せるさ――このように、な」
躱しながら剣を振り下ろす。
「へぇ」
しかしニーナもカイザスの剣を十分に見切っており、避けながら続けざまに拳を振り切った。
「す、すげぇ。ニーナの嬢ちゃん、あのカイザスの剣を躱してやがる」
「それどころやないって。反撃までしてるやんか」
ニックとカルーが思わず目を奪われる二人の攻防。その動きを目で追えるのはニックとカルーとレオニルの三人のみ。と――。
「…………」
加えて、遠目にその様子を見ているただ一頭だけ。誰も乗りこなすことのできなかった巨大な翼竜。ニーナがギガゴンと名付けた翼竜が破れた天幕の隙間からその様子を見ていた。
「まったく。自由な人だとは思っていましたが……――」
レオニルも素直に驚嘆する動き。自由奔放に動き回る身のこなしは正に想像以上。
普段は飄々としているニーナ。生来の性格であろうその天真爛漫さはレオニルからすれば羨ましい限り。かと思えば、その様子からは一切想像もつかない程に遠慮のない攻撃が仕掛けられている。正に竜人族ならでは。竜人族の戦闘能力の高さは噂では聞いてはいた。しかし人間でも確実に上位に入る一級の剣士のカイザスとこれほどまでに、互角以上の攻防を繰り広げることができるとは思ってもみなかった。
「――……これなら」
カイザスを倒すことができる。
そのまま視線を地面に向けると、そこに落ちているのは一本の槍。ゆっくりと拾い上げ、体内に魔力を循環させる。カイザスに気取られない程度に巡らせていた。
(あとはニーナさんが気付いてくれれば)
しかしレオニルには確信がある。ニーナであれば必ず気付いてくれるはず。
突然飛び出したとはいえ、彼女は自分勝手に戦っているわけではない。天性の野生の勘に釣り合う知性も持ち合わせているだろう、と。
「むうぅぅぅぅ」
そうして戦局が徐々にカイザスに傾き始めていく。致命傷を負うことはないのだが、それでも認めざるを得ないカイザスの体捌き。一流の強者。
「どうした? その程度か?」
「じょーだん。まだまだやれるよ」
「なるほど。では遠慮なく殺してやろう。なに、心配するな。お前の死体は他の仲間と一緒に並べておいてやる」
「へぇ。やれるものならやってみせてよ、って感じだね」
とはいうものの、決定的な一撃を与えられないことにもどかしさを感じるニーナ。
(確かに強いんだよねぇ)
敬愛する兄ヨハンほどでも、それこそ至高の剣士であるラウル程でもないのだが、高水準であることは間違いない。
(だったら……ん?)
魔力の消費を気に掛ける余裕もないのだが、カイザスの向こう側、そこに見えるのは槍を手に持つレオニルの姿。魔眼越しにその手に巡らせている魔力反応が見える。
(なにするつもりなんだろ?)
僅かに思考を巡らせたところ、思い当たった。
(そう、いうことね)
何をしようとしているのかを。
獣化は全身に魔力を漲らせるものなのだが、身体の一部、腕のみに魔力を巡らせ、一部分だけ獣化をさせることができる。視えたのはまさにそれであり、槍を持つ右手に魔力が集中していた。
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