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旦那たちの日常1
策士VS策士/1
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秋の暖かな日差しが差し込む部屋で、ヴァイオリンの音色がくるくるとダンスを踊っていたが、ドアが不意にノックされた。
蓮がドアに向かって返事を返すと、どこかずれているクルミ色の瞳を持つ、颯茄が顔をのぞかせた。中庭が見える洋風の部屋を見渡して、
「あれ? 蓮、光さんと一緒じゃなかったんだ」
あごからヴァイオリンをはずすと、奥行きのある少し低めの声が響いた。
「あれは学校だ」
今日は授業参観ではない。運動会でも文化祭でも、そどころか普通の日。開けていたドアにヨロヨロと、颯茄は寄りかかって頭を抱えた。
「また~! 親バカしに行って~~」
「仕方がないだろう。あれと百叡は親子になりたかったんだからな」
それはいいのだ。叶ったのだから。そうではなく!
あの優雅な王子さま夫ときたら、目を離せば、我が子の様子をこっそり見にいって、小学校の廊下をどこかの高貴な城に変えて、エレガントに佇んでいるのである。
あきれている颯茄の視界は、部屋の赤い絨毯ばかり。
「はぁ~。今ごろ、先生に叱られてるだろうな。どの先生かはわかるけど……」
ドアをいつまでも開け放ったままで、他の夫の行方を聞きにきている妻に、蓮はしっしっと追い払うように、手の甲を押し出した。
「出て行け」
「はい……」
赤い絨毯の上から廊下の大理石に、颯茄のスリッパは急いで戻って、パタンとドアを閉めた。部屋の中からの穏やかなヴァイオリンの音を聞きながら、彼女は扉に背中でもたれかかる。
「あの二人さ、似てるんだよね。髪の長さは違うけど、リボンで結ぶと、光さんと同じように見えるんだよね」
今ごろ、学校でバトルを繰り広げているであろう夫二人を思い浮かべながら、廊下を右を見て左を見てを繰り返す。
「私が行ったら、ミイラ取りがミイラで、仕事増やしちゃうしなぁ~」
というか、あのリボンで髪を結んでいる夫を怒らせたら、大変なのである。地の果てを越してまでも追いかけてくるほど、執念深いのだ。
「待つか……」
ため息まじりで言って、颯茄はきた廊下を戻り出した。
*
ヴァイオレットの邪悪な瞳と冷静な水色の瞳は、小学校の廊下でさっきから火花を散らしていた。
ああ言えばこう言うで、遊線が螺旋を描く優雅な声が、デジタル思考回路を駆使して言い返してくる。
対する教師は、茶色の細身のロングブーツのかかとをそろえて立っていた。水色のズボンに、白いフリルのついたブラウス。襟元をわざと立てて、くるっと巻きつけている臙脂色のリボン。
胸元に歴史の教科書を抱えたまま、凛とした澄んだ丸みがあり儚げで女性的な声は、今はどこまでも冷たく殺戮まじりだった。
「ですから、私はあなたに何度も申し上げているではないですか。特記していなくても、学校へ保護者がむやみやたらにきてはいけないと……」
「えぇ、ですが――」
永遠にこの繰り返し。頭にくるではないが、腹がたつになった。月命は教師と保護者ではなく、とうとう夫として、この優雅な王子さま夫――光命の言葉を途中でさえぎった。
「ですがもヘチマもありません!」
十五年しか生きていない光命に、子供とは親とは何かを説いた。
「僕でしたら甘やかしません。光は甘やかしすぎです」
授業が終わった百叡が、二人のパパの間に立って、不思議そうにうかがっている。
「目に入れても痛くないのですから、仕方がないではありませんか?」
次に出てきたのは、月命でなくても、注意をされても仕方がない内容だった。
「子供の成長を妨げます。策羅は四歳になるまで、一人で食事ができなかったんです。君が全て食べさしているからです~」
結婚式の時、光命は友人に、大人の世界を満喫していたのに、いきなり子持ちだなんてと冷やかされるほどだったのに、今となっては、親バカ街道まっしぐらである。
光命はいつもはしない、陽だまりみたいに穏やかに微笑みで、百叡の頭を優しくなでた。
「子供に関しては、可能性が導き出せないのです」
紺の髪の奥に隠されているデジタルな頭脳を、月命はよく知っている。なぜなら、自分と同じだからだ。ただ、自分には感情がないが、この新米パパはそれを持っている、しかも激情という名の獣。
「そちらは君が感情に流されているからではないんですか~?」
問い詰めたのに、神経質な指先はピンクがかった銀の髪の感触――百叡を楽しむばかりで、こんな言葉を返してきた。
「そうかもしれませんね」
うまく逃げた、優雅な策士。だが、負けてはいられない。いくら失敗することが大好きな自分でも、勝つ時は勝ちにいかないといけない。それは簡単にできる。なぜなら、いつもと逆の選択肢を選べばいいのだから。ヴァイオレットの瞳は校舎を見渡して、
「僕を入れて、小学校教諭の配偶者は二人います。ですから、安心して家で待っていてください」
「えぇ」
光命はただうなずいて、手を振りながら、夫と息子を残し廊下を歩いてゆく。紺の長い髪を揺らし、膝上までの紫のロングブーツのかかとを優雅に鳴らしながら。
それを少し見送った月命はさっとかがみこみ、子供と同じ高さの目線になった。
「百叡は龍先生と一緒に帰ってください」
「は~い!」
大きく手を上げて、元気に返事をすると、小さく丸いスミレ色の瞳はパッと振り返って、昇降口へ向かって歩き出した。
蓮がドアに向かって返事を返すと、どこかずれているクルミ色の瞳を持つ、颯茄が顔をのぞかせた。中庭が見える洋風の部屋を見渡して、
「あれ? 蓮、光さんと一緒じゃなかったんだ」
あごからヴァイオリンをはずすと、奥行きのある少し低めの声が響いた。
「あれは学校だ」
今日は授業参観ではない。運動会でも文化祭でも、そどころか普通の日。開けていたドアにヨロヨロと、颯茄は寄りかかって頭を抱えた。
「また~! 親バカしに行って~~」
「仕方がないだろう。あれと百叡は親子になりたかったんだからな」
それはいいのだ。叶ったのだから。そうではなく!
あの優雅な王子さま夫ときたら、目を離せば、我が子の様子をこっそり見にいって、小学校の廊下をどこかの高貴な城に変えて、エレガントに佇んでいるのである。
あきれている颯茄の視界は、部屋の赤い絨毯ばかり。
「はぁ~。今ごろ、先生に叱られてるだろうな。どの先生かはわかるけど……」
ドアをいつまでも開け放ったままで、他の夫の行方を聞きにきている妻に、蓮はしっしっと追い払うように、手の甲を押し出した。
「出て行け」
「はい……」
赤い絨毯の上から廊下の大理石に、颯茄のスリッパは急いで戻って、パタンとドアを閉めた。部屋の中からの穏やかなヴァイオリンの音を聞きながら、彼女は扉に背中でもたれかかる。
「あの二人さ、似てるんだよね。髪の長さは違うけど、リボンで結ぶと、光さんと同じように見えるんだよね」
今ごろ、学校でバトルを繰り広げているであろう夫二人を思い浮かべながら、廊下を右を見て左を見てを繰り返す。
「私が行ったら、ミイラ取りがミイラで、仕事増やしちゃうしなぁ~」
というか、あのリボンで髪を結んでいる夫を怒らせたら、大変なのである。地の果てを越してまでも追いかけてくるほど、執念深いのだ。
「待つか……」
ため息まじりで言って、颯茄はきた廊下を戻り出した。
*
ヴァイオレットの邪悪な瞳と冷静な水色の瞳は、小学校の廊下でさっきから火花を散らしていた。
ああ言えばこう言うで、遊線が螺旋を描く優雅な声が、デジタル思考回路を駆使して言い返してくる。
対する教師は、茶色の細身のロングブーツのかかとをそろえて立っていた。水色のズボンに、白いフリルのついたブラウス。襟元をわざと立てて、くるっと巻きつけている臙脂色のリボン。
胸元に歴史の教科書を抱えたまま、凛とした澄んだ丸みがあり儚げで女性的な声は、今はどこまでも冷たく殺戮まじりだった。
「ですから、私はあなたに何度も申し上げているではないですか。特記していなくても、学校へ保護者がむやみやたらにきてはいけないと……」
「えぇ、ですが――」
永遠にこの繰り返し。頭にくるではないが、腹がたつになった。月命は教師と保護者ではなく、とうとう夫として、この優雅な王子さま夫――光命の言葉を途中でさえぎった。
「ですがもヘチマもありません!」
十五年しか生きていない光命に、子供とは親とは何かを説いた。
「僕でしたら甘やかしません。光は甘やかしすぎです」
授業が終わった百叡が、二人のパパの間に立って、不思議そうにうかがっている。
「目に入れても痛くないのですから、仕方がないではありませんか?」
次に出てきたのは、月命でなくても、注意をされても仕方がない内容だった。
「子供の成長を妨げます。策羅は四歳になるまで、一人で食事ができなかったんです。君が全て食べさしているからです~」
結婚式の時、光命は友人に、大人の世界を満喫していたのに、いきなり子持ちだなんてと冷やかされるほどだったのに、今となっては、親バカ街道まっしぐらである。
光命はいつもはしない、陽だまりみたいに穏やかに微笑みで、百叡の頭を優しくなでた。
「子供に関しては、可能性が導き出せないのです」
紺の髪の奥に隠されているデジタルな頭脳を、月命はよく知っている。なぜなら、自分と同じだからだ。ただ、自分には感情がないが、この新米パパはそれを持っている、しかも激情という名の獣。
「そちらは君が感情に流されているからではないんですか~?」
問い詰めたのに、神経質な指先はピンクがかった銀の髪の感触――百叡を楽しむばかりで、こんな言葉を返してきた。
「そうかもしれませんね」
うまく逃げた、優雅な策士。だが、負けてはいられない。いくら失敗することが大好きな自分でも、勝つ時は勝ちにいかないといけない。それは簡単にできる。なぜなら、いつもと逆の選択肢を選べばいいのだから。ヴァイオレットの瞳は校舎を見渡して、
「僕を入れて、小学校教諭の配偶者は二人います。ですから、安心して家で待っていてください」
「えぇ」
光命はただうなずいて、手を振りながら、夫と息子を残し廊下を歩いてゆく。紺の長い髪を揺らし、膝上までの紫のロングブーツのかかとを優雅に鳴らしながら。
それを少し見送った月命はさっとかがみこみ、子供と同じ高さの目線になった。
「百叡は龍先生と一緒に帰ってください」
「は~い!」
大きく手を上げて、元気に返事をすると、小さく丸いスミレ色の瞳はパッと振り返って、昇降口へ向かって歩き出した。
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