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閉鎖病棟の怪
幽霊と修業/1
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雷鳴のような地響きは消え失せ、静寂がやってきた。
切断された五感。無風。闇。それらが支配する消滅の世界――真の死へと墜ちたのかもしれなかった。
キーーーン……。
耳鳴りが水面を揺らす波紋のように広がってゆく。水に潜ったような濁った音がざわりざわりと鮮明になってくる。
……ヒュ……ヒュ……。
戻った手の感覚から、するっと何かがはずれた。
ドサッ!
無感情、無動のはしばみ色の瞳をゆっくり開けると、自分の右腕と白の袴の袖が見えた。足元から、女の声がゼイゼイと息をしながら聞こえてくる。
「はぁ……はぁ……やっと倒せた……。はぁ、はぁ……」
霊力を使いすぎた颯茄が地べたに、崩れるように座り込んでいた。荒野はもうなく、ただの病室だった。
暗幕と黒のペンキで塗りつぶされた窓。呼吸の音さえも聞こえない薄闇。生命維持装置につながれた患者たちが横たわるベッドの群れの間で、颯茄はあたりを見渡す。
「まだ出てくるのかな?」
このまま戦闘が連続するのは正直今は遠慮したいところである。ホルター心電図の、
ピ、ピ、ピ……。
という規則正しい電子音が、あんなに不気味に思えたのに、今はだたの脈に聞こえる。夕霧は神経を研ぎ澄ましていたが、やがて、
「いや、気配はもうない」
当面の危険は去り、颯茄の脳裏でピカンと電球が光った気がした。
「あっ、そうだ! 壊れた結界こうしよう!」
慣れた感じで矢を作り、天井へ弓を向けて、シュッと打ち上げ花火でも上げるように放った。
ふたりの瞳の向こうで、金の光は広がった花火のように拡散して、真昼のようになった。
四方八方へドームでも作るように飛んでいったが、やがて何事もなかったように、再び病室の薄暗い闇が広がった。
敵もいなくなったというのに、というか何もないところへ浄化の矢を放つとは。夕霧は不思議そうな顔をした。
「何をした?」
颯茄が座ったまま振り返ると、かがみこんでいる袴姿の背の高い男と、視線は一直線に交わった。彼女は得意げに微笑む。
「結界を浄化の壁にしました。だから、もうここに入ってこようとすると、そこで浄化されます」
「そうか」
自分にない勘というものは、おそらくこんな感じなのだろう。だが、夕霧は予測の域から出れなかった。
クタクタで、颯茄は弓を杖のようにして、よろよろと立ち上がった。フラフラとしながらも、両膝に手を置いて、おとなしくするのかと思いきや、病院中に響き渡るような大声を上げた。
「あぁっ!?!? 最初からそれをすればよかったですね?」
計画性ゼロ。行き当たりばったりの無駄な人生。あまりのショック。自分のバカさ加減に打ちのめされて、颯茄はよろよろとベッドのヘッドボーに寄りかかった。
さっきから一ミリも動いていない自分とは違って、オーバーリアクションの女を前にして、夕霧は珍しく目を細めた。
「気づくのが遅すぎだ」
いつの間にか、役目を果たした弓は姿を消していた。颯茄は両手で頭を抱える。
「あぁ~、戦い方を学ばないといけないなあ~。せっかくいただいた力だから、最大限に生かさないと……」
人生まだまだ続く。やることはたくさんあるのである。とにかく、入ってきた場所へと戻ろうと、夕霧の前を通り過ぎようとした。
「とりあえず、家に帰って――」
いつも腰が重いのに、武術の技を駆使して、夕霧は颯茄の前に立ちはだかった。そうして、端正な顔と地鳴りのような低い声でこう言ったのである。
「お前と結婚する――」
「はぁ?」
颯茄は思いっきり聞き返した。
切断された五感。無風。闇。それらが支配する消滅の世界――真の死へと墜ちたのかもしれなかった。
キーーーン……。
耳鳴りが水面を揺らす波紋のように広がってゆく。水に潜ったような濁った音がざわりざわりと鮮明になってくる。
……ヒュ……ヒュ……。
戻った手の感覚から、するっと何かがはずれた。
ドサッ!
無感情、無動のはしばみ色の瞳をゆっくり開けると、自分の右腕と白の袴の袖が見えた。足元から、女の声がゼイゼイと息をしながら聞こえてくる。
「はぁ……はぁ……やっと倒せた……。はぁ、はぁ……」
霊力を使いすぎた颯茄が地べたに、崩れるように座り込んでいた。荒野はもうなく、ただの病室だった。
暗幕と黒のペンキで塗りつぶされた窓。呼吸の音さえも聞こえない薄闇。生命維持装置につながれた患者たちが横たわるベッドの群れの間で、颯茄はあたりを見渡す。
「まだ出てくるのかな?」
このまま戦闘が連続するのは正直今は遠慮したいところである。ホルター心電図の、
ピ、ピ、ピ……。
という規則正しい電子音が、あんなに不気味に思えたのに、今はだたの脈に聞こえる。夕霧は神経を研ぎ澄ましていたが、やがて、
「いや、気配はもうない」
当面の危険は去り、颯茄の脳裏でピカンと電球が光った気がした。
「あっ、そうだ! 壊れた結界こうしよう!」
慣れた感じで矢を作り、天井へ弓を向けて、シュッと打ち上げ花火でも上げるように放った。
ふたりの瞳の向こうで、金の光は広がった花火のように拡散して、真昼のようになった。
四方八方へドームでも作るように飛んでいったが、やがて何事もなかったように、再び病室の薄暗い闇が広がった。
敵もいなくなったというのに、というか何もないところへ浄化の矢を放つとは。夕霧は不思議そうな顔をした。
「何をした?」
颯茄が座ったまま振り返ると、かがみこんでいる袴姿の背の高い男と、視線は一直線に交わった。彼女は得意げに微笑む。
「結界を浄化の壁にしました。だから、もうここに入ってこようとすると、そこで浄化されます」
「そうか」
自分にない勘というものは、おそらくこんな感じなのだろう。だが、夕霧は予測の域から出れなかった。
クタクタで、颯茄は弓を杖のようにして、よろよろと立ち上がった。フラフラとしながらも、両膝に手を置いて、おとなしくするのかと思いきや、病院中に響き渡るような大声を上げた。
「あぁっ!?!? 最初からそれをすればよかったですね?」
計画性ゼロ。行き当たりばったりの無駄な人生。あまりのショック。自分のバカさ加減に打ちのめされて、颯茄はよろよろとベッドのヘッドボーに寄りかかった。
さっきから一ミリも動いていない自分とは違って、オーバーリアクションの女を前にして、夕霧は珍しく目を細めた。
「気づくのが遅すぎだ」
いつの間にか、役目を果たした弓は姿を消していた。颯茄は両手で頭を抱える。
「あぁ~、戦い方を学ばないといけないなあ~。せっかくいただいた力だから、最大限に生かさないと……」
人生まだまだ続く。やることはたくさんあるのである。とにかく、入ってきた場所へと戻ろうと、夕霧の前を通り過ぎようとした。
「とりあえず、家に帰って――」
いつも腰が重いのに、武術の技を駆使して、夕霧は颯茄の前に立ちはだかった。そうして、端正な顔と地鳴りのような低い声でこう言ったのである。
「お前と結婚する――」
「はぁ?」
颯茄は思いっきり聞き返した。
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