S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

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神の名を冠する国

第 七百  話 遂げる想い

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「クリス!」

駆け寄り、ヨハンが抱き上げるクリスティーナは体温を感じさせない程に冷たくなっている。

「どうして!? いったいなにが!?」

外部から攻撃を受けた気配は見受けられない。

「もしかして私達のせいで!?」

口許に手を当てるモニカ。

「そ、そんなことはないです」

言葉ではそうはいうものの、クリスティーナがこの状況に陥っている理由は大規模魔法である蘇生魔法を使った反動によるもの。命の灯が尽きようとしている。

「私のことは気にしないでください。それよりもエレナ王女」
「……はい。なんでしょうか?」
「この国のこと、全てが終わったあとのこと、頼みますね」
「ええ……――」

クリスティーナに背を向けるエレナ。薙刀の魔剣シルザリを握る手に力が入った。

「――…………もちろんですわ。安心してくださいませ」

それ以上言葉をかけることはない。今必要なのはこの場を収めること。そのためには全てを倒しきらなければならない。
この混乱が収束したあとのことを心配しているのは、今のこの状況を自分達が必ず打破してくれるのだと信じて疑っていない。その期待には十全に応えなければならない。
そうしてエレナと入れ替わるようにしてモニカが膝を折ってクリスティーナの手を握る。

「クリス。待ってて。次は私があなたを救う番だから。そのついでにこの国も救ってあげるわ」
「それは……豪気ですね。ではよろしくお願いします。モニカ様」
「でしょ。任せて。それが私、モニカ・ラスペルよ」

剣の柄に手をかけるなり、モニカの魔力に呼応するようにして鞘は煌びやかな光を放つ。魔剣シルザリと打ち手を同じとする祝剣【七星剣】。

「じゃあ今は休んでて。次に起きた時にはゆっくりとお茶でもしましょ」

立ち上がりながら言い終えるモニカが歩を進めた。

「二人の言う通り、絶対に君をこのまま死なせない」
「…………」

既に意識を失くしているクリスティーナ。返答はない。しかしその表情は穏やかな笑みを浮かべている。
既視感を覚えるのは、自身の事は顧みずに後の事を気に掛ける姿を見せていたことに対して。あの時の女性――――サリナス・ブルネイの記憶を継承していた女性、サリーと重ねてしまっていた。
あの時と同じ結末を迎えるわけにはいかない。必ず救ってみせると、気持ちを引き締める。

「だから、待ってて」

そこに慌てて駆けてくるのは風の聖女イリーナと水の聖騎士リオン。

「クリス!」
「どうしてあんな真似を!?」
「ごめんなさい。クリスを連れて安全な場所まで退避していてください」
「安全な場所なんて」

リオンはクリスを抱き渡されながら言葉にするのだが、言い終えるよりも前に背筋を寒くさせた。

「……いや、ここはお前たちに頼むしかないのだったな」

目の前の少年は、表情では笑顔を作っている。しかし醸し出す雰囲気――怒気がリオンの肌をヒリヒリと感じさせた。

(こいつには、勝てないな)

戦わずして負けを認めてしまう。それだけの気配。

「リオンっ! とにかくテト様のところへ! テト様であれば何かできることがあるかもしれない!」
「はい! イリーナ様!」

そうしてリオンとイリーナの二人はクリスを連れて後方へと下がっていった。





「ふんっ。ようやく終わったか、小童ども」
「お待たせしましたシルビアさん」

ゲシュタルク教皇と魔法合戦を繰り広げていたシルビアの衣服は既にボロボロ。深手を負っている様子はないのはシルビア独自の魔法である自己回復力によるもの。しかしそれでもあちこちに傷が残っているのは魔力の波長が傷の修復を遅らせているため。それらに気を回している余裕はない。

「さて。時間稼ぎも終いじゃ。ワシは少し休憩させてもらおう。後は頼んだ」

フワッと身体を浮かせるシルビア。

「ええ。ここまでの借りを返させて頂きますわ。シルビア先生」
「だからゆっくり休んでいてね。師匠」

入れ替わるようにして前を歩く二人の少女は振り返らない。

「ふん。貴様らを生徒にした覚えも弟子に取った覚えもないわ」

しかしその後ろ姿だけで今どのような表情を浮かべているのか手に取るようにわかる。
指導をしたのもこれまで見て来た他の者よりも遥かに短い。それだというのに先程の言葉には嫌悪感を抱くよりも心地良さの方が大きく上回る。

「だがそうじゃな。今後も指導を受けたければ課題を出そう。とはいっても至極単純な課題じゃがな。ここを生きて切り抜けよ。それが最初の課題じゃ」

言い終えるシルビアは空に浮かび、全体を見渡せる程の場所にある瓦礫の上へと腰かけた。

「もう、つれないわね」
「でも、嬉しそうでしたわ」
「あっ、やっぱりエレナもそう思う? あの人ってああ見えて結構面倒見いいのよねぇ」

ただしそれも修練の内容に耐えられたら、の話。

(二人とも、大丈夫そうだね)

これ程にまで過酷な状況だというのにいつも通りの軽口を交わすモニカとエレナが素直に頼もしい。感じ取る魔力も以前よりも増大しているように感じられる。

「なるほど。二人共に生還したというわけか。いったいどういう手を使ったのか知らんが余計なことをしおってからに」

その根本的な原因が誰によるものなのか、ゲシュタルク教皇は抱えられながら遠くへ連れられて行くクリスティーナを見る。

「だが再び死ぬような目に遭うのだ。それもまた可哀想なものよ」

すぐさま眼下を見下ろすと、対峙しているのは三人。

「大人しく死んでおればいらぬ後悔をせんで済んだというのに。神に等しい私の力を以てしてその魂に恐怖を刻んでやろう」
「ぐちぐち言ってないでかかってきなさい。時間が勿体ないわ」
「なんだと?」
「速攻で終わらせるから、覚悟して」

俯き加減に前傾姿勢を取るモニカ。長い前髪を揺らし、ギリッ唇を強く噛むと鮮血が一滴地面へと落ちた。

「フンッ。死にぞこないに何が出来るというのだ。貴様の力などたかが知れている。死なずに済んだのだからさっさと逃げれば良かったのだ。とはいえ、どうせ逃がさないがな」

ゲシュタルク教皇は大きく手を広げると、中空に幾つもの魔力弾を浮かび上がらせる。

「逃げるつもりなど、毛頭ありませんわ」

高く跳躍するエレナ。

「むっ!?」

受ける気配は圧倒的なまでの魔力の波動。エレナは空中で何度も薙刀を振るっていた。
生み出されるのは無数の風の刃。瞬間的な判断を行い、目の前の風の刃は並大抵の力では防ぎきれない。

「ハアッ!」

生み出した魔力弾のほとんどを放ち、衝突するなりいくつもの破裂音を響き渡らせる。

「小癪な」
「お前だけは、絶対に許さないッ!」
「小僧の魔力が膨れ上がっただと? どこにこれだけの力が!?」

先程まで対峙していた実力からしてあり得ない。消耗度にしても大きいはず。それがどうして魔力を膨らませることができるのか。

「どこ見てるのよ」

不意に響く少女の声。元の魔王因子の所持者。

「紫電」
「ぐぅっ」

まるで稲妻の如く周囲を大きく跳び回る姿。目で追えない程の速度。
いくつもの剣戟を浴びる。

「やああああああああッ!」
「ぐっ、くぅ!」

圧倒的なまでの連撃。

「はあああああああああッ!」

加えて、まるでモニカごと斬り伏せようかとする勢いで生み出されるエレナの風の刃。しかしまるで嵐の中を何事もないかのように潜り抜けては迫ってくる。見事なまでの連携。

「こ、これはマズいッ!」

僅かに焦りが生まれるのだが、それはモニカの剣撃のことでも、エレナの風の刃のことでもない。
受ける剣戟や衝撃程度であればまだ防ぎきることはできていた。持久戦に持ち込んだとしても、負の感情が増大している今の状態であれば魔力も無尽蔵に湧いているのだから有利なのはこちらの方。
ゲシュタルクの視線は二人の少女の奥に見える少年へと向けられている。

「あのような小僧がどうしてあれだけの力を!?」

モニカとエレナによってこれ以上手が出せない状況。

「ぐぅ!」

これまでで一番の気配。受けるわけにはいかない攻撃。

「僕ができる最大の力」

剣を握りながら、闘気を張り巡らせる。そうしてふと脳裏に浮かんだある技。

「あの時、シグは」

魔宝玉の力を借りていたとはいえ、魔王を封印するのに四種の魔法を同時使用していた。

「できないことは、ないはず」

あの時代から魔法の技術は大きく進歩・発展している。しかしそれでも異なる属性魔法の同時使用自体が常識の範囲外。通常ではあり得ない。

「でも……」

かつてのシトラスの言葉。シグラム王国の魔法研究者でもあり、後に魔族に堕ちることとなった研究者シトラス・ブルネイの著書に書かれていた。

『常識は、それまでの者によって決められた常識でしかない。それらを上回ることが研究者にとっての希望であり生きがい。そして全ての可能性である』

それはシトラス自身が証明してみせていた。あのサリナス・ブルネイを蘇らせようとしていたこと。そしてサリーには確かにそのサリナスの記憶が存在していた。今となっては証明しようのないことなのだが。

「だからっ!」

今しなければいけないことは常識を打ち破ること。

「ほぅ」

戦況を見定めていたシルビアは思わずヨハンが始めたことに目を引かれる。それまでは生還したモニカとエレナの戦闘能力の高さに感心しっぱなしだった。

「面白い。それが実現できるのか、見せてみろ」

魔道の真髄を極めんがせんとするシルビアにとっても実現できなかったこと。それを正に今ヨハンが成そうとしている。

「ぐっ!」

全身に感じる膨大な負荷。二種の魔法を同時行使した時の比ではない。

「ほ、本当に凄いな、シグは」

魔法が発展途上だったにも関わらずこれを成し遂げていたのだとすれば。
魔宝玉の力を借りていたとはいえ、扱える力がなければそもそもこの場にすら立てない。

『落ち着いて。ヨハン』

不意に響く声。声というよりも念話。

「カレン……さん?」

胸元の精霊石が仄かに光を放っている。
そうして目の前にはかつての人魔戦争の遺物、緑の魔宝玉が浮かび上がっていた。

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