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翡翠の姫
月の魔法/3
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だが、お互い何か言うわけでもなく、
「…………」
「…………」
しばらく、男ふたりの間に沈黙が広がっていたが、白い手袋を脱いで、チェック柄のズボンは椅子から静かに立ち上がった。
書斎机へとたどり着くと、自分が予想した通りの光景が広がっていた。
ドアとの間にある埃だらけのソファーには、破けたジーパンを履いた男が仰向けで寝転がっていて、部屋と廊下を仕切る扉は、風通しよく破壊されていた。
貴増参 アルストンは今日はきっちり突きつけてやった。自分と違って、すぐに強行突破する男に。そういう人生を送ると、責任というものが余計にのしかかると。
「今回は君が修理代を払ってください」
明引呼 デュスターブは今日もきっちり突きつけてやった。自分と違って、いつまでも動かない男に。そういう人生を送ると、取り返しがつかなくなることもあると。
「てめえが払うんだろ?」
このふたりはいつもそうで、お互いに引けない理由がある。
「壊したのは君です」
「開けなかったのはそっちだろ」
言い争っているドアの隙間から、男ふたりのイケメンぶりを撮ろうと、写メのフラッシュが焚かれ始めた。
ドアの役目を失った壊れた扉。それを前にして、貴増参は本人だけがすごみがあると思っている、鋭い視線とドスのきいた声で言った。
「太陽が東から昇っても、僕は譲りません」
慣れないことはするものではなく、明引呼は鼻でバカにしたようにふっと笑って、
「お天道様っつうのは、東から普通に昇んだよ。例えになってねえんだよ、それじゃよ」
廊下で聞いていた女の子たちが微笑み合った。職員がやってきて、ギャラリーを追い払うと、壊れたドアが運ばれてゆく。
「ボケてんのは、何やっても治らねえんだな」
貴増参が気まずそうに咳払いをすると、上着とネクタイが椅子からスルスルと床へ落ちていった。
「んんっ! 外国に長く行っていたから、忘れてしまったんです」
「どこにいても、お天道様は東から昇んだろ」
服を床から拾おうとすると、腕まくりしていたピンクのシャツが今度はずれ落ちた。
自分とは違って上品なスーツ姿の男の影が窓からいなくなったのを、視界の端に映しながら、明引呼は手を顔の横で大きく振って力説した。
「ったくよ。仕事以外てんでなってねぇな」
上着とネクタイを書斎机に乗せようとしたが、資料ばかりで置き場がない。貴増参はひとまず引き出しを開けて、ずいぶん不安定な場所に服を適当にのせた。
「僕は発掘に人生を捧げちゃいましたから、いいんです」
椅子を引いて、やっと空いたスペースに自分の体を預けると、ソファーからライターをいじる音が聞こえてきた。
「ふー」
青白い煙が部屋の天井に蜃気楼のようにゆらゆらと登り、本や資料の隙間に匂いが入り込んでゆく。
この男はいつもここへきて、寝ながら細身の葉巻――ミニシガリロを吸うのだ。手持ちぶたさになると。
ドアは打ち破られていて、禁煙の校内へとフリーダムに煙は流れ出てゆく。それを注意しようかと、するならばどんな言葉で言おうかと考えていると、しゃがれた声が先に響いた。
「言うことねえのかよ? 大学教授さんよ」
「僕は考古学者です」
ドアの代わりに目隠しとして、白い幕が入り口に貼られてゆくのを見ながら、手元に置いてあった本に手を伸ばした。
「よく仕事クビになんねえよな」
長い間開けていなかったみたいに、部屋は少しカビ臭い湿った匂いがしていた。貴増参の興味は本へと完全に向いてしまって、表紙に手をかける。
「…………」
しゃがれた声の文句はまだまだ続く。
「携帯はつながらねえし、手紙書いても返事はよこさねえし。何やってたんだよ?」
だがしかし、専門書の文字の羅列に、カーキ色のくせ毛の奥にある脳はとうとう囚われてしまった。
「…………」
いつものことだ、返事が途中で返ってこなくなることなど。明引呼は引き戻すすべを知っていた。
「盗賊にでもあって、死んじまったのかって心配したぜ」
仕事ワードになら即座に対応できる。貴増参は椅子の肘掛けに頬杖をついて、
「僕はそんなヤワではありません」
「すぐ帰ってくるとか言っといてよ」
ドア以外は平常に戻った部屋で、ふたりの会話は続いてゆく。
「僕もそのつもりで出かけたんです」
「五年も帰ってこねえで」
下手をしたら、死亡が決定してしまいそうな勢いだった。
「…………」
「…………」
しばらく、男ふたりの間に沈黙が広がっていたが、白い手袋を脱いで、チェック柄のズボンは椅子から静かに立ち上がった。
書斎机へとたどり着くと、自分が予想した通りの光景が広がっていた。
ドアとの間にある埃だらけのソファーには、破けたジーパンを履いた男が仰向けで寝転がっていて、部屋と廊下を仕切る扉は、風通しよく破壊されていた。
貴増参 アルストンは今日はきっちり突きつけてやった。自分と違って、すぐに強行突破する男に。そういう人生を送ると、責任というものが余計にのしかかると。
「今回は君が修理代を払ってください」
明引呼 デュスターブは今日もきっちり突きつけてやった。自分と違って、いつまでも動かない男に。そういう人生を送ると、取り返しがつかなくなることもあると。
「てめえが払うんだろ?」
このふたりはいつもそうで、お互いに引けない理由がある。
「壊したのは君です」
「開けなかったのはそっちだろ」
言い争っているドアの隙間から、男ふたりのイケメンぶりを撮ろうと、写メのフラッシュが焚かれ始めた。
ドアの役目を失った壊れた扉。それを前にして、貴増参は本人だけがすごみがあると思っている、鋭い視線とドスのきいた声で言った。
「太陽が東から昇っても、僕は譲りません」
慣れないことはするものではなく、明引呼は鼻でバカにしたようにふっと笑って、
「お天道様っつうのは、東から普通に昇んだよ。例えになってねえんだよ、それじゃよ」
廊下で聞いていた女の子たちが微笑み合った。職員がやってきて、ギャラリーを追い払うと、壊れたドアが運ばれてゆく。
「ボケてんのは、何やっても治らねえんだな」
貴増参が気まずそうに咳払いをすると、上着とネクタイが椅子からスルスルと床へ落ちていった。
「んんっ! 外国に長く行っていたから、忘れてしまったんです」
「どこにいても、お天道様は東から昇んだろ」
服を床から拾おうとすると、腕まくりしていたピンクのシャツが今度はずれ落ちた。
自分とは違って上品なスーツ姿の男の影が窓からいなくなったのを、視界の端に映しながら、明引呼は手を顔の横で大きく振って力説した。
「ったくよ。仕事以外てんでなってねぇな」
上着とネクタイを書斎机に乗せようとしたが、資料ばかりで置き場がない。貴増参はひとまず引き出しを開けて、ずいぶん不安定な場所に服を適当にのせた。
「僕は発掘に人生を捧げちゃいましたから、いいんです」
椅子を引いて、やっと空いたスペースに自分の体を預けると、ソファーからライターをいじる音が聞こえてきた。
「ふー」
青白い煙が部屋の天井に蜃気楼のようにゆらゆらと登り、本や資料の隙間に匂いが入り込んでゆく。
この男はいつもここへきて、寝ながら細身の葉巻――ミニシガリロを吸うのだ。手持ちぶたさになると。
ドアは打ち破られていて、禁煙の校内へとフリーダムに煙は流れ出てゆく。それを注意しようかと、するならばどんな言葉で言おうかと考えていると、しゃがれた声が先に響いた。
「言うことねえのかよ? 大学教授さんよ」
「僕は考古学者です」
ドアの代わりに目隠しとして、白い幕が入り口に貼られてゆくのを見ながら、手元に置いてあった本に手を伸ばした。
「よく仕事クビになんねえよな」
長い間開けていなかったみたいに、部屋は少しカビ臭い湿った匂いがしていた。貴増参の興味は本へと完全に向いてしまって、表紙に手をかける。
「…………」
しゃがれた声の文句はまだまだ続く。
「携帯はつながらねえし、手紙書いても返事はよこさねえし。何やってたんだよ?」
だがしかし、専門書の文字の羅列に、カーキ色のくせ毛の奥にある脳はとうとう囚われてしまった。
「…………」
いつものことだ、返事が途中で返ってこなくなることなど。明引呼は引き戻すすべを知っていた。
「盗賊にでもあって、死んじまったのかって心配したぜ」
仕事ワードになら即座に対応できる。貴増参は椅子の肘掛けに頬杖をついて、
「僕はそんなヤワではありません」
「すぐ帰ってくるとか言っといてよ」
ドア以外は平常に戻った部屋で、ふたりの会話は続いてゆく。
「僕もそのつもりで出かけたんです」
「五年も帰ってこねえで」
下手をしたら、死亡が決定してしまいそうな勢いだった。
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