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神の名を冠する国
第六百四十八話 疑問と真贋
しおりを挟む火の蜥蜴。サラマンダーと呼ばれる召喚獣――このパルスタットに於いては神獣と称されるその存在はまるで魔物の如き凶暴さを露わにしていた。術者の意思をその行動に反映させるのが召喚獣。
「何をするつもりさね?」
特に何かを打ち合わせをしたわけではない。しかしテトとカレン。二人の智謀を持ち合わせればその対応には打ち合わせなど必要としない。
「まぁいいさね。何をしようとも無駄さね」
バニシュ自身を纏う炎のゆらめき。一際大きく蠢くと、バニシュから繰り出されるのは数多の火の粉。その火の粉一つひとつに魔力が込められている。
「なに!?」
しかしそれらはサナ達の下へと到達することはなかった。舞い上がる火の粉は一定以上の距離を飛び、何かに張り付いている。
「引っ掛かったわね」
小さく笑みをこぼすカレン。
薄暗い地下水路であるからこそ気付きにくいのだが、よく目を凝らすと、バニシュを取り囲むようにして微かに円形の薄い膜が生じていた。その膜に火の粉がひたひたと張り付いている。
展開されていたのは限界ギリギリまで薄く張られた魔法障壁。カレンが繰り出したもの。本来であれば術者や他者の身を護るために使用する障壁をこの場に於いては用途を逆転させていた。
直後、ドゴンと障壁の中で大きく響く爆発音。何かに触れて初めて効果を発揮するバニシュの魔法の特性を逆手に取る。
「ふっ。小癪な真似を。しかしこんなものでウチが倒れるとでも?」
障壁が決壊する程の爆発の中なのだがバニシュは無傷。しかしそれもカレンにとっては想定内。
「ふふっ」
「なにが可笑しい?」
「だってあなたぐらいの魔導士をこの程度で倒せるだなんて思っていないもの。これはただの時間稼ぎよ」
「なに?」
カレンが時間稼ぎに回った理由。それは後方でいくつもの水撃を受けている召喚獣の対処。
「ちっ。神の使いを畏れぬ愚か者どもめ」
水撃を受け続けているのは自身の召喚獣であるサラマンダー。
「手数を緩めるな! このまま一気に押し切るのじゃ」
「はいっ!」
テトとサナ。二人の水魔法の使い手による攻撃。火に対する水の絶対的な相性は申し分ない。
(ぬぅ。それにしても、これは厄介じゃな)
手数は勿論、一撃の威力も魔力と体力の消費を顧みずに上げているのだが、先程よりもダメージを負わせられていない。弱るどころかサラマンダーは瘴気を生み出していた。見るからにバニシュの怒りに連動している。
「おねがい。おねがい、もうすこしだけ」
そこでテトの耳に不意に飛び込んで来る小さな声。
「ウンディーネさん力を貸して。もうちょっと、だから。私も頑張るから!」
思わず耳を疑い、目を丸くさせてサナを見た。
「お主、今なんと言った?」
「え?」
「ほれっ、今しがただ」
「頑張る、から?」
「頑張るのは当然じゃ!」
「すいません!」
「その前じゃ」
「え?」
いきなり質問をぶつけられることの意図が全くわからない。
「その前? えぇっと……ウンディーネ、さん? 力を貸して?」
「やはりそうか! その魔具じゃな」
「え? え? ちょ、ちょっと、テトさん!?」
手を緩めるなと言ったテト自身が水撃を放つ手をピタと止めている。凝視しているのはサナのブレスレット。
「ギシャアアアッ!」
まるで獰猛な獣の如く吠えるサラマンダー。
テトの魔法がなくなったことでサラマンダーが勢いを吹き返し始めた。
「ぐっ!」
サナの魔法だけでは力を増幅させているサラマンダーは押し込めない。
「どうも妙な違和感があるかと思っておったのじゃが、なるほどそういうことか」
「な、なにがですかっ!? それよりもあっちは」
ガシッと腕を握られたことでサナの魔法も止まってしまう。
「これは四大精霊ウンディーネの力を宿しておるのじゃな?」
「え? は、はい」
チラとサナの顔を見上げるテト。しかしすぐさま視線は再びブレスレットへと向かう。
「ふむ。見るからにただの模造品や模倣品には見えないが? まさかとは思うが、これは本物なのか?」
どうにも勘繰る様なその眼差し。
模造品。この言葉の意味は四大精霊を筆頭に、世界の名だたる存在の力を宿している物のこと。特に四大精霊はその知名度と汎用性の高さからして作られやすいし作りやすい。自然界の四属性のマナを素として作られるのは大体がそのような扱いを受けていた。
しかし伝説級の道具と比べればその大体が本来の性能からいって粗悪品。しかしそれはあくまでも本来の性能と比較しての、ということ。
それはサナ自身も知っていた。だからこそ類似品にはない力がこのブレスレットには宿っている。街中に見られるそれらの模造品に比べれば圧倒的に本物に近しい。それだけの力も引き出せている。
「……まぁ、はい……そういう意味では本物なの、かな?」
本物を知らないし、謂わばこれは後継品。
「なんじゃ歯切れが悪い言い方をしおるよの。まぁいい、とにかくこれにはまだ何かを感じる」
「そうですね。ウンディーネさんの力を最大まで引き出せたらもっと凄いかもしれないですね」
「その口振りだとウンディーネ本人を知っておるようだが?」
「あー……本人から力を授かりましたから」
苦笑いしながら答える。あまりにも突飛な言葉にテトは耳を疑う。しかし嘘とも冗談とも思えない何かがブレスレットの奥底から感じられた。
「そ、そんなことよりも! 早くしないとっ!」
「だとすれば甘いな」
「え?」
「仮に本物だとしてだ、本物であればこの程度ではない」
「で、でも……」
本物なのは間違いない。しかしテトの言葉の意味が理解できない。これまでにも確かな力をブレスレットは与えてくれていた。
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