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最後の恋は神さまとでした
逆順番で恋に落ちて/3
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争い事のない神世。武道は完全に芸術の域へと上がっていた。音楽家を目指している光命は興味をそそられる。
「どういう武術なんだい?」
「柔術の内でもテコの原理と気の流れを使ってかけるものだ」
「最小限の力で最大限の効果を発するという、物理の授業でやった。柔術とは?」
「柔道という武器を使わず戦う武道がある。その元となったものだ」
「気の流れとは何だい?」
「その人間や物の性質を形作っている、目に見えないエネルギーの流れだ。俺とお前はまったく違う」
「どこがどう違うんだい?」
そして、お互いに恋心を抱いているのに、ドキドキしたりしないかの違いが生まれている理由が武道を通して、高校生ふたりに共有される。
「光には頭の冷静さと感情を司る気の流れがある」
「俺にはそれはなく、お前が持っていない落ち着きのある気の流れが腹にある」
「君には感情がないってことかい?」
「そうだ、お前のようにはない」
「人の性格にまで関係するんだな」
「俺とお前が持っていない重要なものがある。それは正中線だ。これが武術を極めるためには絶対条件になる」
「じゃあ、君はそれを体得することが当面の目標だな」
「この気の流れを使えば、相手や物の重さの体感を軽くすることもできる。そうすれば、通常よりも簡単に投げ飛ばすことができる」
理論がある武術。音楽にも理論はあり、似ているのにまったく違うのだった。光命は純粋に、今までの自分たちのルールが守られていて嬉しくなった。
「僕ができないことを君はする。夕霧らしいいい選択だと僕は思う」
「お前のピアノの指遣いにも通じそうな気の流れと、体の使い方を見つけた。きちんとできるようになったら、お前のために教える」
従兄弟の優しさが胸をキュンとさせる。しかし、それを懸命に打ち消して、光命は優雅に微笑んだ。
「ありがとう。でも、君がまずは楽しんでほしい」
「お前はいつでも、相手のことが優先だ」
光命は晴れ渡る空を見上げて、自分に言い聞かせるように言葉を口にする。
「僕はそれが幸せなんだ。誰かが幸せになるために、何かをしたいって思うのが普通だろう?」
「確かにそうだ」
いつもと変わらない従兄弟の隣で、夕霧命は目を細めて微笑んだ。
*
病院の診察室で、光命は記憶を懸命にたどっていた。気絶をして記憶が途切れる。全てを記憶する頭脳を持つ彼には致命的だった。可能性の導き出し方が数段難しくなってしまっている。
それでも、寸前の記憶をデジタルに取り出す。それはボールに当たったわけでもなく、何でもなく、そのあと急に暗くなって途切れていた。原因が見当たらない、気絶。
病気も怪我もない世界での病院は患者がほとんどおらず、医師の声が建物に響き渡っていた。
「人間には限界があります。小さな子供などはその限界を知らず、高熱で倒れることがあります。ですが、あなたの場合は症状が少し違っている」
紺の長い髪がサラッと肩から落ちた。目の前にいる将来有望な高校生を、先生はしっかりと見つめた。
「そうなると、他の原因が考えられます。しかし、倒れる人が滅多にいませんから、研究所でも事例がなく研究はあまり進んでいません。ですが、あきらめずに気絶しない方法を一丸となって考えてゆきましょう」
人と違う――。そんなことがここにも出てしまった。それでも、光命はデジタルに感情を切り捨てて、椅子から立ち上がり丁寧に頭を下げた。
「先生、ありがとうございました」
「とにかく無理をしないことですな」
マフラーとコート抱え、診察室のドアまで行くと、振り返って、
「失礼いたします」
人のほとんどない病院の廊下を、光命は歩いてゆく。いつも通りに、あごに手を当て思案しながら。
「どうしたら、倒れる回数を減らせるんだろうか? もう一度法則性がないかを今までの出来事から探してみよう。最初に倒れたのは――」
「ぼっちゃま、どちらへ行かれるんですか?」
運転手の呼び止める声が響き、光命が我に返ると、正面玄関を通り過ぎそうになっていた。
「あっ! すまない。考えごとをしていた」
ぼっちゃまは瞬発力を発して踵を返し、リムジンへと乗り込んだ。
*
十七歳なると同時に高校を卒業し、やり直しは残すところ、あと一年もない。しかし、記憶を失くされた人々は終わりがくることなど知らずに、懸命に生きていた。
いつの間にか閉じていたまぶたを開けると、病院の天井が広がっていた。
「……ん?」
これはいつも通り。そして、深緑の短髪と無感情、無動のはしばみ色をした瞳を持つ従兄弟が顔をのぞかせた。
「気がついたか?」
これもいつも通り。
「……夕霧」
光命は戻ったばかりの意識で、ベッドから起き上がろうとしたが、夕霧命の節々のはっきりした大きな手で押さえられた。
「まだ起きてはいかん」
今日はひとつ違っていることが起きた。光命の頭脳にデジタルに記録されてゆく。
「なぜ、話し方を変えたんだい?」
「師匠に少しでも追いつきたくて、言葉遣いを一緒にした」
「そうか」
横になったままのベッドで、光命は優雅に微笑んだ。従兄弟のやりたいことは見つかり、その一歩を確実に進んでゆく。その姿がそばで見られる日がきて、良かったと心の底から思った。
「僕たちはまだ若いから、長い間生きている人たちに追いつくのは大変だ。だからこそ、少しでもって考えたんだな」
「そうだ」
「どういう武術なんだい?」
「柔術の内でもテコの原理と気の流れを使ってかけるものだ」
「最小限の力で最大限の効果を発するという、物理の授業でやった。柔術とは?」
「柔道という武器を使わず戦う武道がある。その元となったものだ」
「気の流れとは何だい?」
「その人間や物の性質を形作っている、目に見えないエネルギーの流れだ。俺とお前はまったく違う」
「どこがどう違うんだい?」
そして、お互いに恋心を抱いているのに、ドキドキしたりしないかの違いが生まれている理由が武道を通して、高校生ふたりに共有される。
「光には頭の冷静さと感情を司る気の流れがある」
「俺にはそれはなく、お前が持っていない落ち着きのある気の流れが腹にある」
「君には感情がないってことかい?」
「そうだ、お前のようにはない」
「人の性格にまで関係するんだな」
「俺とお前が持っていない重要なものがある。それは正中線だ。これが武術を極めるためには絶対条件になる」
「じゃあ、君はそれを体得することが当面の目標だな」
「この気の流れを使えば、相手や物の重さの体感を軽くすることもできる。そうすれば、通常よりも簡単に投げ飛ばすことができる」
理論がある武術。音楽にも理論はあり、似ているのにまったく違うのだった。光命は純粋に、今までの自分たちのルールが守られていて嬉しくなった。
「僕ができないことを君はする。夕霧らしいいい選択だと僕は思う」
「お前のピアノの指遣いにも通じそうな気の流れと、体の使い方を見つけた。きちんとできるようになったら、お前のために教える」
従兄弟の優しさが胸をキュンとさせる。しかし、それを懸命に打ち消して、光命は優雅に微笑んだ。
「ありがとう。でも、君がまずは楽しんでほしい」
「お前はいつでも、相手のことが優先だ」
光命は晴れ渡る空を見上げて、自分に言い聞かせるように言葉を口にする。
「僕はそれが幸せなんだ。誰かが幸せになるために、何かをしたいって思うのが普通だろう?」
「確かにそうだ」
いつもと変わらない従兄弟の隣で、夕霧命は目を細めて微笑んだ。
*
病院の診察室で、光命は記憶を懸命にたどっていた。気絶をして記憶が途切れる。全てを記憶する頭脳を持つ彼には致命的だった。可能性の導き出し方が数段難しくなってしまっている。
それでも、寸前の記憶をデジタルに取り出す。それはボールに当たったわけでもなく、何でもなく、そのあと急に暗くなって途切れていた。原因が見当たらない、気絶。
病気も怪我もない世界での病院は患者がほとんどおらず、医師の声が建物に響き渡っていた。
「人間には限界があります。小さな子供などはその限界を知らず、高熱で倒れることがあります。ですが、あなたの場合は症状が少し違っている」
紺の長い髪がサラッと肩から落ちた。目の前にいる将来有望な高校生を、先生はしっかりと見つめた。
「そうなると、他の原因が考えられます。しかし、倒れる人が滅多にいませんから、研究所でも事例がなく研究はあまり進んでいません。ですが、あきらめずに気絶しない方法を一丸となって考えてゆきましょう」
人と違う――。そんなことがここにも出てしまった。それでも、光命はデジタルに感情を切り捨てて、椅子から立ち上がり丁寧に頭を下げた。
「先生、ありがとうございました」
「とにかく無理をしないことですな」
マフラーとコート抱え、診察室のドアまで行くと、振り返って、
「失礼いたします」
人のほとんどない病院の廊下を、光命は歩いてゆく。いつも通りに、あごに手を当て思案しながら。
「どうしたら、倒れる回数を減らせるんだろうか? もう一度法則性がないかを今までの出来事から探してみよう。最初に倒れたのは――」
「ぼっちゃま、どちらへ行かれるんですか?」
運転手の呼び止める声が響き、光命が我に返ると、正面玄関を通り過ぎそうになっていた。
「あっ! すまない。考えごとをしていた」
ぼっちゃまは瞬発力を発して踵を返し、リムジンへと乗り込んだ。
*
十七歳なると同時に高校を卒業し、やり直しは残すところ、あと一年もない。しかし、記憶を失くされた人々は終わりがくることなど知らずに、懸命に生きていた。
いつの間にか閉じていたまぶたを開けると、病院の天井が広がっていた。
「……ん?」
これはいつも通り。そして、深緑の短髪と無感情、無動のはしばみ色をした瞳を持つ従兄弟が顔をのぞかせた。
「気がついたか?」
これもいつも通り。
「……夕霧」
光命は戻ったばかりの意識で、ベッドから起き上がろうとしたが、夕霧命の節々のはっきりした大きな手で押さえられた。
「まだ起きてはいかん」
今日はひとつ違っていることが起きた。光命の頭脳にデジタルに記録されてゆく。
「なぜ、話し方を変えたんだい?」
「師匠に少しでも追いつきたくて、言葉遣いを一緒にした」
「そうか」
横になったままのベッドで、光命は優雅に微笑んだ。従兄弟のやりたいことは見つかり、その一歩を確実に進んでゆく。その姿がそばで見られる日がきて、良かったと心の底から思った。
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