明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄

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翡翠の姫

白の巫女/3

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 雑草だらけの茂みに倒れ、動かなくなった考古学者のそばに、いくつかの足音が近づいてきた。

 男のひとりがかがみ込んで、正体不明の体を仰向けにし、ピンクのワイシャツとチェック柄のズボンを眺め触る。

「見たことのない服だな」
「遠くの国の人間かもしれん」

 つゆのついた草がしゃくしゃくと鈍い音を立て、

「牢屋に放り込んでおけ」

 月のない夜に、黒い雲が筋を描いて風に流されてゆく。そんな風景に、ガタンと頑丈な扉が密かに閉まる音が物悲しく鳴いた。

    *

 どれだけの時間が過ぎたとか、何が起きたのかよりも、ただ遠くの方で声がした。 
「……会いましょう ……きりで」

 絹のような滑らかさで、

「……ながら 今までの……」

 ガラス細工のように繊細な芯を持ち、もろい。

「……懐かしむ ……会いましょう」

 天へと導くような、柔らかな日差しのように包み込むような余韻。

 闇の底から意識が急速に戻ってきて、痛覚がズキズキと釘でも打たれたように頭を叩くように襲ってきて、

「っ……」 

 貴増参は苦痛で小さなうめき声を上げた。少し離れたところから、少女の歌声が弾むようなリズムで聞こえてくる。

「♪十六夜いざよいに会いましょう 二人きりで」

 くらむ目で声の出どころを探すと、白い布地と栗皮色の長い髪が、こちらに背を向けて立っていた。

「♪月影あびながら 今までのこと話して
 あなたと懐かし――」

 そこで、ゆりかごのようなゆったりとした揺れの旋律はプツリと止まった。

 気づかれた。だがしかし、隠れるような場所はない。鉄格子のような木の枠に三方を囲まれ、背後は壁と小さな高窓だけ。

 騒ぐわけでもなく、うかがうわけでもなく、衣擦れの音がサワサワとさざ波のようにして、軽めの足音が近づいてくる。カツカツでもなく、トントンでもなく、ピタピタと貼りつくようなものだった。 

「あ、気がつきましたか?」

 声をかけられて、貴増参はずいぶん驚いた。別人かと思うほど、声色がまったく違っていたからだ。

 窓際で背を向けて立っていて、振り返って近づいてきた。ずっと同じ少女のはずだ。それなのに、さっきまでの高く透き通った響きではなく、今は低くボソボソした声だった。

 理由を聞いてみたかったが、後頭部に痛みが走って、貴増参は思わず手で押さえた。

「……っ」

 生暖かい何かが指先に広がる。何かと思って、瞳の前に持ってくると、べったりと真っ赤な血がついていた。

 少女は両手で口を押さえて、目を大きく見開き、

「……大変! どうしよう? あっ、そうだ!」

 ピンとひらめいたと言うように、そこら中の壁に声が反響すると、すぐに真綿にでも吸収されたように消え去った。

「っ!」

 力むような声が上の方から聞こえて、大粒の雨がにわかに降り始めたようなビリビリと、何かを引き裂く音が押し寄せた。

「これを使ってください」

 指先の赤の向こうに差し出されたものは、白い繊維のほつれが細い尾をいくつも引く布の切れ端だった。型で抜いたように、残された着物を身にまとっている人を、貴増参は見上げる。

「君の服ではありませんか……」  

 どこかずれているクルミ色の瞳。栗皮色の長い髪はクシでよくとかされているようで、明かり取りの小さな炎の中でも、十分な光沢を放っていた。

 どこからどう見ても、十代後半の少女。着ているものは白の着物だけ。頭には小さな子供がお花畑で遊んだみたいに、草の冠をつけていた。

「破いたので、服ではなく、今はただの布です」

 貴増参の中で、小さな違和感が浮かび上がった。自分のような見ず知らずの人間に、自身の服を引き裂くなど。

 だが、今の言葉のやり取りを思い返すと、何を言っても、少女は理由をつけて、布地を自分へと差し出すだろう。しかも、傷を放っておくわけにもいかない。

「ありがとうございます」

 素直に受け取り、頭に当てると、心なしか痛みが引いた気がした。
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