明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄

文字の大きさ
505 / 967
心霊探偵はエレガントに〜karma〜

神父は聖女に悪戯する/1

しおりを挟む
 綺麗に片付けられた食堂の奥にあるキッチンでは、生クリームを泡立てるシャカシャカという音が鳴り響いていた。

 生霊が訪問した時よりも、南の高い位置に移動したハーフムーンの月明かりが、線の細い崇剛の影を屋敷の玄関へと続く石畳に落としていた。

 千里眼の持ち主には、その隣に百二十センチほどの背丈がある聖女の影も短く伸びていた。

 瑠璃色の貴族服はミッドナイトブルーへと変わり、巫女服ドレスの朱が沈み、白に灰色が混ざり込んだようだった。

 三十二歳の男。

 と、

 八歳の少女。

 住む世界は違い、存在する法則も異なるのに、時空を共有する不思議でありながら親密な関係だった。

 崇剛の冷静な頭脳を使い、夕方起きた生霊という訪問客に関する全ての情報を順番を間違えずに、審神者をする聖女に話し終えたところで、どこか遠く別の次元を見ていた若草色の瞳を持つ少女の小さな口がふと動いた。

「全て……あっておる」

 聖女は思う。千里眼とは素晴らしい力だと。

「そうですか」

 肌寒い夜風に長い髪をなびかせ、崇剛はただ相づちを打った。そうして、自身のうちに革命が起こったような変化をもたらした。

 先ほど起きたこと見たもの全ては、以下のように変わる。
 不確定であるという可能性から、事実であるという可能性になり、そちらの可能性が99.99%――になった。

 落ちてしまった後れ毛を神経質な指先で耳にかけ、見極めることが難しいことを、神父は聖女へ問いかけた。

「邪神界、正神界、どちらなのでしょう?」

 雲が走る夜空に浮かぶ月のように、始まりはいつもハーフ。どちらにも属していないは者はいない。

 もともと世界は普通で、あとから邪神界ができて、そこへ行ったのか行かないのかの話なのだから。

 小さな腕を組んで、霊視を続けていた瑠璃の、漆黒の長い髪と巫女服の扇子のような袖は、時折丘を登って吹いてくる風に揺れていたが、彼女はやがてため息をもらした。

「んー……わからぬ。何かが邪魔しておって、読めぬ」

 崇剛の冷静な水色の瞳はついっと細められた。聖女の言葉の続きを待つ、思い浮かべれば彼女には伝わってしまう。だからこそ、心を空っぽにして、たったひとつ伝えていないことを待った。

 しかし、聖女の幼いが百年の重みを感じさせる声は聞こえてこなかった。不自然にならない程度で、崇剛は話を続ける。

(おかしい――。今まで、邪神界と正神界の違いを、瑠璃さんが判断できなかったことはなかった)

 瑠璃の西洋ドレスのような巫女服のスカートが、石畳の上でそよそよと揺れ動く。

「最近はわからぬことばかりじゃ。いつも同じ感じでの」

 駆け引きなど必要のないこの場では、情報収集は基本形でいいのだ。崇剛の優雅な声が質問を、瑠璃にしばらく投げかけ続ける。

「そちらはいつからですか?」
「そうじゃな……? 三、四週間前からであったかの? それくらいじゃった気がする」
「何か、いつもと違ったことはありませんでしたか?」

 全てを記憶している崇剛の脳裏には、すぐさま日付が浮かんだ。

 三月二十一日、月曜日から四月三日、日曜日――。

 対する聖女の記憶力は普通並で、印象的な出来事を思い返してみた。

「んー……? お、あったわ」
「どのようなことですか?」

 事件はいつだって、意外なところにパズルピースは転がっているかもしれないのだ。崇剛が記憶しようする前で、瑠璃は首を傾げる。

「涼介が、お主の飲むサ、サ……? 横文字には弱くての」

 百年の重みが一気になくなって、純粋な少女となった聖女。彼女の前で、神父の冷静な水色の瞳は淡い色を持って揺れた。

「サングリアですか?」

 素敵な人だと崇剛は思った。自身では決して真似のできないことを、当たり前のようにしてくる八歳の少女が。

 瑠璃は小さな人差し指を扇子のような袖口をともなって、崇剛へ勢いよく突きつけた。

「それじゃ! その用意が遅れおったと、ぼやいてた時じゃ。香りがつかないなどと、ごちゃごちゃ申しておったわ」

 食堂からもれる明かりに、くりっとした若草色の瞳は向けられたが、新しいプリン作りで忙しいコックの姿を見ることはできなかった。

「そうですか」

 崇剛は間を置くための言葉を使って、すぐさま冷静な思考回路を展開した。

 先ほどの日付で該当するのは――
 三月二十五日、金曜日であるという可能性が一番高い。
 なぜなら、そちらの日、涼介は以下のように私に言いました。

『輸送の馬車が事故に遭って、夕方までないんだ――』

 はるか下のほうにあるまばらな街明かりを、水色の瞳に映して、月明かりを頬で受け止める。

 ひとつ目の映像――大通りでの衝突音。
 事故であるという可能性が76.45%――
 二つのことが関係しているという可能性は98.99%――
 そうですね……?

 おどけた感じでいつも話してくる金髪天使を思い出してみた。

 策略家神父VS策略家天使。

 勝ちたい崇剛と負けたいラジュ。思考回路は一緒なのに、選ぶものは真逆なふたりだった。

 言動全てが失敗することを選んでいることを考慮すると、あの高貴な存在から情報を得るのは非常に難しいと、崇剛は判断していた。しかし、

「ラジュ天使は何かおっしゃっていましたか?」
「何も申しておらん。聞いたが答えんかったわ」
「そうですか」

 軽く曲げた指をあごに添えたまま、崇剛のロングブーツは夜風に靴音を少しだけにじませた。情報を並べてゆく。

 瑠璃さんが霊視できない原因。
 大通りの衝撃音。
 ラジュ天使は何も言っていない。
 最後の事実から導き出せること、そちらは……。
 ラジュ天使は今起きていることをきちんと把握しているという可能性が78.65%――
 こちらから導き出せる可能性は以下の三つ。
 ラジュ天使が策を張っている。
 私たちの魂の成長のため、ラジュ天使はわざとおっしゃらない。
 別の何かがある――。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写はすべて架空です。

私の推し(兄)が私のパンツを盗んでました!?

ミクリ21
恋愛
お兄ちゃん! それ私のパンツだから!?

処理中です...