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心霊探偵はエレガントに〜karma〜
春雷の嵐/4
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国立に渡された連続事故の調書から手に入れた情報を鮮やかに呼び出して、
「三百五十一年前……」
この交差点がまだ石畳でなく土の道で、藁葺き屋根の家々が点々と並ぶ時代へと、意識を持っていくため、冷静な水色の瞳は珍しく、この世での焦点を完全に失った。
「……夜道」
雨は降っていなかったが、青白い月がちょうど雲に隠れ、街灯もないあたりに突如、
「きゃあぁああっっっ!!!!」
女の悲鳴が上がった。崇剛は血生臭い風に吹かれながら、霊界の古い時代にひとり立ち尽くす。
女の悲鳴だけしか聞こえてこない。
子供の姿は見えない。
従って――
激しい雨音が再び戻り、リムジンのバックミラーで崇剛の瞳のピントはすっと合った。
悲劇としか言いようのない、人の最期を心の中で審神者する人へ静かに告げた。
「身ごもった女性が殺された」
「合っておる。よくある話じゃ」
宙を物憂げに見つめたまま、瑠璃はうなずいた。崇剛はあごに手を当て、スマートに足を組み替える。
胎児のまま亡くなった。
死んだ子は、死を理解できる状態ではなかった。
ですから、地縛霊となった。
しかし、時折り静止画のように部分だけが印象的に見える子供の霊は、自分の足で地面に立っている。さっきの瑠璃の言葉からも三歳だと証明されている。年齢の不一致は、聖女によってつじつまが合わせられた。
「霊界の習わしじゃ。親子でも離れ離れになるからの。己ひとりで生き抜くために、神の力で三つまでに育ったんじゃ」
大人の理不尽な理由で、小さな命はひとり取り残されたのだ。地上へと。
崇剛は感傷的にもならず、ただデジタルに脳に記憶した。
「事実として確定、100%です。母子ともに、三百五十一年前、こちらの場所で一生を終えた」
最大の疑問点。もう子供の幽霊はここにいない。いつどうやっていなくなったのか。
三歳の子供がひとり、地上に縛りつけられている。母親とははぐれた。そうなると、出てくる可能性は自ずと絞られてくる。
ひとりでいなくなったのなら、追いかけて行って、本来行くべきところへ送り出せるものだが、それは叶わない。その可能性が非常に高かった。
しかしそれは、事実ではなく、あくまでも可能性だ。負の連鎖が待っているかもしれないと思いながらも、崇剛は神経を研ぎ澄ました。
聖女の力を借りたとしても、千里眼を使っていても、たどろうとすると途中で見失うを繰り返す。
崇剛は神経質な指をあごに当てたまま、何度も足を優雅に組み替えた。必要な情報が迫ってきては通り過ぎてゆく。
ザーッと絶え間ない雨音と、時折り青白い閃光を放ちながら、近くの建物へと落雷する。地鳴りを引き起こす雷の中、交わされる言葉はなかった。
三十二年間ずっと一緒の聖女は、崇剛の仕草が何を意味しているのかわかっていた。
瑠璃だけが見えている、次元の高い霊界で、大きな鉄の塊が空中を横滑りしてゆくのがさっきから何度も起きていた。
赤目をした男のすらっとした体が動くたび、白い服の裾が激しく揺れる。立派な両翼はどこにもなく、ボブ髪の上で光る輪が救済の一筋に見えた。
不思議と敵はそばへ不意打ちをかけてはこず、瑠璃はあの天使に見える男の言葉通り、守護霊としてできることを精一杯しようとする。
ラジュもいない。カミエも助けにこない。それでも、聖女は心を沈めて、大きく深く息を吸う。
白いブーツのかかとをきちんとそろえ、背筋を伸ばした。
「願主、瑠璃!」
小さな両手を胸の前でパンと鳴らすと、さっきと同じようにパチンと世界中に響くようなかすかな音がして、邪気が消えてゆくが、いつもとは規模が違うことに気づいた。
赤い目がふたつこっちを見ていた。瑠璃はそれをチラッと横目で見やり、寒気を覚える。
(あやつ、ラジュより上じゃ。本に何者じゃ?)
次の瞬間、雷鳴も雨音も一瞬にしてかき消え、静寂と安寧があたり一帯に広がった。少女の聖なる低い声が祝詞を唱え始める。
「掛けまくも畏き、伊耶那岐大神。筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に、禊ぎ祓え。給いし時に生りませる祓戸大神たち、諸々の禍事、罪、穢有らんをば、祓え給い、清め給えと、白すことを聞こしめせと恐み恐み白す」
蛍火のような緑色の光が、聖女の体からゆらゆらと燃え上がり、リムジンという小さな空間に聖なる結界が張られると、若草色の瞳からは男の姿も悪霊たちも見えなくなった。
「三百五十一年前……」
この交差点がまだ石畳でなく土の道で、藁葺き屋根の家々が点々と並ぶ時代へと、意識を持っていくため、冷静な水色の瞳は珍しく、この世での焦点を完全に失った。
「……夜道」
雨は降っていなかったが、青白い月がちょうど雲に隠れ、街灯もないあたりに突如、
「きゃあぁああっっっ!!!!」
女の悲鳴が上がった。崇剛は血生臭い風に吹かれながら、霊界の古い時代にひとり立ち尽くす。
女の悲鳴だけしか聞こえてこない。
子供の姿は見えない。
従って――
激しい雨音が再び戻り、リムジンのバックミラーで崇剛の瞳のピントはすっと合った。
悲劇としか言いようのない、人の最期を心の中で審神者する人へ静かに告げた。
「身ごもった女性が殺された」
「合っておる。よくある話じゃ」
宙を物憂げに見つめたまま、瑠璃はうなずいた。崇剛はあごに手を当て、スマートに足を組み替える。
胎児のまま亡くなった。
死んだ子は、死を理解できる状態ではなかった。
ですから、地縛霊となった。
しかし、時折り静止画のように部分だけが印象的に見える子供の霊は、自分の足で地面に立っている。さっきの瑠璃の言葉からも三歳だと証明されている。年齢の不一致は、聖女によってつじつまが合わせられた。
「霊界の習わしじゃ。親子でも離れ離れになるからの。己ひとりで生き抜くために、神の力で三つまでに育ったんじゃ」
大人の理不尽な理由で、小さな命はひとり取り残されたのだ。地上へと。
崇剛は感傷的にもならず、ただデジタルに脳に記憶した。
「事実として確定、100%です。母子ともに、三百五十一年前、こちらの場所で一生を終えた」
最大の疑問点。もう子供の幽霊はここにいない。いつどうやっていなくなったのか。
三歳の子供がひとり、地上に縛りつけられている。母親とははぐれた。そうなると、出てくる可能性は自ずと絞られてくる。
ひとりでいなくなったのなら、追いかけて行って、本来行くべきところへ送り出せるものだが、それは叶わない。その可能性が非常に高かった。
しかしそれは、事実ではなく、あくまでも可能性だ。負の連鎖が待っているかもしれないと思いながらも、崇剛は神経を研ぎ澄ました。
聖女の力を借りたとしても、千里眼を使っていても、たどろうとすると途中で見失うを繰り返す。
崇剛は神経質な指をあごに当てたまま、何度も足を優雅に組み替えた。必要な情報が迫ってきては通り過ぎてゆく。
ザーッと絶え間ない雨音と、時折り青白い閃光を放ちながら、近くの建物へと落雷する。地鳴りを引き起こす雷の中、交わされる言葉はなかった。
三十二年間ずっと一緒の聖女は、崇剛の仕草が何を意味しているのかわかっていた。
瑠璃だけが見えている、次元の高い霊界で、大きな鉄の塊が空中を横滑りしてゆくのがさっきから何度も起きていた。
赤目をした男のすらっとした体が動くたび、白い服の裾が激しく揺れる。立派な両翼はどこにもなく、ボブ髪の上で光る輪が救済の一筋に見えた。
不思議と敵はそばへ不意打ちをかけてはこず、瑠璃はあの天使に見える男の言葉通り、守護霊としてできることを精一杯しようとする。
ラジュもいない。カミエも助けにこない。それでも、聖女は心を沈めて、大きく深く息を吸う。
白いブーツのかかとをきちんとそろえ、背筋を伸ばした。
「願主、瑠璃!」
小さな両手を胸の前でパンと鳴らすと、さっきと同じようにパチンと世界中に響くようなかすかな音がして、邪気が消えてゆくが、いつもとは規模が違うことに気づいた。
赤い目がふたつこっちを見ていた。瑠璃はそれをチラッと横目で見やり、寒気を覚える。
(あやつ、ラジュより上じゃ。本に何者じゃ?)
次の瞬間、雷鳴も雨音も一瞬にしてかき消え、静寂と安寧があたり一帯に広がった。少女の聖なる低い声が祝詞を唱え始める。
「掛けまくも畏き、伊耶那岐大神。筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に、禊ぎ祓え。給いし時に生りませる祓戸大神たち、諸々の禍事、罪、穢有らんをば、祓え給い、清め給えと、白すことを聞こしめせと恐み恐み白す」
蛍火のような緑色の光が、聖女の体からゆらゆらと燃え上がり、リムジンという小さな空間に聖なる結界が張られると、若草色の瞳からは男の姿も悪霊たちも見えなくなった。
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